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2025年07月08日

家計はなぜ破綻するのか-金融経済・人間行動・社会構造から読み解くリスクと対策

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.340]

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1―日本の家計破綻リスクの現状

日本では、家計が深刻な資金難に直面した際の最終的なセーフティネットとして、自己破産と個人再生という二つの法的整理制度が用意されている。これらは単なる債務処理の手段にとどまらず、家計の経済的脆弱性や再建可能性、社会制度の機能状況を映し出す重要な指標である。

図表1は、自己破産と個人再生の申立件数の推移を示している。近年、自己破産の件数は再び増加傾向にあり、2023年には約7.8万件に達した。一方で、個人再生は横ばいまたは減少傾向が続いている。

こうした傾向は、法的整理の選択が家計のフロー(収入と支出)とストック(資産構成)に左右されることを示している。収入や住宅を維持しながら返済を続ける「再建型」の個人再生よりも、保有資産を処分することで債務免除を受ける「リセット型」の自己破産を選ぶ家計が増えている。
[図表1]自己破産と個人再生の申立件数

2―家計破綻リスクを読み解くためのバランスシート・アプローチ

家計の健全性や破綻リスクを評価するうえで、有力な分析枠組みの一つが「バランスシート理論」である。これは、企業の財務管理における資産と負債の対応関係を家計に応用し、家計の経済的耐性を把握しようとする視点である。

家計のバランスシートでは、将来の労働収入の現在価値である「人的資本」が、まず大きな位置を占める。これに加えて、金融資産(預貯金・株式・投資信託など)や実物資産(住宅や車など)が資産サイドに含まれる。一方で、住宅ローンや自動車ローン、消費者ローン、クレジットカード債務、奨学金(貸与型)などが負債に計上される。さらに長期的には、教育費や医療・介護費、生活費といった将来支出も、経済的には潜在的な負債として認識する必要がある。

資産総額から負債総額を差し引いた純資産が厚いほど、家計のリスク耐性は強く、逆に薄ければ外的ショックに脆弱となる。ただし、金額の大小だけでなく、資産と負債それぞれの「質」や「流動性」「利回り」「変動リスク」も含めた総合的な視点が欠かせない。

たとえば、住宅や土地は資産評価額が大きくても、現金化には時間と手間がかかり、急な資金需要には対応しにくい。一方、現預金や短期金融商品は流動性が高く、突発的な出費や収入減少への備えとして有効である。つまり、「流動性バッファ」を確保することが、家計のショック耐性には不可欠である。

また、資産の運用利回りと負債の金利コストの比較も重要だ。仮に住宅ローンの金利よりも資産運用の期待利回りが高ければ、借入による資産形成は合理的な選択となる。一方で、金利上昇や資産価格の下落により「逆ざや(負債コストが資産利回りを上回る)」状態に陥れば、返済負担が家計を圧迫し、純資産の減少を通じて破綻リスクが高まる。加えて、資産の価格変動リスクや、いざというときに思うように換金できない「流動性リスク」への備えも求められる。

さらに、家計によっては「外部バッファ」として、親族からの援助や相続・贈与、年金や公的給付といった社会保障が利用可能な場合がある。こうした外部要因は家計の耐性を高める要素ではあるが、その確実性や規模には個人差が大きく、基本的には「自助努力による資産形成と負債管理」が出発点であると認識すべきだろう。

このように、バランスシート理論を家計管理に応用することで、家計の健全性やリスク耐性を構造的に把握できるようになる。純資産と流動性バッファを厚く保ち、人的資本を活かしながら老後に備えること。資産利回りと負債コストのバランスを意識し、外部バッファの有無も踏まえた計画を立てることが、破綻リスクの回避につながる。今後は、こうした動態的な家計バランス管理の重要性が一層高まっていくと考えられる。
[図表2]家計のバランスシート理論(概念図)

3―実質賃金低下によるフロー悪化と資産バッファ脆弱化の悪循環

日本の家計が抱える最大の構造的脆弱性の一つは、可処分所得(フロー)の縮小が、資産バッファの形成と維持を困難にしている点にある。黒字のフローがあってこそ、貯蓄や投資、負債返済といった将来に向けた経済的備えが可能になる。しかし近年、実質賃金の低迷と生活コストの上昇が重なり、黒字フローの確保が困難になってきている。

