コラム
2025年03月21日

トランプ1.0のトラウマ-不確実性の高まりが世界の活動を止める

総合政策研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1――トランプ関税の日本への影響、相対論と個別論

2017年1月からのトランプ1.0では、自国の産業や雇用を脅かすとしてTPPを離脱した。その後、中国に対して産業機械や半導体、食料品などに関税を課したわけだが、今回は中国以外にも幅広い国や地域を対象として関税が発動された[図表1]。3月12日の追加関税措置は日本も対象となり、鉄鋼・アルミニウムに25%の関税が発動された[図表2]。来月4月には、相互関税や個別品(自動車・半導体・医薬など)の発動が予定されている。
[図表1]トランプ政権が発動・示唆している追加関税(国別)/[図表2]追加関税(主要品目・世界)
日本への影響は、日米交渉の行方、不透明感が薄れ始めるまでの「時間」の2つがポイントになる。このうち日米交渉の行方については、相対論と個別論をよく見極める必要がある。[図表3]は、対米貿易黒字国上位10ヶ国・地域の単純平均関税率である。これを見ると、日本の対米貿易黒字は7位と相対的に低く、単純平均関税率も貿易協定を結んでいることもあって極めて低い。対米貿易赤字を削減するという視点で見れば、日本は優先度の高い国とは言えない。日本に広範囲かつ高関税を、という交渉にはならないと予想する所以である。

しかし、個別論では自動車が焦点となり、交渉は難航するだろうと予想する。MAGA(米国を再び偉大に)信奉者のラトニック米商務長官は、トランプ大統領が表明している自動車への追加関税について「全ての国(と地域)から輸入される自動車に課すべきだ。それが公平であり、重要な点だ」と述べて、日本も除外しないとの姿勢を鮮明にしている。

米国に入ってくる輸入自動車(新車)の台数を見ると、日本から直接輸出されるものに加えて、メキシコやカナダを通じて輸入される日本車は多い[図表4]。日本が米国に輸出する自動車には2.5%の関税が課される一方、米国から日本に輸出される自動車には関税は課されていない。しかし、米国は自動車が対日貿易赤字の要因と考えているため、日本だけ例外扱いすることはしないとの戦略を取っている。おそらく日本には、非関税障壁や為替などの問題を取り上げて、自動車分野に圧力をかけてくると思われる。これをどう交渉するか次第で、日本への影響は決定的に変わってくる。

ただ、日本としては、自動車に関税や障壁がかけられると影響が大き過ぎるため、絶対に回避する方向で政府は交渉を行うはずだ。そのバーター(交換条件)として、直接投資を増やして米国での生産や雇用を拡大し、エネルギー購入などを行うことにコミットしていくと予想している。交渉は比較的うまく行き、日米間に決定的な溝を生むことにはならない。それが現時点のメインシナリオである。
[図表3]主要国・地域の対米貿易/[図表4]米国の自動車輸入台数(新車)シェア

2――日本ではどうしようもできないが、トランプ政策で不確実性が高まり動きが止まる

[図表5]世界の経済政策不確実性指数 トランプ関税は、何に、いつ、どれだけ関税をかけるか、意図的に不透明にすることで交渉力を高めている。そのため、世界の経済政策不確実性指数は、トランプ大統領が選挙で勝利して以降、とんでもなく高い状態が続いている[図表5]。先が見通せなくなると、金融市場はリスクオフに傾くが、企業や経営者は設備投資などを先送りして経済活動が鈍くなる。

企業単体でみれば、不確実性が高いのであれば、設備投資を先送りし、様子見するといった姿勢は正しいが、全員が同じ判断をすると合成の誤謬(ミクロの視点では合理的な行動でも、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも好ましくない結果につながること)が生じ、マクロなショックは大きく出てしまう。

先読みすれば、トランプ政権にとっての至上命題は来年の中間選挙に勝利すること。そのためには、選挙戦がスタートする来年春先までには、関税を使って各国を交渉に引き込み譲歩を引き出し、成果を示す必要がある。選挙スケジュールは決まっているため、現状の不透明感も1年ほどで消えそうだとの期待感はあるが、交渉の最悪期がいつになるかは現時点で見通せない。いつまで事態が悪化するか分からない間にセンチメントが悪化し、トランプ1.0の時のような景気後退の動きが出て来ないか、日本経済にとっては大きなポイントになる。

3――トランプ1.0のトラウマ

日本は2017年1月に誕生したトランプ1.0の任期期間中に景気後退に陥った。このときの景気の山は2018年10月、谷は2020年5月[図表6]。前回の景気後退は複合的な要因が重なった。大胆な金融緩和を第1の柱に据えたアベノミクスのもとで、日本の景気拡大は2012年から71か月続いたが、トランプ政権が誕生し、貿易戦争が意識され始めると生産活動は鈍っていった。その後、天候不順(西日本豪雨)や消費税引き上げ(2019年10月)などが重なり、最後はコロナで止めを刺される形となった。

今から思い起こせば、トランプ政権の誕生で不透明感が高まり、世界の設備投資が鈍って日本の生産や輸出が振るわなくなっていったと整理できる[図表7]。今回も前回と同じく、不確実性が高まる中で世界の動きが止まり、さらに日米交渉もうまくいかずにショックが起きるという事態は、絶対に避けなければならない。先ずは、これから本格化する日米交渉が最重要となるが、国内でもできるだけショックは作らない方が良いと感じる。慎重にも慎重とのスタンスで臨む局面に入ってきたように感じる。
[図表6]鉱工業生産指数と景気後退期/[図表7]トランプ政権下における各国の設備投資

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(2025年03月21日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   専務理事 エグゼクティブ・フェロー・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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