2023年03月20日

東南アジア経済の見通し~輸出低迷や金融引き締めにより景気減速へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済はコロナ禍からの回復傾向が続いている。2022年の成長率は前年比+8.7%(2021年:同+3.1%)と上昇し、22年ぶりの高成長を記録した。四半期ベースでみると、10-12月期の成長率は前年同期比+7.0%となり、比較対象となる前年同期が低水準だった7-9月期の高成長(同+14.2%)から鈍化したものの、順調な景気が続いていることが明らかとなった(図表5)。

10-12月期はコロナ規制の緩和による経済活動の正常化が進むなかで内需が堅調に拡大、民間消費(同+7.4%)と民間投資(同+10.3%)がそれぞれ好調だった。マレーシアでは昨年4月以降、隔離なしの入国を再開したほか、飲食店・小売店の営業時間規制や人員制限などを廃止、更には5月に屋外でのマスク着用義務を撤廃するなど、コロナ禍前の生活様式に戻ってきている。主に観光関連産業が回復するなかで失業率の低下や賃金上昇など労働市場の改善が続いていることも消費の拡大に繋がり、こうした国内の事業環境の改善を受けて企業の設備投資も回復している。外需は海外経済の減速により財貨輸出(同3.7%増)が鈍化した一方、入国規制の緩和に伴う外国人観光客数の回復によりサービス輸出(同+81.4%)が大幅に増加したため、財・サービス輸出(同+9.6%増)は高成長となった。

先行きのマレーシア経済は、当面は内外需が鈍化して成長ペースが減速するだろう。外需は中国のゼロコロナ政策終了により外国人旅行者の受け入れが進むためサービス輸出の拡大が続くものの、世界的な需要減退による財貨輸出の停滞が予想される。また電子製品や一次産品に対する需要減少や金融引締めによる民間企業の設備投資意欲の低下、エネルギー価格低下に伴う交易条件の悪化が重石となり、内需の増勢鈍化も避けられないだろう。しかし、観光関連産業の回復が続いて良好な雇用環境が保たれるなか、アンワル政権の2023年度予算で盛り込まれた低中所得層に対する生活支援策やインフラプロジェクトの進展により、消費と投資は底堅い成長を維持すると予想する。

金融政策は、マレーシア中銀が昨年5月から4会合連続で利上げを実施し、政策金利は1.75%から2.75%まで引き上げられたが、直近の2会合では据え置きとなっている。(図表6)。1月の消費者物価上昇率は前年同月比+3.7%と、昨年8月をピークに低下傾向にある。今後もエネルギー価格の低下によってインフレの鈍化が続くとみられるほか、追加利上げによる国内経済への悪影響を警戒して、マレーシア中銀は政策金利を当面現行水準で維持するだろう。

実質GDP成長率は2023年が+4.0%(2022年:+8.2%)と低下するが、2024年が+4.7%に上昇すると予想する。
(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表6)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済はコロナ禍からの回復の途上にある。2022年の成長率は前年比+2.6%となり、2021年の同+2.1%から上昇したが、周辺国に比して低成長にとどまった。四半期ベースでみると、10-12月期の成長率が前年同期比+1.4%となり、観光業の回復で成長率が加速した7-9月期の同+4.6%から大きく鈍化した(図表7)。

10-12月期の景気減速の主因は財貨輸出の急減だ。世界的なインフレの加速により貿易相手国の購買力が低下して財貨輸出が▲10.5%と落ち込んだ。民間部門の設備投資(同+5.1%)は世界経済の減速懸念に物価高と金利上昇の影響が加わり、7-9月期の二桁成長(同+14.2%)から鈍化した。また公共投資(同+1.5%)も停滞したため、総固定資本形成(同+3.9%)は伸び悩んだ。一方、民間消費(同+5.7%)は堅調に拡大した。昨年5月に入国制度「テスト・アンド・ゴー」が廃止されるなど入国規制が段階的に緩和され、6月にはパブやバー、カラオケ店等の娯楽施設の営業が再開、10月には緊急事態宣言が解除された。その結果、外国人旅行者数が547万人(7-9月期:360万人)と急増してコロナ前の5割強の水準まで回復、また国内観光も政府の継続的な国内旅行促進策により伸びている。観光関連産業の回復により雇用環境が改善したことが消費の追い風となった。

タイ経済の先行きは、観光関連産業の回復が続くなかで順調な成長が続くと予想する。外国人観光客数は今年1,000万人に達したが、コロナ禍前の水準(2019年は約4,000万人)には程遠い。今後は中国のゼロコロナ政策終了により外国人観光客数が引き続き回復すると見込まれる。高めのインフレや金融引締めが引き続き消費の重石となるものの、政府の景気刺激策や観光関連産業の持ち直しによる雇用環境の改善が続く中で民間消費は堅調に推移しよう。一方で投資は伸び悩むだろう。インフラ整備事業の進展により公共投資が緩やかに増加するが、民間投資は輸出型製造業の設備投資を中心に停滞するものとみられる。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が今年8月以来4会合連続で利上げが実施し、政策金利は0.5%から1.50%まで引き上げられている(図表8)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+3.8%と低下傾向にあるが、依然として中銀の物価目標(+1~3%)を上回っている。今後もエネルギー価格の低下によりインフレ圧力が後退するものの、国内経済の回復傾向が続くことからもう一段の追加利上げが実施され、その後は政策金利が据え置かれるだろう。

