2021年11月09日

メルケル長期政権後のドイツ新政権の課題

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.296]

経済研究部 研究理事   伊藤 さゆり

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1―進むSPD主導の信号連立協議

21年9月26日の独連邦議会選挙(総選挙)で、引退するメルケル首相の後継としてラシェット氏が率いた「キリスト教民主・社会同盟(CDU / CSU)」が過去最低の得票率で第2党に沈んだ。
 
第1党は、メルケル政権の4期16年のうち、3期12年間、大連立のパートナー「社会民主党(SPD)」だった。SPDの勝利は、CDU/ CSU、緑の党の首相候補の失速という「敵失」に助けられながら、首相候補のショルツ氏が、現職の財務相としてメルケル政権を支え、首相の後継としての支持を得たことによる。
 
総選挙の結果、政権樹立が可能な組み合わせは、(1)SPDを第1党とする大連立、(2)SPD-緑の党-自由民主党(以下、FDP)、(3)CDU/CSU-緑の党-FDPに絞られた。SPDは赤、CDU/ CSUは黒、緑の党は緑、FDPは黄がイメージカラーであるため、(2)は「信号連立」、(3)は「ジャマイカ連立」と呼ばれる。
 
総選挙後から、(1)の可能性は否定、(2)か(3)に絞られたが、10月15日には「信号連立」が予備協議から本協議に進むことを表明しており、(3)の「ジャマイカ連立」の可能性は大きく低下している。
 
「信号連立」誕生の鍵はFDPにある。財政運営や気候変動対策のアプローチで、SPDと緑の党の二党と、親ビジネスで小さな政府を指向するFDPとでは立ち位置が異なるからだ*1
 
隔たりは大きいが、合意が期待できない訳ではない。FDPと政策が近いCDU/CSUは、ラシェット党首が辞意を表明、指導部の刷新を決めるなど、次期政権を主導することが難しくなっている。FDPは、2017年の総選挙後の「ジャマイカ連立」協議を一方的に離脱し批判を浴びた。同じことは繰り返せない。
 
とは言え、現時点では、最終的な連立の組み合わせも、新政権発足のタイミングも不透明だ。
 
はっきりしていることは、メルケル長期政権が推進した政策の副作用や積み残した問題への対応が、次期政権の課題となることくらいだ。

2―メルケル政権「一人勝ち」の構図

メルケル政権の16年でドイツ経済の立ち位置は「欧州の病人」から「一人勝ち」へと劇的に改善した。最悪期の2005年には450万人を超えていた失業者数は、およそ3分の1の水準まで減少した。財政事情は2019年にはEUの政府債務残高の基準値であるGDPの60%をクリアするまで改善、コロナ禍に迅速かつ大胆な財政出動が出来た。
 
しかし、ドイツの「一人勝ち」は、メルケル政権が推進した政策が、それ以前の政権より優れていた結果とは言い切れない。新政権が率いるドイツが「一人勝ち」できなくなっても、政策が劣っているからと決めつけるべきでもない。
 
そう考える理由は2つある。1つは、メルケル政権は、政権発足以前の政策から恩恵を受けた面が大きいことだ。
 
メルケル政権期の劇的な労働市場と財政事情の改善は、第二次シュレーダー政権(2002年10月~2005年11月、SPD-緑の党連立政権)の労働市場と税・社会保障制度の一体改革(ハルツ改革)の効果が顕われたからと見ることができる。
 
ユーロの導入という政治判断もドイツの「一人勝ち」につながったが、東西ドイツ統一(1990年10月)の見返りにドイツ・マルクを放棄、単一通貨を導入する決断をしたのはコール首相(1982年10月~1998年10月、CDU/ CSU-FDP連立政権)だ。コール首相はユーロ導入直前の98年9月の総選挙で敗れ、99年1月のユーロ導入時は、シュレーダー政権に交代していた。シュレーダー政権期のドイツ経済低迷は、ユーロ導入時に為替相場が割高な水準で固定されたことも影響した。「ハルツ改革」で硬直化・高コスト化した労働市場の改革が進展、生産拠点の国外移転や実質賃金の抑制に労使が協調して取り組んだことで競争力が回復した。ドイツの実質実効為替相場は、ユーロを導入した国々の間では為替相場の変動が影響しなくなり、圏内のコストの相対的な変化のみが影響するようになった。他方、圏外の主要貿易相手国・地域に対する実質実効為替相場は、ユーロ相場の変動を受けるが、ドイツより競争力が低い国々と単一通貨を共有するようになったことで、ドイツにとって割高化することはなくなった。
 
輸出型製造業をけん引役とするドイツ経済の「一人勝ち」を支えた要因として、域外の大国・中国との関係の緊密化も大きな影響を及ぼした。

3―ドイツ新政権に引き継がれる問題

次期政権下で、ドイツの「一人勝ち」が難しくなるもう1つの理由は、価値観による対立という傾向を帯びた難しい国際環境の下で、メルケル政権が積み残した困難な課題への取り組みや、メルケル政権が推進した政策の副作用への対応を求められることにある。
 
