2021年12月08日

2022年欧州の焦点-メルケル後のドイツ、フランス大統領選、ドラギ効果の持続力

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2022年は欧州の政治も変化の年、最大の変化は独メルケル首相の不在

2022年は米国の中間選挙、中国の共産党大会、日本でも参院選が予定されており、政治が注目を集める年となる。

欧州の政治も変化の年となる。最大の変化は16年にわたりEUの中心に存在したドイツのメルケル首相の不在だ。ドイツでは、12月8日、中道左派の社会民主党(SPD)、環境政党の緑の党、経済自由主義の自由民主党(FDP)の3党連立によるショルツ新政権が発足した。国際舞台におけるメルケル首相の存在感、欧州の統合におけるドイツが果たしてきた役割の大きさから、政権交代によって、内政、外交等にどのような変化が生じるのかは、大いに注目を集めることになろう。

独新政権はデジタル化

独新政権はデジタル化、脱炭素化加速、債務ブレーキは維持

ショルツ政権を構成する3党の9月の連邦議会選時点の公約1には、政策の重点や手法の違いが目立ったが、メルケル政権が積み残した課題であるデジタル化、グリーン化加速の方向性は共通しており、それぞれが妥協する形で連立協定がまとまった。

新政権にとっての課題は(1)メルケル政権期に十分進展しなかったグリーン化、デジタル化の加速、(2)格差を増幅しやすいユーロ制度の見直しなどEUの課題解決へのリーダーシップの発揮、(3)中国への過度の依存を是正し、競争条件の公平化の実現である2
図表1 3党の連立合意事項(デジタル、グリーン、産業政策、財政政策、連立政権の運営関連)
うち、(1)のグリーン化では、緑の党が、アウトバーン(速度無制限の高速道路)への130キロの速度制限導入や2030年の内燃エンジン車販売禁止など、脱炭素化加速のための規制強化を辞さない構えであったのに対して、FDPは規制に依らず、市場メカニズムやイノベーションの活用を主張していた。連立協定では(図表1)、緑の党が再生可能エネルギー比率30年に80%、2038年から2030年への脱石炭の前倒し、2030年までに電気自動車1500万台などの野心的な目標が盛り込まれる一方、FDPの嫌う規制の強化は盛り込まれなかった。

連立協定には、G7議長国として再エネルギーのインフラ拡大や水素生産などで協力する「国際気候クラブ」の創設などを推進する意向も示している。21年度の英国を議長国とするG7に続いて、気候変動への取り組みを率先する国々の枠組みという様相を強めて行くことになりそうだ。欧州勢と足並みを揃えることが困難な日本にとっては、厳しい状況が続きそうだ。

グリーン化、あるいはデジタル化のための投資拡大の財源確保のための増税を行うか、投資促進のために減税するか、均衡財政を原則とする「債務ブレーキ」を見直すか否かという対立点は、増税・減税ともに見送り、「債務ブレーキ」を維持しながら、FDPが主張していた歳出の見直しや、政府系金融機関のドイツ復興金融公庫(KfW)の改革、ドイツ連邦不動産管理機関(BImA)の機能強化、エネルギー・気候変動のための基金(ECF、KTF)の活用などで必要な投資を確保する、という着地点となっており、曖昧さが残る。こうした手法は、「債務ブレーキ」をかいくぐるための措置との批判がある3

独新政権を構成する3党は親EUの立場も一致

独新政権を構成する3党は親EUの立場も一致、中国にはメルケル政権よりも厳しい立場

ショルツ政権を構成する3党は親EUの立場も一致するため、(2)のEUの課題解決へのリーダーシップの発揮にも一定の期待が持てる。連立協定には、EUが掲げる産業面での「戦略的自立」を強化する方向のほか、メルケル政権がブレーキを掛けてきた銀行同盟の柱の1つである欧州預金保険スキームの創設なども盛り込まれた。共通外交安全保障政策の強化も支持する立場である。

新政権の課題の(3)の中国との関係では(図表2)、域内外の潮流の変化もあり、メルケル政権よりも人権問題などにより厳しい立場をとることが見込まれる。中国との関係の「パートナー、競争相手、体制上のライバル」との位置付けは、メルケル政権やEUの既存の立場と同じだ。ただ、連立協定には、南シナ海、東シナ海、台湾海峡に関する記述のほか、「台湾の国際機関への実質的参加支持」、「新疆ウイグル自治区の問題を含む中国の人権弾圧に対してより明確に発言」、「香港の一国二制度の復活を目指す」といった文言も盛り込まれた。何よりも、メルケル首相が、20年下半期のEU議長国としてまとめたEUと中国との包括投資協定(CAI)のEU理事会(閣僚理事会)での批准について「不可能」との立場を示したことは、現実主義的なメルケル首相のアプローチからの転換と言えるように思う。CAIは、中国の人権問題に厳しい立場をとる欧州議会の手続きが凍結されているということからも、批准は不可能な状況にあった。この問題については別稿にて改めて論じる予定である。

