コラム
2021年09月06日

公約から考えるメルケル後の独連立政権と政策

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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メルケル長期政権後を決める9月26日の独連邦議会選挙は、どう着地するのか。見極めは難しい。
 
理由は大きく分けて2つ。1つは世論の移り変わりが激しいことだ。支持率上位3党の首相候補が出揃ってから4カ月余り。この間、世論調査の支持率第1党は、「緑の党」から、メルケル首相の与党・中道右派の「キリスト教民主・社会同盟(以下、CDU/CSU)」へ、さらにメルケル政権の4期16年のうち、3期12年間、ジュニアパートナーとして連立政権を構成してきた中道左派の「社会民主党(SPD)」へと移り変わってきた。

短期間での政党支持率の浮き沈みは、16年にわたり首相職にあったメルケル首相の後継となる首相候補への支持と連動している。今年4月に「緑の党」がベーアボック共同党首を首相候補に選んだ当初、「刷新」のイメージで支持率は上昇したが、その後、経歴詐称など複数の疑惑が浮上して失速。支持率第1位の座に復帰したCDU/CSUも、7月中旬の大洪水の被災地でのラシェット党首の談笑が批判を浴び、首相候補としての期待も、党への支持も勢いを失った。結果として、現職の財務相として実績があるショルツ氏が首相候補としての期待を集めるようになり、SPDの支持を押し上げている。
 
着地点の見極めが難しいもう1つの理由は、2党連立では議席が過半数に届かず、3党での連立が必要と見られることがある。EU政策を専門とするメディア「ユーラクティブ」が掲載している世論調査に基づく議席予想では(図表1)、CDU/CSU-SPD-緑の党が議席を分け合う上に、17年選挙で躍進した右派の極の「ドイツのための選択肢(AfD)」と左派の極の「左翼党(Die Linke)」も議席を獲得する。このため、CDU/CSUとSPDの大連立(図表1、黒-赤)ですら過半数に届かない見通しとなっている。

2党連立であれば、政権協議の見通しが立ちやすいが、3党連立になると、政策の幅、方向性の違いが大きくなり、協議の難易度が増す。以下では、それぞれのケースについて、どのような連立の可能性があり、政策の類似点・相違点があるのかを見て行く。なお、CDU/CSUは、2つの政党からなる「同盟」だが、連邦議会選挙の公約は一本化されているため、1党とカウントして議論を進める。
図表1 ドイツ連邦議会選挙党派別議席予測

(1)2党連立のケース

2党連立の構成としては、CDU/CSUと「自由民主党(FDP)」(図表1、黒・黄)、SPDと緑の党(同、赤・緑)が、政策の方向性が近い組み合わせとなる。程度の違いはあるが、財政運営の方向性や、気候変動対策のアプローチ、EU統合への姿勢などに、以下に記すような共通点がある。

(1) CDU/CSU-FDP⇒速やかな財政均衡回復、増税回避、規制に頼らない気候変動対策、EUの財政ルール緩和や負債同盟化に反対

CDU/CSUとリベラルで親ビジネスのFDPの連立は、コール政権(1982年10月~1998年10月)、第2次メルケル政権(2009年10月~2013年12月)など長年の実績がある。

財政面では、CDU/CSUとFDPは「債務ブレーキ」と称する均衡財政の原則を支持、コロナ禍で拡大した財政赤字と政府債務の速やかな削減こそが次世代への責任という立場で一致する。税については、法人税の最低税率の導入などで国際的な負担の公平化への取り組みは進めるが、CDU/CSUはドイツ国内における増税は否定、FDPは法人税率の引き下げを主張する。

