2023年05月15日

タイ経済:23年1-3月期の成長率は前年同期比2.7%増~観光・消費の回復で景気持ち直し

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2023年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比2.7%増1(前期:同1.4%増)と上昇し、またBloomberg調査の市場予想2(同2.3%増)を上回る結果となった(図表1)。

1-3月期の実質GDPを需要項目別に見ると、主に民間消費の堅調な拡大が景気の牽引役となった。

民間消費は前年同期比5.4%増(前期:同5.6%増)と高水準を維持した。費目別に見ると、レストラン・ホテル(同108.1%増)は大幅な増加が続き、娯楽・文化(同9.8%増)や保健衛生(同5.2%増)、交通(同4.9%増)、衣類・靴(同4.5%増)、食料・飲料(同3.6%増)も順調に増加した。一方、住宅・水道・電気・燃料(同1.1%減)は減少、通信(同2.2%増)は伸び悩んだ。

政府消費は同6.2%減(前期:同7.1%減)と低迷した。雇用者報酬(同1.4%増)と財・サービスの購入(同1.0%増)は順当に増加したが、コロナ関連の医療サービス費用の縮小により現物社会給付(同40.4%減)の大幅な減少が続いた。

総固定資本形成は同3.1%増(前期:同3.9%増)と鈍化した。投資の内訳を見ると、まず民間投資が同2.6%増(前期:同4.5%増)と鈍化した。民間設備投資(同2.8%増)と民間建設投資(同1.1%増)がそれぞれ鈍化した。一方、公共投資は同4.7%増(前期:同1.5%増)と上昇した。公共建設投資(同5.8%増)が加速、公共設備投資(同1.3%増)も小幅ながら増加に転じた。

純輸出は実質GDP成長率への寄与度が+2.7%ポイント(前期:+2.7%ポイント)と横ばいとなった。まず財・サービス輸出は同3.0%増(前期:同0.7%減)と2四半期ぶりに増加した。財貨輸出が同6.4%減と低迷したものの、サービス輸出が同87.8%増と大幅に増加した。一方、財・サービス輸入は同1.0%減(前期:同4.8%減)と低迷し、輸出の伸びを下回った。
(図表1)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表2)タイ実質GDP成長率(供給側)
供給項目別に見ると、第三次産業の継続的な改善が成長率上昇に繋がった(図表2)。

まず全体の6割を占めるサービス業は同5.2%増(前期:同4.3%増)と上昇した。サービス業の内訳を見ると、宿泊・飲食業(同34.3%増)と運輸・倉庫業(同12.4%増)が二桁成長となり、また保健衛生・社会事業(同6.6%増)と管理及び支援サービス(同4.4%増)が堅調に拡大した。このほか建設業(同3.9%増)、情報・通信業(同3.4%増)、小売・卸売業(同3.3%増)は緩やかに拡大したが、教育(同1.3%増)と金融・保険業(同1.5%増)、芸術・娯楽等(同1.7%増)、不動産業(同1.9%増)は伸び悩んだ。

鉱工業は同3.0%減(前期:同4.6%減)となり、2四半期連続で減少した。まず主力の製造業は同3.1%減(前期:同5.0%減)と低迷した。製造業の内訳を見ると、自動車およびコンピュータ・部品などの資本・技術関連産業(同2.5%減)、食料・飲料および繊維、家具などの軽工業(同5.0%減)、石油化学製品およびゴム・プラスチック製品などの素材関連(同1.8%減)が軒並みマイナス成長となった。また鉱業が同2.4%減(前期:同6.9%減)と、主要油田の生産量が減少して7期連続のマイナス成長となったほか、電気・ガス業が同4.2%減(前期:同0.1%減)と減少した。

農林水産業は前年同期比7.2%増(前期:同3.4%増)と上昇した。漁業生産高が引き続き減少したが、サトウキビやアブラヤシ、コメ、果物などの主要作物、豚・家禽など家畜の生産量が増加した。
 
1 5月15日、タイの国家経済社会開発委員会(NESDC)が2023年1-3月期の国内総生産(GDP)を公表した。
2 Bloomberg調査

1-3月期GDPの評価と先行きのポイント

タイ経済は1-3月期の成長率が前年同期比+2.7%となり、10-12月期の同+1.4%から上昇した。昨年はコロナ禍からの経済活動の正常化が進む中、7-9月期には成長率が同+4.6%と加速したが、現在は輸出の鈍化により成長ペースが緩やかなものとなっている。

