2022年01月17日

2022年度の社会保障予算を分析する-診療報酬改定で攻防、参院選後はどうなる?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~2022年度の社会保障関係予算~

2022年度政府予算案が昨年末、閣議決定され、1月17日に召集される通常国会で審議される。一般会計の規模は対前年度当初比で0.9%増の107兆5,964億円となり、10年連続で過去最大を更新した。このうち、新型コロナウイルス対策費や経済対策については前年度と同様、2022年度当初予算案と、昨年12月に成立した2021年度補正予算を「16カ月予算」として一体的に運営、執行することが想定されている。

一方、歳入を見ると、企業の業績回復傾向を受けて、税収が対前年度当初比で13.6%増の65兆2,350億円と過去最大となったが、歳入の34.3%を公債金(国債発行)に頼る借金頼みの財政運営に変化は見られなかった。

こうした中、歳出の約3分の1を占める社会保障関係予算は対前年度当初比1.2%増の36兆2,735億円と微増となり、こちらも過去最高を更新した。さらに、2022年度は2年に一度の診療報酬改定の年に当たったため、予算編成の焦点の一つとなり、医療機関に振り向けられる診療報酬の本体については、岸田文雄政権が重視する看護職の給与引き上げなどで0.43%のプラス改定となった。ただ、薬価も含めたトータルの改定率は0.94%のマイナスになった。

このほか、75歳以上の後期高齢者のうち、所得の高い人の患者負担を1割から2割に引き上げる制度改正が2022年10月から実施されることも決まったほか、新型コロナウイルスへの対応で財政が悪化した雇用保険財政を立て直すための保険料引き上げも決定された。

本稿では社会保障関係費を中心に、2022年度政府予算案の概要や制度改正の内容などを考察する1。さらに、医療・介護に関する制度改正の展望や政治・選挙の日程なども勘案しつつ、今後の方向性を模索する。
 
1 なお、煩雑さを避けるため、発言などを除き、可能な限り引用や出典は省略するが、本稿執筆に際しては、首相官邸や内閣府、財務省、厚生労働省、総務省、日本医師会の各ウエブサイトを参照。メディアでも『朝日新聞』『共同通信』『日本経済新聞』『毎日新聞』『読売新聞』のほか、『社会保険旬報』『週刊社会保障』『シルバー新報』『医薬経済ONLINE』『m3.com』『ミクスOnline』『Gem Med』などの記事を参考にした。

2――2022年度予算案と財政状況

2――2022年度予算案と財政状況

1|社会保障関係費と国債費が押し上げた歳出
まず、2022年度予算案の全体像を概観する。一般会計総額は図1の通り、対前年度当初比0.9%増の107兆5,964億円となり、10年連続で過去最高を更新した。対前年度当初からの増加額は実数で9,867億円となる。
図1:2022年度政府予算案の歳出内訳 では、どんな要因で歳出が膨らんだのだろうか。社会保障関係費を除く歳出項目を細かく見ると、5~6兆円規模の公共事業関係費、文教・科学技術振興費、防衛費は対前年度当初と比べて、ほぼ同じ水準となった。新型コロナウイルスに対応するため、使途を事前に定めずに支出できる「新型コロナウイルス感染症対策予備費」についても対前年当初と同額の5兆円が計上されている2

さらに、社会保障関係費に次いで予算規模が大きい地方交付税交付金等も対前年度当初比0.4%減の15兆8,825億円となっており、歳出を押し上げる要因になっていない。地方交付税については、国税の一定割合(法定率)が自動的に特別会計に回るルールになっており、後述する通りに税収が増えたことで、法定率分も増加した。

だが、折半対象財源不足(収支が均衡しない時、国と地方が折半して負担する財源不足額)が2年ぶりに解消したほか、過年度に決めた国の加算(法定加算)を後ろ倒しにしたことで、一般会計からの地方交付税等交付金(「入口ベースの交付税」)は微減にとどまった。