EUに対しては、ともに統合を重視する立場だが、財政移転の恒久化、負債同盟化につながる改革は拒否の構えだ。メルケル政権は、ユーロ圏の銀行同盟の3本柱の1つである預金保険制度の一元化に長く慎重姿勢を採ってきたが、FDPは反対している。EUの財政ルールは、メルケル政権期に債務危機の再発防止策として厳格化されたが、過剰債務の削減につながらず、投資不足を招いた。現在は、コロナ対応のため、一時適用が停止されているが、再起動時には、投資を妨げないルールに緩和する方向が探られている。こうした動きに対して、CDU/CSUは批判的で、速やかなルールの再起動と、違反国への確実な制裁を主張する。EUがコロナ対応で立ち上げた復興基金「次世代EU」は、一回限りの枠組みとし、負債同盟化を回避すべきとの立場である。FDPも、復興基金への立場は同じ、財政ルールの早期の再起動と共に恒久的な違反国への制裁強化など、一層の厳格化も主張している。

「21年改正気候保護法」に従い、EU共通の目標よりも早い2045年までの気候中立化を目指すが、その実現にあたっては、規制強化よりも排出量取引制度(ETS)制度拡充による市場メカニズムの強化、投資促進のための規制の緩和、イノベーションを重視するアプローチにも類似点がある。

CDU/CSUとFDPは、外交・安全保障・防衛政策でのスタンスも基本的に一致する。民主主義の同盟を掲げ、2014年に北大西洋条約機構(NATO)で合意した「10年以内に国防費をGDPの2%まで引き上げる」目標にコミットする。メルケル政権が接近を図ったロシア、中国に対しては、FDPの方が人権問題などへのトーンはより厳しい。対ロシアでは抑止と対話、対中国では、国際的なルールに従い、相互主義と公平な競争条件に基づくパートナーシップを目指す方向性には大きな差はない。

(2) SPD-緑の党⇒投資重視の財政運営、高所得者・富裕層への増税、気候変動対策の強化、EUの財政ルール柔軟化、統合深化支持

SPDと緑の党の連立は、シュレーダー政権(1998年10月~2005年11月)を構成した組み合わせだ。SPDの支持率上昇もあり、直近の世論調査では、最も望ましい連立構成と見なされている(図表2)。両党も首相の座は争いつつ、連立には前向きな姿勢を示している。

SPDは、コロナ禍で悪化した財政の健全化のため、急激に緊縮方向に舵を切ることは否定しており、「債務ブレーキ」が許容する範囲で、公共投資や雇用対策などの強化を目指す。CDU/CSU-FDPが増税を否定しているのに対し、SPDは、高額所得者への増税、富裕税復活を盛り込む。緑の党は、さらに踏み込んで、「債務ブレーキ」を見直し、気候保護とデジタル化に必要な投資のためのルールを設けるとしている。税の公平化の観点から、高額所得者への増税、資産課税の導入を掲げる。

気候変動対策では、SPDの公約は「21年改正気候保護法」の2045年までの気候中立に沿ったものだが、緑の党は、20年以内の気候中立を掲げる。その手法として炭素価格の大幅な引き上げのほか、鉄道網への集中投資などインフラを強化し、新築住宅への太陽光パネル義務化、高速道路への速度制限導入、EUの提案よりもさらに5年早い2030年の内燃エンジン車の販売禁止など規制も強化する。急速な脱炭素化の痛みを緩和する措置として全国民への「エネルギー手当」の支給や、「気候変動基金」の設立などを掲げる。緑の党のアグレッシブな気候変動対策は、移行に伴う痛みも大きいと予想され、規制強化や炭素価格引き上げなどの措置と緩和措置の導入との順序やバランスが問われる面もあろう。

両党ともEUの財政面での統合も支持しており、投資を妨げない財政ルールへの修正や、預金保険の共通化による銀行同盟の完成を推進する立場に回ることになるだろう。SPDはEUの復興基金を成果として誇り、財政・経済・社会的な真の統合を掲げ、恒久的な欧州失業保険構想を支持する。

