2021年10月13日

文字サイズ

5. 代替シナリオ

(楽観シナリオ)
楽観シナリオでは、活動制限緩和の迅速な進展により、メインシナリオに比べて世界経済が順調に回復する。国外移動を含めた人の移動がコロナ前の水準に回復し、コロナ禍で積みあがった貯蓄が取り崩され、対面サービスをはじめとする消費が大きく増加する。さらにコロナ禍を契機に加速したデジタル・トランスフォーメーションや各国の成長戦略が高成長を牽引する。

米国は、時限措置となっている個人所得減税が恒久化されることで、増税による景気の下振れが回避され、高成長が継続する。加えて、「より良い復興法(Build Back Better Act)」が成立し、社会保障が拡充されることも成長率を押し上げる要因となる。ユーロ圏は復興基金を呼び水に「グリーン」「デジタル」関連の投資が加速、脱炭素関連の技術革新やデジタル化により生産性が向上、早期の経済回復が実現し、潜在成長率も2%近くまで上昇する。中国は、内需主導型成長への転換を成功させ、今後10年間の平均成長率で5.6%を維持する。日本は、デジタル化などで新規技術が広範に活用されることなどで、より高い経済成長が実現される。米国の高成長を背景に内外金利差が拡大し、円安が進行することなども相まって、消費者物価上昇率は2025年度に2%に到達する。
(悲観シナリオ)
悲観シナリオでは、新型コロナウイルスの変異による感染力拡大や強毒化を受けて、世界各地で再び医療崩壊リスクが高まり、再び厳しい封じ込め政策を講じる必要に迫られる。経済回復は腰折れし、感染症による経済活動への悪影響が長期化することで対面サービス産業の厳しい状態は続き、世界経済が低迷を続ける。コロナ禍が長期化することで政府債務や民間債務が過剰に積み上がり、生産性上昇に必要な投資を抑制してしまうなどの傷跡効果(scarring effect)により潜在成長率も落ち込む。

米国では、再び経済活動が制限され、2022年には2年ぶりにマイナス成長へと転じる。中期的にも増税が成長の重しになり、今後10年間は1%程度の低成長が続く。また、新型コロナウイルスの感染拡大に対する責任追及により米中関係はさらに悪化、世界経済の低迷が続く。中国は新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動を制限せざるを得ない状況が続くことに加えて、「改革開放」路線からの転換や規制強化の動きを成長軌道に乗せることができず、経済の原動力を失う事で10年後の成長率は1%台まで低下する。ユーロ圏では、行動規制の再強化や世界経済の低迷による、インバウンド消費を含めた外需の落ち込みが回復を阻害、中期的にも脱炭素移行に伴う生産コストの上昇などが成長率の抑制要因となり、今後10年間の成長率はメインシナリオを大きく下回る。日本は、「ロックダウン」などのより強力な行動規制の導入により、2022年度に再びマイナス成長となるほか、低成長からの脱出が困難となる。米金利低迷とリスクオフで円高が進行する。日本の消費者物価上昇率は予測期間中盤まで上昇しない状況が続き、今後10年間の平均で0.1%にとどまる。
シナリオ別国・地方の基礎的財政収支 (シナリオ別の財政収支見通し)
メインシナリオの財政収支見通しでは、予測期間末の2031年度までに基礎的財政収支の黒字化は達成されず、名目GDP比で▲2.5%の赤字が残るとしている。楽観シナリオでは、メインシナリオよりも経済が上振れし、名目GDP成長率が2022年度から2031年度までの10年間で平均2.7%とメインシナリオよりも0.8%高く、税収が伸びるなどの理由から、基礎的財政収支の赤字幅はメインシナリオよりも縮小するものの、2031年度においても基礎的財政収支の黒字化は達成されず、名目GDP比で▲0.6%の赤字が残る。なお、楽観シナリオではメインシナリオに比べて金利が上昇するため、利払い費を含めた財政収支は基礎的財政収支ほどには改善しない。