実際、日本銀行「資金循環統計」によれば、家計部門の住宅ローン残高は2010年の約178兆円から、2024年には235兆円超へと拡大している。背景には、住宅価格の上昇に対して名目賃金の伸びが追いつかず、特に49歳以下の世帯を中心に借入負担が増していることがある。家計は購入時点の貯蓄ではまかないきれない分を、将来の収入を見合いに借入額を増やしているのである。

加えて、消費者信用・割賦販売等の債務も、2012年の約60兆円から2024年には約83兆円に達し、再び増加傾向を示している。とくにコロナ禍で蓄積された「強制貯蓄」が2022年以降急速に取り崩される中で、預貯金の枯渇とローン・クレジットへの依存が進んでいる。これは、資産形成よりも日々の資金繰り維持を優先せざるを得ない家計が増えていることを示唆する。

このような状況では、まず流動性資産(現預金)の取り崩しが始まり、それでも不足すれば高金利の借入や資産売却に依存せざるを得なくなる。フローが返済負担で慢性的に圧迫されると、債務残高が増加する一方で、純資産(資産-負債)が縮小し、家計破綻リスクが高まる。また、変動金利型住宅ローンの比率が高い日本では、金利上昇が家計に与える影響が今後さらに深刻化する可能性がある。

さらに重要なのは、こうしたフローと資産バッファの弱体化が、将来の資産形成能力そのものを損なうという点である。たとえば、NISAやiDeCoといった積立型の資産形成制度が拡充されているにもかかわらず、黒字フローが確保できない世帯では、こうした制度を十分に活用できない。また、金融資産の期待リターンが住宅ローンなどの負債コストを下回る「逆ざや」の状態が続けば、家計がリスクを取って投資に踏み出すインセンティブも持ちづらくなる。

このように、実質賃金の低下と生活コストの上昇が家計のフローを圧迫し、それが資産バッファの脆弱化を引き起こすという悪循環は、家計の経済的安定性を損なう要因となっている。将来的な破綻リスクの抑制には、このフローとストックの相互作用に着目した政策的な対応が不可欠である。

4―家計破綻リスクの軽減策

家計破綻リスクを軽減するために最も基本となるのは、家計のキャッシュフローを「見える化」し、月単位で黒字を維持することである。これは、資産の積立や負債の返済、緊急時の備えに不可欠な経済的基盤を作るうえで出発点となる。支出の中でも、固定費の見直しは効果が大きい。

次に、生活防衛資金として、最低でも生活費の数カ月分の現預金を確保しておくことが推奨される。流動性の高い資産を持つことが、収入の急減や突発的な支出が生じた際の「第一防衛線」となる。

住宅ローンや教育ローン、クレジットカード債務といった金融負債は、「将来の収入を先取りした支出」であるという点で、資産形成と逆のベクトルを持つ。したがって、借入額が過大にならないよう、返済計画を明確に立てることが重要である。返済負担が大きい場合は、繰り上げ返済や借り換え、返済期間の見直しなどを実行すべきである。

資産運用においては、リスク分散(商品の分散、長期・積立など)を徹底することが基本原則となる。特に、資産の期待利回りが負債の金利を下回る「逆ざや」状態は避けるべきである。

一方で、現代の家計を取り巻く環境は、キャッシュレス化や金融商品の複雑化などにより変化が著しい。そのため、家計管理においても金融知識やデジタルスキルの習得が欠かせない。アプリによる家計簿管理や自動積立・通知機能の活用など、「仕組み化」によって管理負担を軽減し、意志の弱さや心理的バイアスを補完する方法も有効である。

加えて、人間の意思決定には「現状維持バイアス」「即時満足志向」「自己過信」といった心理的特性が影響する。これらのバイアスに気づいたうえで、強制力のあるルールや習慣を設定し、自動化や継続性を担保する工夫が求められる。

また、家計のリスク耐性を高めるには、親族・地域・公的制度といった「外部バッファ」の活用も欠かせない。たとえば、収入減少時に一時的な援助を受けられることは、資金繰り破綻の回避につながる。

ただし、こうした外部サポートへの依存が常態化すれば、自助努力の低下や、家計間・世代間の格差固定を招くおそれがある。したがって、外部バッファはあくまで「一時的な支援」と捉え、「自立(自助)」と「共助・公助」のバランスを図ることが、持続可能な家計運営の鍵となる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月08日「基礎研マンスリー」)

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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