2022年12月19日

東南アジア経済の見通し~観光関連産業の回復により内需中心に安定した成長が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済はコロナ禍からの回復傾向が続いている。2021年は年半ばにデルタ株の感染拡大により実質GDPが落ち込んだが、その後は経済活動の再開が進み、通年の成長率が+3.1%(2020年:▲5.5%)とプラス成長に回復した。そして、今年に入って成長率が加速しており、7-9月期が前年同期比+14.2%(4-6月期:同+8.9%)と大きく上昇、約1年ぶりの二桁成長となった(図表5)。

7-9月期の高成長は比較対象となる前年同期の実質GDPがデルタ株の感染拡大で落ち込んだことによるベース効果の影響が大きいが、前期比(季節調整済)の成長率は+1.9%と順調に伸びており、経済が回復傾向にあることは確かだ。マレーシアでは今年4月以降、ワクチン接種完了を条件に隔離なしの入国を再開したほか、飲食店・小売店の営業時間規制や人員制限などを廃止、更には5月に屋外(9月には屋内)でのマスク着用義務を撤廃した。こうしたコロナ規制の緩和により経済活動の再開が進んだため内需が順調に回復、民間消費(前年同期比+13.1%)と投資(同+13.1%)がそれぞれ好調だった。また財・サービス輸出(前年同期比+23.9%)も好調だった。入国規制の緩和に伴うインバウンド需要の回復によりサービス輸出(同+77.0%%)が大幅に増加すると共に、世界的に一次産品や半導体の需要が高まるなかで財貨輸出(同+19.5%)も二桁増となった。

先行きのマレーシア経済は、10-12月期はベース効果が剥落するため成長率の低下し、その後も鈍化傾向を辿ると予想する。外需は外国人旅行者の受け入れ拡大が進むためサービス輸出の拡大が続くものの、世界経済の減速や半導体需要の減退により財貨輸出にブレーキがかかるとみられる。内需は物価と金利の上昇が重石となるが、対面型サービス業を中心に経済活動の回復が続くとみられ、雇用所得環境や企業収益が改善、そして良好な交易条件が保たれることにより底堅い成長が続くと予想される。

金融政策は、マレーシア中銀が今年5月に金融引き締めに舵を切ると、これまでに政策金利は1.75%から2.75%まで引き上げられている(図表6)。10月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.0%と低下したものの、未だ高めの水準にある。当面は国内経済の回復と食品価格の値上がりによりインフレの高止まりが予想され、マレーシア中銀は通貨リンギと物価の安定に向けて緩やかな金融引き締めを継続、来年1月には追加利上げが実施されるだろう。来年1-3月期に米国の金融引き締めが終了すると、通貨が落ち着きを取り戻して輸入インフレ圧力が弱まり、同国の利上げも打ち止めとなる展開が予想される。

実質GDP成長率は2022年が+8.2%(2021年:+3.1%)と大きく上昇、2023年が+4.0%に鈍化すると予想する。
(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/マレーシアのインフレ率・政策金利(図表6)
2-2.タイ
タイ経済はコロナ禍からの回復が続いている。2021年は年央にデルタ株の感染拡大に伴い活動制限措置を厳格化した影響により実質GDPが落ち込んだが、その後は活動制限の緩和が進み、通年の成長率が前年比+1.5%(2020年:同▲6.2%)とプラス成長に回復した。2022年に入ると、成長率が次第に加速して7-9月期が前年同期比+4.5%となった(図表7)。

7-9月期は主に観光関連産業の持ち直しが経済成長をけん引した。タイでは今年4月にオミクロン株の感染拡大が落ち着き始めると、タイ政府は段階的にコロナ対策の規制緩和を進めてきた。5月にワクチン接種者を対象に隔離なしの入国制度を再開され、6月にはパブやバー、カラオケ店などの娯楽施設の営業が再開、公共の場でのマスクの着用義務が解除、7月には入国申請システムや医療保険証が廃止、バーやパブなどの歓楽街の営業時間が延長された。一連のコロナ規制の緩和により7-9月期の外国人旅行者数が360万人(4-6月期:158万人)、政府の国内旅行キャンペーンにより国内旅行者が5,028万人(前期:4,823万人)とそれぞれ増加したため、サービス輸出(同+87%)が好調だった。またGDPの約2割を占める観光関連産業の回復により経済活動が活発化して民間消費(同+9.0%増)と民間投資(同+11.0%)も高成長となった一方、財貨輸出(前年同期比+2.7%)は海外経済の減速により伸び悩んだ。