一方、悲観シナリオでは、「ロックダウン」などの強力な行動規制の導入により経済が下振れし、予測期間を通じて「低成長率・低物価上昇率」が続くため、税収が伸びないことなどにより、2031年度の基礎的財政収支は名目GDP比で▲5.0%の赤字となり、予測期間内の基礎的財政収支の改善は極めて限定的となる。
(シナリオ別の金融市場見通し)
楽観シナリオでは、新型コロナウイルスの影響が早期に収束し、米国をはじめとする各国景気が順調に回復するため、メインシナリオと比べて欧米の利上げ開始時期が早まり、利上げ幅も拡大する。日本も物価上昇率が着実に高まり、2025年度には物価上昇率が2%に達するため、日銀の出口戦略開始(マイナス金利終了・無担保コール誘導目標復活)は同年度に前倒しされ、長期金利誘導目標もその時点で廃止となる。その後、2026年度からは順調な景気動向と物価上昇率の2%定着を背景に段階的な利上げが実施されることになる。

日本の長期金利は、日銀の誘導目標下にある2024年度までは比較的低位で推移するが、誘導目標が廃止される2025年度以降は利上げの段階的な実施や投資家のリスク選好(すなわち、安全資産である国債の需要減少)を受けて、メインシナリオよりも早期かつ大幅に上昇していくことになる。

ドル円レートについては、米国経済の順調な回復と利上げ早期化に伴う日米金利差拡大が大幅なドル高に繋がり、米利上げが打ち止めとなる2024年度には1ドル122円まで円安ドル高が進む。その後は日銀の出口戦略開始を受けて円高ドル安基調となるが、期間を通じて円売りの発生しやすいリスク選好地合いとなるうえ、日本の期待インフレ率が高止まりすることが実質金利の抑制に繋がることなどから、予測期間終盤にかけてメインシナリオよりも円安ドル高水準での推移となる。

ユーロドルについては、期間を通じてリスク選好的なユーロ買いが入りやすいうえ、EUの統合が進んでユーロの信認が高まっていくことから、米国の急ピッチな利上げが終了する予測期間中盤以降はメインシナリオよりもややユーロ高となり、予測期間末には1ユーロ1.30ドルまで上昇する。既述の通り、ドル円レートはメインシナリオよりも円安ドル高となるため、ユーロ円レートは大幅な円安ユーロ高となる。

悲観シナリオでは、変異株の発生などから新型コロナウイルスがなかなか収束せず、世界的に景気の低迷が続くため、米国では利上げが見送られ、政策金利は予測期間末にかけて現状の0.25%に据え置かれる。ユーロ圏も出口戦略に移れず、政策金利は長期にわたって現状のゼロ%に維持される。日本も物価の低迷が続くため、予測期間を通じて金融緩和が継続し、正常化の動きは生じない。

日本の長期金利は、日銀が円高進行と自然利子率低下への対応として、予測期間序盤に長期金利誘導目標を引き下げることで▲0.4%まで低下し、過去最低を更新する。中盤以降は、米長期金利の底入れや日銀による副作用への配慮によってマイナス幅がやや縮小するものの、予測期間末にかけてマイナス圏での推移が続く。

ドル円レートについては、米景気の悪化と米金利の低下を受けてドルが売られるうえ、リスク回避的な円買いが入ることで、予測期間序盤に円高ドル安が進行し、2022年度にかけて1ドル97円まで円高が進む。以降は米長期金利がやや持ち直すことでドルが底入れするが、予測期間末にかけて1ドル100円を若干割り込んだ水準が続く。

ユーロドルレートに関しては、景気低迷に伴うECBによるマイナス金利の深堀りやリスク回避的なユーロ売りからユーロ安圧力が強まり、予測期間序盤に1ユーロ1.06ドルまで低下し、その後も1.1ドルをやや下回る水準での低迷が続く。既述の通り、ドル円ではメインシナリオよりも円高ドル安が進むため、ユーロ円は序盤に1ユーロ103円まで急落し、その後も1ユーロ107円と大幅な円高ユーロ安水準が続くことになる。主要先進国通貨では円が独歩高の構図になる。
シナリオ別無担保コールレート誘導目標の見通し/シナリオ別日本長期金利の見通し
シナリオ別ドル円レートの見通し/シナリオ別ユーロドルレートの見通し
中期経済見通し(メインシナリオ)-日本経済の中期見通し
中期経済見通し(メインシナリオ)-米国経済の中期見通し/ユーロ圏経済の中期見通し/中国経済の中期見通し/新興国の成長率見通し
メインシナリオと楽観・悲観シナリオの比較
執筆研究員一覧
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【中期経済見通し(2021~2031年度)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

中期経済見通し(2021~2031年度)のレポート Topへ