2022年11月22日

SDGs関連債務の情報伝達力-SDGsに対する取組を周知できるのか?

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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3使途限定型と目標設定型との比較
近年、SDGs関連債務の中でもサステナビリティ・リンク・ボンド(ローン)やトランジション・リンク・ボンド(ローン)に注目が集まっている。グリーンボンド(ローン)やソーシャルボンド(ローン)のように、「リンク」を含まないSDGs関連債務と「リンク」を含むSDGs関連債務には決定的な違いがある。「リンク」を含まないSDGs関連債務は必ず使途が限定されているが、「リンク」を含むSDGs関連債務は使途が限定されないケースが多い。使途を限定しなくても良いのは、発行企業が立てたSPTs達成に対するインセンティブを付与・強化する仕組みがあるからである。達成状況に応じて利率が変化するとか、目標未達の場合は寄付するといった仕組みが組み込まれている。このため以降、「リンク」を含むSDGs関連債務を目標設定型、「リンク」を含まないSDGs関連債務を使途限定型と表記する。

最初のSDGs関連債務による資金調達に限定すると、8割程度が使途限定型であるのに対し、2回目以降は使途限定型と目標設定型が拮抗する(図表11)。最初より2回目以降の方が目標設定型の割合が大きいという点では債券も融資も同じだが、債券と融資では構成割合が明らかに異なる。債券は2回目以降も8割程度が使途限定型であるのに対して、融資は1回目も過半数は目標設定型である。
【図表11】 SDGs関連債務による資金調達実績の有無別、使途限定型と目標設定型の割合
これまで、SDGs関連債務による資金調達を通じて、SDGsに積極的な企業であることに対する周知が進み、それが株価に反映される可能性や、SDGs関連債務による資金調達を繰り返すと株価への影響が低減する可能性について確認してきた。2回目以降に目標設定型を選択する企業が多いのは、使途限定型と目標設定型では投資家に伝えたい情報が異なるからではないだろうか。そこで、以下の仮説を検証する。
 
<仮説3>
目標設定型には、SDGsに積極的な企業であるという情報だけでなく、目標達成に対する経営陣の自信や、背水の陣をしくほどの目標達成に対する思いの強さといった情報も含まれている。
 
目標設定型には使途限定型にはない情報が含まれるならば、2回目以降の資金調達であっても、目標設定型ならば株価がポジティブに反応する可能性がある。そこで、2回目以降のSDGs関連債務による資金調達に限定し、使途限定型と目標設定型に分けて株価の反応を確認したい。但し、図表8の通り、2回目以降のサンプル数は債券で38、融資で40しかない。これを、更に使途限定型と目標設定型に分けると十分なサンプル数が確保できない為、債券と融資を合わせて分析した。

結果は図表12の通りで、2回目以降の使途限定型は統計的に有意な反応は確認できない(ニュートラル)が、目標設定型の場合ポジティブな反応が確認できた。仮説3を支持する結果ではあるが、2回目以降でも債券は使途限定型が多く、融資は目標設定型が多いので、使途限定型と目標設定型による相違ではなく、債券と融資の違いかもしれない点に注意が必要である。
【図表12】 使途限定型と目標設定型との比較
4企業の財務指標の特徴と株価の反応
これまでは、サンプルの平均的な反応を確認してきたが、最後に企業の財務指標(標準化)の特徴と株価の反応との関係性を確認する。具体的には15個(図表7が3、図表8が6,図表10が4、図表12が2の計15個)のサンプル群毎に、公表翌営業日から30営業日の累積超過収益率と、年度別、東証33業種別に求めた財務指標の平均値及び標準偏差を用いて標準化した財務指標(3章3節参照)との相関係数を求めた。図表13は、正相関(相関係数が正)の数と逆相関(相関係数が負)の数に加え、そのうち統計的に信頼性の高い結果(1%水準が最も信頼性が高い)の数を示している。
【図表13】 企業の財務指標の特徴と株価の反応の関係
負債比率は正相関の数が3個に対して逆相関の数が12個と高いので、負債比率の高い企業ほど累積超過収益率が小さくなる傾向があると言える。負債比率が業種平均より高い企業が多いので、SDGs関連債務による資金調達後に株価がポジティブに反応するといった全体的な傾向が負債の節税効果の影響とは考えにくいものの、個別の企業に着目すると伝統的なトレードオフ理論との整合性が確認できる。負債比率の低い企業が債務による資金調達を行うとほぼ節税効果(ポジティブ)しかないのに対して、負債比率が高い企業は財務上の困難や倒産コストの発生の現実味が増す効果が大きくなり、累積超過収益率も小さくなると考えられる。ただし、負債比率と累積超過収益率との逆相関関係のうち、統計的に信頼性の高い結果は決して多くない。

