2022年04月22日

23年度予算教書-今後10年間で現行政策から1兆ドルの財政赤字削減方針を提示も、増税などの歳入増加策の実現可能性は低い

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

バイデン大統領は22年度(21年10月~22年9月)予算の審議が遅れていたこともあって、通常より2ヵ月近く遅れて3月28日に23年度の予算教書を発表した。

予算教書では現行の予算関連法が継続することを前提にした米行政管理予算局(OMB)のベースライン予測(OMBベースライン)に比べて今後10年間でおよそ1兆ドルの財政赤字を削減する方針が示された。財政赤字削減の主な要因は富裕層向けの増税や法人税の税率引き上げなどによる歳入増加である。

また、現在上院で審議が難航している家計支援や教育支援、気候変動対策などを盛り込んだ大型歳出法案(ビルドバックベター法案)に関しては予算教書に含まれているものの、審議に与える影響への懸念から同法案関連の歳出入や財政収支についての具体的な数値を盛り込むのは見送られた。

一方、歳出入や財政収支などを推計する際の経済前提については昨年11月時点の経済予想を前提にしており、現状からみれば成長率やインフレ率について想定がやや楽観的となっている。このため、経済前提を現在の想定に近づけた場合には財政赤字や債務残高が増加する可能性が高いとみられる。

本稿では、足元の財政状況を振り返った後、今回提出された予算教書の概要を示したほか、成長率とインフレ率について現在の想定に近づけた場合の財政収支や債務残高の影響を試算した。今後、議会で23年度の予算審議が本格化するが、予算教書で示された歳入増加案の多くは、当初ビルドバックベター法案に盛り込まれていたものの、合意が困難との判断から審議中に削除された経緯があり、11月に中間選挙を控え実現する可能性は低いだろう。

2.財政状況の振り返り

2.財政状況の振り返り

(財政収支、債務残高):新型コロナ対策に伴い財政状況は大幅に悪化
米国の財政収支(GDP比)は08年の金融危機による景気悪化に伴い歳入が落ち込む一方、大型経済対策によって歳出が大幅に増加した結果、09年度には▲9.8%の大幅な赤字となった(図表2)。その後は景気回復もあって15年度には▲2.4%まで低下した。
(図表2)財政収支および債務残高(名目GDP比) しかし、トランプ政権時代に大型減税の導入によって歳入が減少したことに加え、大幅な歳出増加から19年度には▲4.7%まで赤字幅が拡大した。

さらに、20年初からの新型コロナ感染拡大に伴う景気悪化と経済対策として累次に亘る大型経済対策が実施された結果、歳出が大幅に増加し、20年度の財政収支は▲15.0%の赤字と戦後最大となった。21年度は一部経済対策の期限切れに伴って歳出が減少に転じたほか、景気回復に伴う歳入増加から財政収支は改善したものの、財政収支は▲12.4%の赤字と戦後2番目の高さに留まった。

債務残高(GDP比)は、金融危機前の30%台から金融危機後の09年度に52.2%まで上昇し、その後も上昇基調が持続している。とくに、新型コロナに伴う財政赤字の大幅な拡大によって19年度の77.6%から20年度に100.3%まで上昇、21年度は幾分低下したものの、99.7%と戦後最高水準となった。

一方、22年9月までの22年度見込みは歳出(GDP比)が24.1%(前年度:30.5%)と経済対策の期限切れに伴い前年度から大幅に減少するほか、歳出(同)が18.3%(前年度:18.1%)と景気回復に伴う税収増から小幅に増加する結果、財政収支は▲5.8%(前年度:▲12.4%)の赤字と前年度から大幅に縮小することが見込まれている(前掲図表1)。もっとも、これは過去50年平均の財政赤字幅である▲3.5%を依然として大幅に上回る水準だ。

3.予算教書の概要

3.予算教書の概要

(財政収支見通し)23年度にGDP比▲4.5%に低下後、32年度に▲4.8%まで赤字拡大
今回提示された予算教書では、23年度の歳出額が5兆7,920億ドル(前年度:5兆8,520億ドル)と前年度から小幅に減少する一方、歳入額が4兆6,380億ドル(4兆4,370億ドル)と増加する結果、財政赤字は▲1兆1,540億ドル(前年度:▲1兆4,150億ドル)と前年度から縮小する方針が示された。一方、財政収支のGDP比は23年度が▲4.5%と前年度から縮小するものの、その後は増加に転じ、10年後の32年度には▲4.8%まで小幅に拡大することが見込まれている(前掲図表1)。

