2023年04月11日

少子化の一因となった子育てのゴール変更を生命保険から考える

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――日本は子供を育てられないほど衰えたのか

進みゆく日本の少子化を前に「今の政治・経済環境下では若者たちが子供を育てられるとは思えない、だから産もうとしないのだ」という論調がある。確かにここ30年ほど、目を引くような経済成長を遂げられなかったことは事実であるものの、それほどに日本は少子化以前に比べて衰えたのであろうか。

数年前、某テレビドラマでシングルファーザーの主人公が息子に対し「心配するな。大学はちゃんと出させてやる」と諭すシーンがあった。それが現在の子育てに関するスタンダードな目標とまでは言えないかもしれないが、逆に少子化以前の日本国民のどれほどが子育てのゴールを大学卒業までとしていたであろうか。

2――末子を養うに必要と思う期間が70年代以降伸びてきた

2――末子を養うに必要と思う期間が70年代以降伸びてきた

生命保険文化センターが定期的に実施している調査の中に、自分に万が一のことがあった場合に残すべき生活資金が何年分必要かという項目がある。

図表1が示す通り、1973年では末子が未就学児の場合14.2年との回答であった。回答時点で3歳であったとして末子が17歳強まで生活資金を残せばよいということであるから、多くの人が、自分の子供が大学に行くことまでは想定していなかったことを意味している。
【図表1】万一の場合の家族の必要生活資金(必要年数)
子育てのゴールが大学を卒業させることではなく、以下のようなものであったら今でも多くの人が子供を産もうと思うのではなかろうか。子供を育てるのは中学校を卒業するまでで十分。その後は家業を継いで自分を助けてくれる。

現在であれば極論に聞こえるかもしれないが、実のところ1930年代生まれで自営業であった私の父は多分にそのような考えの持ち主であった。とはいえ高度経済成長期に多くの人が豊かになったことは疑いなく、実際には子供たちを大学まで卒業させてくれたものの、産む段階でそれを予見していたわけではない。

逆に子育てのゴールは大学を卒業させること、加えて東京に下宿して私立大学に通うことになったら毎月いくらかかるのだろうか、などと考え出したなら、団塊の世代が誕生した昭和20年代ですら多くの人が子供を産むことを躊躇したのではあるまいか。

3――子育てのゴール変更が生保の追い風となったのは90年代前半まで

3――子育てのゴール変更が生保の追い風となったのは90年代前半まで

奇しくも図表1のデータがスタートする1973年を直近のピークとして、出生数は減少基調を辿り、2016年に100万人を割り込んだことは広く報じられた。他方、生命保険で守るべき子供の数が減少していったにも関わらず、生命保険の新規契約高(転換契約含み、個人年金保険は含まず)は上昇を続け、ピークに至ったのは20年近く後の1991年である。図表2を参照いただきたい。
【図表2】出生数と生命保険新規契約高の推移
インフレを受けての必要生活資金の増加が保険金額を上昇させたことのみならず、子育てのゴール変更が途上にあり、遺族に残すべきと考える金額が増大していったことも一因であろう。

ピーク後の推移は様相が異なる。コロナ前の2019年で見た場合、落ち込んだとはいえ出生数は前回ピークである1973年の4割強の水準を維持した(86.5万人)ものの、生命保険の新規契約高は同じくピークである1991年の4分の1を割り込んだ(49.7兆円)。

インフレがほぼなかった期間であることを割り引いても、後者の急減を少子化だけで説明することは困難であるが、この時期では子育てのゴール変更という追い風効果がなかったことは間違いないだろう。図表1に戻っていただきたい。自分に万が一のことがあった場合に残すべき生活資金について、既に1991年の回答で20.0年分に到達し、以後は20年分前後で安定的に推移している。子育てのゴール変更は1990年代前半には完了していたとみられる。

4――おわりに(少子化と生命保険)

4――おわりに(少子化と生命保険)

生命保険に関連する統計を基に、少子化の一因となった子育てのゴール変更が1970年代より続き、1990年代前半には完了した経過をみてきたが、これを30年前に終わった過去の事象として済ませるのは適切でないだろう。子育てのゴール変更が当時の出生数減少の一因となり、現在の出産適齢期人口の減少につながったためだ。

岸田政権が「異次元の少子化対策」と強調してたたき台を提示した通り、少子化は日本の政治経済全般に影響を与えるものである。少子化対策の前提となる分析は多面的な角度からなされる必要があるが、生命保険で守るべき子供が減少するという意味で、少子化の影響が直撃する生命保険に関する情報は分析の一助となるであろう。

引き続き生命保険から少子化を考察し発信していきたい。
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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人アフリカ協会
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

(2023年04月11日「基礎研レター」)

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