コラム
2024年06月12日

貿易立国で好循環を目指す

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1――大きく変わった日本の経常収支構造

2000年代、日本と海外との間のお金の出入りを示す「国際収支」の構造は大きく変わった。これまで日本が強みとして来た貿易では、輸出量が輸入量を下回ることが増えて赤字となり、近年は競争力の低下や輸入燃料の高騰、海外のネットサービスの利用増による「デジタル赤字」なども拡大して、貿易サービス収支は赤字傾向が続いている。

同じ先進国の経常黒字国として、日本とドイツは比較されることがよくあるが、その経済構造は大きく異なる。経常収支の内訳をみると、日本は所得収支が大幅に黒字となっているのに対して、ドイツは貿易収支が大幅な黒字となっている[図表1]。日本の所得収支黒字は、主に投資収益(親会社と子会社との間の配当金や利子等)によるものであり、企業の海外進出が進んだことで、海外で生じる儲けが多いことを意味する。一方、ドイツの貿易収支黒字は、自国経済の実力に比べて割安なユーロを使い、輸出競争力を高めてうまく外貨を稼いでいることを意味する。
[図表1]日本の経常収支とドイツとの比較
ドイツの場合、国内で生産した製品が輸出されるため、雇用は国内にあり、輸出による儲けは専ら国内の設備投資に向かうことになるが、日本の場合、儲けの多くは海外に存在し、その多くは再び海外に投資されるため、雇用は国内に生まれず、設備投資も限定的に留まることになる。このことは、企業の稼ぎが国内に還元される力の弱いことを意味する。

日本が国としての競争力を取り戻すためには、5-10年後の日本産業の姿として、持続的に貿易黒字を生み出せる構造、すなわち「貿易立国」を取り返す必要がある。

2――貿易立国が現実的となる外部環境

数年前であれば「貿易立国」復活の可能性は、かなり低かっただろう。しかし、日本を取り巻く環境は大きく変わった。日本経済や企業には、いま2つの追い風が吹き始めている。

1つは、国内で起きている変化。日本経済が長引くデフレからインフレに変わり、企業の設備投資や研究開発投資などの目線は、上向きに変わっている。そして、もう1つがグローバル環境の変化。世界の分断が進む中、日本の再評価が起きて、中国等から日本にサプライチェーンを組み換える動きが始まっている。

日本企業の国内回帰、海外企業の日本投資の動きは、当面継続することが見込まれる。「貿易立国」を取り戻す、千載一遇のチャンスが巡って来た。

3――デジタルリアルの実現で日本の製造業復活のシナリオ

[図表2]日本の貿易収支 貿易構造から見る日本は、石油を輸入し、自動車を輸出して稼ぐ国である[図表2]。

足元では、地政学リスクの高まりや円安進行により、エネルギーの輸入額が膨張し、貿易収支が大きく悪化している。また、輸出面では、自動車輸出が増加基調にあるが、輸入の増加を補うほどには増えておらず、貿易黒字を一頃支えた電気機器収支も赤字に変わりつつある。輸出入両面での改善が求められる。

この貿易収支の改善に向けてやれることは色々あるが、ここでは「エネルギー」「デジタル化」の2つについて強調しておきたい。

近年、企業にとってエネルギーの重要性は増している(参照:予見可能性の高いエネルギー基本計画・改定はできるのか?)。世界的に経済安保の観点等から企業の誘致合戦が起きているが、企業が立地を選択するうえでは、エネルギーや電力の安定供給が確保されていることも重要である。日本は、まだそれができていない。世界的に環境規制が強化される中、海外由来の化石燃料に高く依存し、電気の価格も海外に比べて高い。そうした不透明なエネルギーの予見性を高め、安価で環境負荷の低い電気として安定供給を図ることは今後、社会のデジタル化を進めるうえでも大きなポイントとなる。今年は、日本の中長期的なエネルギー政策の方向性を決める「エネルギー基本計画」が改定される。この議論は、「貿易立国」を実現するうえでも極めて重要である。
[図表3]デジタルが内包する世界(イメージ) エネルギー問題に目途が立てば、現在の技術革新の先には、デジタルリアルの世界が待つ。携帯から始まったデジタル化は、我々の日常生活を内包し始める。身の回りのあらゆる製造物が、IoTでインターネットに接続し、リアルタイムで収集されたデータはAIによって分析され、デジタル管理されるようになる。それは製造物だけでなく、サービスや商習慣そのものをデジタル化する。

世界を見回した時、製造業をフルラインナップで有している国はほかにない。日本のサービス品質は高く、日本式の安心安全の作り方や社会体制は、デジタルリアルの世界でも大いに生きるはずだ。デジタルの世界では完敗した日本も、リアルと接続した世界では復活できる。それが競争力を持ち、輸出を増加させ、日本や日本企業の勝ち筋となる。貿易立国として、世界に売れるものができる。
[図表4]日米株価の比較 日米の株価を見ると、日本はやっと89年の水準に戻ったところであるが、米国はこの間約18倍に上昇している[図表4]。デフレから通常の経済の国になって来てはいるが、この先、稼ぐ国になるというシナリオは織り込まれていないように思う。少し時間が掛かるだろうが、日本の潜在成長力が高まり、稼げる国になるというストーリーが見えて来る必要がある。そして、そのポイントこそ、もう諦め始めている「貿易立国」の復活である。「貿易立国」に向けた動きが現実に出て来ることで、国内の設備投資が増えて雇用と利益が生まれ、それがさらに競争力を生み出し、貿易立国を強化するという好循環を生むことにつながるだろう。
 
 

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(2024年06月12日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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