タイ経済の先行きは、観光関連産業の回復が続くなかで比較的高め成長を維持すると予想する。今後はコロナ禍で実質GDPが落ち込んでいたことによるベース効果が薄れていくだろう。しかし、今年の外国人観光客数は目標の1,000万人に達したが、コロナ前の水準(2019年は約4,000万人)には程遠い。歓楽街の営業時間の延長など更なる観光促進策の推進により観光関連産業の回復は続くものと見込まれる。引き続き高インフレやタイ中銀の金融引締めが消費の重石となるものの、雇用所得環境の改善が続く中で民間消費は堅調な伸びを維持するだろう。また2023年度の資本予算が前年度比+13.5%と大幅に増加するため公共投資は持ち直すとみられる。一方、世界的な需要減退による財貨輸出の更なる鈍化が見込まれ、民間投資は製造業の設備投資を中心に増勢が鈍化すると予想する。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が今年8月以来3会合連続で利上げが実施され、政策金利は0.5%から1.25%まで引き上げられている(図表8)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+5.5%と低下したが、依然として中銀の物価目標(+1~3%)を上回っている。政府の物価安定策やバーツ高による輸入価格の下落によりインフレ圧力は次第に和らぐものの、当面は内需回復を背景に高止まりが予想されるため、タイ中銀は22年半ばまで段階的な利上げを続けるだろう。

実質GDP成長率は2022年が+3.3%(2021年:+1.5%)と上昇、2023年が+3.8%と上昇すると予想する。
(図表7)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済はコロナ禍からの景気回復が続いている。2021年は年半ばにデルタ株の感染拡大により実質GDPが落ち込んだが、その後は活動制限の緩和が進み、通年の成長率は前年比+3.69%(2020年:▲2.07%)と上昇した。そして今年は年前半が5%台前半の成長が続いた後、7-9月期は+5.72%と更に加速し、堅調な成長が続いている(図表9)。

7-9月期は内外需ともに拡大したが、特に輸出が好調(前年同期比+21.64%)で経済成長をけん引した。国際商品市況は今年前半に頭打ちした後も高止まりしており、資源輸出国であるインドネシアの交易条件は改善している。従って、貿易を通じて海外からインドネシアへの所得流入が進み、国内の企業収益の改善や家計所得の向上を通じて内需の拡大に繋がっている。また新型コロナ対策の活動制限(PPKM)はインドネシア政府がジャカルタ首都圏のリスク区分を今年7月に「レベル1」に引き下げ、エッセンシャル分野以外の企業ではオフィスへの出社率が100%まで認められるようになるなど活動制限の緩和が更に進んだ。こうした人流の回復やリベンジ消費の動きが押し上げ要因となり、民間消費(同+5.39%)は底堅く推移した。また投資(同+4.96%)は公共投資が減少しているものの、良好な景況感を背景に民間部門を中心に堅調に拡大した。

先行きのインドネシア経済は、昨年のデルタ株の感染拡大によって実質GDPが低水準だったことによるベース効果が薄れるため、10-12月期の成長率が低下し、その後は4%台後半の底堅い伸びを維持すると予想する。民間消費は物価上昇や金利上昇が重石となるが、対面型サービス業を中心とした経済活動の回復が続く中で雇用所得環境が改善して、堅調な伸びを維持するとみられる。民間投資は輸出鈍化や金利上昇により企業の設備投資意欲が減退する恐れがあるものの、マクロ経済の安定と雇用創出法による投資環境の改善により海外からの投資が拡大する。また良好な交易条件が保たれることも引き続き内需の追い風となるだろう。また外需は欧米向けの財貨輸出の鈍化や輸入の拡大により成長率寄与度が低下するだろうが、旺盛な資源需要とインバウンド需要の好調は続くとみられる。このほか、緊縮財政の継続により公共部門の景気支持効果は期待できないだろう。

金融政策は、インドネシア中銀が今年8月に金融引き締めに舵を切り、政策金利は過去最低水準の3.5%から5.25%まで引き上げられている(図表10)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+5.4%と低下したが、依然として中銀の物価目標(+2~4%)の上限を上回っている。当面は内需が堅調に推移するなかでインフレの高止まりが予想され、中銀は金融引き締めを続けるだろうが、来年1-3月期に米国の金融引き締めが終了すると、インドネシアからの資金流出圧力が和らぎ、通貨と物価が落ち着きを取り戻すとみられ、同国の利上げも打ち止めとなる展開が予想される。

実質GDP成長率は22年が+5.3%(21年:+3.7%)と上昇、23年が+4.9%と低下するが、堅調な伸びを維持すると予想する。
(図表9)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表10)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済はコロナ禍からの景気回復が続いている。2021年の成長率が前年比+5.7%(2020年:同▲9.5%)とプラス成長に転じると、2022年は年前半が8%弱の成長ペースで推移、7-9月期の成長率も前年同期比+7.6%となり、高成長を維持している(図表11)。

7-9月期は内需が順調に回復、特にGDPの約7割を占める民間消費は+8%成長を維持して景気の牽引役となった。フィリピン政府はオミクロン株による感染拡大が落ち着き始めた今年2月頃から全国的に外出・移動制限措置を緩和し、3月以降はマニラ首都圏の警戒レベルを5段階で最も緩い「1」に引き下げている。また8月に学校の対面授業を再開、9月に屋外のマスク着用義務を解除(10月には屋内の着用義務も解除)した。こうしたコロナ規制の緩和に伴う経済活動の再開の動きが続いたため、人流の増加や雇用環境の改善、そしてペソ安に伴う海外就労者の送金額(ペソベース)の増加などが消費の追い風となった。また投資(同+10.1%)は5月の総選挙を前に一時禁止されていた建設活動を急いだことが押し上げ要因となった。財・サービス輸出(同13.1%増)は入国制限の緩和によりインバウンド需要が拡大して二桁成長に加速した。

