コラム
2022年08月03日

自治体の行政計画について、国はどこまで関与すべきか-骨太方針の記述から考える論点

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

5――計画策定義務のデメリットは?

1|自治体の負担増
最初に、デメリットとして想定されるのは自治体の負担です。様々な分野について、関係各省が「◎◎を充実させたい」とか、「××の地域差を是正したい」と考え、自治体に対して計画策定義務を課した場合、自治体の事務負担が増えることは当然、予想できます。

その一例を医療計画で考えると、ここ数年だけで制度改正が相次いで実施されています。具体的には、2017年までに各都道府県は医療計画の一部として、病床削減や在宅医療の充実などを目指す「地域医療構想」を策定することが義務付けられました。その後、医師偏在是正を図るための「医師確保計画」「外来医療計画」を2020年3月までに策定することも都道府県に求められました6。さらに、先に触れた通り、2024年度からの新しい計画では、新興感染症への対応が義務付けられます。

これらに加えて、医療分野だけでも都道府県は6年周期の医療費適正化計画とか、国民健康保険運営方針、先に触れた循環器病対策推進計画、議員立法で成立した法律に基づくがん対策推進計画、アレルギー疾患対策基本法(法律上は努力義務)などの策定も求められています。

このほか、計画策定は義務付けられていませんが、2021年通常国会で成立した改正医療法に基づき、医療機関の外来機能を明確にするための仕組み(外来機能報告制度)が2022年スタートし、都道府県が推進役として位置付けられています。2024年度から本格施行される「医師の働き方改革」でも、医師の超過勤務の縮減に向けて都道府県の役割が期待されています7

こうした施策の流れを踏まえると、それぞれの計画や施策に制度改正の背景や経緯、根拠、合理的な理由はあるわけですが、都道府県の負担が増えている点は否めないと思います。

実際、全国知事会が2021年5月に公表した調査では、医療・介護に限らず、都道府県が策定主体の計画では296件のうち107件、市町村が主体の計画では221件のうち83計画が「支障あり」とされ、▽多大な人員や予算を要する、▽趣旨や目的が重複している。▽計画策定まで不要、▽上位計画などで代替可能――といった声が寄せられていました。
 
6 地域医療構想については、2017年11~12月の拙稿「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。医師偏在是正の論点に関しては、2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は上)を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
7 医師の働き方改革については、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。
2|自治体の自主性、自律性を阻害
もう一つの論点として、骨太方針で計画策定義務を最小限にする効果として、「地方の自主性及び自立性を確保」と出ているのも要注目です。言い換えると、計画策定義務が地方の自主性と自立性を阻害している可能性が意識されていると言えます。

例えば、自治体が自らの判断で施策を進めていたとしても、国の計画策定義務が掛かることで、却って国のガイドラインなどに縛られる危険性があります。さらに、自治体の行政運営では、省庁の縦割りを横串で連携させる総合性が求められるにもかかわらず、国の計画策定義務が入ることで、施策を作る視点が関係省庁の所管事項に引きずられ、総合性が失われるリスクもあります。

この辺りについては、地方分権改革有識者会議が今年2月に公表した報告書で、「計画策定等に係る負担が大きくなりすぎた結果として、計画等を策定すること自体が目的化してしまい、求められる施策の実施が二の次になりかねない」と警鐘を鳴らしている点と符合します。

言い換えると、関係各省が「施策を全国レベルで拡充、展開するため、計画策定義務を課したい」という平等を追求しがちなのに対し、自治体は「裁量を確保したい」という自由を重視しており、両者の意見が対立していると言えます。

もう少し詳しく言うと、「平等(集権)と自由(分権)の相克」と解釈できます。しかも、それぞれの考え方や意見は一定程度の合理性を有しており、この二律背反を解くのは容易ではありません。