なお、連立協定を見る限り、中国へのより厳しい姿勢に対して、ロシアに対して現実主義的なアプローチが継続されるように思われる。ロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」について、緑の党は反対、FDPも信頼関係再構築までは一時停止との方針だったが、連立協定での言及はない。他方、脱炭素化の移行期におけるガスの活用について明記していることは、「ノルドストリーム2」容認への布石と見ることもできる。
図表2 3党の連立協議合意事項(通商、外交、安全保障関連)

上半期にはドイツ、フランス、イタリアで大統領選挙が実施

上半期にはドイツ、フランス、イタリアで大統領選挙が実施、最大の注目はフランス

2022年の上半期には、ドイツのほか、フランス、イタリアで大統領選挙が行われる。大統領の権限は国によって異なる。3カ国のうち、フランスが、圧倒的に権限が大きい。直接選挙で選出されることから、議会による間接選挙のドイツ、イタリアよりも必然的に注目を集める、結果がもたらす世界的な影響も大きい。

フランスのマクロン大統領は、本稿執筆時点で、正式な表明はしていないが、二期目への出馬はほぼ確実だ。11月に新たなコロナ対策の公表にあたり行ったテレビ演説でも、コロナ対策の成果、足もとの景気回復、趨勢的な雇用の改善など、1期目の成果を強調し、10月に公表した向こう5年間で300億ユーロを医薬開発やEVの普及、航空機開発、水素燃料、小型原子炉開発・放射性廃棄物の管理改善などに投じる新たな投資計画「フランス2030」4。に言及するなど、出馬宣言の様相を呈していた。

仏は22年上半期のEU議長国

仏は22年上半期のEU議長国、独新政権とEUの戦略的自立を推進へ

フランスは、22年上半期のEU加盟国が半年毎に輪番で務める議長国となる。マクロン大統領は、EUの中核国として指導力とEUの統合推進がフランスの国益であることをアピールする機会としてフル活用するだろう。

フランスの議長国任期中のEUでは、コロナ禍で一時停止中の財政ルールの23年の再起動に向けたルール見直しの議論が、第1四半期中の欧州委員会の提案を受けて本格化する。EU条約の改正を伴うような大幅な改正への政治的な意欲は乏しいようだが、現行のルールの最大の問題点とされる成長のための投資の抑制を是正する方向への修正が見込まれる。

ドイツの新政権は、既述の通り、親EUであり、マクロン大統領は、ドイツとともに、価値観を同じくするパートナーと協調しながら、EUの戦略的自立を目指す姿勢をアピールするだろう。

4月大統領選では支持率の低空飛行が続く

4月大統領選では支持率の低空飛行が続く、右派の票が割れればマクロン大統領再選

マクロン大統領の支持率は、就任直後のごく一時期を除いて、50%を割り込む低空飛行が続き、不支持率の方が上回るなど、大統領選挙での勝利は危ういように見えるが、現時点では、消去法的な再選が見込まれている。

理由の1つは選挙制度に、もう1つは世論の分断にある。フランスの大統領選挙は、4月10日に予定される第1回投票で過半数を占める候補がいない場合、上位2候補による決選投票が2週間後に行われる。第1回投票では、マクロン大統領のほか、国民連合のルペン氏、反移民の評論家ゼムール氏、急進左派のメランション氏、緑の党のジャドー氏、社会党の統一候補イダルゴ氏(パリ市長)、共和党の統一候補ペクレス氏(イルドフランス地域圏議会議長)という既存の政党の候補に票が割れる。世論調査では、マクロン大統領は、25%ほどの固い支持層を有することが確認できる(図表3)。票の分散の結果、マクロン大統領の決選進出が見込まれる。

フランスの世論は保守化・右傾化しており、マクロン大統領の再選を阻むとすれば、共和党が、17年の大統領選挙でマクロン大統領に流れた中道右派からルペン氏やゼムール氏を支持する右派の票を広く取り込むことに成功する場合となるだろう。