ここでは次期政権の主たる課題を3つあげたい。
 
1|グリーン化、デジタル化加速 
メルケル政権期の「一人勝ち」の成果は、次期政権が取り組むべき課題と表裏一体である。財政収支の均衡を義務づける「債務ブレーキ」の導入で、財政の健全化は進んだが、公共投資の伸びは抑制された*2。結果として気候変動対策やデジタル化対応が遅れた。例えば、二酸化炭素の排出量削減状況を反映する「エネルギー消費量当たりのCO2排出原単位(炭素集約度)」は着実に低下しているが、EU平均に比べて高く、努力の余地を多く残す*3。デジタル化も競合国に比較して遅れをとった。スイスに拠点を置くビジネススクール・国際経営開発研究所(IMD)が作成する「デジタル競争力ランキング」*4ではドイツは16位に甘んじている(米国が1位、中国が15位、日本は28位)。
 
「信号連立」の3党、特に緑の党とFDPは、グリーン化、デジタル化に前向きだ。両党が若年層から高い支持を得たのも、メルケル政権期に十分に進展しなかったグリーン化、デジタル化加速への期待があるからだろう。両党の間には、目標実現のための公共投資や財源問題への姿勢の違いがあるが、どのようなアプローチをとるにせよ、次期政権には、この間の遅れを取り戻す成果が求められる。
 
2|EUの課題解決へのリーダーシップ 
EU最大の経済として、EUの課題解決へのリーダーシップも求められる。
 
メルケル首相は、ギリシャに端を発するユーロ圏の債務危機対応を主導した。しかし、実際に、ユーロの安定に貢献したのはECBであり、ドイツ主導の支援は、危機国に財政緊縮を求め、過度の負担を強いたとの批判も強く残る。
 
今も、ユーロ危機再燃の芽となる圏内格差は解消していない。コロナ禍の後遺症で、圏内格差が単一通貨圏として許容できる範囲を超える水準に拡大することを防がねばならない。
 
コロナ危機対応ではメルケル政権も、フランスとともに復興基金「次世代EU」創設に動くなど連帯重視の姿勢を見せた。復興基金は、制度設計上は、補助金を通じた圏内格差是正と、グリーン化、デジタル化の改革・投資促進が期待できる。当面の優先課題は、2027年までの時限的枠組みである復興基金を円滑に機能させることだ。将来的には、復興基金終了後を見据えた後継の枠組み作りの議論をドイツがリードする必要も出てこよう。
 
EUの財政ルールの見直しも課題である。債務危機を教訓に改定された現状のルールは、ドイツの意向を反映して緊縮バイアスが強く、過剰債務国に厳しい。コロナ対応で、EUの財政ルールは、一時適用が停止されているが、23年には再起動が見込まれる。コロナ禍の後遺症に配慮し、グリーン化、デジタル化加速を後押しする修正が期待される。EUの財政ルールの見直しに、緑の党は賛成、FDPは反対と立場が異なるが、親EUの立場は一致する。EUとユーロ圏の安定と発展に資するルール作りに貢献することが期待される。
 
経済領域以外では、EUの難民政策や安全保障面での協力の強化も次期政権に引き継がれる課題となる。
 
3|中国との競争条件の公平化 
中国との関係は、メルケル政権期に、緊密になったが、相互の市場アクセスが不均衡であるなど、競争条件の公平性に問題を抱える。
 
メルケル首相が、EU議長国(当時)として、2020年12月30日に原則合意に漕ぎつけた中国との包括的投資協定(CAI)は、市場アクセスや競争条件の公平化の一歩としての意味を持つが、協定の内容は不完全で、履行が確保されないとの批判も強く、現在まで批准手続きは凍結された状態にある。
 
第4次メルケル政権では、中国をパートナーであると当時に体制上のライバルと位置付けるようになった。次期政権に加わる見通しの緑の党、FDPは中国との競争条件の公平化や人権問題により厳しい姿勢を打ち出している。
 
中国との決定的な対立を回避しつつ、よりバランスのとれた関係への移行を実現できるのか、手腕が問われる。
 
*1 各党の政権公約については、伊藤さゆり「公約から考えるメルケル後の独連立政権と政策」(ニッセイ基礎研究所「研究員の眼」2021-09-06)をご参照下さい。
*2 IMD ‘World Digital CompetitivenessRanking 2021’
*3 Agora ’The European Power Sector in2020 (Data Attachment)
*4 伊藤さゆり「始まったEUの財政ルールを巡る攻防」(ニッセイ基礎研究所「Weeklyエコノミスト・レター」2021-09-15)をご参照下さい。「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月)」(厚生労働省)によると、医療の給付費は2025年度に54.0兆円となる見通し。
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(2021年11月09日「基礎研マンスリー」)

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