2022年11月21日

ワーク・エンゲージメントと生産性

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

文字サイズ

1――健康経営政策の長期ビジョン

1国による健康経営推進の現状
従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営(R)1」の取組が重要となってきており、経済産業省の健康投資WG(ワーキンググループ)では、企業や健康保険組合等による健康投資・健康経営の促進を図ってきた。2014年度から毎年実施している「健康経営度調査」に回答する法人数は、年々増加しており、2021年度は大規模法人部門で2,869件、中小規模法人部門で12,849件と、いずれも過去最多となっていることからも関心が高まってきている様子が伺える。

「健康経営度調査」の結果は、法人の健康経営の取組状況や、取組みの経年変化を分析するのに使用されるだけでなく「健康経営銘柄」の選定や「健康経営優良法人」の認定に使用されている。こういった国の顕彰制度は、健康経営実践、および取り組み内容や取り組みレベルの可視化を目的として推進されてきた。

今後、更なる推進に向けて、健康投資WGでは、健康経営の実践によって従業員の業務パフォーマンス(アブセンティーイズムやプレゼンティーイズム2、ワーク・エンゲージメント)の評価等、効果を可視化していくことが重要としており、株価や業績等の環境の裏付けとあわせて、健康に関連する業務パフォーマンスへの状況や変化についても評価・分析を進めていく必要があるとしている3
 
1 「健康経営(R)」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
2 アブセンティーイズムとは、病欠や休職など勤務ができていない状況を言う。プレゼンティーイズムとは、出勤しているにも関わらず、何らかの健康問題によって業務効率が落ちている状況を言う。
3 経済産業省 健康・医療新産業協議会 (2021年12月1日)第4回健康投資WG「事務局説明資料(今年度の進捗と中長期的な方向性)」より。健康経営の更なる推進に向けて、評価結果(フィードバックシート)等の開示をホワイト500の必須要件とする等、健診受診率、喫煙率、高ストレス者率等といった定量的な指標の開示を促進したり、健康経営のスコープを自社だけでなく「サプライチェーン」や「社会全体」に広げることを促進するとしている。
2ワーク・エンゲージメントの概念
ワーク・エンゲージメントとは、オランダのSchaufeliらによって、2002年に確立された概念で、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている(活力)」、「仕事に誇りとやりがいを感じている(熱意)」、「仕事に熱心に取り組んでいる(没頭)」の3つが揃った状態として定義される。近年の健康経営では、精神的不調の予防だけでなく、精神的にポジティブな側面を向上させることへの注目度が高くなっており、ストレス対策と共に、ワーク・エンゲージメントの活性化対策を進めていくことが有効とされている。
ワーク・エンゲージメントの概念は、「活動水準」「仕事への態度・認知」という軸を用いて整理されることが多い(図表1)。厚生労働省による「令和元年版労働経済の分析」では、「バーンアウト(燃え尽き)」は、「仕事に対して過度のエネルギーを費やした結果、疲弊的に抑うつ状態に至り、仕事への興味・関心や自信を低下させた状態」とされており、「仕事への態度・認知」について否定的な状態で「活動水準」が低い状態にある。「ワーカホリズム」は、「過度に一生懸命に強迫的に働く傾向」とされており、「活動水準」が高い点がワーク・エンゲージメントと共通しているが、「仕事への態度・認知」が否定的な状態にある。「職務満足感」は、「自分の仕事を評価してみた結果として生じるポジティブな情動状態」とされており、ワーク・エンゲージメントが仕事を「している時」の感情や認知を指す一方で、職務満足感は仕事「そのものに対する」感情や認知を指す点で差異があり、どちらも「仕事への態度・認知」について肯定的な状態であるが、後者は仕事に没頭している訳ではないため「活動水準」が低い状態にある。ワーク・エンゲージメントについては、「仕事への態度・認知」について肯定的な状態であり、「活動水準」が高い状態にあることから、バーンアウト(燃え尽き)の対極の概念として位置づけられている。

