コラム
2023年05月24日

少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か-社会保障の「教科書」的な説明から考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――社会保険方式の特色(2)~「対価性」による負担と給付の関連性~

1|「対価性」が生み出す負担と給付の関係明確化
もう一つのキーワードの「対価性」の観点で考えても、やはり少子化対策に社会保険料を充当する考え方には疑問符が付きます10。一般的に対価性とは、社会保険料の負担に対して必ず給付が紐付く考え方を指します。例えば、公的医療保険料を支払っていないと、原則として給付を受けられません。これが対価性であり、この点は民間保険も、社会保険方式も同じです(ただし、年金保険料を払っていなくても、一定の要件を満たせば障害福祉年金を受け取れるなどの例外はあります)。

しかし、例えば児童手当の拡充に対し、医療保険の被保険者が社会保険料を負担する時、対価性は確保されるのでしょうか。例えば、不妊治療の充実や出産育児一時金など、自分が加入する保険者(保険制度の運営者)の被保険者であれば、「同じ被保険者の困り事だから支え合い(連帯)の費用を負担して下さい」という説明が可能かもしれませんが、加入する保険制度の違いなどに関係なく、児童手当に保険料が広く転用されるのであれば、対価性は失われます。
 
10 対価性に近い概念として、「権利性」「けん連性(牽連性)」などの言葉も使われているが、ここでは対価性で統一する。
2|「対価性」の具体例
ここでも自分事に落とし込むため、事例で考えることにします。仮にX社で働くAさんが健康保険保険料を支払っていたとします。ここにX社の従業員のBさんが病気になった場合、その費用を保険料という形で、Aさんが負担するのはX社の支え合い(連帯)の範囲内と理解できます。

ここで、「X社の支え合い(連帯)のために支払っている健康保険料を万人のための児童手当に充当する」という話になれば、Aさんも、Bさんも「ちょっと待って、何のために?」という疑問を抱くことになると思います。図1の基金構想とか、政府が検討しているとされる特別会計案は正に、こうした発想に立っています。

例えば、同じ会社に勤めているCさんの出産費用や不妊治療を医療保険料で負担し合うことについては、Aさんも、Bさんも一定程度、納得するかもしれませんが、万人のための児童手当に拡充するのであれば、対価性は失われることになります。

もちろん、実際には対価性で説明できない制度が多く存在するのも事実です。例えば、介護保険の「地域支援事業」という仕組みでは、高齢者や40歳以上の人に課せられている保険料が在宅医療・介護連携のための普及事業などに充てられています。これは保険料が給付に反映されておらず、対価性が成立しにくくなっているのですが、それでも「介護保険制度の円滑な実施」「要介護状態になっても、地域で自立した日常生活を営むことができるよう支援する」などの説明が一応、試みられています11
 
11 こうした表向きの説明とは別に、地域支援事業が2006年度に創設されたタイミングは、国庫補助金を見直す「三位一体改革」の論議と重なっており、自治体の税源移譲要求を回避する思惑もあった。当時の経緯については、2021年7月6日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る」を参照。
3|「対価性」から考えると負担は正当化されるか?
では、対価性を確保できないにもかかわらず、社会保険料を少子化対策の主な財源に充当する理由として、どんな理屈が考えられるでしょうか。先日の雑誌コラムでは、図1のような基金構想を以前から提唱している研究者の意見として、「高齢期の支出を社会保険料で賄っているため、自らの制度の持続可能性を確保したり、給付水準を高めたりする上では、子育てに財源を充当する基金が必要」という見解が紹介されています12。つまり、少子高齢化が進む中、年金や医療に保険料を拠出している個人が将来、給付を受け取れなくなる危険性があるため、将来世代を増やす観点に立ち、社会保険料を少子化対策に回すことが正当化されるという主張です。

だが、ここでは対価性が全く意識されておらず、「社会保険料の目的外流用」という批判は免れません。仮に「思考実験」として、下記のような意見が示された時、対価性の観点で、社会保険料の流用をどこまで正当化できるでしょうか(下記は「思考実験」なので、筆者の意見ではありません)。
 
1:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を育てる子どもの教育レベルを向上させることが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、義務教育や大学教育にも社会保険料を充当すべきだ。

2:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの生活を安定化させる観点に立ち、支え合い(連帯)を強化するため、社会保険料を住宅行政に充当すべきだ。

3:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの安全を確保することが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、文教施設の防災対策に社会保険料を充当すべきだ。

4:制度の持続可能性を確保する観点に立ち、次世代を担う子どもの安全を確保することが重要であり、支え合い(連帯)を強化するため、学校や児童福祉施設の近辺のミサイル防衛に社会保険料を充当すべきだ。

恐らく多くの読者が「トンデモない暴論だ!」と思われるのではないでしょうか。そう思われるのは教育や住宅、防災、防衛が「社会保障」の枠内として理解されていない点、分かりやすく言うと厚生労働省か、こども家庭庁の所管ではないことが理由と思われます。

しかし、対価性の観点で考えると、「制度の持続可能性」「支え合い(連帯)」をタテに社会保険料を目的外に流用しようとしている点で、少子化対策への流用は上記の暴論(?!)と大して変わらない気もします。つまり、対価性の議論で検討しても、少子化対策の主な財源として、社会保険料を充当する考えは無理筋と言わざるを得ません。少なくとも対価性の説明が付く範囲内で使途を限定するなどの配慮が不可欠と思われます。
 
12 2023年5月13日『週刊東洋経済』。権丈善一慶大教授のコメント。

5――社会保険料に財源が求められる背景

1|増税に対するアレルギー
社会保障に通じた人であれば、上記のような指摘は分かり切った話です。それでも少子化対策の主な財源として社会保険料が注目される理由はどこにあるのでしょうか。その最大の理由として、国民の増税に対するアレルギーが考えられます。

例えば、消費税は高齢者を含めて多くの国民に負担を求める税制ですが、物を買う時に8%か、10%を負担することになり、「痛税感」を持つことになります13。ここで言う「痛税感」を分かりやすく言えば、レシートを見る度に「何で消費税を払わなきゃいけないのか」とイラっとする感覚です。

しかし、社会保険料は消費税ほどの痛みを伴いません。より具体的に言うと、先に触れたような形で、「社会保険料がどれだけ天引きされているか」を給与明細で毎月、細かくチェックする人は少ないので、社会保険料が上がっても気付きにくい面があります。その結果、国民の心理的な抵抗感も小さくなり、「赤字国債は将来の付け回しなので避けたいが、増税は困難なので、社会保険料の方がマシ」という判断の下、社会保険料が財源として選ばれやすくなっていると言えます。
 
13 財政学では「租税抵抗」という言葉が使われる時もある。山田真成・岡田徹太郎(2019)「日本における痛税感形成の要因分析」『香川大学経済論叢』第92巻第1~2号、佐藤滋・古市将人(2014)『租税抵抗の財政学』岩波書店を参照。
2|防衛費拡充の議論
もう一つの背景として、防衛費の拡充で既に増税論議が浮上している点も指摘できます。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、政府・自民党内では防衛費の拡充論議が活発になり、2023年度から防衛費を段階的に増額していく方針が決まっています。

さらに財源として、2022年12月に決まった与党税制改革大綱では、法人税や所得税、たばこ税で一部を確保する方向性が示されているものの、詳細は今後の論点として積み残されています。このため、これ以上の増税論議を回避する観点に立ち、少子化対策の主たる財源として、社会保険料が注目されやすくなっている事情があります。
3|社会保険料の使途拡大は1980年代から続く傾向
付言すると、増税を忌避する傾向は今に始まったわけではありません。元々、1989年の消費税創設に至る議論では、大平正芳内閣による一般消費税構想、中曽根康弘内閣の売上税構想などの失敗があり、1980年代の財政危機では「増税なき財政再建」をキャッチフレーズにしつつ、社会保障制度では患者負担の引き上げなど、様々な歳出改革策が講じられました。

ただ、歳出抑制は国民の不満や批判を招きます。そこで、批判を回避または緩和するため、歳出抑制策の一部には年金保険に関する国庫負担の繰り延べとか、社会保険料や自治体の財政負担への付け替えなども含まれていました14。誤解を恐れずに言うと、国民の増税に対するアレルギーや歳出抑制に関する反対を回避するため、財源を振り替える「会計操作」が相当程度、実施されたと言えます。
 
