コラム
2024年12月03日

日米貿易交渉の課題-第一次トランプ政権時代の教訓

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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1――トランプ関税による日本への影響は?

トランプ氏は11月25日、就任初日にメキシコとカナダの輸入品すべてに25%の関税を課し、中国には追加で10%の関税を課すことを表明した。トランプ氏は選挙期間中、すべての中国品に対して最大60%の追加関税を課す考えを示して来た。日本やそれ以外の国に対しては10-20%の関税を課し、メキシコからの輸入自動車に対しては200%超の関税を課すことを主張していた。

米国を代表するシンクタンクの1つであるピーターソン国際経済研究所の試算によると、米国が2025年に貿易相手国すべてに10%の追加関税を発動し、相手国から報復がないという前提のもとで、日本への影響はベースライン対比の実質GDP成長率が、2年目で▲0.14%減少と他国対比の影響は小さくなっている[図表1]。ただ、相手国からの報復措置や中国の最恵国待遇を取消し、中国に60%の追加関税を発動するなどすれば、この数倍の影響が出てくるだろう。今後の展開は、米国の要求次第で変わり得る。
[図表1]米国が貿易相手国すべてに追加関税10%(報復なし)
日本としては、米国との交渉を通じて影響を減らす努力が必要となるが、それができなかった場合には、日本企業の米国流出が加速することも想定される。

米国が関税引き上げなど、ある意味で意地悪をしてきたとき、8年前であれば中国市場という逃げ場が残されていたが、分断が深まる世界ではそうした選択肢を選ぶことはできず、日本企業は意地悪をされても米国市場に向かわざるを得ないだろう。そうなれば、米国の言う通り、日本企業は米国に工場を移転し、競争力の源泉である自動車や半導体などの産業を、国外に出していくことになる。その結果、生産や雇用は米国に流出し、日本への利益還元も悪くなる。日本としては、こうした悪い流れを作らない交渉と企業を強くする産業政策を、セットで推進して行く必要がある。

2――第一次トランプ政権時代、結果として日本の交渉はうまく行った

今回、米国が何を要求して来るかなど、不確定要素は大きいものの、8年前の第一次トランプ政権時代に行ったような交渉ができれば、日本への影響を小さくできる可能性はある。前回は、日本にとって肝になる自動車・自動車部品への関税引き上げを先送りできた。

当初、日本側は、予測不能なトランプ氏を直接の交渉相手から外し、経済協力や安全保障も含む、包括的な経済協力を議論する場として新たな枠組み(麻生副総裁-ペンス米副大統領:日米経済対話)を設けることで合意し、2国間の自由貿易協定を望む米国の圧力を回避しようと試みたものの、貿易不均衡の是正を掲げる米国が不満を高めた結果、その枠組みは自然消滅することになった[図表2]。
[図表2]前回トランプ政権下の通商交渉
この枠組みに替わって新たに設置されたのが「日米通商協議」(茂木経済財政・再生相-ライトハイザー米USTR代表)である。米国側の要望で設置された枠組みのもとでは、貿易・投資に関する議論が短期・集中的に行われ、最終的に貿易・デジタルに関するいくつかの項目で合意している。

合意では、武器購入や防衛費増額など安全保障面での協力を約束し、次の選挙をにらんで米国から要望が強かった牛肉や豚肉など農産品の市場開放で、TPP水準までの関税引き上げに応じている。ただ、日本にとって一番痛い自動車への追加関税の発動を回避することができ、コメの輸入枠導入も先送りすることができた。

3――今回交渉のポイントと見通し

前回合意した日米貿易協定では、第2段階の貿易交渉が棚上げされた状態にある。米国からは農産物などの市場開放とともに、自動車に対する要求が出て来るだろう。とりわけ自動車分野では、非関税障壁の撤廃や輸出数量規制、原産地規則の厳格化といった話が出てくる可能性は考えられる。また、為替の話が出てくる可能性も否定できない。対米輸出で黒字を稼ぐ日本にとって、厳しい交渉になることが予想される。

ただ、日米関係に重きを置いた交渉ができれば、守り一辺倒というわけでもない。日米通商協議が始まった2018年対比でみると、直近2023年の対日貿易赤字は確かに広がっているものの、米国の貿易赤字に占める日本の割合は低下し、国別順位で見ても低下している[図表3]。また、対米直接投資では、日本が5年連続最大の投資元であり、投資残高も拡大している。防衛費も大きく拡大し、GDP対比でみた防衛関係費も2018年対比で0.38pt上昇している。それに伴い、米国からの防衛装備品の購入も拡大し、米軍基地駐留経費の負担額も増加している。
[図表3]米国の貿易収支赤字に占める各国の割合
米国にとって安全保障面における日本の重要性は増している。前回の交渉時には、ここまで厳しい米中対立には発展していなかった。米国が中国とのデカップリングを目指すとすれば、日本との関係は8年前より重要になったと言える。それを踏まえれば、日米関係が決定的に損なわれる事態が生じるとの懸念は、それほど心配しなくて良いかもしれない。

ただ、8年前と違って、第3国と米国との間で生じる間接的な問題が、日本により大きく影響する可能性があることには注意を要する。

4――メキシコの自動車、中国の半導体の行方は、日本にとって影響が大きい

トランプ氏は、メキシコから入ってくる自動車の関税引き上げを梃子に、不法移民問題を動かそうとしている。さすがに、選挙期間中に主張していた200%超の関税発動はないだろうが、それなりの関税引き上げには動きそうである。

日本の自動車会社の多くは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を前提に、安価な労働力を活用できるメキシコに工場を立地し、そこで作った製品を米国に輸出している。外務省の調査によれば、メキシコに進出した日系企業の拠点数は1,500近くある。トランプ氏が、大統領権限などを用いて、メキシコにも関税を掛けるようになれば、現地生産のメリットは失われる。サプライチェーンの組み換えが発生し、日本の自動車会社には大打撃になる。

さらに、米中がガチンコでやり合った場合、日本から見て輸出割合の高い中国向けの輸出が、さらに鈍ることも考えられる。日本の対中輸出品目では、半導体製造装置や電子部品が大きな割合を占めている。先端品から汎用品まで規制対象が広がれば、対中輸出で稼ぐ日本のビジネスも影響を受けざるを得ない。

ただ、不法移民問題で発動されるメキシコの自動車関税や、米中覇権争いの中で発動される中国の半導体規制は、日本としてどうしようもできない面がある。日本ができるのは、日米交渉をうまくやることだけである。「守り」については、米国や同盟国との意思疎通を今まで以上に緊密なものとし、「攻め」については、日本の再評価と言う良い流れを活かす産業政策の推進が、これから極めて重要になって来るだろう。
[図表4]メキシコに工場のある自動車企業/[図表5]日本の対中輸出
 
 

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(2024年12月03日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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