2022年06月28日

3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格始動-ケアプラン有料化などが焦点、科学的介護、人材不足対応も

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~3年に一回の介護保険の制度改正論議が本格化~

3年に一度の頻度で実施される介護保険制度の見直し論議が本格化しつつある。介護保険制度は創設から約20年を経て、総費用が3倍以上に増加。訪問介護を中心に人材不足も顕在化しつつあり、制度の持続可能性が問われている。

このため、見直し論議がスタートした社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会では今後、負担増や給付抑制に関する検討が進むと予想される。具体的には、ケアプラン(介護サービス計画)の作成を含めたケアマネジメント費(居宅介護支援費)の有料化に加え、要介護1~2の人の給付見直し、原則1割負担の利用者負担の引き上げなどが想定される。

さらに、身体的自立に着目した介護予防を強化する観点に立ち、データを重視する科学的介護の充実なども論点になると思われる。このほか、深刻な人材不足に対応するため、ICT・ロボットの活用や人員基準の見直しなども論点になると考えられる。今回は給付抑制や負担増、人材不足への対応に関する部分を中心に、年末に向けた今後の介護保険制度改正を展望する。

2――介護保険部会など政府の会議における議論

2――介護保険部会など政府の会議における議論

1|介護保険部会の議論
介護保険は制度創設から約20年を経て、財源と人材の「2つの不足」が制約条件となっている1。こうした中、制度の持続可能性が大きな論点となっており、原則として3年に一度、実施される制度改正では、給付抑制や負担増が論点になっている(過去の経緯は末尾の資料を参照)。

今後は介護保険部会を舞台に見直し論議が本格化し、年末に結論が示された後、法改正が必要な案件に関しては、来年の通常国会に改正案が提出され、2024年度から施行される見通しだ。

介護保険部会の議論は今年3月から始動しており、5月に開かれた2回の会合では「地域包括ケアシステムの更なる深化・推進」というテーマで、医療・介護連携の推進、認知症ケアの充実、介護者の家族など「ケアラー」の支援、介護予防の強化などが話題になった。

しかし、テーマが広範にまたがっていることに代表される通り、「地域包括ケア」という言葉は多義的2であり、制度改正の今後を展望する上では、具体的な内容に落とし込んで検討する必要がある。

そこで以下は給付抑制や負担増に関わる部分を中心に議論する。その際、手掛かりとして、(1)今年6月に閣議決定された「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)、(2)昨年12月に改定された「新経済・財政再生計画改革工程表」(以下、工程表)――という順で、給付抑制や負担増に絡む制度改正のポイントを抽出する。
 
1 「2つの不足」については、2019年7月5日拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』」を参照。制度創設後の動向に関しては、2020年4月10日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)」を参照。
2 地域包括ケアの多義性と曖昧さに関しては、介護保険創設20年を期した拙稿コラム第9回を参照。
2具体論の言及を避けた骨太方針の記述
経済財政諮問会議を中心に、毎年6月頃に決まる骨太方針には経済財政政策の重要事項が盛り込まれるため、「予算編成の前哨戦」の側面を持つ。今年の骨太方針では「介護」という言葉(脚注を含む)は計14回使われており、その内容を見ると、(1)家庭の介護負担軽減、(2)医療・介護・住まいの一体的検討、(3)医療との連携を含めた提供体制改革、(4)介護サービスの効率化・質の向上、(5)介護事業者の経営開示充実――などに大別できる。

このうち、(1)から(3)は今年5月に決まった全世代型社会保障構築会議の中間整理、(4)は今年6月の規制改革実施計画に盛り込まれた内容を概ね踏襲した形。(5)は今年5月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)の建議(意見書)などの記述を踏まえている。

ただ、給付抑制や負担増に繋がるダイレクトな文言は見受けられず、わずかに「医療・介護費の適正化を進める」という単語が見られる程度である。これは7月10日投開票の参院選を意識し、具体的な論点に言及しなかったと見られる。
3昨年末に見直された新経済・財政再生計画改革工程表の内容
むしろ、給付抑制や負担増に繋がるメニューは工程表に示されている。工程表も経済財政諮問会議を中心に議論された後、毎年12月に改定されており、次年度予算編成のテーマや論点を把握できる。

