コラム
2021年08月27日

立法論としてのロックダウン-感染拡大を抑えるために

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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東京都での日々の新型コロナウイルス感染症の新規感染者が5000人台となり、国内では20000人台が続いている。今回の第5波は過去の感染拡大のフェーズと明らかに感染者の規模が異なる。専門家ではないので断言はできないが、デルタ株など感染力の強い変異種が大きく関係していると考えられる。これだけの感染者が出てしまうと、感染源を突き止めて感染拡大を防ぐために行われる、積極的疫学調査を行うことも困難になってしまっている。

対策としては、三密を避ける、手洗い・消毒を励行する、マスクを常時つける、ワクチン接種を促進するというこれまでのものを続けるほかはないのだが、一歩踏み込んだ対応を求める声もある。知事会からはロックダウン1を検討するよう声が上がっている2

ロックダウンは強制的な外出制限がその核となると考えられるが、現行法でどう設計すればよいのであろうか。まず現行憲法上許容されるか。この点は意見の分かれるところであるが、(1)現行憲法施行後、経験したことがないであろう感染症の流行下にあること、(2)法律に外出規制を行うための具体的要件を定めること、(3)行政のとった措置が可能な範囲で開示され、透明性があることの要件を満たすときには、公共の利益にかなう(憲法第13条)ものとして合憲であると考える。

そして、規定すべき法律であるが、すでに外出自粛要請を行うとの条文がある新型インフルエンザ等対策推進特別法(特措法)になると思われる(同法第45条第1項)。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)は感染者患者について規定している法律であり、予防のための対策は特措法のほうが適当と考えられる。

強制的に外出規制を行うにあたっては、何らかの罰則が必要であるが、これは特措法で営業停止命令違反にも適用されている過料(特措法第31条の6第3項、第45条第3項、第79条、第80条)とすると考えるのが自然である。ただし、法律に基づく過料は裁判により課される(非訟事件手続法第119条)。執行は検察官の命令による(同法第121条)。裁判にあたっては当事者の意見を聞くことが原則とされており(同法第120条)、略式手続があるものの(同法第122条)、裁判所の許容能力を計算に入れる必要があるだろう。ちなみに、地方自治体においては、条例で5万円以下の過料規定を設けることができ、都道府県知事の権限で徴収することができる(地方自治法第14条第3項)とされているため、簡易な手続とすることが可能である。ただ、特措法で外出自粛要請までしかできないのに、条例で強制的な外出規制ができるとするのは無理がある。少なくとも特措法に根拠規定を設けるか、あるいは道路交通法の反則金制度3のような制度設計が可能かなどは検討の余地がある。

難問なのは外出制限違反となる場合の事実認定である。特にエッセンシャルワーカーなどの人は出社しないわけにはいかないし、食料品の買い出しや通院など避けられない用事もある。たとえばスマートフォンのアプリで外出許可を取得する方法などを検討しておく必要がある。この場合も、スマートフォンを使いこなせない高齢者をどうするかなどの問題がある。

しかし最大の問題は国民の納得が得られるかどうかであろう。いくらコロナ禍とはいえ「外を歩いただけでペナルティ」にどれほどの説得力があるだろうか。それよりも深夜まで宴会をするような人々を取り締まれと思うのではないだろうか。

そこで、ひとつだけ提案を述べたい。特措法のまん延防止等重点措置には、営業時短命令と並んで、住民に対して時短営業に従っていない店舗等へみだりに出入りしないことを都道府県知事は要請することができる(特措法第31条の6第2項)とされている。この要請に基づいて命令が出せるようにすることが考えられる。実際に顧客に対して命令が出され、過料納付を行うまで行かなくとも、時短違反の店舗にいる顧客に次回から命令に代わるという書面を渡すだけでも一定の効果があるようにも思われる。もちろん、営業協力金の円滑な支給が前提となることは言うまでもない。一歩踏み込んだ措置をとるためには、いずれにせよ十分な議論が必要である。足りないのは時間ということであると思われる。
 
1 ロックダウンについては、https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64161?site=nli 参照。
2 https://jp.reuters.com/article/idJP2021082001000689参照
3 取締にあたる警察官などが告知を行い、納付書を交付する(道路交通法第126条)。納付書で納付した場合に手続としては終わりになる(同法第128条)。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年08月27日「研究員の眼」)

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【立法論としてのロックダウン-感染拡大を抑えるために】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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