2021年10月14日

企業年金とESG投資-ESGを意識した経営の広がりで見直されるESG投資

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   梅内 俊樹

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1――企業年金の受託者責任とESG投資

企業年金におけるESG投資を巡っては、受託者責任上の位置づけが議論になることが多い。企業年金は加入者・受給者から資産運用を受託している立場にあり、受益者たる加入者・受給者の利益を優先して資産を運用する責任を負っている。つまり、受益者の経済的リターンの最大化に専念し、それを犠牲にして受益者以外の利益を図ってはならないとされる。これに対して、ESG投資では、財務諸表や企業決算などの財務情報だけでなく、環境や社会に係る諸課題への取り組みなど、経済的なリターンとの関係性が必ずしも明確とは言えないような要素も考慮して投資対象の選択が行われる。このためESG投資は、受益者の利益を最大化すべきとする受託者責任に反するのではないかといったことが議論になるのである。

この点に関して、ESG投資を推進するPRI(責任投資原則)は、主要国を対象に行った「投資実務と受託者責任」に関する調査報告書「21世紀の受託者責任(2015年)」のなかで、「多くの国が、機関投資家に対し、投資の意思決定の際にESG問題を考慮することを求める規則や原則を導入してきた。」と指摘した上で、「投資実務において、環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題など長期的に企業価値向上を牽引する要素を考慮しないことは、受託者責任に反することである。」としている。英国では2018年に投資規則が改正され、企業年金の受託者は財務的に重要なESG要素を考慮する必要があるとされ、2012年以降続けられてきたESG投資を巡る受託者責任の解釈に係わる議論が決着している。米国のように、企業年金の運用でESG要素を考慮することへの規制当局の見解が政権交代とともに揺れ動き、ESG投資の適否が定まっていない例外はあるものの、主要国の多くでESG投資は推奨されている。

日本では、企業年金運用におけるESG要素の考慮についての法的な定めはない。しかし、企業年金を含む機関投資家のための行動指針であるスチュワードシップ・コードは、ESG 要素を含むサステナビリティに関する課題を投資プロセスに組み込むことは有益との考えに基づき、諸原則が改定されている。海外の主要国と同様、企業年金の運用にESG要素の考慮を推奨する度合いは強まっている。

2――企業年金でESG投資が広がらない要因

2――企業年金でESG投資が広がらない要因

わが国では、公的年金の運用を担うGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2015年にPRI(責任投資原則)に署名したことを契機として、ESG投資への関心は高まっている。しかし、GPIFが運用委託先の金融機関に対してESGを考慮した運用やエンゲージメントを求めたり、ESG指数に連動するパッシブ運用を導入したりするなど、幅広い観点からESG投資を推進しているのとは対照的に、企業年金におけるESG投資は盛り上がりに欠けるというのが実情だろう。GPIFは運用資金の性質上、社会全体の環境問題や社会課題への対処を促す投資が社会的責任と理解され、ESG投資を積極的に推進するに足る十分な体制も兼ね備えている。一方、企業年金ではESG投資を導入する動機に乏しく、ESG投資に割けるリソースも限られる。GPIFと企業年金との間で、ESG投資の取り組み状況に大きな格差が生じているのは、こうした違いが一因と考えられる。

しかし、企業年金でESG投資が低調となっている要因はそれだけではないだろう。むしろ、ESG投資に懐疑的なことがESG投資の拡大を阻んでいると推測される。つまり、「ESG課題への対応にはコストがかかる」といった側面が強く意識され、ESG投資によって生み出される経済的なリターンに対して強い確信が持てないことが、企業年金でESG投資の採用が進まない要因となっている可能性である。ESGに対するネガティブな意識は、企業が社会的責任を果たすために経営に組み込むCSR活動、つまり企業によるESG課題への取り組みが、「利益を目的とせずに取り組む社会貢献」、あるいは、「本業を犠牲にして行う慈善活動」として捉えられ、企業価値向上のための企業戦略として認知されるに至っていない、もしくは認知されるのに時間を要していたことが、影響しているものと思われる。