実質GDP成長率は2023年が+3.4%(2022年:+2.6%)と上昇し、2024年が+3.8%と緩やかに上昇すると予想する。
(図表7)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済はコロナ禍からの経済活動の再開によりプラス成長が続いており、2022年の成長率は前年比+5.31%(2021年:同3.70%増)と上昇して9年ぶりの高成長を記録した。四半期ベースでみると、10-12月期の成長率は前年同期比+5.01%となり、7-9月期の同+5.72%から鈍化したものの、順調な成長が続いていることが明らかとなった。(図表9)。

10-12月期はロシア・ウクライナ戦争を背景としたコモディティブームにより、財貨輸出(+12.73%)の好調が続き、景気の牽引役となった。国際商品市況は昨年前半に頭打ちした後も高めの水準で推移しており、資源輸出国であるインドネシアの交易条件は改善、貿易を通じて海外からの所得流入が進み、国内の企業収益の改善や家計所得の向上を通じて内需の下支えとなっている。また入国規制の緩和により12月の外国人旅行者数が90万人(2019年平均の67%)まで回復しており、サービス輸出(同+56.40%)の大幅な増加も続いた。GDPの半分以上を占める民間消費(同+4.50%)は高インフレが重石となり鈍化したが、コロナ禍が収束に向かうなかで旅行関連支出が拡大するなど底堅く推移している。投資(同+3.33%)は世界的な景気減速やインドネシア中銀の積極的な利上げの影響が広がり鈍化した。

先行きのインドネシア経済は内外需が鈍化して成長ペースが減速するだろう。民間消費は物価上昇や金利上昇や交易条件の悪化が重石となるが、対面型サービス業の回復により良好な雇用環境が続くため底堅い伸びを維持するとみられる。民間投資はマクロ経済の安定や雇用創出法による投資環境の改善により海外からの投資流入が続くが、輸出停滞や金利上昇により企業の設備投資意欲が高まらず伸び悩むだろう。また緊縮財政の継続により公共部門の景気支持効果も期待しにくい。輸出はインバウンド需要の増加や中国経済の回復により増加傾向を維持するが、欧米を中心とした海外経済の減速や中国の豪州産石炭の禁輸終了により増勢鈍化は避けられない。一方、輸入は消費の底堅さから増加傾向が続くとみられ、外需は来年度も成長率の押し下げ要因になると予想される。

金融政策は、インドネシア中銀が昨年8月に金融引き締めに舵を切り、政策金利は過去最低水準の3.5%から5.75%まで引き上げられたが、直近2回の会合では据え置きとなっている(図表10)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+5.5%と、中銀の物価目標(+2~4%)の上限を上回っているが、コアインフレは+3%台前半で落ち着いている。今後はエネルギー価格の低下によりインフレの鈍化傾向が続いて年後半に物価目標圏内に落ち着くと予想する。従って、インドネシア中銀は当面は政策金利を現行水準で据え置くものとみられる。

実質GDP成長率は2023年が+4.7%(22年:+5.2%)と低下するが、2024年が+5.2%に小幅に上昇すると予想する。
(図表9)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表10)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済はコロナ禍からの景気回復が続いている。2022年の実質GDPは前年比+7.6%(2021年:同+5.7%)となり1976年以来の高成長を記録し、コロナ禍前(2019年)の水準を上回った。四半期ベースでみると、10-12月期の成長率は前年同期比+7.2%となり、7-9月期の同+7.6%から鈍化したものの、順調な成長が続いていることが明らかとなった(図表11)。

10-12月期はコロナ禍が収束に向かうなかでリベンジ消費が発生しており、GDPの約7割を占める民間消費が+7%成長を維持して景気の牽引役となった。マニラ首都圏では、昨年3月以降、新型コロナウイルス規制の基準が5段階で最も緩い「1」に引き下げられており、8月には全国の学校で対面授業を再開、9月には屋外のマスク着用義務を解除された。一連の行動制限の緩和によりコロナ前の生活に近づくなかでサービス業を中心に雇用環境が改善している。また海外就労者の送金額が増加したことも消費の追い風となった。外需も好調だった。入国規制の緩和により外国人観光客数が増加してサービス輸出(同+21.9%)が好調であり、財貨輸出(同+10.6%)も電子部品の出荷が伸びて二桁成長に加速した。一方、投資(同+6.3%)は増勢が鈍化しており、世界経済の減速やフィリピン中銀の金融引き締めの影響が広がり始めている。

