2023年05月02日

401(k)プラン内への個人年金の組入れ促進を図る米国生保業界-セキュアアクト2.0と米国生保業界-

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はじめに

米国で2022年12月29日に成立した2023年連結歳出法(the Consolidated Appropriations Act of 2023)は、その一部にSECURE ACT 2.0(セキュアアクト2.0)と呼ばれる、退職制度関連の一連の条項を含んでいる。セキュアアクト2.0は、2020年に制定されたSECURE ACT(Setting Every Community up for Retirement Enhancement act;すべてのコミュニティを退職後の強化に向けて設定する法律;以下、セキュアアクト1.0)を踏襲し、進展させたもので、401(k)プラン、IRA(個人退職口座)その他の退職貯蓄手段に関する92の条項で構成されている。

セキュアアクトは、退職資産の蓄積段階とともに、退職資産からの給付引出し段階にも光を当てており、老後の生活を支えていくための、ライフタイム・インカムの保証にも言及している。

ライフタイム・インカムとは、生きている限り受け取ることができる収入の流れである。ライフタイム・インカムの提供手段としては、投信等で残高を安定的に運用しながら、平均余命等に向かって取崩し(引出し)を計画的に行うシステマティック引出し計画(SWP)等も考えられるが、生涯にわたっての支払いを契約で保証できるのは生保会社の終身年金だけである。

セキュアアクト2.0の成立を受け、米国の生保会社は、401(k)プラン等の確定拠出制度の中に年金商品を組み込むインプランアニュイティが普及することを期待し、意気軒昂である。

1――セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0の概要

1――セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0の概要

セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0は、退職制度への加入促進や退職制度の貯蓄増加、生涯所得(ライフタイムインカム)保証ソリューションへのアクセス促進等を目的として、さまざまな制度改革を行った。以下の表は、セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0の改革事項中の目立つものを一覧にしたものである。セキュアアクトは、この他にも、加入者を増やす観点から、複数の中小企業が連合して401(k)プラン等を提供する制度の要件緩和、プラン提供を行う中小企業への税額控除の拡大、軍人の配偶者やギグワーカー等の制度加入の促進等も行っている。
表 セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0の主な退職制度改革
表中に出てくるRMD制度は、Required Minimum Distributions(最低引出義務)制度の略語で、それまでは、70.5歳を過ぎると以降、毎年一定の金額を退職プランから引出さねばならないとされてきた制度である。セキュアアクトは、RMD制度の開始上限年齢、毎年の引出し額が要件を満たせなかった場合のペナルティ税等についても変更を加えている。
表 セキュアアクト1.0およびセキュアアクト2.0の主な退職制度改革

2――401(k)プラン内の年金商品(インプランアニュイティ)

2――401(k)プラン内の年金商品(インプランアニュイティ)

以下、米国生保業界が大きな希望を持っている、401(k)プラン内にライフタイムインカムの源泉として個人年金を組み入れる方式(インプランアニュイティ)について、セキュリティアクトの内容をもう少し詳しく見ていく。
(1)セキュアアクト1.0は、雇用主の受託者要件を明確化した
セキュアアクト1.0以前は、「401(k)プラン等を提供する雇用主(プランスポンサー)が、401(k)プラン内の選択商品の1つとして個人年金を採用していたが、当該商品を提供している生保会社が破綻してプラン加入者にライフタイムインカムを支払えなくなってしまった場合、雇用主が訴訟で法的責任を問われる可能性がある」ことが、インプランアニュイティ導入に対する大きな障壁となっていた。  

セキュアアクト1.0は、この点に対応し、401(k)プラン等に組み入れる年金商品と生保会社を選定する際に、雇用主がここまで行っていれば、プランスポンサーとしての責任を果たしており、その後に受託者責任を問われることはないという要件を明確化した。

具体的には、雇用主は生保会社を選定する際に、当該生保会社が、以下の要件を備えていることを示さなければならない。
 
  • 州保険監督当局の規制監督下にあること
     
  • 過去7年間において、州保険監督当局が規定する法令を遵守し、外部監査済みの財務諸表を提出していること
     
  • 少なくとも5年に1度は州保険監督当局による財務状況に関する監査を受けていること

これにより、生保会社選定時の受託者責任に関するプランスポンサーの懸念が軽減されることとなり、個人年金が投資対象の1つとして採用されることが期待できる状況となった。
(2)セキュアアクト2.0は、プラン内に組み込める適格長寿年金契約(QLAC)の保険料上限を拡大した
適格長寿年金契約(QLAC)は長寿年金(繰延収益年金)の一種である。長寿年金は、通常、退職時(65歳など)に購入され、80歳または85歳の高年齢時から終身保証された年金給付が支払い開始される、人生後期の収入確保に重きを置いた個人年金商品である。

税制適格のQLACを購入するために使用される資金は、既存の401(k)プランやIRA内の適格プラン内の資産に限られる。

QLACに投資した部分についてはRMDの適用が免除される。QLACは、RMDに基づく所定年齢以降の引出必要額の計算において、年金プラン残高の分母分子から除外される。これにより、プラン加入者は、自身が選択した85歳までの人生後期の開始日に、ライフタイムインカムの受け取りを開始できる。

セキュアアクト2.0以前は、QLACの保険料の上限は、プラン残高の25%または12万5,000ドルのいずれか低い方を超えることができないこととされていた。この上限の低さが、QLACのメリットを大きく制限していた。

