コラム
2022年10月24日

ワーク・エンゲージメントの概念と最近の動き

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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ワーク・エンゲージメントとは

最近、ワーク・エンゲージメントという概念が改めて企業の人事・組織マネジメントにおいて注目を集めている。エンゲージメントとは、一般的には約束や契約という意味があるものの、人事分野では「働きがい」を指す言葉として使われている。

そして、エンゲージメントは大きく、社員と会社が信頼して貢献し合う状態を示す「従業員エンゲージメント」と、仕事にやりがいや熱意を持ち生き生きとしている状態を示す「ワーク・エンゲージメント」に区分することができる。

つまり、ワーク・エンゲージメントとは、仕事に達成感があり、熱意を持って意欲的に取り組んでいる「やる気」、そして、仕事そのものに対して、肯定的で充実した感情を抱いている状態を意味する。労働者が仕事のストレスからバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥ることなく、健康でいきいきと働くためには欠かせないものである。

バーンアウトした労働者は仕事に疲れ切ってやる気を失うのに対して、ワーク・エンゲージメントの高い労働者は積極的に仕事に取り組もうとする。バーンアウトがネガティブなイメージであることに対して、ワーク・エンゲージメントはポジティブなイメージが強い表現だと言える。

慶應義塾大学の島津教授らは、ユトレヒト大学のウィルマー・B・シャウフェリの定義に基づいて、ワーク・エンゲージメントを仕事から活力を得ていきいきとしている「活力(Vigor)」、仕事に誇りとやりがいを感じている「熱意(Dedication)」、仕事に熱心に取り組んでいる「没頭(Absorption)」の3つの要素から構成された複合概念であり、一時的な情動状態ではなく、持続した感情と認知によって特徴づけられると説明している1

また、島津はワーク・エンゲージメントは、健康を維持しパフォーマンスを高めるための鍵であると主張している。エンゲージメントは個人と仕事の資源を充実させることで高めることができ、健康で生き生きと働くためには、職場環境だけでなく職場外の環境にも注目することが重要であると強調している2
ワーク・エンゲージメントの3つの要素
 
1 島津明人、井上彰臣、大塚泰正、種市康太郎(2014)『ワーク・エンゲイジメント -基本理論と研究のためのハンドブック-』星和書店
2 島津明人(2022)『新版ワーク・エンゲージメント』労働調査会

ワーク・エンゲージメントはなぜ重要か

では、ワーク・エンゲージメントはなぜ重要であるのか。上述した通り、ワーク・エンゲージメントは労働者にネガティブな感情よりもポジティブな感情を持たせることにより、ストレスによる健康面での悪影響を回避することができる。

心理学者であるフレドリクソンは「ストレスの打ち消し効果」に対する検証を行い、ポジティブ感情にはストレスの打ち消し効果があることを証明した3。検証は次のような実験を行うことにより行われた。先ず、フレドリクソンは実験を行う前に参加者の心拍数を測った後、「スピーチを準備するために1分の時間を与えます。そして、スピーチは録画され、参加者により評価されます」と参加者にストレスを与える内容を伝えた。このような教示は、参加者の不安を高め、心拍数や血圧を上昇させる要因になる。

その後、参加者をランダムに4つのグループに分け、Aグループには「楽しい」映像を、Bグループには「充足とした」映像を、Cグループには「普通」の映像を、Dグループには「悲しい」映像を見てもらった。参加者が映像を見た後、フレドリクソンは参加者にスピーチをする必要がないことを伝え、この時の心拍数が実験を行う前、つまり、スピーチに対するストレスを与える前の心拍数に戻るまでの時間をグループごとにチェックした。

その結果、「普通」の映像と「悲しい」映像を見たCグループとDグループに比べて、「楽しい」映像と「充足とした」映像を見たAグループとBグループの方が元の心拍数に戻るまでの時間が短いという結果が出た。この実験の結果から、スピーチに対する心理的ストレスを経験しても、その後ネガティブな感情よりもポジティブな感情を経験することで、ストレスからより早く回復することが確認された。

従って労働者がよりポジティブな姿勢で、働きがいを感じて働く企業、つまり労働者のワーク・エンゲージメントが高い企業ほど、労働者がメンタルヘルスの問題を抱えるリスクは低くなるのではないかと考えられる。また、働きがいを感じ、意欲的に働く労働者が増えると、離職率低下にも効果があり、人材採用や育成などにかかるコストを抑えることができる。

一方、ワーク・エンゲージメントが高い労働者は、熱意のあまり仕事にのめり込み、過重労働につながる恐れもある。従って、企業には労働者の労働時間や健康状態、そして、労働生産性の変化などを日頃からチェックする等適切なマネジメントを行うことが重要である。
 
3 Fredrickson,B.L.(2003).The Value of Positive Emotions, American Scientist,91,330-335

ISOが「ISO30414」を策定

ワーク・エンゲージメントへの関心は日本だけではなく世界でも高まっている。国際標準化機構(ISO)は2018年に「社内外への人的資本レポーティングのガイドライン」として「ISO30414」を策定し、人的資本のデータ収集・測定・分析を行ったうえで、ステークホルダーに対して人的資本の現状と目標を客観的な指標で示すように求めている。提示が求められているのは、(1)法令遵守と倫理、(2)コスト、(3)ダイバーシティ、(4)リーダーシップ(5)組織文化、(6)組織の健康・安全・福祉、(7)生産性、(8)採用・異動・離職、(9)スキル・能力、(10)後継者育成計画、(11)労働力のような11領域である。さらに、これら11領域のデータ収集・測定・分析に関しては、58の測定基準が設けられている4