いずれにしても、企業年金の運用にESG投資を導入することが、受託者責任上、明らかな違反ではないとしても、ESG要素を考慮した運用によってリスク・リターンの改善が期待できるとの認識が広がらなければ、企業年金の運用でESG投資が拡大することはないであろう。

3――当面はESG投資の拡大が見込まれる

3――当面はESG投資の拡大が見込まれる

図表1 「今後採用、増額予定の戦略」の回答割合 しかし、ここにきて企業年金の運用にESG投資を取り入れる動きが急速に広がっている。格付投資情報センターと日本経済新聞社が実施した「2020年日経企業年金実態調査」によれば、「企業年金の運用に今後採用、増額したい戦略は何か」との設問に対して、「ESG特化型戦略」と回答した確定給付企業年金(以下、DB)の割合は38.9%となり、2019年調査の約2倍に跳ね上がっている(図表1)。「ESG特化型戦略」を既に採用しているDBの割合も、2019年調査の8.0%から11.9%に拡大しており、企業年金におけるESG投資に対する意識は大きく変わりつつある。

背景には、異常気象の頻発、人権問題に対する意識の高まりなどを受け、世界的にESGに対する関心が高まっていることや、ESG投資やサステナブル金融が定着している金融機関とのエンゲージメントを通じてESG課題への取り組みが企業にもようやく浸透しつつあることがある。脱炭素や人権問題といった課題に取り組まなければ、資金調達や事業活動に支障が生じかねないとの意識や、ESGを企業経営における制約やコストではなくビジネス機会と捉えて、経営計画にESGを組み込む動きが広がったことで、ESG課題への取り組みと企業の中長期的な成長の方向性が重なることへの理解が進み、ESG投資のメリットが見直されたことが寄与していると考えられる。
図表2 気候変動に対する企業・投資家の意識調査 生命保険協会の調査によれば、気候変動を企業経営上「リスクはあるが、ビジネス機会はない」と捉える企業の割合は19.9%であるのに対し、「リスクとともに、ビジネス機会がある」と回答する割合は69.7%に上っている(図表2)。ESGに対する企業のスタンスが前向きに変化していることを示唆している。

日本政府は昨年、2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言し、脱炭素化を経済成長に繋げる方針を打ち出している。6月に公表された上場企業に向けた規範・行動原則であるコーポレートガバナンス・コードの改訂版では、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る基本的な方針を策定し、取り組みを適切に開示するべきとされるなど、中長期的な企業価値の向上に向けてサステナビリティに取り組むことの重要性が強調されている。こうした中、企業のESGに対する取り組みは今後一段と強化される方向にある。企業年金においても、ESGを重要視する母体企業の方針を踏まえて、ESG投資を検討する動きが強まることが見込まれる。

4――目的に合致するESG投資の採用が重要

4――目的に合致するESG投資の採用が重要

もっとも、ESG投資のパフォーマンスについては、残念ながら実証分析などを通じてその有効性が確認されるまでには至っておらず、中長期的なパフォーマンスには不確実性がある。また、ESG投資と一言にいっても、運用プロダクトごとに運用目的や投資戦略、タイムスパンは異なり、ESG評価の視点や方法も様々である。ESG指数であっても、ESGに対するエクスポージャーやリスク・リターン特性は指数ごとに違いがある。ESG投資が今後拡大するとすれば、運用委託先を介したエンゲージメントによって投資先企業の価値が高まり、ESG投資のパフォーマンス改善に繋がることが期待されるが、それによって得られる運用成果は運用プロダクトごとに大きく異なる可能性がある。ESG投資の採用にあたっては、自らの運用方針や採用目的に合致するかについてESGの観点を含めた確認が必要であり、予め運用プロダクトを適切に見極められるような選択眼を養っておくことが大切と言える。
 
 

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

(2021年10月14日「基礎研レター」)

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