先行きのフィリピン経済は内外需が鈍化して成長ペースが減速するだろう。フィリピンでは消費需要の拡大や台風被害による供給制約によりインフレが加速しており、2月の消費者物価上昇率は前年同月比+8.6%と高水準にある。当面はインフレ率が高い水準にとどまるとみられ、家計の実質所得が目減りするだろう。またフィリピン中銀の積極的な利上げによって借入コストが上昇しており、当面は消費と投資が抑制される展開が続きそうだ。もっとも中国人観光客の増加によりインバウンド需要の回復が続くため、観光関連産業が持ち直して良好な雇用環境が続くほか、政府の大型インフラ整備計画の加速が追い風となり、消費と投資は底堅い伸びを保つものとみられる。外需は外国人観光客数の増加によりサービス輸出が増加するものの、世界経済の減速により財貨輸出が暫く低迷するだろう。一方、輸入は内需の底堅い成長により輸出を上回る伸びが続くため、外需は再びマイナス寄与に転じると見込まれる。

金融政策はフィリピン中銀が昨年5月に金融引き締めに舵を切り、政策金利(翌日物借入金利)は過去最低の2.0%から6.0%まで引き上げられている(図表12)。今後はエネルギー価格の低下や食品インフレの緩和によりインフレ率が低下するものの、物価目標の上限(+4%)を大きく上回って推移するため、当面利上げを継続するだろう。もっとも2023年前半に米利上げが打ち止めとなると通貨安リスクが後退するとみられ、フィリピン中銀も金融引き締めを終了するだろう。

実質GDP成長率は2023年が+5.4%(2022年:+7.6%)と低下するが、2023年が+5.7%に小幅に上昇すると予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は昨年コロナ禍から急速に回復した。2022年の実質GDPは前年比+8.0%(2021年:同+2.6%)となり1997年以来の高成長を記録、政府目標の6.0~6.5%を達成した。しかし、四半期ベースでみると、10-12月期の成長率は前年同期比+5.9%となり、7-9月期の同+13.7%から大きく減速した(図表13)。

7-9月期は前年同期の実質GDPが新型コロナ感染拡大に伴い実施された都市封鎖の影響で落ち込み、成長率が上振れていただけに、10-12月期の成長率低下は避けられなかったが、通年の成長率目標である6.0~6.5%を下回ったのは製造業(同+3.6%)が鈍化した影響が大きい。海外経済の減速により電話や電気機器、繊維製品などの輸出(同▲6.1%)が落ち込み、製造業は減産の動きが広がっている。しかし、サービス業(同+8.1%)は引き続き好調だった。ベトナムでは昨年3月以降、政府が外国人観光客の受け入れを全面再開、4月には娯楽施設の営業再開や入国手続きの簡素化が進められた。こうして外国人観光客数が増加するなか、サ―ビス業では宿泊・飲食業(同+37.6%)と文化スポーツ(同+20.9%)の高成長が続いた。一方、社債市場の冷え込みにより資金繰りが悪化していた不動産業(同+4.4%)は伸び悩み、建設業(同+6.7%)も増勢が鈍化した。

先行きのベトナム経済は、当面は製造業生産の減速が続くものの、サービス業の持続的回復や公共投資による建設業の加速が見込まれるため、堅調な伸びを維持すると予想する。今後も世界経済の悪化により財貨輸出が低迷するとみられ、製造業生産は引き続き伸び悩むだろう。実際、足元では欧米の消費意欲低減によりスマートフォンや衣類などの輸出が低迷しており、今年1~2月累計の海外直接投資(FDI)の実行額は前年比+4.9%と減少に転じている。輸出型企業を中心に製造業に停滞感が広がる一方、政府は景気の下支えに向けて2023年の公共投資予算を711.7兆ドンと、前年から130兆ドン積み増しており、建設業は今後加速するものと予想される。またサービス業は観光関連産業の力強い回復により安定した雇用環境が続くことから堅調に拡大するだろう。

金融政策は、ベトナム中銀が昨年9月と10月にそれぞれ+1%(累計+2%)の利上げを実施したが、今年3月には主要政策金利のリファイナンスレートを据え置く一方、公定歩合を0.5%引き下げ、景気下支えのための利下げを実施した。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.3%と、1月の同4.9%から低下して政府の通年の物価目標である4.5%を下回っている(図表14)。当面はエネルギー価格の低下によりインフレ率が低下するとみられるなか、今後の米国の利上げ打ち止めなどのドン安圧力が緩和したタイミングでリファイナンスレートの引き下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は、輸出低迷により製造業生産が鈍化して2023年が+6.2%(2022年:+8.0%)と低下して政府目標の6.5%を小幅に下回るが、2024年が+6.6%と上昇すると予想する。
(図表13ベトナムの実質GDP成長率(供給側))/(図表14)ベトナムのインフレ率と政策金利
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2023年03月20日「Weekly エコノミスト・レター」)

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