NEW
2025年07月08日

「静かな退職」と「カタツムリ女子」の台頭-ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたち

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.340]

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

文字サイズ

最近、「静かな退職(Quiet Quitting)」や「カタツムリ女子(Snail Girl)」という言葉をよくマスコミから耳にする。「静かな退職」は、職場を静かに退社するという意味ではなく、職場で任された仕事だけを最低限にして、必要以上に働かないことを意味する。「静かな退職」が注目され始めたのは、2022年に20代のニューヨーク在住のエンジニアがTikTokに次のような17秒の動画メッセージを発信してからだ。

「最近、「静かな退職」という言葉を知った。これは仕事を辞めるわけではなく、必要以上の努力をやめるという考え方だ。業務はきちんとこなすけれど、「仕事が人生のすべてであるべきだ」というハッスルカルチャーの考え方からは距離を置くということだ。現実として、仕事が人生のすべてではない。そして、人としての価値は労働によって決まるものではない。」つまり、「静かな退職」は、与えられた職務をこなすことに変わりはないが、仕事が人生のすべてであり、仕事を全力で頑張る「ハッスルカルチャー」には、もう従わないという姿勢である。

一方、「カタツムリ女子」は、「成功を追い求めるよりも、自分を大切にしながらマイペースで働く女性」を意味する。女性起業家や、ビジネスにおいて主体的に活躍し、リーダーシップを発揮する女性を指す「ガールボス」とは反対の概念だ。「カタツムリ女子」という言葉は、オーストラリアのビジネスウーマンであるシエナ・ラドビー氏が2023年に『Fashion Journal』誌に寄稿した記事「カタツムリガール時代:私が忙しさよりもスローダウンし幸せであることを選択した理由」に由来する。彼女は「カタツムリ女子」について、「依然として野心はあるが、自分のペースで歩み、成功のために身体的・精神的な健康や幸せを犠牲にしない生き方」だと説明する。幸せと自己ケアを最優先する「カタツムリガール」のライフスタイルは、若い女性の間で広がりつつあり、SNSには関連動画が多くアップロードされている。

以上で説明した「静かな退職」や「カタツムリ女子」は、昔とは異なる新しい働き方であり、日本でも少しずつ認知され始めている。株式会社マイナビが20~59歳の正社員を対象に2025年4月に実施した「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」によると、正社員の44.5%が「静かな退職」をしていることが分かった。

年代別には、20代が46.7%で最も高く、次いで50代(45.6%)、40代(44.3%)、30代(41.6%)の順であった。また、「静かな退職」をしている人の57.4%が「静かな退職」で「得られたものがある」と回答した。得られたものとしては、「休日や労働時間、自分の時間への満足感」(23.0%)、「仕事量に対する給与額への満足感」(13.3%)、「職場内の良好な人間関係」(12.7%)が上位3位を占めた。

一方、2025年3月に企業の中途採用担当者を対象に実施した調査結果によると、「静かな退職」について、賛成が38.9%で、反対の32.1%を6.8pt上回った。業種別には「IT・通信・インターネット」、「金融・保険、コンサルティング」、「運輸・交通・物流・倉庫」で反対より賛成が多かった。一方、「不動産・建設・設備・住宅関連」、「流通・小売」では賛成より反対が多いという結果が得られた。以上の結果は、「静かな退職」に対する評価が業種特性や職場文化によって大きく異なることを示唆している。

日本国内で人手不足が深刻化する中、女性の労働市場への参加は着実に進展している。こうした状況を踏まえると、今後は「カタツムリ女子」と呼ばれる新たな働き方の重要性が高まる可能性がある。ただし、日本において出産や育児を経験した女性が「カタツムリ女子」として働くためには、依然として多くの課題が残されている。

残業や休日出勤、深夜勤務によって収入が増える一方で、会社に長時間滞在するほど評価されるような現行の仕組みは、「カタツムリ女子」としての働き方を望む女性たちの労働市場への参加を妨げる要因となっている。男性の長時間労働を減らし、家事や育児への参加時間を増やすとともに、男性の働き方も、仕事や成功を最優先とする「どん欲な仕事」から、育児や家事に柔軟に対応しつつ労働市場に参加できる「柔軟な仕事」へと変わっていく必要があるかもしれない。

「静かな退職」や「カタツムリ女子」といった価値観は、「仕事中心の人生」から「自分らしさ」や「心の安定」を重視する生き方への移行を象徴している。特に若者を中心に、キャリアの成功だけでなく私生活や心の余裕を重視する傾向が強まり、企業も柔軟な働き方への対応が求められている。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月08日「基礎研マンスリー」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

お知らせ

お知らせ一覧

【「静かな退職」と「カタツムリ女子」の台頭-ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたち】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「静かな退職」と「カタツムリ女子」の台頭-ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたちのレポート Topへ