2023年06月19日

東南アジア経済の見通し~輸出低迷により景気減速も、インフレ沈静化で内需主導の底堅い成長へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-3.インドネシア
インドネシア経済はコロナ禍からの経済活動の正常化により2022年の成長率が前年比+5.3%(2021年:同3.7%増)と上昇するなど景気回復が続いている。2023年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.0%(前期:同5.0%増)となり、6四半期連続で5%を上回る好調を維持した(図表9)。

1-3月期は財・サービス輸出(同+11.7%)が二桁成長となり、引き続き景気の牽引役となった。昨年の入国規制緩和により今年3月の外国人旅行者数が81万人(コロナ禍前の60%の水準)まで回復、サービス輸出(同+60.4%)が大幅に増加した。また財貨輸出(前年同期比+9.3%)はパーム油や石炭などの商品価格の下落を背景に鈍化したものの、高水準を維持した。GDPの半分以上を占める民間消費(同+4.5%)は経済活動の再開により雇用所得環境が改善、旅行関連支出が拡大するなど堅調に推移しているが、+5%程度だったコロナ禍前の成長ペースには届いていない。高インフレと中銀の金融引き締めは消費の重石となっているものとみられる。投資(前年同期比+2.1%)は機械・設備投資が減速して過去2年間で最も低い伸びとなった。

先行きのインドネシア経済は短期的には輸出悪化により景気が減速するものの、2023年後半は選挙関連の支出に支えられ、通年では+5%成長を維持するだろう。まず輸出は欧米を中心とした海外経済の減速や商品市況の調整により大きく鈍化するが、インバウンド需要の増加に伴うサービス輸出の拡大と中国経済の再開により徐々に持ち直しに向かうだろう。一方、輸入は内需の底堅さから輸出の伸びを上回ると予想され、外需は再び成長率の押し下げ要因になるだろう。内需については、まず民間消費がインフレの沈静化や対面サービス消費の回復、雇用環境の安定により堅調に推移するとみられる。投資は政府のインフラ整備計画の進展により公共投資が下支えとなるが、金利上昇や輸出低迷、交易条件の悪化が重石となり民間部門を中心に失速しよう。しかし、その後は未加工鉱石の禁輸措置やマクロ経済の安定を背景とする海外からの投資流入、消費需要の力強さに支えられて持ち直しに向かうと予想する。

金融政策は、インドネシア中銀が昨年8月に金融引締めに転換し、政策金利は過去最低の3.5%から5.75%まで引き上げられたが、直近4会合は据え置かれている(図表10)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.0%となり、通貨の安定やエネルギー価格の低下、農作物の安定供給により中銀の物価目標(+2~4%)の上限まで鈍化している。今後もエネルギー価格の低下によりインフレが物価目標の中央値まで鈍化して落ち着きを取り戻すだろう。従って、インドネシア中銀は年内は政策金利を据え置き、来年は米国の利下げ転換を機に調整的な利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+5.0%(2022年:+5.3%)と低下するが、2024年が+5.2%に小幅に上昇すると予想する。
(図表9)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表10)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済はコロナ禍からの回復により堅調に推移しているが、成長ペースは緩やかに鈍化している。2022年の実質GDPは前年比+7.6%(2021年:同+5.7%)となり1976年以来の高成長を記録し、コロナ禍前(2019年)の水準を上回った。しかし、今年1-3月期の成長率は前年同期比+6.4%と、昨年10-12月期の同+7.1%から鈍化し、2年ぶりに6%台まで低下した(図表11)。

1-3月期は外需の悪化が景気減速に繋がった。外需は、入国規制の緩和により外国人観光客数がコロナ禍前の約6割の水準まで回復するなどサービス輸出(同+19.5%)が好調だったが、海外経済の減速により電子部品(同▲24.4%)や農産品(同▲13.7%)など主要輸出品の出荷が落ち込み、財貨輸出(同▲15.3%)が急減した。GDPの約7割を占める民間消費(同+6.3%)は雇用環境の改善や海外就労者の送金額の増加を支えに堅調に推移したが、昨年から続く物価高と金融引き締め策(累計利上げ幅4.25%)に加え、ペントアップ需要が一巡しつつあることで前期の同+7.0%から増勢が鈍化した。また投資(同+10.4%)は9兆ペソ規模の政府の大型インフラプロジェクトの推進により建設投資を中心に大幅に増加した。