もっとも、OMBベースラインとの比較では同ベースラインの32年度財政収支見通しの▲5.4%をはじめ、今後10年間の財政赤字幅はベースラインからの縮小が見込まれている。また、歳出入別(GDP比)では、予算教書の歳出はOMBベースラインを小幅に上回り、歳出増加を見込んでいるものの、それを上回る歳入増加によって財政赤字を縮小させていることが分かる。
(OMBベースラインとの比較)主に歳入増加で1兆ドルの財政赤字削減を目指す
予算教書とOMBベースラインの今後10年間累計の歳出入、および財政収支額の内訳を比較すると、予算教書の利払い費も含めた歳出額はOMBベースラインに比べて1兆4,370億ドル増加する一方、歳入額は2兆4,830億ドル増加することが見込まれている(図表3)。その結果財政赤字は▲1兆450億ドル削減される見通しとなっている。
(図表3)OMBベースラインとの比較(23年度~32年度累計)
主な歳出増加提案は、幼稚園から高校までの教育(K-12)および大学の有色人種や障害者向け奨学金の拡充(裁量的経費と義務的経費の合計3,830億ドル)や、メンタルヘルスなども含めた公衆衛生の改善(同3,650億ドル)などである。

また、主な歳入増加提案は、法人税率の21%から28%への引き上げ(1兆3,150億ドル)や、1億ドル超の資産を保有する富裕層を対象にキャピタルゲインを含めて最低20%の所得税率を設ける(3,610億ドル)、所得税の最高税率を37%から39.6%への引き上げ(1,870億ドル)などである。

なお、法人税率や個人所得税率の引上げなどはビルドバックベター法案に当初は盛り込まれていたものの、議会での審議過程で合意が困難との理由から、下院で可決された法案(後掲図表5)から削除された経緯がある。バイデン政権は予算教書に盛り込むことで再び実現を目指すようだ。
(裁量的経費)22年度の統合歳出法から+2.8%の増加を見込む
23年度の裁量的経費は、緊急的な歳出要求なども含めた授権額が1兆5,980億ドルと今年3月に成立した統合歳出法で定められた22年度の1兆5,550億ドルから+2.8%の増加を見込んでいる(図表4)。
(図表4)裁量的経費歳出額 このうち、国防関連が8.130億ドル(前年度:7,820億ドル)と前年度比+4.0%の増加、非国防関連が7,690億ドル(同:6,910億ドル)と+11.3%の増加を見込んでいる。

国防関連ではロシアに対抗するためにウクライナやNATO加盟国を支援するための69億ドルの予算が盛り込まれた。

また、非国防関連では新型コロナ対策などから米国立衛生研究所に490億ドル配分するほか、将来のパンデミックに備えるための今後5年間で817億ドルの資金提供を行うことが盛り込まれた。また、昨年11月に成立した大型インフラ投資計画を踏まえて、橋梁、気候変動への耐性強化、電気自動車(EV)の充電所拡充などの投資拡大のために運輸省の高速道路局に689億ドルの配分なども盛り込まれた。
(ビルドバックベター法案の影響)法案成立なら財政赤字拡大要因に
ビルドバックベター法案は昨年11月に下院で歳出規模およそ2.2兆ドル、財源2兆ドル弱を盛り込んだ法案が可決(図表5)したものの、上院では民主党内でも合意できておらず、成立の目途は立っていない。
(図表5)「ビルドバックベター法」(下院可決)の概
予算教書にはビルドバックベター法案に関連して、審議に影響を与える懸念から項目としては盛り込んでいるものの、歳出入や財政収支などの具体的な数値を提示しない状況(プレースホルダ―)としている。このため、予算教書ではビルドバックベター法案に伴う歳出入や財政収支が計上されておらず、ビルドバックベター法案の今後の動向次第では予算教書の歳出入や財政収支見込みに影響がでる。