セキュアアクト2.0は、プラン残高の25%という上限割合の制限を撤廃し、保険料の上限を20万ドルに引き上げた。

これにより、401(k)プランに組み込まれる個人年金(インプランアニュイティ)の有力商品であるQLACの401(k)プラン加入者にとっての魅力が高まった

3――401(k)プラン等のインプランアニュイティ普及に期待する米国生保業界

3――401(k)プラン等のインプランアニュイティ普及に期待する米国生保業界

米国生保会社は、401(k)プラン等の確定拠出年金事業については、これまで、GIC(利率保証契約)やステーブルバリュー商品と呼ばれる確定利付き商品の提供とレコードキーピングサービスの提供を通じて、事業参加してきたが、セキュアアクトにより401(k)プラン等のプラン内に年金的なソリューション(インプランアニュイティ)を提供するチャンスが拡大したことにより、確定拠出年金市場でのシェアを拡大する機会を得たと言える。

本年(2023年)2月に、米国生保業界のマーケティング調査機関であり教育機関でもあるリムラが、ホームページ上に掲載した『予測: インプランアニュイティ市場は今後 2 年間で指数関数的に成長する』と題する短い文章は、米国生保業界の期待と高揚を端的に表明している。https://www.limra.com/en/newsroom/industry-trends/2023/prediction-the-in-plan-annuity-market-will-grow-exponentially-over-the-next-two-years/
 
以下、その概要を抜粋する。
 

最近のセキュアアクト2.0の可決を受けて、金融サービス業界は、2023年後半と2024年にインプランアニュイティの採用が増えると予想しています。

インプランアニュイティとは、雇用主が提供するプラン設計で、退職金を退職後の期間、収入保証の流れに変換することができるものです。インプランアニュイティの設計には、ターゲット・デート・ファンド(TDF)内の年金、独立した年金商品、およびプランの外にあるがそれにリンクされている年金オプションが含まれます。

インプランアニュイティの価値についてアドバイザー、プランスポンサー、および従業員によく認知されることが、彼らの受け入れに影響を与えます。

「業界では、2023年末から2024年にかけて、大規模なプランからインプランアニュイティの採用が拡大し、最終的には小規模なプランがその後に続くと感じています」、「退職金制度のアドバイザーや、雇用主にアドバイスするコンサルティング会社が、インプランアニュイティを快適に利用できるようにすることが、成功のために重要です。」と、リムラの販売&年金リサーチの責任者であるブライアン・ホジェンズは説明します。

リムラの調査によると、確定拠出型(DC)プランのアドバイザーは、インプランアニュイティについてより多くの知識を必要としています。アドバイザーの10人に3人は、クライアントがよりよく理解できるように、収入保証ソリューションを簡素化する必要があると考えています。ファイナンシャル アドバイザーが退職プランの93%を設定していることを考えると、ホジェンズは、生保業界はまずこのグループに焦点を当てる必要があると述べています。

インプランアニュイティの採用を成功させるには、正確で効果的な情報提供と認知獲得が不可欠です。ホジェンズは、業界がアドバイザーやコンサルタントに次のようなことを説明する必要があると示唆しています。

・セキュアアクトがプランスポンサーにとっての歴史的障害をどのように取り除いたか
・商品の仕組み
・市場での機会の拡大

さらに、業界はインプランアニュイティに関与するすべての関係者に情報提供し、認知を得ることができます。雇用主は、プランの設計とセーフ ハーバーのガイドラインを理解できるようにします。従業員が年金の仕組みを理解できるようにします。最後に、これらのプランをサポートするために投資できる適切なテクノロジーをレコードキーパーに示します。

これまで、インプランアニュイティの採用率は歴史的に低いにもかかわらず (DCプランのわずか14%のみがこのオプションを提供しています)、リムラの調査によると、雇用主が提供する退職貯蓄プラン内で保証された収入を創出したいという労働者のニーズと願望は高いことが示されています。

若年労働者(50歳未満)の4分の1未満だけが確定給付制度に加入しており、大部分は退職貯蓄を主にDC制度に依存しています。

リムラの調査によると、従業員の70% が、インプランアニュイティをDCプランのオプションにすべきだと考えています。

「必要性と関心が高い一方で、保険会社は、認知度を高め、より高い採用率に影響を与えるために、これらの商品の価値を複数の対象者 (プランスポンサー、加入者、アドバイザー、コンサルタント)に説明する方法を見つける必要があります」とホジェンズは言います。

チャンスはそこにあります。私たちの業界が関係者全員に効果的な情報を提供し、認知を獲得できれば、より多くのアメリカ人が年金のような収入にアクセスできるようになります。

(資料)リムラ インダストリー・トレンド『予測: インプランアニュイティ市場は今後 2 年間で指数関数的に成長する』を抜粋試訳

さいごに

さいごに

セキュアアクトは各種の策を講じて、401(k)プランの加入者を増やすことを目指している。加入者が増えれば、401(k)内の資産額も増える。生保業界はQDIAを始めとするインプランアニュイティの普及に成功できれば、その拡大の波に乗ることができる。

米国では、退職後の長い人生の生活資金を確定拠出プランで蓄えた退職資産に依存する労働者が増加しているため、生涯にわたって尽きることなく生活資金の支払いを行えるインプランアニュイティに対する注目は高まることも予想される。今後の動向に注目していきたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2023年05月02日「保険・年金フォーカス」)

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