先行きのフィリピン経済は内外需の鈍化により成長ペースが減速するだろう。外需は、中国の経済再開に伴う中国人観光客の増加によりサービス輸出の増加が続くものの、世界経済の減速により財貨輸出が低迷するだろう。一方、輸入は内需の拡大により輸出を上回る伸びが続くため、外需の成長率寄与度は再びマイナスに転じると予想する。

内需は引き続きフィリピン中銀の積極的な金融引き締めの累積効果やペントアップ需要の一巡を受けて成長ペースの鈍化は避けられないだろう。もっともフィリピンでは燃料価格の下落により昨年の高インフレが足元で落ち着き始めている。今後の更なるインフレ沈静化により家計の実質所得の目減りが和らぐと共に、観光関連産業の持続的な回復により良好な雇用環境が続くとみられ、そして政府の大型インフラ整備計画の加速が追い風となり、消費と投資は底堅い成長が続くものとみられる。

金融政策はフィリピン中銀が昨年5月に金融引き締めに舵を切り、政策金利(翌日物借入金利)を過去最低の2.0%から6.25%まで引き上げてきたが、5月の会合では利上げ停止となった(図表12)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+6.1%となり、今年1月の同+8.7%をピークに低下している。先行きのインフレ率はエネルギー価格の下落により緩やかに低下し、年内には中銀の物価目標圏内(+2~4%)に収まるものと予想される。従って、フィリピン中銀は年内は政策金利を現行水準で据え置き、これまでの利上げ効果を見極めていくだろう。そして来年は米国の利下げ転換を機に調整的な利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+5.5%(2022年:+7.6%)と低下するが、2024年が+5.9%に上昇すると予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は昨年コロナ禍から急速に回復した。2021年がロックダウンの影響で落ち込んだため、2022年の実質GDPは経済活動の再開とベース効果の影響で前年比+8.0%(2021年:同+2.6%)と大きく上昇、政府目標の6.0~6.5%を上回った。しかし、2023年1-3月期の成長率は前年同期比+3.3%となり、2022年10-12月期の同+5.9%に続いて減速、ロックダウンでマイナス成長に落ち込んだ2021年7-9月期以来、最も低い成長率となった(図表13)。

1-3月期の景気減速は製造業の悪化した影響が大きい。世界的なインフレと金利高の影響で海外経済が減速したため、主要工業品である電話や電気機器、繊維製品などの財貨輸出(同▲11.5%)が落ち込み、製造業(同▲0.4%)が悪化した。また不動産不況と開発の停滞を受けて不動産業(同▲0.1%)と建設業(同+2.0%)が失速した。しかしながら、サービス業(同+6.8%)は堅調な内需を反映して拡大した。ベトナムでは昨年の入国規制緩和により外国人観光客数がコロナ禍前の約6割の水準まで回復するなど観光関連産業が好調、特に宿泊・飲食業(同+26.0%)と文化スポーツ(同+12.3%)の二桁成長が続いた。

先行きのベトナム経済は、当面は観光業の回復が景気の下支えとなるが、引き続き輸出低迷による製造業生産の不振を主因に緩慢な成長が続きそうだ。年後半は中国経済の回復により中国向け輸出が上向いて製造業生産が底入れすると共に、中国人の外国人観光客の増加に伴う観光業の持続的な回復によりサービス業が堅調を維持するだろう。もっとも1-5月累計の海外直接投資(FDI)の実行額は前年比▲0.8%と低迷しており、輸出底入れ後も製造業の回復力は弱いものにとどまるだろう。また今後は財政・金融政策が景気下支えとなりそうだ。ベトナム政府は2023年の公共投資プロジェクトに前年比23%増の711兆ドンの支出を承認している。事業の進捗次第ではあるが、今後の建設業回復の追い風になるだろう。また金融緩和により不動産市場に資金が流入することも消費市場への波及が期待される。

金融政策は、ベトナム中銀が昨年9月と10月にそれぞれ+1%(累計+2%)の利上げを実施したが、経済の減速傾向が強まる中、今年3月から4ヵ月連続で政策金利を引き下げ(公定歩合▲1.5%引下げ、リファイナンスレート▲1.5%引下げ)、金融緩和に転じている(図表14)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.4%と、今年1月の同4.9%から低下して政府目標である4.5%を下回っている。当面はエネルギー価格の低下によりインフレの沈静化が見通されるため、中銀は景気回復を優先して年内に追加利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は、輸出低迷で製造業が鈍化するため2023年が+5.2%(2022年:+8.0%)と大きく低下して政府の成長目標(+6.5%)を下回るが、2024年が+6.6%まで上昇すると予想する。
(図表13)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表14)ベトナムのインフレ率と政策金利
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2023年06月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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