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コラム
2025年06月23日

内国歳入法899条項(案)-TACOで終わらなければ、日本にも影響か?

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――外国の企業・投資家に課税案

[図表1]税制・歳出法案の概要 米国では、トランプ大統領が導入した所得税減税の延長などを盛り込んだ包括的な税制・歳出法案「One Big Beautiful Bill Act(一つの大きく美しい法案)」が議会で審議されている[図表1]。この法案は、歳出増、歳出減、歳入増、歳入減まで含む、複雑な法案であり、成立すれば米国の財政赤字を2034年までに約2.4兆ドル悪化させることが見込まれる1ため、各所で議論を呼んでいる。

一方で、このところ日本では、同法案のある条項が話題となっている。それは内国歳入法「第899条項(案)2」、報道機関などで「報復税」と呼ばれる条項である。この条項は、米国が差別的とみなした国の政府および企業、個人の所得に対して、制裁として追加的に課税ができるようにするものである。具体的には、利子や配当、米国事業に関連する所得、不動産の譲渡に伴う所得、支店利益(米国支店の利益を本国に送金)などの所得が対象となる。

例えば、外国企業が米国に拠点を持つ場合、米国での所得に対して課せられる通常の法人税率は、初年度に5%引き上げられたあと、毎年5%ずつ加算され、最大20%(下院案)まで上乗せされる。

また、米国に拠点のない法人や個人の場合には、米国投資から得られる利子や配当に対する税率が、毎年5%ずつ引き上げられる。ここで上乗せされる税率は、米国との間で租税条約が締結されている場合、軽減後の税率が引き上げの出発点となる。つまり、日米租税条約が締結されている日本の場合、現状では個人の配当には10%、利子には0%の軽減された税率が適用されるが、ここに第899条が適用されると、最大20%の税率が上乗せされるため、配当は最大30%、利子は最大20%の税率が課されることになる。

さらに、外国企業が多国籍企業の場合、税源浸食濫用防止(BEAT)税の強化も影響する。BEATは、米国法人が国外関連者に対して支払った利子や使用料などに対して、一定の計算に基づき追加的な課税を行う仕組みである。第899条項(下院案)では、この適用範囲を仕入れに係る支払いにも広げ、適用対象も現在の規模要件(米国法人の過去3年間の年間平均総収入が5億ドル以上)だけでなく、外国企業が50%超を所有する米国法人にも拡大し、所有構造に関する規定も追加する。
[図表2]不公正な外国税 第899条項の適用対象は「不公正な外国税」を米国に課している国であり、財務長官により最終決定される。下院案では、不公正な外国税の例として、デジタル・サービス税(DST)や軽課税所得ルール(UTPR3)、迂回利益税(DPT)などが挙げられているが、日本は令和7年度税制改正においてUTPRを法制化しているため、適用対象に認定される可能性は高いと言える[図表2]。

なお、第899条項の適用開始時期は、(1)第899条項の成立から90日後、(2)不公正な外国税が成立した日から180日後、(3)不公正な外国税が適用された日、そのいずれか遅い日が適用とされる。日本の場合、上述のUTPRが2026年4月1日以降に施行されることから、その時期が1つの焦点になる。

同法案は、2025年5月22日に下院で可決されたのち、現在、上院で法案修正を含めた審議が行われる段階にある。上院財政委員会が6月16日に公表した修正案では、第899条項の適用開始時期を暦年ベースで2027年まで先送りし、税率の上乗せ上限も15%に縮小させる内容となっている。ただ、第899条項の発動に伴う税収は、所得税減税など財源の穴埋め4に利用されることから、上院も発動自体を否定してはいない。与党共和党は、独立記念日である7月4日までの上院可決を目指しているが、上院通過後には下院との調整も必要になる見込みである。最終的な成立時期や適用内容が、どのように着地するのか見通しは立てづらい。
 