外交・安全保障・防衛政策の領域では、SPDと緑の党でトーンに違いがある。SPDは、NATOは不可欠としつつ、EUの欧州軍を最終的な目標として掲げる。緑の党は、NATOの国防費2%目標の見直しを主張、EUの安全保障同盟や防衛部門の統合は支持するが、軍事目的へのEU予算の配分には反対する。ロシアと中国への姿勢は、緑の党の方が厳しい。2015年に建設が始まったロシアとドイツを結ぶガス・パイプライン「ノルド・ストリーム2」はメルケル政権の置き土産である。米国が反対を表明(今年7月の米独首脳会議で容認)し、ロシアへの警戒感が強いEU加盟国との対立の火種ともなってきた。緑の党は、気候危機対策に貢献せず、エネルギー安全保障上も問題として反対している。
図表2 望ましい連立構成に関する世論調査の支持率(21年9月3日時点)
(3) その他の組み合わせ⇒CDU/CSU-緑の党、大連立

CDU/CSUと緑の党の連立(図表1、黒・緑)は、世論調査において、両党の失速以前は、最も望ましい組み合わせと見られてきたが、SPDへの期待の高まりもあり、足もとは支持が低下している(図表2)。気候変動対策のスピードや手法、財政の活用などの面で隔たりがあり、調整は必要になるが、よりバランスのとれた気候変動対策の加速という方向で歩み寄りは可能であろう。議席が過半数に届くかが最大の問題となる。

CDU/CSUとSPDによる大連立(図表1、黒・赤)は、メルケル政権の4期16年中、3期12年の実績があり、世論の一定の支持もある。SPDへの支持の広がりとともに、大連立の支持は低下している。(1)ないし(2)の2党連立が困難で、以下の3党連立交渉も不発で、大連立であれば過半数を超えられる場合、第4次メルケル政権と同じように選択肢になると思われるが、選挙で2番手となったいずれかの党がジュニアパートナーとしての政権参加を望むか最大の問題となる。

(2)3党連立のケース

3党の連立でも過半数超えが確実に見込まれる組み合わせは限定される。過半数超えが見込まれる組み合わせも、大連立にFDPか緑の党が加わる(大連立プラス1)という組み合わせ以外、つまりFDPと緑の党がともに連立に加わる場合は、政策の距離が大きくなり、政権協議の難航が見込まれる。

(1) CDU/CSU-FDP-AfD⇒可能性ゼロ

右寄りのCDU/CSUとFDPに、右の極に位置するAfDが加わる3党(図表1、黒・黄・青)では、議席が過半数に届かない可能性があるが、それ以前に、AfDが加わる連立政権発足の可能性はゼロだ。

AfDは、EU離脱、ユーロ離脱を主張し、反イスラム、反移民・難民でもある。気候中立化、脱炭素化、脱石炭、脱原発、再生可能エネルギー・シフトなど、ドイツ国内で気候危機の対応として広くコンセンサスが形成されている政策にも反対、パリ協定からの離脱も主張している。

CDU/CSU-FDPばかりでなく、SPD-緑の党もAfDとの政権協議の余地はない。

(2) SPD-緑の党-左翼党⇒可能性は高くはないがある。左派色が強まり、気候変動対策は加速

左寄りのSPD、緑の党に、左の極に位置する左翼党が加わる左派の3党連立(図表1、赤・緑・赤)は可能性は高くはないが、ゼロでもない。SPD、緑の党とも左翼党との連立を選択肢として排除していない。但し、左派の3党連立で議席が過半数に届くかは、微妙な情勢だ。

左翼党の公約の重点は、格差是正のための社会政策の強化にあり、この点は、3党で妥協の余地がありそうに見える。

気候変動対策では、2035年までの気候中立化を目標とするなど、現政権の目標からの加速を目指す方針は緑の党と一致する。

しかし、外交・安全保障・防衛政策の領域では主張が対立する。SPDが左翼党との連立の条件として求めるのは反NATOの転換である。左翼党と緑の党では、対ロシア政策が大きく異なる。左翼党は、緑の党が反対する「ノルド・ストリーム2」を支持。EUによる対ロシア制裁も、緑の党は支持し、必要に応じて追加制裁も辞さない構えだが、左翼党は解除を求める。

仮に、SPDが第1党となり、3党で過半数を超え、且つ、外交・安全保障・防衛に関わる妥協が実現すれば、左派三党による連立政権が誕生する。政策の左派色が強まり、気候変動対策の加速が見込まれることから、産業界にとっては好ましいシナリオではないだろう。

