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ESGと企業価値

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 梅内 俊樹
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1――ESG投資の変遷と企業価値向上の可能性

しかし最近では、2020年の残高が最も多い戦略がESGインテグレーションとなっていることからも分かるように、ESGに対する見方は変化しつつあるようだ(図表1:灰色)。というのも、ESGインテグレーションは、財務情報に加えて、ESGに係る取り組みを非財務情報として組み込み、企業の将来的な企業価値向上の可能性を評価する投資であるためだ。従来、主にリスクとして捉えられていたESGが、ビジネス機会や収益機会として捉えられるようになった可能性を示唆する変化である。このことは、生命保険協会の「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2019年)」の気候変動に対する意識についての設問で、「リスクとともに、ビジネス機会がある」との回答が、投資家の77.8%、企業の69.7%を占め、「リスクはあるが、ビジネス機会はない」との回答(それぞれ11.1%、19.9%)を大きく上回っていることからも確認される。
企業価値評価において最もオーソドックスなDCF法によれば、将来のキャッシュフローを資本コストで現在価値に割引いて企業価値は算出される。その際、企業や事業のリスクは資本コストに反映され、企業価値評価に影響を及ぼすことになる。一般的に、リスクを反映する資本コストとともに、収益を反映する将来のキャッシュフローも企業価値評価に影響を与える。その意味では、将来キャッシュフローに寄与し得る収益機会としてESGが捉えられるようになったことは、企業の経営戦略のあり方や投資家の企業価値評価におけるESGの位置付けを大きく高める変化と考えられる。2020年にESGインテグレーションの残高が他を大きく凌駕していることは、こうした変化を象徴する事実として受け止められる。
最近ではESGが企業財務に好影響を及ぼすとの調査も増えている。2015年から2000年に発表された論文を対象としたESG活動と企業パフォーマンスの関係についてのサーベイ調査によれば、ESGへの取り組みが企業財務を改善させると結論付けられる論文が全体の6割弱を占める。今後、必要とされるESG情報の適切な開示が進むことによって、更には、建設的な対話を通じて企業と投資家の意思疎通が進むことによって、ESGが企業価値に及ぼす影響は着実に高まっていくものと想定される。ESGが企業価値に影響を及ぼす経路は複雑であり、ESG情報を企業価値評価に落とし込むことは容易ではないが、ESG投資や企業価値評価を取り巻く環境がどのように改善されていくのか、今後の行方が注目される。
2――ステークホルダー資本主義における価値の考え方
<株主と株主以外の「価値」についての考え方(経産省資料より筆者作成)>
- 企業の最終利益は株主に帰属するが、企業が事業を行う上では、ステークホルダーとの関わり合いが不可欠
- 企業が持続的に事業活動を行うためには、ステークホルダーの抱える問題を解決することで各ステークホルダーに価値を提供し、その対価として持続的に利益を得ていくことが重要
- したがって、企業が創造すべき「価値」は、長期の時間軸を前提に、競争優位性のある事業活動によってステークホルダーの抱える問題を解決しながら持続的に利益を得て、中長期的な企業価値を高め、株主に対して還元する価値も最大化するという「循環的」な捉え方をすることが重要
つまり、あらゆるステークホルダーに価値を提供することは、例えば、従業員に対する不適正な賃金や部品調達コスト抑制のための下請けの締め付け、あるいは、住民や自治体の反対を招くような無理な工場建設の計画によって、レピュテーションやサステナビリティが損なわれることがないようにすることは勿論のこと、生産性や収益性、成長性の改善に資するようなWIN-WINの関係をあらゆるステークホルダーと構築することと解釈できる。岸田政権が新しい資本主義で重点項目として取り上げる「人への投資」はまさに、ステークホルダー資本主義において従業員向けに提供する価値に相当すると言える。
価値配分のバランスは企業の裁量次第という点を踏まえる必要はあるが、企業が目指すべきは、環境や社会にも配慮した持続性のある企業価値の向上であるという点では、ESG経営と大きく変わることはない。株主に対する十分な説明責任を果たしつつ、中長期的に持続性のある企業価値創造に向けた企業の取り組みが、社会や環境のサステナビリティが高まる好循環が確立されることが期待される。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2022年08月31日「基礎研レター」)

03-3512-1849
- 【職歴】
1988年 日本生命保険相互会社入社
1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
2009年 ニッセイ基礎研究所
2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
2013年7月より現職
2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
2021年 ESG推進室 兼務
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