むしろ、歳出規模を押し上げたのは社会保障関係費と、国債の償還に充てる国債費であり、社会保障関係費は対前年度当初比1.2%増の36兆2,735億円、国債費は対前年度当初比2.4%増の24兆3,393億円となり、それぞれ実数は4,393億円、5,808億円増えた。

つまり、主な歳出項目に大きな変動が見られない中、歳出規模が1兆円弱ぐらい増えた要因として、社会保障関係費と国債費の増加を指摘できる。
 
2 予算の使途を行政府に事実上、「白紙委任」する予備費の問題については、2021年1月27日拙稿「2021年度の社会保障予算を分析する」で指摘した。
図2:2022年度政府予算案の歳入内訳 2|税収は過去最高となったが…
一方、歳入は図2の通りであり、税収が対前年当初比で13.6%も伸びており、65兆2,350億円で過去最高の水準となった。中でも法人税は企業の業績回復傾向に伴って対前年度当初比で48.2%増という高い伸びを見せたほか、所得税、消費税もそれぞれ対前年度当初比で9.2%、6.4%伸びた。

この結果、公債金収入(借金)は対前年度当初比15.3%減の36兆9,260億円となったが、歳入の3割近くを赤字国債(特例公債)に依存する財政構造に変化は見られなかった。
3|補正と一体化した「16カ月予算」を編成
2022年度予算案を考える上では、2021年12月の臨時国会で成立した2021年度補正予算の動向も踏まえる必要がある。岸田文雄首相が「16カ月予算の考え方の下、この補正予算と一体として(略)経済対策に盛り込まれた政策を実現してまいります」3として、補正予算と当初予算案を一体的に運営、執行する構えを見せているためだ。

そこで、補正予算の概要を見ると、過去最大の35兆9,895億円 が計上されており、「新型コロナウイルス感染症の拡大防止」の名目で18兆6,059億円、岸田首相が重視する「新しい資本主義」の起動として8兆2,532億円がそれぞれ盛り込まれた。

その結果、補正予算を含めた2021年度歳出の規模は計142兆5,992億円に膨らんでおり、債務残高も積み上がっている。

新型コロナウイルス対策が補正予算の規模を膨らませている点、さらに財源の多くを赤字国債の発行に頼っている点については、初めて赤字国債を発行した1975年度以降の税収、歳出、公債発行額の推移を示す図3を見ると一目瞭然であろう。

では、このような財政事情の中、社会保障関係費はどう変わったのか。次に社会保障関係予算の概況を考察する。
図3:一般会計税収・歳出、公債発行額の推移
 
3 2021年12月9日、第207回国会衆議院本会議における発言。

3――社会保障関係予算の概況

3――社会保障関係予算の概況

社会保障関係費については、2019年度から2021年度までの3年間で、高齢化の伸びの範囲内にとどめることが「目安」とされ、近年の予算編成では増加幅を概ね5,000億円以下に抑える努力が講じられてきた4

その後、2021年6月に閣議決定された「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)では、この「目安」を2022~2024年度も維持する方針が盛り込まれており、これに沿って2022年度予算における社会保障関係予算の増加幅は4,393億円になった。

具体的には、自然増として6,600億円程度(年金スライド分を除く)が予想されていたが、後述する診療報酬改定による薬価の削減とか、後期高齢者医療の患者負担引き上げなどを通じて、計2,000億円程度を圧縮した。

その一方、引き上げた消費税財源を用いた社会保障の充実分として、医療機関のデジタル化推進などに充てる「医療情報化基金」など、約1,200億円の増加要因があった。

では、このように社会保障関係費の増加幅を「目安」の範囲内に抑制した中で、各分野の予算はどうなったのだろうか。以下、「(1)新型コロナウイルスへの対応」「(2)診療報酬改定」「(3)後期高齢者の患者負担増」「(4)雇用保険料の引き上げ」の4点について順次、考察する。
 
4 過去の予算編成の論点については、2021年1月27日拙稿「2021年度の社会保障予算を分析する」、2020年1月10日拙稿「2020年度の社会保障予算を分析する」、2019年1月9日拙稿「2019年度の社会保障予算を分析する」をそれぞれ参照。