先行きのフィリピン経済は底堅い成長が続くものの、成長ペースが鈍化しそうだ。フィリピンでは台風被害により食品価格が高騰、ペソ安に伴う輸入物価の上昇も加わりインフレが加速している。当面はインフレの高止まりにより実質所得が目減りして民間消費は抑制される状況が続くだろう。しかしながら、フィリピンはコロナ規制の緩和が周辺国と比べて遅れていたこともあり、国内経済の回復はもう暫く続きそうだ。このため、内需は観光関連産業を中心とした雇用所得環境の改善や海外出稼ぎ労働者の本国送金の増加、大型インフラ整備計画の継続が追い風となり底堅さは保たれると予想される。一方、外需の成長率寄与度はマイナス圏で推移するだろう。外国人観光客数の回復が続く中でサービス輸出が堅調に拡大するだろうが、世界経済の減速により財貨輸出の鈍化や、輸入拡大が見込まれる。

金融政策は、フィリピン中銀が今年5月に金融引き締めに舵を切り、政策金利は過去最低の2.0%から約14年ぶりの高水準となる5.0%まで引き上げられている(図表12)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+8.0%と、中銀の物価目標圏(+2~4%)を大きく上回り、当面の利上げ継続は避けられない。もっとも今後は米国の利上げペースの減速により通貨ペソが落ち着きを取り戻し、インフレがピークアウトするものとみられる。早ければ23年1-3月期にもフィリピン中銀は利上げを打ち止めする展開が予想される。

実質GDP成長率は2022年が+6.8%(2021年:+5.7%)と上昇するが、2023年が+5.7%に低下すると予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナムはコロナ禍からの景気回復が続いている。2021年は7月に南部を中心に厳しい都市封鎖が実施されて経済活動が停滞したが、10月以降はウィズコロナ戦略に移行にして段階的な規制緩和が進んだため経済活動が再開、通年の成長率は前年比+2.6%にとどまった。2022年は順調に経済回復が進み、成長率は1-3月期が前年同期比+5.1%、4-6月期が同+7.7%、7-9月期が同+13.7%と加速している(図表13)。

7-9月期は経済活動の再開による景気回復が続くなか、前年同期が都市封鎖によって生産活動が大幅に制限されたことによるベース効果が加わり、10年以上ぶりの高成長となった。ベトナムでは今年3月にオミクロン株の感染拡大が落ち着き始めると、政府が入国後の検査・隔離措置を大幅に緩和し、外国人観光客の受け入れを全面再開、4月には娯楽施設の営業再開や入国手続きの簡素化が進められた。一連のコロナ規制緩和により経済活動が活発化、雇用所得環境が改善しており、内需は好調だ。産業別では、外国人観光客の増加を受けて宿泊・飲食業(同+171.7%)が急上昇するなど、サービス業は同+18.9%(前期:同+8.9%)と大幅に増加した。製造業は同+13.0%(前期:同+11.1)と、堅調な輸出も追い風となって二桁成長が続いた。

先行きのベトナム経済は、ベース効果が弱まり10-12月期の成長率が大幅に低下するだろう。2023年はコロナ禍からの回復の勢いが弱まるため、2022年ほどの高成長は見込めないが、堅調な伸びを維持すると予想する。産業別にみると、サービス業は観光関連産業の力強い回復により雇用所得環境の改善が続くことから堅調に拡大するだろう。一方、製造業は世界経済の減速を背景とする財貨輸出の減速により増勢が鈍化しそうだ。実際、足元では世界需要の減退を反映して主要輸出品であるスマートフォンや衣類の生産が減少に転じている。もっとも、1-11月累計の海外直接投資(FDI)の実行額は前年比+15.1%と大幅に増加するなど、米中関係の悪化からベトナムに生産移転を進める企業の動きは続いているため、製造業生産は底堅い成長を維持すると予想する。

金融政策は2020年4月以降、政策金利が4.0%で据え置かれていたが、ベトナム中銀が9月と10月にそれぞれ+1%(計+2%)の利上げを実施した。堅調な内需と米利上げを背景とする通貨ドンの減価を背景にインフレが加速しており、11月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.4%と、政府の通年の物価目標である4%を上回っている(図表14)。足元では米国の利上げペースが減速してドン安圧力が緩和しているが、当面はインフレ率が+4%を上回る高めの水準で推移するため、中銀は物価と通貨の安定に向けて0.5%の追加利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2022年が+7.4%(2021年:+2.6%)とウィズコロナ戦略への転換により上昇するが、2023年が外需悪化により製造業生産が鈍化して+6.0%に低下すると予想する。
(図表13)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表14)ベトナムCPI上昇率
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2022年12月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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