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コラム
2024年12月17日
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1――第1次トランプ政権の要求事項
トランプ氏は来年1月、再び大統領に就任する。世界に大きな波紋を広げることが予想されるトランプ次期大統領との関係構築は、日本にとっても大きな課題となる。
トランプ氏が掲げた「米国第一主義」は、米国の生産と雇用を守るための貿易赤字解消が至上命題であり、多国間協定を中心に築かれた不公正な貿易慣行を是正していくため、国力を背景として譲歩を迫る、二国間交渉を重視したアプローチが採用されてきた。トランプ氏の最大の標的は、対米黒字を抱えた国であり、大統領就任時の2017年当時、第3位の対米黒字国であった日本も多くの要求に接して来た。
トランプ氏が掲げた「米国第一主義」は、米国の生産と雇用を守るための貿易赤字解消が至上命題であり、多国間協定を中心に築かれた不公正な貿易慣行を是正していくため、国力を背景として譲歩を迫る、二国間交渉を重視したアプローチが採用されてきた。トランプ氏の最大の標的は、対米黒字を抱えた国であり、大統領就任時の2017年当時、第3位の対米黒字国であった日本も多くの要求に接して来た。
トランプ氏の主な要求は、農林水産物の関税引き下げや、自動車市場の非関税障壁の撤廃、増産が続くエネルギー資源の輸出拡大などである[図表1]。貿易不均衡を巡る問題では、輸出を促進するために円安誘導しているとの批判を展開し、日米交渉でも為替問題が持ち出された。投資についても、製造業の国内回帰を求める主張は強く、日本企業が製造拠点を米国に新設するたびに歓迎する意向が表明されてきた。また、安全保障面では、同盟間の防衛面での公正な負担を掲げ、米国製兵器の購入拡大や米軍駐留経費の負担増額といった要求を、日本に対して求めてきたことが明らかになっている。これら貿易不均衡や米軍駐留経費を巡る交渉は、2020年の大統領選挙でトランプ氏が敗れたことで棚上げされた状態にあるが、今般のトランプ氏返り咲きにより、再び活性化することが予想される。
2――日米交渉時(2018年)と現在の比較
米国との間には、すでに2020年1月に日米貿易協定(および日米デジタル協定)が発行している。同協定を巡る交渉では、日本側が自動車・同部品の追加関税発動回避に重点を置いたのに対して、米国側はTPP離脱で不利になった農林水産品の市場開放に重点を置き、特に牛肉についてはTPP水準以上の解放を求めてきた。最終的には、米国側が選挙を意識して合意を急いだため、協定は互いに成果が得られる部分的な合意として発行している。第2次トランプ政権が、その時点で誕生していた場合、その後予定された第2段階の交渉は、日本側にとって厳しいものになることが予想された。
仮に今後、この第2段階の交渉が動き出すとすれば、日本にとっては米国の自動車関税撤廃を取り付けることが最重用テーマとなるが、米国からは農林水産品の更なる市場開放や、自動車や医療機器等の非関税障壁撤廃に加えて1、サービス貿易や投資など物品貿易以外の分野についても、交渉の開始を迫られる可能性がある2。
なお、自動車・同部品の追加関税発動回避にあたっては、2019年9月の日米共同声明において「協定が誠実に履行されている間は協定の精神に反する行動を取らない3」ことが確認されている。しかし、米国側からは将来の発動可能性を否定しないように受け取れる発言が飛び出てくるなど、必ずしも確約が得られていないとの見方もある。
第1次トランプ政権時代に米国から強く要求されてきた事項について、日米交渉が本格化した2018年当時と現在の状況を比較してみると、円安が進行して対米貿易黒字(米国の対日貿易赤字)は拡大しているものの、米国から輸入するエネルギーや農産品は増加し、対米直接投資も2倍近くに拡大している。また、在日米軍駐留経費も毎年度積み増し、最近の地政学リスクの高まりを受けて、米国からの防衛装備品の購入も増えている[図表2]。
ただ、米国視点でみると、イメージが多少違って見えるかもしれない。例えば、対日貿易赤字は、ドルベースでみると微増に留まるものの、日米貿易協定で米国が強く求めてきた農林水産品の輸出は、むしろ減少している[図表3]。また、直接投資や防衛装備品の購入額も、日本から見た場合に比べて貢献度合いは縮小し、着実に積み増して来た在日米軍駐留経費も、ドル換算ベースでは、むしろ減額されたかのように見える。
仮に今後、この第2段階の交渉が動き出すとすれば、日本にとっては米国の自動車関税撤廃を取り付けることが最重用テーマとなるが、米国からは農林水産品の更なる市場開放や、自動車や医療機器等の非関税障壁撤廃に加えて1、サービス貿易や投資など物品貿易以外の分野についても、交渉の開始を迫られる可能性がある2。
なお、自動車・同部品の追加関税発動回避にあたっては、2019年9月の日米共同声明において「協定が誠実に履行されている間は協定の精神に反する行動を取らない3」ことが確認されている。しかし、米国側からは将来の発動可能性を否定しないように受け取れる発言が飛び出てくるなど、必ずしも確約が得られていないとの見方もある。
第1次トランプ政権時代に米国から強く要求されてきた事項について、日米交渉が本格化した2018年当時と現在の状況を比較してみると、円安が進行して対米貿易黒字(米国の対日貿易赤字)は拡大しているものの、米国から輸入するエネルギーや農産品は増加し、対米直接投資も2倍近くに拡大している。また、在日米軍駐留経費も毎年度積み増し、最近の地政学リスクの高まりを受けて、米国からの防衛装備品の購入も増えている[図表2]。