4――社会保障関係予算の概要(1)

4――社会保障関係予算の概要(1)~新型コロナウイルスへの対応~

財務省や厚生労働省の発表資料を見ると、新型コロナウイルス対策は「16カ月予算」として2021年度補正予算と2022年度当初予算案に分かれて計上されており、その大半は2021年度補正予算に盛り込まれている。

具体的には、主に都道府県を介して医療機関を支援する「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」として、2兆314億円が2021年度補正予算で確保されているほか、ワクチン接種体制の確保としても、補正予算に1兆3,879億円が盛り込まれている。

このほか、逼迫が懸念されている保健所の機能強化として、補正予算に43億円、当初予算案に約6億円が計上されており、職を離れている「潜在保健師」などの派遣の仕組みである「IHEAT (Infectious disease Health Emergency Assistance Team)」の整備や登録者に対する研修を支援する「地域健康危機管理体制推進事業」(約4億円)などの予算が確保された。

5――社会保障関係予算の概要(2)

5――社会保障関係予算の概要(2)~診療報酬改定~

1|診療報酬の改定率を巡る財務省と日医の対立
医療サービスの公定価格に当たる診療報酬は原則として2年ごとに改定されており、医療機関に対する診療報酬本体、薬の価格である薬価などに分かれる。21世紀に入った後の改定率の推移は図4の通りであり、近年は薬価を含めた全体をマイナス基調、本体を微増とする改定が続いている。つまり、薬価などを減らす一方、本体を引き上げる改定が続いており、その過程では例年、医療機関に対する診療報酬本体の改定率を巡って、厚生労働省、財務省、与党、日本医師会(日医)の間で攻防が交わされる。
図4:近年の診療報酬改定率の推移
今回についても様々な攻防があり、薬価を含めた全体の改定率は0.94%のマイナス、医療機関向けの本体は0.43%増となった。国費ベースの影響額としては、本体のプラス改定で292億円増える一方、薬価は1.35%のマイナス、材料価格は0.02%のマイナスとなり、それぞれ国費は1,553億円、17億円の抑制となった。

ここで、診療報酬の調整・決定過程5を簡単に振り返ると、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は2021年12月3日に公表した建議(意見書)で、「医療提供体制改革なくして診療報酬改定なし」という方針を標榜した6。中でも、新型コロナウイルスへの対応で病床が逼迫した遠因として、①病院数・病床数の多さに比して医療従事者が少なく手薄な人的配置であり、医療資源が散在し、その投入量が少ない「低密度医療」となっている、②医療機関相互の役割分担や連携が不足している――といった医療提供体制の構造的な課題を指摘7した上で、「改革の進行を視野に入れることなく、診療報酬改定を行う意義は乏しく、財政資源の散財となりかねない」と診療報酬の抑制を強い態度で迫った。経済財政諮問会議の民間議員も11月25日の会合で、「診療報酬本体のメリハリのある見直し」による国民負担の軽減を迫った8

これに対し、日医の中川俊男会長は12月7日、後藤茂之厚生労働相を訪問し、コロナ対応で医療機関が疲弊していると指摘した上で、「今回の診療報酬改定でしっかりとした手当ができなければ、ポストコロナの医療提供体制は維持できない」と語り、本体のプラス改定を要請した9。自民党の議員連盟である「国民医療を守る会(会長:加藤勝信前官房長官)」も同日に提言をまとめ、「有事の対応力を含めて平時の医療提供体制改革を整備することが、国民のすべての生命を疾病から守ることに直結」するとし、診療報酬の大幅改定とともに、かかりつけ医機能の強化や医療デジタル化の推進などを訴えた10

さらに、中川氏は12月15日の記者会見でも「新型コロナウイルス感染症禍で地域の医療提供体制の維持は極めて厳しい状況であり、医療現場は著しく疲弊している」と強調し、「絶対にプラス改定にしなければ全国の医療が壊れてしまう」と重ねて訴えた11