14 ここでは詳しく触れないが、例えば国民健康保険や児童手当、生活保護費に対する国庫負担を削減する一方、自治体の財政負担割合を引き上げた。2018年度に実施された国民健康保険の都道府県化は、この時からの制度改正の流れの集大成と言える。歴史的な経緯については、2018年4月17日拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか(下)」を参照。さらに、1983年スタートの老人保健法や1984年成立の改正健康保険法では、高齢者医療費に関して、相対的に裕福な健康保険組合の保険料収入を充てる「財政調整」が導入され、2008年度の後期高齢者医療制度創設を経て、そのウエイトは現在に至るまで拡大し続けている。年金事務費については、国の厳しい財政事情を考慮し、1998年度から保険料財源の充当が始まり、2008年度から全額を社会保険料から充当する形になった。

6――考えられる選択肢

1|歳出削減の可能性は?
では、「次元の異なる少子化対策」に取り組む際、どんな選択肢が考えられるでしょうか。上記で述べた通り、少子化対策の主たる財源を社会保険料に求める考え方は相当、無理があると言わざるを得ません。少なくとも「取りやすいところから取る」という考え方は安易であり、結果的に社会保障制度や社会保険料に対する国民の信認を損ないかねないリスクさえ考えられます。

そこで、代替策として、主たる財源を租税財源に求める方法が考えられますが、既述した通り、国民のアレルギーが強いため、この選択肢だけに頼るのは難しいと思われます。

次に、歳出削減の選択肢も想定できます。例えば、所得の高い高齢者の医療・介護に関する自己負担を引き上げる選択肢15などが考えられますし、筆者も部分的に支持しますが、兆円単位、あるいは数千億円単位の歳出を削減するのは至難の業であり、この選択肢だけに頼るのは困難と思われます。

その結果、結局は社会保険料の確保だけでなく、租税財源の確保と歳出削減を組み合わせることが予想されます。これは2010年代半ばに決まった社会保障・税一体改革と同じ方向性であり、負担と給付の在り方を一体的に模索して行く必要があります。
 
15 高齢者の患者負担増を巡る経緯や最近の議論については、2022年1月12日「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」2020年12月25日拙稿「後期高齢者の医療費負担はどう変わるのか」を参照。
2|フランスの制度が参考に?
社会保険料の「対価性」を解消するする方策として、フランスの一般社会拠出金(CSG)が考えられます。フランスは社会保険料のうち、本人負担の部分を事実上、社会保障目的で租税化し、社会保険方式の網から漏れる非正規雇用者に対する社会保障給付などに充当しています16。この選択肢であれば、社会保険料の対価性をクリアする形で、少子化対策などの社会保障給付に回すことが理論上、可能になります。

ただ、今よりも負担を増やすのであれば、結局は増税論議と変わらなくなります。考えてみれば当然なのですが、社会保険料だろうが、租税財源だろうが、国民の懐が痛む点は同じです。その結果、この選択肢を採用したとしても、「負担と給付の両面を見据えた議論が必要」という結論に至ります。
 
16 CSGについては、尾玉剛志(2018)『医療保険改革の日仏比較』明石書店、柴田洋二郎(2019)「フランス医療保険の財源改革にみる医療保障と公費」『健保連海外医療保障』No.121、同(2017)「フランスの医療保険財源の租税化」『JRIレビュー』Vol.9 No.48、小西杏奈(2013)「一般社会税(CSG)の導入過程の考察」井手英策編著『危機と再建の比較財政史』ミネルヴァ書房などを参照。

7――おわりに

以上、少子化対策の主な財源として、社会保険料を充当する是非を論じて来ました。少子化対策に限らず、予算を拡充するのであれば、租税だろうが、社会保険料だろうが、その財源を考えることは不可欠です。歳出カットによる財源捻出も検討に値しますが、数千億円単位あるいは兆円単位の財源を確保することは困難であり、やはり財源対策を検討する必要があります。

その際には社会保険方式の特性を踏まえた議論が必要であり、社会保険料の「流用」に当たる遣い方を含めて、「取れるところから取る」という安易な方法では、社会保障制度や社会保険料に対する国民の不信感を増幅しかねません。

筆者は「社会保険料の充当は全てダメ」と原理主義的に考えているわけではありませんが、それでも制度の立て付けに沿った議論が求められます。さらに、少子化対策も含めて社会保障の負担と給付の在り方に関して、もう一度考え直す必要が来ていると思います。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年05月24日「研究員の眼」)

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