ISO30414が制定されたきっかけは、株主などの企業のステークホルダーが、将来の労働力不足が懸念されている中で企業が多様な人材を確保・活用し、人材の流出を防止できる多様な対策に取り組み、従業員のワーク・エンゲージメントを高める非財務情報を財務データと共に高く評価することになったからだと思われる。ISO30414のガイドラインが策定されたことで、基準が明確になり、人的資本を定量化しやすくなった。

アメリカの場合も、投資家からの人的資本の開示要請を背景に2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して人的資本の開示を義務化する規制(Regulation S-K)の改訂を公表した。その後、企業の人的資本の開示が順次始まっている。
 
4 ISO 30414:2018(en)Human resource management — Guidelines for internal and external human capital reporting.

日本でもエンゲージメント・サーベイを実施する企業が増加傾向

最近、日本でもワーク・エンゲージメントを高めることなどを目的にエンゲージメントサーベイを実施・公開している企業が増えている。

大日本印刷株式会社は、2021年6月からグループ全社でエンゲージメントサーベイを実施している。同社では、会社として価値を生み出していくには、多様な社員一人ひとりの力をチームとして集結し、最大化する必要があり、そのためには組織・職場で本当に何でも言い合える風土、心理的安全性が不可欠だと考えた。しかしながら、心理的安全性については、何をもって心理的安全性が構築されるのかを定義することが難しいことに気づき、先ずは実態を可視化して評価することが必要であると考え、、新たなエンゲージメントサーベイの手法を取り入れた。同社では、正確な評価のために、今後も継続してサーベイを実施し、結果を集積する計画だ5

また、東京エレクトロン株式会社は、エンゲージメントこそが会社業績にとって需要な指標となり得るという認識の下、従業員の働きがいや意欲を高め、会社と従業員がともに成長することを目指して、2016年から定期的にグローバル・エンゲージメント・サーベイを実施している。サーベイの結果は全社説明会にて公表した後、細部をマネージャーと共有し、各部において施策に繋げている6
東京エレクトロンのエンゲージメント・サーベイ
一方、グローバル企業であるGoogle では、社員のワーク・エンゲージメントを高めるために、社員とその家族に多様な福利厚生サービスを提供している。社員の健康を守るために、社員および扶養家族向けの健康保険に加えて、メンタルヘルスに特化した社員支援プログラム、セカンドメディカルオピニオン、メンタルヘルスアプリへのアクセス権を提供すると共に、ウェルネスセンターを設置し、トランスジェンダーの社員向け医療支援プログラムも実施している。

また、オフィス内ではホテルのビュッフェのような食事が提供され、飲食できる簡易キッチンが各フロアに設けられ、それぞれに異なる種類のお菓子や飲み物が用意されている。更に、食堂の隣には社員向けの社内ゲームセンターが設けられ、社員が休み時間に自由に利用できるようにしている。対話のしやすい食堂やゲームセンター等の環境を社内に整備することにより、ワーク・エンゲージメントと関係があるとされている対話を増やし、エンゲージメントを高めることが目的と考えられる。
 
5「大日本印刷|職場の心理的安全性を高める取り組み事例」『労政時報』第4026号/2022年6月10日から引用
6 東京エレクトロン株式会社ホームページから一部引用https://www.tel.co.jp/sustainability/report/oa42n00000000bz2-att/sr2019_12.pdf

むすびにかえて

2022年4月より東京証券取引所(以降、東証)は、市場区分を既存の東証一部、東証二部、東証マザーズ、JASDAQ(スタンダード・グロース)から、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つの市場区分に再編した。企業がプライム市場やスタンダード市場への移行を選択した場合には、コーポレートガバナンスコード(株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み)を構成する5つの基本原則(株主の権利・平等性の確保、株主以外のステークホルダーとの適切な協働、適切な情報開示と透明性の確保、取締役会等の責務、株主との対話)以外に「独立社外取締役3分の1以上の選任」などの31の原則と「企業の中核人材における多様性の確保」などの47の補充原則のような新しいコーポレートガバナンスコードにも対応する必要がある。

従って、ワーク・エンゲージメントを含めて労働者に対する情報を透明に公開することは、今後の企業活動において重要な部分であり、エンゲージメントサーベイの重要度はますます高まると予想される。また、サーベイに終わるだけではなく、サーベイの結果を見える化し、対策を講ずることも大切だ。エンゲージメントサーベイの結果は、経営者が企業を経営するうえで、いっそう重要な資料になる可能性が高い。

今後、日本の経営者がどのような形でエンゲージメントサーベイを実施するのか、また、社員の健康で生き生きとした生活をどのように支援し、ワーク・エンゲージメントや企業の持続可能性を高めていくことができるのか、今後の動きに注目したいところだ7
 
7 本稿は「ワーク・エンゲージメントの概念と最近の動き」日本生命Wellness-Star☆レポート、2022年9月30日を加筆・修正したものである。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2022年10月24日「研究員の眼」)

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