ただ、米国視点でみると、イメージが多少違って見えるかもしれない。例えば、対日貿易赤字は、ドルベースでみると微増に留まるものの、日米貿易協定で米国が強く求めてきた農林水産品の輸出は、むしろ減少している[図表3]。また、直接投資や防衛装備品の購入額も、日本から見た場合に比べて貢献度合いは縮小し、着実に積み増して来た在日米軍駐留経費も、ドル換算ベースでは、むしろ減額されたかのように見える。
日米間で生まれるこうした見え方の違いは、主に為替の円安が要因となっている。日米間のドル円相場は、2018年1月1日時点の1ドル112円台後半から、2024年12月1日時点の1ドル149円台後半まで、この間に37円ほど円安(ドル高)に振れている。日本が2022年・2024年と円買い(ドル売り)介入に踏み切ったことを踏まえれば、日本が円安誘導しているとの批判はあたらないものの、結果として円安が進み、円の購買力低下などの影響で、米国からの輸入数量が減っている点は、米国から突かれる可能性がある[図表4]。円安の進行で米国産品の国内価格が上昇し、需要が減少するのは自然な流れだが、それでもトランプ氏が、貿易不均衡の是正や製造業の復権を掲げて、為替の円安是正の話を持ち出して来た場合には、日本にとって交渉の難易度が一段と高まることが予想される。
1 USTR「2020 National Trade Estimate Report on FOREIGN TRADE BARRIERS」(2020年3月31日)
2 USTR「2020 Trade Policy Agenda and 2019 Annual Report」(2020年2月28日)
3 経済産業省「通商白書2020」
3――多面的な貢献の理解を求める交渉を
なお、過去の交渉では、とりわけ貿易に焦点があたってきたが、第2次トランプ政権では、投資への関心も高まることが予想される。
理由の1つは、経済安全保障の観点から国内の製造基盤を強化する必要性が生じているからである。バイデン政権では、インフレ抑制法やCHIPSプラス法が制定され、クリーン・エネルギーや半導体製造など重要産業の国内回帰を進めて来た。こうした動きは、安全保障を重視するトランプ政権においても継続される可能性が高いだろう。また、もう1つの理由は、工場などの生産拠点の新設が、トランプ氏再選の原動力となった中産階級の支援につながると考えられるからである。こうした製造業を中心とする中産階級の中には、グローバル化の進展によって米国の製造業が衰退し、国外に雇用が流失してきたと考えている人も多く、海外から企業を呼び戻すことは、そうした人々の不満に応えることにもつながる。
理由の1つは、経済安全保障の観点から国内の製造基盤を強化する必要性が生じているからである。バイデン政権では、インフレ抑制法やCHIPSプラス法が制定され、クリーン・エネルギーや半導体製造など重要産業の国内回帰を進めて来た。こうした動きは、安全保障を重視するトランプ政権においても継続される可能性が高いだろう。また、もう1つの理由は、工場などの生産拠点の新設が、トランプ氏再選の原動力となった中産階級の支援につながると考えられるからである。こうした製造業を中心とする中産階級の中には、グローバル化の進展によって米国の製造業が衰退し、国外に雇用が流失してきたと考えている人も多く、海外から企業を呼び戻すことは、そうした人々の不満に応えることにもつながる。
日本はこうした点では、米国に対して既に大きな貢献をしている。米商務省によると、2022年米国における日本企業の総雇用者数は97万人であり、これは英国の122万人に次いで大きい[図表5]。また、金融面では、円安で控えめに見られるとは言え、日本は対米直接投資残高で世界第1位の債権国であり、米国債を長期安定的に保有する世界第1位の投資家でもある[図表6]。トランプ氏は今回の選挙で、個人減税や移民規制、国防費の増加などを掲げて当選したが、そうした公約を実現するには、財政支出を拡大する必要があり、増発される国債の消化という問題は、これから議論にのぼりやすくなる。日本の貢献が評価されやすい環境でもあるため、この点を対米協調の観点から主張していくことは有効だろう。
日本は為替や貿易面で譲歩を迫られた場合、かなり難しい対応を求められる可能性が高い。ただ、米国に対して交渉材料がないわけではない。トランプ氏の対中政策は強硬に傾いており、米中対立が激化するほど、安全保障面や経済面で日本の重要性が増すことになる。今後予想される対米交渉では、貿易や金融に加えて、投資や安全保障、マクロ政策など、第1次トランプ政権時代に当初企図したような交渉環境を如何に作り出すかがカギになりそうである。
【参考文献】
・矢嶋康次「日米貿易交渉の課題 第一次トランプ政権時代の教訓」研究員の眼(2024年12月3日)
・上谷田 卓「日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定をめぐる国会論議― 日米間に構築された新たな貿易ルールの特徴と今後の課題 ―」立法と調査 2020. 5 No. 423
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(2024年12月17日「研究員の眼」)
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03-3512-1790
経歴
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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