仮に、下院案が実現した場合は今後10年間の歳出入(GDP比)が予算教書から+0.6%~+0.7%ポイント上振れすることが見込まれる。また、議会予算局(CBO)は下院案に基づく財政収支への影響を3,650億ドルの赤字拡大と試算しているため、今後10年間の財政赤字削減幅は前述の1兆ドル規模から7,000億ドル規模に縮小するとみられる。
経済前提の評価)楽観的な経済前提の見直しで財政赤字、債務残高は増加へ
今回の予算教書では、財政収支や債務残高見通しを推計する際の経済前提が昨年11月10日時点での経済予測に基づいている。このため、その後のインフレ高進やロシアによるウクライナ侵攻などの影響が反映されておらず、経済成長率やインフレ率が足元の状況に比べて楽観的であることが指摘されている。実際に、実質GDP成長率は22年の想定が前年比+4.2%と4月21日時点のブルームバーグコンセンサス(+3.2%)に比べて1%ポイント高いほか、23年もコンセンサス予想より+0.7%ポイント高くなっている(図表6)。
(図表6)主要な経済前提比較 また、消費者物価も22年の想定が前年比+4.7%とコンセンサス予想(+6.9%)から▲2.2%ポイント低いほか、23年も▲0.7%ポイント低い。一方、24年の想定は成長率、消費者物価ともにコンセンサスとの乖離は小さくなっている。
当研究所はこれらの楽観的な経済前提が財政収支や債務残高に与える影響を評価するために、OMBが公表している経済前提変化が財政収支に与える感応度を用いて、「成長率が1%下振れるケース」と「消費者物価が2%上振れるケース」について今後10年間の財政収支(GDP比)と債務残高(GDP比)の試算を行った1。なお、消費者物価の上振れケースでは22年の消費者物価と長期金利が1%上振れる際の感応度を用いて試算した。この結果、成長率が1%下振れるケースでは財政収支は22年9月までの22年度見込が▲6.0%と予算教書から▲0.3%ポイント赤字が拡大するほか、32年度には▲5.2%と▲0.4%ポイントの拡大が見込まれる(図表7)。また、債務残高は22年度が103.2%と予算教書の101.8%から+1.4%ポイント増加、32年度が110.5%と+3.7%ポイント増加することが分かった(図表8)。

一方、消費者物価が2%上振れるケースでは22年度の財政収支が▲6.0%、23年度が▲4.7%と予算教書からそれぞれ▲0.2%ポイント拡大した後、32年度は▲4.8%と予算教書と同水準となった。また、債務残高は22年度が金額ベースでは+590億ドル増加するものの、名目GDPがインフレ率の上振れ分増加する影響でGDP比では100.8%と予算教書から▲1.6%ポイント低下、32年度も金額ベースでは予算教書から+2,353億ドル増加するものの、GDP比では105.4%と▲1.3%ポイントの低下となった。このため、インフレ高進が短期間に留まる場合にはGDP比でみた債務残高は低下する可能性がある。

一方、足元では22年の経済前提から成長率が▲1%下振れると同時に消費者物価が+2%上振れる可能性が高いため、22年度や今後10年間の財政赤字、債務残高ともそれぞれのケースで個別に試算した結果より大きくなろう。
(図表7)財政収支見通し(GDP比)/(図表8)債務残高見通し(GDP比)
 
1 試算に当たっては予算教書の”ANALYTICAL PERSPECTIVE”の26ページにある感応度で「成長率1%下振れシナリオ」では、(2)の22年に実質GDP成長率が22年に1%ポイント低下し、23年以降に回復しないケースを、「インフレ率2%上振れシナリオ」では同(4)の22年にインフレ率と金利水準が1%ポイント上振れし、23年に元の想定水準に戻るケースの感応度を2倍して試算した。なお、名目GDPもそれぞれのケースで成長率やインフレ率を調整した上でGDP比を推計した。

4.今後の見通し

4.今後の見通し

予算教書で示された歳入増加策が実現する可能性は低い
予算教書が提出されたことで、議会で23年度予算審議が本格化する。これまでみたように、予算教書は主に増税に伴う歳入増加によってOMBベースラインから今後10年間で▲1兆ドルの財政赤字削減を目指す提案となっている。しかしながら、前述のように歳入増加案の多くは当初ビルドバックベター法案に盛り込まれていたものの、民主党内も含めて合意が困難との判断から審議の過程でビルドバックベター法案から削除された経緯がある。11月に中間選挙を控え、バイデン大統領の支持率低迷から与党民主党が上下院で過半数を失う可能性が高まっている中、野党共和党はバイデン政権と対立姿勢を強める可能性が高く、歳入増加案が実現する可能性は低い。このため、23年度予算編成は予算教書から大幅な修正は避けられないだろう。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年04月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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