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日米貿易交渉の課題-第一次トランプ政権時代の教訓
総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次
1――トランプ関税による日本への影響は?
米国を代表するシンクタンクの1つであるピーターソン国際経済研究所の試算によると、米国が2025年に貿易相手国すべてに10%の追加関税を発動し、相手国から報復がないという前提のもとで、日本への影響はベースライン対比の実質GDP成長率が、2年目で▲0.14%減少と他国対比の影響は小さくなっている[図表1]。ただ、相手国からの報復措置や中国の最恵国待遇を取消し、中国に60%の追加関税を発動するなどすれば、この数倍の影響が出てくるだろう。今後の展開は、米国の要求次第で変わり得る。
米国が関税引き上げなど、ある意味で意地悪をしてきたとき、8年前であれば中国市場という逃げ場が残されていたが、分断が深まる世界ではそうした選択肢を選ぶことはできず、日本企業は意地悪をされても米国市場に向かわざるを得ないだろう。そうなれば、米国の言う通り、日本企業は米国に工場を移転し、競争力の源泉である自動車や半導体などの産業を、国外に出していくことになる。その結果、生産や雇用は米国に流出し、日本への利益還元も悪くなる。日本としては、こうした悪い流れを作らない交渉と企業を強くする産業政策を、セットで推進して行く必要がある。
2――第一次トランプ政権時代、結果として日本の交渉はうまく行った
当初、日本側は、予測不能なトランプ氏を直接の交渉相手から外し、経済協力や安全保障も含む、包括的な経済協力を議論する場として新たな枠組み(麻生副総裁-ペンス米副大統領:日米経済対話)を設けることで合意し、2国間の自由貿易協定を望む米国の圧力を回避しようと試みたものの、貿易不均衡の是正を掲げる米国が不満を高めた結果、その枠組みは自然消滅することになった[図表2]。
合意では、武器購入や防衛費増額など安全保障面での協力を約束し、次の選挙をにらんで米国から要望が強かった牛肉や豚肉など農産品の市場開放で、TPP水準までの関税引き上げに応じている。ただ、日本にとって一番痛い自動車への追加関税の発動を回避することができ、コメの輸入枠導入も先送りすることができた。
3――今回交渉のポイントと見通し
ただ、日米関係に重きを置いた交渉ができれば、守り一辺倒というわけでもない。日米通商協議が始まった2018年対比でみると、直近2023年の対日貿易赤字は確かに広がっているものの、米国の貿易赤字に占める日本の割合は低下し、国別順位で見ても低下している[図表3]。また、対米直接投資では、日本が5年連続最大の投資元であり、投資残高も拡大している。防衛費も大きく拡大し、GDP対比でみた防衛関係費も2018年対比で0.38pt上昇している。それに伴い、米国からの防衛装備品の購入も拡大し、米軍基地駐留経費の負担額も増加している。
ただ、8年前と違って、第3国と米国との間で生じる間接的な問題が、日本により大きく影響する可能性があることには注意を要する。
4――メキシコの自動車、中国の半導体の行方は、日本にとって影響が大きい
日本の自動車会社の多くは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を前提に、安価な労働力を活用できるメキシコに工場を立地し、そこで作った製品を米国に輸出している。外務省の調査によれば、メキシコに進出した日系企業の拠点数は1,500近くある。トランプ氏が、大統領権限などを用いて、メキシコにも関税を掛けるようになれば、現地生産のメリットは失われる。サプライチェーンの組み換えが発生し、日本の自動車会社には大打撃になる。
さらに、米中がガチンコでやり合った場合、日本から見て輸出割合の高い中国向けの輸出が、さらに鈍ることも考えられる。日本の対中輸出品目では、半導体製造装置や電子部品が大きな割合を占めている。先端品から汎用品まで規制対象が広がれば、対中輸出で稼ぐ日本のビジネスも影響を受けざるを得ない。
ただ、不法移民問題で発動されるメキシコの自動車関税や、米中覇権争いの中で発動される中国の半導体規制は、日本としてどうしようもできない面がある。日本ができるのは、日米交渉をうまくやることだけである。「守り」については、米国や同盟国との意思疎通を今まで以上に緊密なものとし、「攻め」については、日本の再評価と言う良い流れを活かす産業政策の推進が、これから極めて重要になって来るだろう。
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(2024年12月03日「研究員の眼」)
03-3512-1837
- ・ 1992年 :日本生命保険相互会社
・ 1995年 :ニッセイ基礎研究所へ
・ 2021年から現職
・ 早稲田大学・政治経済学部(2004年度~2006年度・2008年度)、上智大学・経済学部(2006年度~2014年度)非常勤講師を兼務
・ 2015年 参議院予算委員会調査室 客員調査員
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