共和党の統一候補選びは、12月1~2日の第1回投票で、5人の候補のうち、一般に最も人気のあったベルトラン氏(オ-ドフランス地域圏議会議長)と、フランス国内における閣僚経験とEUにおける要職の経験を備えたバルニエ氏(前EU英国離脱担当主席交渉官)が敗れ、移民により厳しい立場をとるペクレス氏とシオティ氏の2候補が決選を争う予想外の展開となったが、世論の反応は悪くない。これまでの世論調査では、第2回投票投票の相手は、17年の前回と同様、ルペン氏が有力視され、一時、ゼムール氏が急接近したが、仏エラベ社がBFMテレビの委託で共和党の統一候補選出後の12月6日、7日に実施した世論調査ではペクレス氏が第2位に急浮上した(図表3)。第2回投票では、誰が相手でもマクロン大統領が勝利、というのがこれまでの世論調査の結果だったが、同調査では、マクロン大統領対ペクレス氏の場合、48対52の僅差ながら、マクロン大統領が敗北する結果となっている(図表4)。
図表3 フランス世論調査:大統領選挙第1回投票で誰に投票するか/図表4 フランス世論調査:大統領選挙第2回投票でどちらに投票するか
但し、現状では、大統領選挙を争う顔ぶれようやく固まってきたばかりで、マクロン大統領も正式な出馬表明前、世論調査でも44%が選択を変える可能性があると答え、第2回投票の調査も32%は投票しないと答えている段階であり、今後の展開は流動的だ。

フランスは大統領選後に国民議会選挙も実施

フランスは大統領選後に国民議会選挙も実施

マクロン大統領は、中道の新党を率いて17年の大統領選に勝利したが、大統領与党「共和国前進」は、政党としての自律した組織としての地位を十分確立するに至っていない。21年6月の統一地方選挙でも、左右の既存政党が勝利し、大統領与党はルペン氏の国民連合とともに敗北を喫した。

フランスでは大統領と国民議会(下院)の任期はともに5年、大統領選に続いて6月に国民議会選挙が行われる。17年の選挙では、大統領与党「共和国前進」は、新党でありながら、単独過半数を獲得、協力関係にある中道政党と合わせて6割の議席を獲得した。その後、離党などにより「共和国前進」の議席は過半数を下回るようになっている。マクロン大統領が、消去法的な選択による再選を実現した上で、国民議会選挙でも勝利を収めることができるのか。マクロン大統領の政策運営の自由度、ひいてはEUの政策運営への影響力にも影響を及ぼすため結果を見極めることが必要となる。

共和党のペクレス氏が勢いを保ち、大統領選に勝利した場合には、国民議会選挙でも共和党の議席の回復が見込まれる。個人化された政党が優位に立つ構図よりも、長い目で見れば、フランス政治の安定に資するという見方もできそうだ。

ドイツの首相が中道左派、フランス大統領が中道右派の組み合わせとなった場合も、シュミット首相とジスカールデスタン大統領、シュレーダー首相とシラク大統領など独仏の緊密な連携は維持されており、EUの戦略的自立を目指す方針などに大きな変化は生じないだろう。

ドラギ効果の持続力に影響するイタリアの大統領選挙

ドラギ効果の持続力に影響するイタリアの大統領選挙

1月中に実施されるイタリアの大統領選挙にも目配りは欠かせない。イタリアでは、21年2月に前ECB総裁のドラギ首相が率い、左右を横断する政党が参加する挙国一致型のテクノクラー政権が発足した。EU予算の利用実績が優れないイタリアの補助金枠と融資枠をフル活用するGDPの11.6%相当という大型の復興基金利用計画が承認を得られたのは、ドラギ首相への信認、言わば「ドラギ効果」があってこそと言える。ワクチンと行動制限の組み合わせによる感染抑制に辣腕を奮い、同国の信認に大きく貢献してきた。

しかし、「ドラギ効果」には期限がある。23年6月までには議会(下院)選挙を行う必要があり、それ以前に倒閣の動きが出る可能性もある。

だからこそ大統領選挙の結果は重要だ。イタリアの大統領は首相の任命権、首相の提案した内閣の承認権、政府提出法案の承認権、両院が議決した法案に対する再議要求権、両院の解散権などを有する。政治状況に応じて、大きな役割を果たす。自身は否定するものの、一部に期待されているドラギ首相の大統領への転身の可能性も含めて、イタリア政治における「ドラギ効果」の持続力をする材料として大統領選挙を巡る動きも注目したい。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2021年12月08日「Weekly エコノミスト・レター」)

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