1-3月期の景気回復の主因は、観光関連産業の回復による民間消費の継続的な拡大だ。タイでは昨年の入国規制の緩和により2023年1-3月期の外国人旅行者数が647万人と、10-12月期の546万人から更に増加しており(図表3)、サービス輸出(同+87.8%)の好調が続いている。国際観光収入は3,040億バーツ(コロナ禍前の6割の水準)と大幅に増加(同+300.4%)、また国内観光収入は政府の国内旅行促進策「ウィー・トラベル・トゥギャザー」第5弾の追い風もあり1,950億バーツ(コロナ禍前の約8割の水準)と5四半期連続で増加(同+35.4%)しており、GDPの約2割を占める観光関連産業が順調に回復している。

民間消費(同+5.4%)はレストラン・ホテルなど観光業の回復によりサービス支出(同+11.1%)が好調に推移しており、また自動車購入の回復により耐久財支出(同2.4%)も増加に転じている。またサービス業を中心に雇用情勢の改善が続いていることも消費を押し上げており、2023年3月の就業者数は前年比+2.4%と増加、また同月の失業率は1.0%となり、昨年初の1.9%から低下している。このほか、昨年半ばに+8%近くまで高騰したインフレ率は今年3月(前年同月比+2.8%)に中銀の物価目標圏の上限である3%を下回るまで低下し、消費者心理指数は3月にコロナ流行後で最も高い水準(55.0)に達するなど(図表4)、消費を巡る環境は改善している。

他方、財貨輸出(前年同期比▲6.4%)は前期に続いて減少した。世界経済の減速による外需の悪化やソリッドステートドライブ(SSD)の普及を背景とするハードディスクドライブ(HDD)の需要減退などが響いて、主力輸出品である自動車・同部品(同▲8.2%)、コンピュータ部品(同▲24.9%減)、化学・石油化学製品(同▲21.6%)が落ち込んでいる。

こうした輸出志向の製造業生産の悪化や原材料コストの上昇などにより民間投資(同+2.6%)が減速、総固定資本形成(同+3.1%)は伸び悩んだ。公共投資(同+4.7%)はインフラプロジェクトの継続により回復しており、直近の産業景況感も改善傾向にあるものの(図表4)、タイは自動車、電機などの輸出産業の集積により工業化を遂げた外需依存度の高い国であるだけに、輸出低迷を通じた設備投資の押し下げが大きいと言える。

当面は世界的な需要低迷により輸出が成長の足を引っ張る一方、観光関連産業の回復と民間消費の拡大が景気を下支える展開が続くだろうが、今後は中国経済の正常化による輸出の持ち直しと中国人観光客の増加が予想され、タイ経済は安定した成長軌道を辿るとみられる。タイ政府は外国人観光客数が2022年の1,115万人から2023年は2,500万人~2,800万人に回復すると予想している。インバウンド需要の増加は観光関連産業の更なる回復を促すため、雇用情勢の改善を通じて民間消費の継続的な拡大に寄与するだろう。
(図表3)タイの外国人観光客数/(図表4)タイの産業景況感と消費者信頼感
タイでは5 月14日に下院議員500名を選出する総選挙が実施された。5月15日の暫定結果では、王室改革を掲げる野党第2党の前進党が151議席の最多議席を獲得、タクシン元首相派で最大野党のタイ貢献党が141議席を獲得して反軍派が勝利を収めた。しかし、親軍派も与党第2党のタイ名誉党が71議席、連立与党の中核を担う国民国家の力党が40議席、プラユット首相が所属する国家建設タイ合同党が36議席と続き、一定の議席を獲得した。反軍派が政権交代を実現するには、上院議員250名と下院議員500名の計750名による首相指名選挙で過半数(376議席)を占める必要があるが、現在の上院議員はクーデタ後の軍事政権によって任命されており、首相指名選挙では親軍派の首相候補に投票するものとみられている。仮に前進党とタイ貢献党が連合を形成しても議席数は計291議席にとどまる上、前進党とタイ貢献党は王制を含めた政治改革の立場は異なるため、他の党を含めた連立協議の行方に注目が集まっている。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2023年05月15日「経済・金融フラッシュ」)

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