1 米国議会予算局(CBO)
2 Sec. 899. Enforcement of remedies against unfair foreign taxes
3 グローバル・ミニマム課税制度の一部
4 両院税制合同委員会(JCT)による試算では、今後10年間で1,160億ドル(約17兆円)ほど歳入が増えるとされる。

2――市場の混乱、日本にも直接的な影響

第899条項の発動は、「外国企業の税負担の増加」「資本の米国離れ」「米ドル資産の価値毀損と市場の混乱」といった大きな影響が懸念される。

例えば、外国企業の税負担は、第899条項の発動による適用税率の上乗せで増加する。経済産業省の海外事業活動基本調査によると、日本企業が米国に有する現地法人数は2,147社であり、2023年度の当期純利益の実績は3.7兆円になる。ここに最大20%の税率が追加されるとすれば、単純計算で0.7兆円の利益が失われる。同時期の日本企業の全規模・全産業における当期純利益は80.4兆円であり、日本全体では約1%の減益要因となる。

これまでトランプ大統領は、関税による打撃を避けたければ米国内に投資し、米国内で生産することが解決策になるとメッセージを繰り返し発信してきたが、第899条項が発動されれば、米国に現地法人を有する日本企業の税負担は重くなり、米国内で利益を上げにくい状況に置かれることになる。この税負担分を価格に転嫁すれば米国内での競争力は低下する。また、利益率の低下は、投資余力の低下につながるため、中長期的な生産性の向上も抑制されることになる。このような不確実性の下では、企業が積極的に対米投資を決断することは難しい。その結果、米国への資本フローが細っていくことが懸念される。

なお、資本の米国離れは、企業による直接投資だけでなく証券投資にも及ぶ。第899条項は、個人を含む海外投資家が保有する米国株や社債などから得られる配当や利息5に、最大20%を追加で課税するものである。これは、将来のフリーキャッシュフローを株主資本コストで割り引いて現在価値に換算した「株価の現在価値」(税引き後)を下げるものであり、米国資産の価値棄損を受けた海外投資家が資金を米国外に逃避させる動きを誘発、金融市場に直接的な混乱を引き起こすことが懸念される。
 
5 米国債の利息など免除対象となっているものは含まれない見通し。

3――発動可能性はどれほどあるのか

第899条項の発動は、国が差別的とみなした国に甚大な影響を与える一方、米国自身も金利上昇や相手国からの報復、エスカレーションによる米国離れの加速といったリスクを抱える諸刃の刃である。そうした意味では、軽々しく発動できるものではない。したがって、第899条は、いざというとき行使できることを見せて、相手に譲歩を迫る脅しとしての役割が大きいようにと思われる。

ただ、第899条項の構成は、初年度に5%の追加課税を行い、数年かけて課税を強化していく仕組みであり、段階的な強化で時間制限を設けている点は、発動した際の交渉を有利に進めようとの意図が感じられる部分として、米国側のリスク・コントロールがあるようにも感じられる。

トランプ大統領は、関税政策を発動してもすぐに撤回するなど、朝礼暮改の政策運営を繰り返し、世界的にTACO「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもビビってやめる)」との造語が広がっている。ただ、6月21日には、初めてイラン本土への攻撃に踏み切ったように、思わぬところでアクセルを踏み抜く可能性は否定しきれない。加えて、トランプ大統領は第899条項以外にも、1月20日の就任時の大統領令で、内国歳入法891条に基づく調査を進めている。この条項も、不公正な外国税の導入国の法人や企業の所得に追加課税するものであり、大統領が宣言すれば税率は2倍になる。

日本は関税交渉に加えて、税制面でも交渉対象となる可能性が高く、第899条項の扱いがどうなるか注視しておく必要がある。仮に、第899条項が今の形で残るとすれば、日本が取りうる選択肢は、個人や企業への影響を緩和する何らかの手段を見つける(あるいは無視する)か、軽課税所得ルールの2026年4月以降の適用を見直す、または、米国との交渉で何かを差し出して課税対象から外してもらうしかない。いずれにしても、これから数日、数週間の議論には、注目しておく必要があるだろう。

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(2025年06月23日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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