一般に、ワーク・エンゲージメントの高さは、離職率の低さ、個人の労働生産性、仕事に対する自発性や他の従業員に対する積極的な支援、顧客満足度と正の相関があることが知られている4。ワーク・エンゲージメントを高めるメリットとして、従業員のモチベーションが上がり、組織全体が活性化することがあげられる。相互作用があり、同僚や上司への波及効果が期待できることがあげられる。ワーカホリズムについては、仕事の生産性が高いケースもあり、その本質に関して、研究者間では一概に悪いとは評価しておらず、統一した見解はない。また、本人も自覚していないケースもあるほか、ワーク・エンゲージメントとワーカホリズムには、弱い正の相関があることが知られている。しかし、ワーカホリズムが長く続くと心身に悪影響を与えかねないことから、この両者を区別して理解することで、ワーク・エンゲージメントが高い労働者が、ワーカホリックな労働者に転換しないように、企業はマネジメントしていくことが重要とされている。
【図表1】「活動水準」「仕事への態度・認知」を用いた概念の整理
 
4 例えば、厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」等。
3業務パフォーマンスの評価・分析の現状
現在、従業員の健診受診率、ストレスチェック受検率等といった法人による健康経営の実施状況や、適正体重維持者率、血圧リスク者率等といった個人の健康のアウトカムは、健康経営度調査で収集している。しかし、アブセンティーイズム、プレゼンティーイズム、ワーク・エンゲージメント等の従業員の業務パフォーマンスは取得していない(図表2)。

特に、ワーク・エンゲージメントについては、取得していたとしても、法人によって測定方法が異なり、比較できる状況にない。一方、一般的に使われている尺度ではないが、「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」と「自分の仕事に誇りを感じる」は、厚生労働省による「新職業性ストレス簡易調査票」の質問票に含まれているため、健康経営度調査に回答している法人の約1/4が調査している。そのため、経済産業省では、ワーク・エンゲージメントについて法人間での比較が可能なデータを収集することを目標として、これらの設問のデータを保有している法人に対して、健康経営度調査で結果を回答してもらうこと(評価には影響させない)や、一般的に使われている測定方法の採用を促すこと、複数の主要な測定手法を併存させてそれぞれのデータを集めていくこと等を検討している。
【図表2】業務パフォーマンスの評価・分析に関連する項目

2――アンケート調査

2――アンケート調査によるワーク・エンゲージメントと生産性の関係分析

ワーク・エンゲージメントと生産性には正の相関があるとされる。そこで、以下では、ニッセイ基礎研究所が実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」の結果を使って、ワーク・エンゲージメントと生産性の関係を確認する。

まず、1年分のデータを使って、ワーク・エンゲージメントが高い従業員で、生産性が高いことを確認する(分析1)。次に、3年にわたり調査に回答した人のデータを使って、ワーク・エンゲージメントが上がった従業員で、生産性も上がっていることを確認する(分析2)。
1「被用者の働き方と健康に関する調査」の概要
「被用者の働き方と健康に関する調査」は、ニッセイ基礎研究所が2019年3月から毎年実施しているインターネットによるアンケート調査である。調査の対象は、全国の18~64歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女である。全国6地区、性別、年齢階層別(10歳ごと)の分布を、国勢調査の分布に合わせて回収している。回収数は、2020年調査は6,485件、2021年調査は5,808件、2022年調査は5,653件だった。
2分析1「単年におけるワーク・エンゲージメントと生産性の関係」
分析1では、2022年3月の調査に回答した5,653人のデータを使って、ワーク・エンゲージメントと生産性の測定方法、および生産性に影響すると考えられるストレス状況の判定、ワーカホリズムの状況の測定方法を示し、ワーク・エンゲージメント、ストレスの状況、ワーカホリズムの状況と生産性の関係を分析する。
(1) 使用する変数の概要
(i) ワーク・エンゲージメントの測定
本稿では、ワーク・エンゲージメントの測定に、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「職場での自分の役割に誇りを感じる」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」への回答を使う。