介護に関しては、「ケアマネジメント費の有料化」「軽度者への生活援助サービス・福祉用具貸与の見直し」「現役並み所得の判断基準の見直し」などが挙がっており、介護保険部会で今後、焦点になると見られる3。これら3つのテーマは前回制度改正と結論を先送りした経緯がある4が、それぞれのテーマに関して浮上している背景や論点を考察し、一部では私見も述べる。
 
3 このほか、工程表では「介護の多床室料に関する給付の見直し」もテーマに挙がっている。この件では、介護老人保健施設、介護医療院、介護療養型医療施設の多床室に関しては、室料負担が徴収されておらず、室料を徴収している特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)に比べて、利用者負担が低くなっているとして、財務省は室料相当額の徴収を求めている。
4 前回制度改正に関しては、2019年12月24日拙稿「『小粒』に終わる?次期介護保険制度改正」を参照。

3――想定される制度改正の主な内容

3――想定される制度改正の主な内容

1|ケアマネジメント費の有料化
まず、ケアマネジメント費の有料化を取り上げる。相談業務や利用者のニーズ調査、アセスメント、ケアプラン作成、給付管理などを含めたケアマネジメント費は全額を介護保険財源で賄っており、「従来の医療保険にはない事務的サービスの給付であり、利用者に費用負担の対価であるという認識を持ってもらうには時間を要するのでは」という配慮5の下、制度創設時点から利用者負担を徴収していない。

その後、前回の2021年度制度改正では有料化の是非が焦点となり、財務省は「世代間の公平性の観点等も踏まえ、利用者負担を設けるとともに、評価手法の確立や報酬への反映を通じて、質の高いケアマネジメントを実現する仕組みとすべき」と主張6。これに対し、ケアマネジメントを担う専門職のケアマネジャー(介護支援専門員)で構成する日本介護支援専門員協会は「制度全体の基盤が揺らぐことにつながる」などと反対した7ほか、与党内でも「自己負担が生じると低所得者が利用を控える恐れがある」などの慎重な意見が示された8ことで、この時は見送られた。

しかし、財政審が今年5月に公表した建議(意見書)9では「利用者が自己負担を通じてケアプランに関心を持つ仕組みとすることは、ケアマネジャーのサービスのチェックと質の向上にも資する」と主張しており、引き続き焦点となりそうだ。

なお、筆者自身は「ケアマネジメント費の有料化の前に、取り組まなければならない課題は多い」と考えている。その一例として、介護保険サービスをケアプランに組み込まないと、ケアマネジャーが居宅介護支援費の介護報酬を受け取れない構造を挙げる。

ケアマネジメントは本来、相談業務から生活支援、サービスの調整、給付管理を含めた手法であり、視野に入れなければならない範囲は介護保険サービスにとどまらない。例えば、インフォーマルケアと呼ばれる公民館での体操教室、企業の提供するサービスなども本来、高齢者の生活支援に役立つ。

ただ、こうしたインフォーマルケアをケアプランに取り込んだとしても、何か介護保険サービスをケアプランに位置付けない限り、ケアマネジャーは報酬を受け取れないため、こうした構造はケアマネジャーの役割を狭めていると考えている10。さらに、ケアマネジメントには相談業務も含まれており、相談の有料化には慎重を要す必要もある。これらの点については、前回の制度改正でも論じた11が、日を改めて詳しく論じることにしたい。
 
5 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p241を参照。
6 2019年6月19日、財政制度等審議会建議。
7 2019年10月28日、介護保険部会議事録。
8 2019年11月19日『共同通信』配信記事。
9 2021年5月25日、財政制度等審議会建議。
10 この構造に関しては、介護保険創設20年を期した拙稿コラム第5回を参照。
11 2019年9月6日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。
2軽度者への生活援助、福祉用具貸与の見直し
これは幾つかの論点を含んでおり、要介護1~2の人の介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)への移管が論点として想定される。既に要支援1~2の訪問介護、通所介護については、2015年度制度改正を経て、総合事業に移管された。これを要介護1~2の人まで広げる案であり、前回の制度改正でも焦点になったが、介護保険部会で「時期尚早」などの意見が出たことで、見送られた12