6――必要、不必要の判断は可能か

1|「真に必要」とは何か
では、どんな解決策が想定されるのでしょうか。前半で引用した骨太方針の文言を読むと、できる限り計画策定義務を新設しないこと、真に必要な場合でも内容や手続きを自治体の判断に委ねること、あるいは策定済みの計画との統合、他の団体との共同策定などを進めることが書かれています。

しかし、「真に必要か否か」を判断する線引きは容易ではありません。例えば、筆者は国による認知症基本法の制定、さらに自治体による認知症施策の計画策定と根拠となる条例制定を通じて、認知症の人や関係者の意見を丁寧に聴取しつつ、認知症施策が地域レベルで展開されることが重要と考えています8。こうしたスタンスに立てば当然、「国会で検討が進む認知症基本法案では、自治体に計画策定義務、最低でも努力義務を課して欲しい」「計画策定義務を新設しないのが原則だけど、認知症は例外扱い」という結論になります。

冒頭の記事に言及されていた循環器病対策推進計画でも同様の点を指摘できます。筆者は「循環器病対策で基本法制定」「◎◎県が循環器病対策推進計画の検討に着手」といったニュースを見聞きした際、「がん、アレルギー疾患、難病、アルコール健康障害で基本法が作られているのに、疾病、病気ごとに基本法や計画を作るの?」という疑問を持った記憶があります。

しかし、その後に認識を改める機会が訪れました。まず、循環器病対策に関するシンポジウムを聴講した際、「心疾患、脳血管疾患は死因の計2割ほどの理由を占める」「要介護になる理由の約20%も心疾患、脳血管疾患」「このため、法律と計画策定義務を通じて、循環器病対策を国、自治体で強化する必要がある」といった説明を聞き、法律や計画が合理性を有していることに気付かされました。

さらに、都道府県の循環器病対策推進計画の策定に関して、アウトカム(成果)までの経路を明らかにする「ロジックモデル」を用いた計画策定と、それに基づく関係者の合意形成プロセスが一部の地域で図られている9ことを知り、今では「要らないのでは」と感じた不明を反省しています。

それでも「循環器病対策で計画策定義務が必要かどうか」と問われると、「認知症の自治体計画の方が重要では」と思っており、このような筆者の意見については、循環器病対策に取り組んでいる人から「いや、こっちが先決だ」という反論を頂くことになると思います。

つまり、「何が必要か」という判断は個々人の認識で大きく異なるため、「原則義務付けなし」「真に必要な案件だけは認める」と判断しても、認知症ケア・施策にしろ、循環器病対策にしろ、それぞれが合理性を有している以上、「何が真に必要か」の線引きは困難です。

例えば、地方分権改革有識者会議は今年2月の報告書で、(1)全国的な総量規制・管理のために必要、(2)国民の生命、身体などへの重大かつ明白な危険に対して国民を保護するための事務で、全国的に統一して定めることが必要、(3)国が税制上、法制上の特例措置を講じる直接的な根拠――などに該当する場合、国が自治体に対して計画策定を求める手法が許容し得るとしていますが、ここで取り上げた認知症ケア・施策、循環器病対策を必要と考える人は「国民の健康に関わる部分であり、全国的に統一して定めることが必要」とし、例外扱いを希望するはずです。

以上のように考えると、計画策定義務を「真に必要な案件」に限定すると言っても、簡単ではないことに気付かされます。だからこそ義務付け・枠付けの文脈で10年以上も是非が論じられているのに、逆に策定義務の対象計画が増えているわけです。
 
8 認知症ケアや施策に関する国の基本法や自治体の条例に関しては、拙稿2021年4月28日「自治体の認知症条例に何を期待できるか」、2019年3月26日「議員立法で進む認知症基本法を考える」を参照。併せて、日本医療政策機構による2021年3月の政策提言「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」も参照。
9 2021年7月25日『日本経済新聞』電子版。
2|計画統合、他団体との共同策定の選択肢は?
では、骨太方針に示された残りの対応策はどうでしょうか10。骨太方針では、策定済みの計画との統合、他の団体との共同策定に言及しています。

