コラム
2023年08月04日

日本の稼ぎ方-自動車業界の構造変化

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1――自動車で稼ぐ “一本足打法”の日本

国内市場が巨大と言えない日本は、世界にモノやサービスを売って稼いで行かなければならない。日本の貿易収支を見ると、2000年代前半までは自動車だけでなく、電気機器など多くの産業が、世界に輸出し稼いできたことが分かる[図表1]。しかし、2000年代後半には、日本の稼ぎのほぼ全てを自動車が占めるという構造に変わってしまった。

足元では、地政学的な分断や経済安全保障に対する意識の高まりなどから、日本を再評価する動きが起きている。この流れを確かなものに変えるには、日本のモノづくりの素晴らしさを世界に示し、稼ぎ続けていかなければならない。

ただ、高い産業競争力を有している稼ぎ頭の自動車業界も、これから起こる大きな構造変化に対し、大きな難題を抱えている。
[図表1]日本の貿易収支

2――国家的戦略で進められるEV化、日本は出遅れが鮮明に

世界は電気自動車(以下、EV)の競争時代に突入している。国家戦略として、EV化を推し進めてきた中国では、2356万台1の新車販売台数のうち既に30%程度がEVであり、その規模は日本企業が中国で販売した全車種の販売台数を超えている。

多くの国では、エンジン車がまだ主流であるが、EV販売台数は2022年に世界全体で1100万台弱と新車販売台数に占める割合は14%を越え、今年に入っても加速している。各国の状況を並べると、日本の出遅れは鮮明だ[図表2]。また、中国のEV市場における各社の販売台数を見ても、日本企業は上位10社にも入ることができていない[図表3]。日本企業は、EVで1%の市場も獲得できていない状況にある。日本企業のEV戦略も巻き返す必要がある。
[図表2]各国の新車販売台数におけるEV自動車の割合/[図表3]中国におけるEV販売台数の上位10社(2022年)
 
1 中国汽車工業協会が2023年1月12日に公表した、中国市場における乗用車の新車販売台数。

3――各国の投資戦略で熱を帯びる誘致合戦

自動車産業で起きている構造変化はEV化だけではない。工場の立地を巡る競争も起きている。各国がEVなどに支援策を打ち出し、海外に工場を設ける動きが顕在化している。日米欧のグリーンエネルギー支援策は規模が大きく、国や地域間で投資争奪戦が起きている[図表4]。

特に強烈なのが、米国のインフレ抑制法である。インフレ抑制法は、気候変動対策やエネルギー安全保障の強化を支援するパッケージ、10年間で50兆円超の規模で実施される。EV分野では、北米に最終組み立て工場を持つことが条件であり、クリーン水素分野では、製造や投資に対する税額控除が導入され、実質ゼロコストの水素提供が行われる。米国でこれだけの支援策が打ち出されると、世界の企業が米国に工場などを作ろうとするのも自然である。

ただ、国というマクロの視点で捉えると、とりわけ自動車産業の裾野は広い。現在でも雇用は552万人(日本自動車工業会の推計)、輸送用機械産業(自動車以外も含む)の名目GDP比は2.4%(国民経済計算)を占めている。海外に生産が移行すれば影響は大きい。国内に製造拠点を残し、海外に販売するというルートを残すための施策が必要だ。
[図表4]日米欧の地域・クリーンエネルギー産業支援策

4――日本がすべきこと

日本でEVの競争力を高めるには、国内のEV化を進める必要がある。そのためには、重要なインフラであるEV充電器の設置を進めるため、税制や補助金などで普及させていかなければならない。そのうえで、以下3つのことに取り組む必要があるだろう。

1つ目は、外資系企業の力をうまく活かすこと。日本への対内直接投資は、対外投資に比べると規模が小さい。これは、外資系企業にとって、日本は投資魅力のない国であることを示唆している。この点について、もっと危機意識を持って取組む必要がある。参入障壁となっている制度や規制を1つ1つ改善すべきだろう。

2つ目は、日本の立地の優位性をアピールすること。最近日本が見直されているのは、世界が中国リスクを再評価した結果、中国市場への投資や工場といったものが、日本やインドに流れていることにある。台湾半導体大手のTSMCが熊本に工場を作ることを決めたことで、現地の印象はガラッと変わった。成長センターであるアジアや世界最大市場の中国に近いという日本の立地が、再評価されていることを、もっとアピールしていくべきだろう。

3つ目は、エネルギー分野のGX。これからの産業戦略において、エネルギーコストの低さや環境対応は競争力に直結する。日本でもGX基本方針が動き出すが、規模的には世界に見劣りする。限りある予算を効果的に活用するため、ピンポイントで戦略的な産業支援策に徹する必要がある。

今般の岸田政権は、経済安全保障を「成長戦略」に位置づけている。ルールを順守し、高い技術力を有する日本の信用力が高い。政策の予見可能性を高め、不確実性を減じることで、日本の立地面の再評価を後押しすることができるだろう。

日本の稼ぐ力を続けるためには、最低限上記の取組みは必要だろう。
 
 

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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