しかし、今年5月の財政審建議では再び同様の主張が展開されており、介護保険部会でも見直しの是非が論点になるとみられている。ここで言う総合事業の仕組みは複雑怪奇であり、詳述を避ける13が、要支援者の訪問介護と通所介護が給付から切り離され、従来の介護予防事業と統合された。さらに、市町村の判断で報酬や基準を決められるようになり、住民主体の体操教室やボランティア活動にも介護保険財源を充当することが認められた。

つまり、総合事業では軽度者向け給付の実質的な抑制と介護予防の充実に加えて、地域の支え合い活動などに当たる住民やボランティアなど、いわゆる「担い手」の拡大が意識されている。

それにもかかわらず、「担い手」は拡大しておらず、前回の制度改正で「時期尚早」と判断される理由となった。その後も傾向に変化は見られず、住民主体の訪問介護に取り組んでいる市町村は16.2%、同じく住民主体の通所介護を実施している市町村は14.4%にとどまる14

しかも、総合事業の運営に際して、市町村は高齢者の伸び率を勘案した事業費の上限内で事業を実施することになっているが、実際には394保険者が上限を上回っている。このため、今年5月の財政審建議では「法制上の措置」も含めて、費用低減の厳正化を促した。

これは言い換えると、要支援の人を対象とした総合事業の趣旨や事業が市町村の間で拡大していないことを意味15しており、現時点では要介護1~2の人の総合事業移管は現実的に難しいと思われる。

さらに、福祉用具貸与、掃除などの生活援助の見直しも論点になりそうだ。このうち、福祉用具貸与に関して、財政審建議では「介護報酬算定のため、必要のない福祉用具貸与等によりプランを作成したケアマネジャーが一定数いる」という調査結果を引き合いに、福祉用具だけを組み込んだケアプランの報酬引き下げに言及している。後者の生活援助に関しても、財政審建議では給付の見直しが打ち出されている16
 
12 2019年12月16日介護保険部会議事録。
13 総合事業の論点に関しては、介護保険創設20年を期した拙稿コラム第13回も参照。
14 NTT経営研究所(2021)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業
報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。
15 この関係で厚生労働省は2022年度から「地域づくり加速化事業」を開始することにしている。厚生労働省の職員や専門家による伴走支援に加えて、上限を超えている市町村に対する個別協議を実施するとしている。
16 生活援助の見直しに関しては、、2018年度制度改正で、一定回数以上の生活援助を組み込んだケアプランに関しては、市町村への報告制度が作られている。
3現役並み所得基準の見直し
最後に、現役並み所得基準の見直しとは、2割負担、3割負担の対象者の拡大を意味する。介護保険制度では所得にかかわらず、1割負担が採用されていたが、2015年度改正で2割負担、2018年度改正で3割負担が導入された17。この基準は現在、本人所得220万円以上の場合は3割負担、同160万円以上220万円未満は2割負担に設定されている(その他にも細かい基準がある)。この基準を下げることで、2~3割負担の対象者を広げれば、給付を抑制できる。

ただ、前回の見直し論議では、高齢者医療費の患者負担を増やす是非が別に争点化した18ことで、「医療、介護双方の負担増は難しい」などの判断19が働き、負担増は見送られた。

これに対し、昨年12月の工程表では「現役との均衡の観点から介護保険における『現役並み所得』(利用者負担割合を3割とする所得基準)等の判断基準の見直しについては、(略)利用者への影響等を考慮しながら、(略)関係審議会等において結論を得るべく引き続き検討」という文言が入っている。このため、介護保険部会では所得基準の見直しが焦点となりそうだ。
 
17 3割負担の導入論議に関しては、2018年8月28日拙稿「介護保険の自己負担、8月から最大3割に」を参照。
18 高齢者医療費を巡る当時の議論については、2020年2月25日拙稿「高齢者医療費自己負担2割の行方を占う」を参照。
19  2019年12月20日『朝日新聞』、同月13日『共同通信』配信記事。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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【3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格始動-ケアプラン有料化などが焦点、科学的介護、人材不足対応も】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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