これらの選択肢を具体的な事例で考えると、認知症ケア・施策に関する計画については、地域福祉計画や介護保険事業計画、老人福祉計画などと一体的に作る方法が考えられます。何度か言及している循環器病対策についても、医療計画などに包摂することもあり得ると思われます。

例えば、2018年に議員立法で成立した成育基本法では、新しい計画の策定を自治体に義務付けるのではなく、医療計画での配慮や施策評価を都道府県に促す規定が盛り込まれており、こうしたパターンも考えられるかもしれません。

もう一つの選択肢として骨太方針で提示されている他の自治体と共同策定に関しても、一考に値すると思われます。例えば、認知症施策・ケアの計画で言うと、重度な認知症の人が行方不明になった時、捜索活動は自治体の区域をまたぐ可能性があります。さらに、認知症の専門医療機関など地域の医療・介護資源を有効に活用する上では、近隣自治体の施策と平仄を合わせる必要もあります。

何よりも今後の人口減少を考えると、一部の自治体では全ての行政計画を単体で策定することが難しくなると思われます。総務省も自治体間の広域連携などを進めており、複数の自治体による共同策定という選択肢は今後、求められると思われます。
 
10 ここでは詳しく触れないが、骨太方針で言及されていない選択肢として、「自治体の判断で条例による上書き」という方法も考えられる。しかし、憲法では自治体の条例制定権を「法律の範囲内」と定めており、この選択肢のハードルは高い。実際、全国知事会が2021年5月に公表した報告書でも「地方の実情に応じた施策の実施が可能になる」「憲法上の問題からハードルが高いと考えられる」などと両論が併記されている。
3|このほかの選択肢
このほかにも選択肢は考えられます。その一つとして、やや遠回りになる選択肢ですが、国の制度を上手く活用しつつ、地域の実情に応じた施策を推進できる自治体職員の育成です。先に触れた義務付け・枠付けの見直しも含めて、これまでも地方分権改革の文脈で自治体の裁量を広げる改革が進められて来ましたが、残念ながら自治体職員の意識や行動が変容しているとは言い切れません。

例えば、筆者が自治体職員と関わっている時、「自治事務に関する通知は技術的助言なんで、法令に違反しなければ、自治体の判断で通知に従ってもいいし、従わなくてもいいんですよ」と述べると、目を丸くされるケースが少なくありません。ここで述べている計画制度に関しても、計画づくりを目的にするのではなく、関係者との情報共有や合意形成、地域の現状の可視化などの機会として活用しつつ、地域の実情に沿った施策を進められる自治体職員を増やしていく必要があります。

さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を通じて、計画策定に使うデータ基盤の部分を広く共有できるようにすることで、自治体の負担を減らす方法も考えられそうです。

7――おわりに

本稿は骨太方針の記述などを手掛かりにしつつ、「自治体計画に対する国の関与」のメリット、デメリット、過去の経緯や論点など取り上げました。既に10年以上も争点化しているにもかかわらず、策定義務の対象計画が増えている背景として、「集権―融合型」の構造や議員立法の影響が考えられる点を踏まえると、「平等(集権)と自由(分権)の相克」をクリアする抜本的かつ有効な解決策は見当たらないと言えます。

このため、自治体の判断で他の計画と統合したり、別の計画と連携させたりする裁量を認めるなど、現実的な解を国、自治体で模索するスタンスが重要になると思われます。さらに遠回りになるかもしれませんが、国の通知を金科玉条と考えずに地域の実情に沿って国の制度を上手く活用できる自治体の職員を一人でも増やす方策も求められます。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年08月03日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【自治体の行政計画について、国はどこまで関与すべきか-骨太方針の記述から考える論点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

自治体の行政計画について、国はどこまで関与すべきか-骨太方針の記述から考える論点のレポート Topへ