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- 米国における企業年金の受託者責任とESG投資の動向
2021年08月04日
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米国では公的年金が牽引する形で機関投資家によるサステナブル投資は着実に拡大している。米SIF財団の調査によれば、2020年の機関投資家のサステナブル投資残高は6.2兆ドルに達し、その54%を公的年金の投資残高が占める。しかし、企業年金におけるESG投資は盛り上がりに欠けているようだ。米国の確定拠出年金制度の一つである401(k)では、加入者に提供する投資選択肢としてESG投資を採用しているプランの割合は2018年時点で3%を下回るといった報道もある。
投資信託やETFにおいても、ESG要素を考慮するファンドは限られている。米国投資会社協会(ICI)の調査によれば、米国の投資信託・ETFのうち、投資目標や投資戦略でESG要素を考慮しているファンドは2019年から2020年にかけて、ファンド数、資産残高ともに増加しているものの、2020年時点で市場全体に占める割合はファンド数で5.2%、資産残高に至っては1.6%と限られている。
ESG投資の定義が狭いといった影響も考えられるが、投資信託を主要な投資対象とするDC制度を含む企業年金でESG投資が低迷していることが影響している可能性もあろう。
投資信託やETFにおいても、ESG要素を考慮するファンドは限られている。米国投資会社協会(ICI)の調査によれば、米国の投資信託・ETFのうち、投資目標や投資戦略でESG要素を考慮しているファンドは2019年から2020年にかけて、ファンド数、資産残高ともに増加しているものの、2020年時点で市場全体に占める割合はファンド数で5.2%、資産残高に至っては1.6%と限られている。
ESG投資の定義が狭いといった影響も考えられるが、投資信託を主要な投資対象とするDC制度を含む企業年金でESG投資が低迷していることが影響している可能性もあろう。
ではなぜ、企業年金でESG要素を考慮した投資がなぜ盛り上がらないのか。背景には、受託者責任におけるESG投資の位置づけが定まっていないことがある。企業年金の受託者は、企業年金制度を包括的に規定する従業員退職所得保障法(以下、ERISA法)によって、忠実義務、注意義務(プルーデントマンルール)、分散投資義務が課せられ、専ら加入者や受益者の利益のためだけに、注意、技術、慎重さ、勤勉さをもって資産管理を行い、多大な損失を被る可能性を最小限にとどめるべく分散投資を行うことが求められる。
つまり、受託者責任の観点では、リスクを抑えながら経済的利益の最大化に注力することが求められる。ところがESG投資では、環境や社会といった直接的な経済的利益とは異なる要素が考慮されるため、受託者責任の観点でその適否が議論になる。
企業年金制度を所管する米労働省は、企業年金が投資決定に際してESG要素を考慮することをどのように取り扱うかについて、解釈通知や労働省規則を通じて示してきた。しかし過去を振り返ると、ESG要素を考慮することに対する法的解釈は、政権交代とともに変化している。
2015年のオバマ政権時に解釈通知によって示されたESG要素の考慮を容認する解釈は、トランプ政権下の2018年に、ESG要素の過度の重視を牽制する内容に修正され、更に2020年11月には、ESG要素の考慮を制限する方向に、労働省規則が改正されている。しかし、バイデン政権が誕生すると、当該労働省規則の施行は停止され、現在では、ESGの考慮に対する規制を緩和すべく、規則の見直しが検討される状況となっている。
このように、米国の企業年金運用でESG投資が定着しない背景には、ESG要素の考慮に対する法的解釈がその時々の政権の立場によって左右されてきたという事情がある。このため、仮にバイデン政権の下で、ESG要素の考慮が容認される方向へと労働省規則が改正されたとしても、政権交代により解釈が覆されかねないことを意識せざるをえないので、ESG投資に対する慎重な企業年金の取り組み姿勢が変わるとは考えにくい。
しかし、揺れ動いてきた企業年金のESG投資を巡る議論が収束に向かう可能性もある。5月にERISA法を改正する2つの異なる法案が民主党議員によって連邦議会に提出されたのである。2つの法案の改正内容は異なるが、受託者責任の観点でESG要素の考慮が容認されることを明確化する法案という点では違いはない。世界的にESGへの関心が高まり、バイデン政権がESGを推進する姿勢を見せるなか、ESG投資が法的な根拠を得る可能性もある。
仮に解釈通知や労働省規則ではなく、ERISA法においてESG投資が容認されることになれば、企業年金によるESG投資への取り組み姿勢は大きく変わり、DC制度の投資選択肢としての採用が増えることが想定される。更には、個人投資家のESG投資への関心が一段と高まることにより、投資信託・ETF市場にも大きな変化をもたらし得る。今後、2つの法案がどのような経過を辿るのか、その動向が注目される。
つまり、受託者責任の観点では、リスクを抑えながら経済的利益の最大化に注力することが求められる。ところがESG投資では、環境や社会といった直接的な経済的利益とは異なる要素が考慮されるため、受託者責任の観点でその適否が議論になる。
企業年金制度を所管する米労働省は、企業年金が投資決定に際してESG要素を考慮することをどのように取り扱うかについて、解釈通知や労働省規則を通じて示してきた。しかし過去を振り返ると、ESG要素を考慮することに対する法的解釈は、政権交代とともに変化している。
2015年のオバマ政権時に解釈通知によって示されたESG要素の考慮を容認する解釈は、トランプ政権下の2018年に、ESG要素の過度の重視を牽制する内容に修正され、更に2020年11月には、ESG要素の考慮を制限する方向に、労働省規則が改正されている。しかし、バイデン政権が誕生すると、当該労働省規則の施行は停止され、現在では、ESGの考慮に対する規制を緩和すべく、規則の見直しが検討される状況となっている。
このように、米国の企業年金運用でESG投資が定着しない背景には、ESG要素の考慮に対する法的解釈がその時々の政権の立場によって左右されてきたという事情がある。このため、仮にバイデン政権の下で、ESG要素の考慮が容認される方向へと労働省規則が改正されたとしても、政権交代により解釈が覆されかねないことを意識せざるをえないので、ESG投資に対する慎重な企業年金の取り組み姿勢が変わるとは考えにくい。
しかし、揺れ動いてきた企業年金のESG投資を巡る議論が収束に向かう可能性もある。5月にERISA法を改正する2つの異なる法案が民主党議員によって連邦議会に提出されたのである。2つの法案の改正内容は異なるが、受託者責任の観点でESG要素の考慮が容認されることを明確化する法案という点では違いはない。世界的にESGへの関心が高まり、バイデン政権がESGを推進する姿勢を見せるなか、ESG投資が法的な根拠を得る可能性もある。
仮に解釈通知や労働省規則ではなく、ERISA法においてESG投資が容認されることになれば、企業年金によるESG投資への取り組み姿勢は大きく変わり、DC制度の投資選択肢としての採用が増えることが想定される。更には、個人投資家のESG投資への関心が一段と高まることにより、投資信託・ETF市場にも大きな変化をもたらし得る。今後、2つの法案がどのような経過を辿るのか、その動向が注目される。
(2021年08月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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経歴
- 【職歴】
1988年 日本生命保険相互会社入社
1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
2009年 ニッセイ基礎研究所
2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
2013年7月より現職
2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
2021年 ESG推進室 兼務
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