資産総額は正相関の数が15個(資産総額の対数値でも14個)で、資産総額が大きい企業ほど累積超過収益率が大きくなる傾向があると言える。また、統計的に信頼性の高い結果も多い。規模の大きい企業の方がニュースとして注目されやすいことが影響しているのかもしれない。なお、融資に限っても資産総額が大きい企業ほど累積超過収益率が大きくなる傾向がある。 [Slovin, M. B., S. A. Johnson, and J. L. Glascock, 1992]の規模の小さい企業の場合において、かなりポジティブに反応するという分析結果とは反するが、本稿のサンプルには [Slovin, M. B., S. A. Johnson, and J. L. Glascock, 1992]の分析において、かなりポジティブに反応するほど規模の小さい企業が含まれていないからと考えられる。

株価成長率は逆相関の数が14個で、統計的に信頼性の高い結果も多い。また、トービンのQも逆相関の数が14個で、統計的に信頼性の高い結果も少なくない。市場の評価(トービンのQ)が低く、特に近年において評価が低迷している(株価成長率が低い)企業ほど、累積超過収益率が大きくなる傾向がある。社会課題の解決をめざすSDGsには、新規事業を伴うことが多いことが影響しているのかもしれない。

最後に、ROAと価格変動率は、累積超過収益率との関係性の評価が困難である。ROAは数では逆相関9個と正相関を上回るが、統計的に有意な結果が得られたのは正相関の方であり、価格変動率は数では逆相関と正相関が拮抗し、またいずれも統計的に有意な結果が得られたからである。

5――最後に

5――最後に

近年、SDGs関連債務による資金調達が増加傾向にある。外部からの資金調達の公表後に株価が変化するのは、投資家が経営陣による判断から経営情報を読み取ろうとするからであるという考え方があり、経営陣はSDGs推進に積極的な企業であるといった情報発信を意図して、通常の債務ではなくSDGs関連債務によって資金を調達していると考えられる。そこで、本稿では、この考え方に基づきSDGs関連債務による資金調達公表後の株価の反応が、通常の債務による資金調達公表後に考えられる反応と相違するか否かを確認した。
 
結果、微々たるものであるがSDGs関連債務による資金調達の公表後に株価がポジティブに反応すること、そして、企業にとってSDGs関連債務による資金調達が最初の場合はポジティブに反応するが、2回目以降は通常の債務による資金調達公表後の反応と変わらないことを確認した。これより、SDGs関連債務による資金調達にはSDGs推進に積極的な企業であることの周知を促す効果があること、そして、SDGs推進に積極的な企業はポジティブに評価される傾向があると考えられる。つまり、経営陣の思惑通りの情報がある程度は伝わっていると考えられる。また、サンプル数が限られるので、詳細には分析できていないが、SDGs関連債務でも使途限定型と目標設定型では、伝わる情報が異なる可能性を提示した。
 
将来、詳細な分析を行うに足りる十分なサンプルが得られたら、使途限定型と目標設定型との株価の反応の相違の評価に加え、以下の視点での評価も行いたい。

・具体的取組と株価の反応の関係(特に、新規事業に用いる場合とリファイナンスの場合の相違)
・新聞等の報道の有無による株価の反応の相違
・SDGs関連表彰取得実績と株価の反応の関係
・融資の場合、貸出金融機関との関係と株価の反応の関係(新たな金融機関からの融資か否か)

参照文献

Dann, L., Mikkelson, W. (1984). Convertible debt issuance, capital structure change and financing-related information: some new evidence. Journal of Financial Economics 13, 157-186.

JamesC. (1987 ). Some Evidence on the Uniqueness of Bank Loans. Journal of Financial Economics 19 (2), 217-35.

Modigliani, F. and M. H. Miller. (1958). The cost of capital, corporation finance and the theory of investment. American Economic Review, 48:261–97.

Myers, S., Majluf, N. (1984). Corporate financing and investment decisions when firms have information that investors do not have. Journal of Financial Economics 13, 187-221.

Slovin, M. B., S. A. Johnson, and J. L. Glascock. (1992). Firm Size and the Information Content of Bank Loan Announcements. Journal of Banking and Finance, 16, 35-49.

顔菊馨. (2019). 近年の日本における転換社債発行のアナウンスメント効果の検証. 経営財務研究Vol.39, 2-24.

金子隆・渡邊智彦. (2005). 銀行借入 VS. 市場性負債:アナウンスメント効果の比較と要因分析. 現代ファイナンス 第 18 号,69-95.
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2022年11月22日「基礎研レポート」)

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