ここでの対立点を整理すると、下記のように言えるだろう。つまり、財務省が「医療提供体制改革の方向性が示されない限り、診療報酬の引き上げが困難」と主張したのに対し、日医と自民党は「診療報酬のプラス改定がなければ、地域医療が崩壊する」「平時の医療提供体制が維持されなければ、有事にも機能しない」と応じていたことになる。
 
5 診療報酬改定を巡る攻防に関しては、2022年1月1日『シルバー新報』、同月1日『医薬経済Online』、2021年12月23日『毎日新聞』、同月22日『産経新聞』、同月21日・15日『読売新聞』などを参照。
6 2021年12月3日、財政制度等審議会建議を参照。
7 この点については、2021年10月26日拙稿「なぜ世界一の病床大国で医療が逼迫するのか」でも指摘した。
8 2021年11月25日、経済財政諮問会議における有識者議員提出資料を参照。
9 『社会保険旬報』No.2841を参照。
10 同上。
11 2021年12月15日の中川俊男日医会長記者会見における発言。日本医師会ウエブサイトを参照。
2|2つの「首相案件」
しかも、今回の改定では新型コロナウイルスの影響だけでなく、いくつかの不確定要因が絡んだ。第1に、不妊治療の保険適用の問題である。これは菅義偉政権が発足当初から重視した案件であり、内閣の交代後も診療報酬改定の論点として残された。

第2に、2021年9月に発足した岸田文雄政権が看護職員の給与引き上げを重視したことも、診療報酬の増加要因となった。この関係では、岸田首相が自民党総裁選の公約で、「看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士など、賃金が公的に決まるにも関わらず、仕事内容に比して報酬が十分でない皆様の収入を思いきって増やす」との方針を表明。総裁選と総選挙を経て、2021年11月に決まった経済対策では、2022年2月から9月までの措置として、看護職員の給与を平均で月4,000円改善させる方針などが決まり、必要経費が2021年度補正予算で確保された。

しかし、10月以降の財源に関しては、結論が2022年度予算編成に先送りされたことで、引き上げ措置を恒久化する場合の財源確保が課題となった。

つまり、政治的にトップダウンで決まった「首相案件」が報酬改定の論点となり、いずれも診療報酬の引き上げ要因として働くと見られていた。このため、関係者の攻防は見掛け上の改定率だけでなく、「首相案件」に伴う増加分を除外した実質的な引き上げ率も焦点となった。
3|大きく様変わりしたメンバー
政策決定過程を見ると、政府・与党のメンバーと日医幹部が大幅に変わったことで、2年前の改定と様変わりしたことも影響した。前回までの改定では、日医の横倉義武会長が当時の安倍晋三首相や麻生太郎副総理兼財務相と個人的な関係を築いており、改定率が政治決着で図られることが多かったが、前回改定から2年で内閣が2度も交代した。

一方、日医会長も2020年6月の選挙で、横倉氏から中川氏に代わったことで、日医にとって有効に機能していた政府・自民党との強力なパイプが切れた。さらに、自民党内で医療行政に影響力を持っていた伊吹文明氏(元衆院議長、元労相)が2021年10月の総選挙を最後に引退したことも重なり、これまでの調整とは様変わりした。

こうした構図の下、本体の改定率は結局、0.43%増で決着した。内訳は「首相案件」だった看護職員の処遇改善が0.2%増、不妊治療の保険適用が0.2%増ずつ振り向けられた。

一方、医療機関に行かなくても一定期間で処方箋を繰り返し使える「リフィル処方箋」が導入されることで、0.1%減となったほか、新型コロナ対策の特例で導入されていた感染防止対策加算の廃止で0.1%減となり、診療報酬本体の改定率は差し引きで0.43%のプラスとなった。本体改定率の政治的な意味合いとか、今後の展望については、後述することにしたい。

(2022年01月17日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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【2022年度の社会保障予算を分析する-診療報酬改定で攻防、参院選後はどうなる?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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