2022年3月に行った調査におけるこれら3つの質問に対する回答の分布を図表3に示す。いずれも「どちらとも言えない」が半数程度を占めて高かった。残り半数程度についてみると、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」では、「あてはまらない」と「あまりあてはまらない」の合計が3割弱で、「あてはまる」と「ややあてはまる」の合計を上回っていた。「職場での自分の役割に誇りを感じる」では、「あてはまらない」と「あまりあてはまらない」の合計と「あてはまる」と「ややあてはまる」の合計がいずれも25%弱で同程度だった。
【図表3】ワーク・エンゲージメントに関する質問の回答分布(N=5,653)
ここでは、「あてはまる」~「あてはまらない」に対して順に5~1点を配点し、3つの質問の合計点をワーク・エンゲージメント得点とする。ワーク・エンゲージメント得点の分布は図表4のとおりで、全体の平均は8.6点(標準偏差2.6点)だった。以下では、3~8点を「低ワーク・エンゲージメント」、9点を「中ワーク・エンゲージメント」、10~15点を「高ワーク・エンゲージメント」とする。
【図表4】ワーク・エンゲージメント得点の分布
(ii) 生産性の測定
生産性の測定には、東大1項目版として知られる「病気やけががないときに発揮できる仕事のできを100%として、過去4週間の自身の仕事を評価してください。」という自分が考える仕事のパフォーマンスを問う質問への回答を使った。生産性の分布は図表5のとおりだった。およそ半数が病気やけががないときに発揮できる仕事のできと比較して100%、およそ3割が80~99%と自己評価しており、全体の平均は84.1%(標準偏差23.8)だった。
【図表5】生産性の分布
(2) 分析1の結果~ワーク・エンゲージメントが高い従業員は生産性も高い
(i) クロス集計の結果
ワーク・エンゲージメント(低、中、高)別の生産性の平均を図表6に示す。低ワーク・エンゲージメントで81.6%、中ワーク・エンゲージメントで84.1%、高ワーク・エンゲージメントで87.2%と、ワーク・エンゲージメント得点が高いほど生産性も高い、すなわち従業員自身が高いパフォーマンスで働けていると認識していた。
【図表6】生産性の平均(ワーク・エンゲージメント別)
続いて、生産性に影響を及ぼすと考えられているストレスの状況とワーカホリズムの状況について、生産性との関係をみる。ストレスの状況は、「職業性ストレス簡易調査票(57問)」を使用し、素点換算表5から高ストレス者を選定した。高ストレス者は1,097人(全体の19.4%)だった。また、ワーカホリズムは、「過度に働くことへの衝動性ないしコントロール不可能な欲求」「仕事中でなくても頻繁に仕事のことを考える」などの特徴が指摘されていることから、本稿では、同様の概念である「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答を使った。「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答は、「あてはまる」が242人(全体の4.3%)、「ややあてはまる」が1,043人(〃 18.5%)、「どちらともいえない」が2,580人(〃 45.6%)、「あまりあてはまらない」が1,010人(〃 17.9%)、「あてはまらない」が778人(〃 13.8%)だった。

ストレスの状況や「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答別の生産性の平均を図表7に示す。その結果、高ストレス者で、それ以外の人と比べて生産性は低い。また、高ストレス者で生産性が低いのと同程度に「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」と回答した人の生産性は低かった。
【図表7】生産性の平均(ストレス状況、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」への回答別)
 
5 厚生労働省ストレスチェック実施プログラム「数値基準に基づいて「高ストレス者」を選定する方法(https://stresscheck.mhlw.go.jp/material.html)」
(ii) 回帰分析の結果
ワーク・エンゲージメント、ストレスの状況、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」への回答を説明変数とし、生産性を被説明変数とした重回帰分析の結果を図表8に示す。「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に対する回答が「あてはまる」を1、「ややあてはまる」「どちらともいえない」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」を0とした。性、年齢、職業6、仕事内容78は調整変数として投入した9

重回帰の結果からも、ワーク・エンゲージメントと高ストレス、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」は、それぞれ独立に生産性と関係があり、ワーク・エンゲージメント得点は生産性と正の関係があり、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」人、また、高ストレス者は生産性と負の関係があった。
【図表8】重回帰分析の結果
 
6 職業は、公務員(一般)/公務員(管理職以上)/正社員・正職員(一般)/正社員・正職員(管理職以上)/契約社員(フルタイムで期間を定めて雇用される者)/派遣社員(労働者派遣事業者から派遣されている労働者)とした。
7 仕事内容は、管理職・マネジメント/事務職(一般事務、コールセンター、受付等)/事務系専門職(市場調査、財務、秘書等)/技術系専門職(研究開発、設計、SE等)/医療福祉、教育関係の専門職/営業職/販売職/生産、技能職/接客サービス職/運輸、通信職/その他 とした。
8 年収は、300万円未満/300~700万円未満/700~1,000万円未満/1,000~1,500万円未満/1,500万円以上/収入はない/わからない・答えたくないとした。
9 投入した変数はいずれも強い相関はなく、多重共線性はないものと考えた。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【ワーク・エンゲージメントと生産性】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

ワーク・エンゲージメントと生産性のレポート Topへ