(3) CDU/CSUないしSPDとFDP-緑の党の3党連立⇒FDPと緑の党の歩み寄りが必要

FDPと緑の党の双方が加わる3党連立の場合、FDPと緑の党の財政運営へのスタンスや、気候変動対策の手法、EUの財政統合への考え方などの違いが障害となる。実際、17年の総選挙後、CDU/CSU-FDP-緑の党(図表1、黒・黄・緑)による政権協議は頓挫している。長く政権から遠ざかってきた両党が、今回は、連立政権に入り、政権公約の実現のために一定の妥協をする展開になるのかが鍵となる。政策的には中道となり、中心的役割を果たす政党が、CDU/CSUとなるかSPDとなるかで、保守寄りないし左派寄りとなるのではないか。

(3)独連邦議会選挙への視点

現時点では、単独政権や、AfDの連立政権入りなど、幾つかの可能性は完全に排除できるが、連邦議会選挙の結果次第では2党連立もあり得るし、3党連立でも、大連立プラス1、左派連合、CDU/CSUないしSPDとFDP-緑の党の組み合わせなどが想定できる。ポスト・メルケルの新政権は、発足の時期も含めて、見極めが難しい。

連邦議会選挙で、CDU/CSU、FDPが善戦した場合には、左派連立政権への交替による気候危機対策の加速や手法の変化への懸念、財政規律の緩みを懸念する民意が強かったと評価することができるように思う。

逆に、緑の党が躍進した場合には、首相候補の政治経験の不足も含めて、多少のコストを負担しても、次世代のために気候危機への取り組みを加速すべき、これまでの延長ではないやり方を試すべきという民意が勝ったと言えるだろう。

SPDが躍進する場合は、ラシェット党首よりもショルツ財務相の方が首相にふさわしいとみなされた可能性のほか、大連立のメルケル政権が、左派色の強い政策を展開してきた結果と考えられるかもしれない。コロナ禍や気候変動への危機意識、国際情勢の変化が、より柔軟な財政運営や、財政面も含むEU統合深化への軌道修正を支持する方向に有権者を動かしたということかもしれない。
 
連邦議会選挙を経て発足するドイツの新政権の政策方針はEUの政策にも深く関わる。

経済・通貨同盟の関連では、メルケル政権が推進した緊縮バイアスの財政ルールの見直しや、逆にブレーキを掛けてきた銀行同盟の完成に向けた欧州預金保険制度の実現性や設計に影響する。

また、米軍の撤退でアフガニスタン情勢が急展開したことで、欧州では、EUとしての難民受け入れ体制の整備や「欧州軍」の必要性が改めて認識され、具体化を迫られている。メルケル政権が積み残した領域でも、早速、次期首相の調整力が問われることになる。

中国との関係の調整も次期首相が引き継ぐ課題だ。中国市場の成長の取り込みは、メルケル政権期のドイツ経済の独り勝ちを支えた。しかし、相互の市場アクセスの条件は公平ではなく、中国の国家資本主義の影響力が高まり、権威主義的傾向が強まるに連れ、過度の依存の見直しが求められるようになった。メルケル首相は、19年12月、競争条件公平化への足掛かりとすべく、EU議長国(当時)としてEUと中国との「包括投資協定(CAI)」をまとめた。しかし、同協定は、ウイグルの人権問題が障害となり、欧州議会での批准手続きは凍結状態にあり、発効の目途は立たない。EUは、中国を「競争相手でありパートナーであり体制上のライバル」と位置付けるが、対中接近を進めたCDU/CSUも、主要政党で人権や競争条件の是正のために最も厳しい姿勢を示す緑の党も、政権公約で、中国との関係を「競争相手でありパートナーであり体制上のライバル」と表現している。人権問題を重視する姿勢は、主要政党に共通するが、中国側に西側の主張を受け入れる意思はない。すでに変わり始めていた中国との関係が、政権交代後にどのように展開するのかも、メルケル後のドイツを巡る注目点となる。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2021年09月06日「研究員の眼」)

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