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なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?-経済、働き方、消費への影響と今後の課題

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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4――今後の課題
1) 業務の電子化の推進
ハンコや紙書類中心の業務を電子化する必要があるが、その牽引役は行政機関が担当すべきである。行政機関の電子化が進むと、行政機関へ出向くための移動時間や待ち時間を節約でき、24時間365日いつでも申請や届出ができるので、企業の生産性向上に繋がる。また、行政機関の業務の電子化は民間企業側の業務の電子化も求めることとなり、これを契機として民間企業の業務の電子化も加速していくであろう。
政府と経団連、経済同友会、日本商工会議所、IT(情報技術)やサービス業で構成する新経済連盟は、2020年7月8日に内閣府で開かれた会合で、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、今後、書面、押印、対面作業の削減を目指していくことを主な内容とする共同宣言を発表した。政府は、各省庁が行政手続きのデジタル化が実現できるように、制度の見直しを検討しながら法令の改正などを行う方針である。民間企業に対してもテレワーク推進等の観点から、押印の廃止や書面の電子化を推進する。
2) 通信環境を改善するためのインフラの整備と社員の出費増加に対する支援制度の拡充
会社で勤務することと同じ成果が出せるように、VPNの増設や通信ソフトウェアの購入・更新等、通信環境を改善するためのインフラ整備を急ぐことが望ましい。また、テレワークへの移行で発生する社員の出費、例えば、携帯電話やWi-Fiの利用料、光熱費の増加、モニターやウェブカメラなどパソコンの周辺機器と椅子などの購入費等を企業が支援することを考える必要がある。
株式会社アイ・グリッド・ソリューションズが2020年5月に実施した調査によると、テレワークを始めた人の2020年3月15日から30日間の電気使用量は、前年同期比で平均36%(料金に換算すると1700円)増加したことが明らかになった。政府による緊急事態宣言により、半強制的にテレワークを実施した現時点で社員の出費を負担する企業はまだ少ないものの、今後、テレワークが継続的な勤務形態として定着して、オフィスにおける勤務と同じ成果を求められると、テレワークにより発生する社員の経済的負担の一部を企業が負担せざるを得ないかも知れない。
加えて、自宅で仕事をする期間が子供の休暇期間と重なって仕事に集中することができない点などを考慮して、サテライトオフィスやシェアオフィスを提供するなど、オフィスでの勤務と同じ成果が出せるように多様なサポートをする必要もある。
3) セキュリティ対策の徹底と、人を信じる企業風土の構築
テレワークの最も大きな問題点として挙げられているのが、情報漏洩のリスクである。企業としては、機密情報が漏洩しないようにセキュリティ対策を徹底すると共に、会社と社員の信頼関係の崩壊により情報漏洩が発生しないように、何よりも人を大事にする経営方針や企業風土を構築・維持することが重要である。
4) 評価システムの整備と評価者に対する教育の徹底
テレワークは、対面でのコミュニケーションの量が減り業務プロセスが見えにくいので、評価が難しいという問題を抱えている。欧米の会社は、職務給を基本にしているので、働く場所に関係なく職務に対する成果を評価すればいいが、日本の場合はそれが難しい。さらに、テレワークに対する評価基準もない会社が多く、その結果、テレワークを実施したことが評価に不利に作用するケースも少なくない。今後テレワークが普及し、より多くの人がテレワークを行うことを考慮すると、テレワークに対する評価基準を設けることが重要である。また、評価を行う評価者が客観的な基準により公正な評価ができるように、評価基準を理解・熟知させるための教育も行わなければならない。
5) 長時間労働防止対策の実施
長時間労働を防止するための対策を講じることも重要である。テレワークの最も大きな問題の一つが長時間勤務に繋がりやすいことである。自分は家でさぼっていないことを証明することを、また会社にいた時と同じ成果を出すことを意識しすぎると、長時間労働や深夜労働を頻繁に行うことになる。そのまま放置すると過労死等の問題につながる恐れがある。
従って、会社としては、働いている状況を可視化するための工夫が必要である。一部の会社では、始業時間と終業時間をメールで上司に報告する、クラウド型の勤怠管理サービスを利用して打刻時間を把握する、メールやメッセージの送信時間を制限するなどの対策を実施しているものの、「隠れ残業」まで把握することは不可能である。時間の使い方に対する社内教育を、管理者及び従業員の双方に徹底するなど、無意識のコンプライアンス違反を防止するための対策を綿密に行う必要がある。
6) 中小企業に対する支援拡大や雇用形態による働き方の格差の解消
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークや在宅勤務制度を実施しようとする企業が増加しているものの、大企業に比べて情報共有ツールや通信機器が整備されず、他のオフィスや施設を利用することが難しい中小企業にとって、テレワークは「高嶺の花」である可能性が高い。厚生労働省や自治体の助成金を使えば、初期投資を大幅に抑えられるものの、助成金が提供されてもなかなか手が届かない中小企業が多いのが現状である。
さらに、正規労働者に比べて、パートやアルバイトのような非正規労働者のテレワークの利用率は低く、雇用形態による働き方の格差も発生している。大企業と中小企業の間に、また、正規労働者と非正規労働者の間に、働き方の格差という新たな格差が生まれないように、慎重な議論と対策を考える必要があろう。
損害保険ジャパンが2020年6月初に全国の20歳以上の男女を対象に実施したアンケート調査によると、在宅勤務を実施した人の約7割弱が、今後の働き方を変えたいと回答した(在宅勤務を積極的に活用する(40.9%)、時差出勤する(26.6%))。日立製作所は、2020年4月から在宅勤務を標準的な働き方にした。同社は2020年6月から全従業員に対して、在宅勤務に必要な費用や出社する場合のマスク・消毒液など感染予防対策に必要な費用に対する補助として、1人当たり月3,000円支給している。
テレワークの実施は、感染拡大防止のための半強制的な措置ではあったが、結果的には、テレワークに関する企業や労働者の意識を大きく変えたといえるだろう。労働者は、通勤時間を節約し、家族と過ごす時間を増やしたり、自己学習の時間を充実させることができたので、テレワークに対する満足度が上昇した。このような満足は、実際にテレワークを実施して、初めて経験できたのであるだろう。テレワークの実施が、労働者の生産性向上につながるとともに企業の利益を増加させ、また、女性や高齢者の労働市場参加へのインセンティブになり、労働力不足問題を解消させるとするならば、企業は従来の働き方に拘る理由はないと考えられる。これからは、テレワークがニューノーマルになる可能性が高い。テレワークの普及により、経済、働き方、消費がどのように変わるのか今後の動向に注目したい2。
2 金 明中「徹底解説 テレワーク導入率が上昇基調の日本 ワーク・ライフ・バランス向上に期待も働き方改革を交えた対策が必須に」『ファンドマーケティング』2020年7月号を一部引用。
- 株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ(2020)「新型コロナ対策によるテレワークと電気代の関係性に関する調査」2020年5月15日
- 金 明中(2020)「新型コロナウイルスで働き方の格差が広がる?-テレワークの導入可否がポイントか-」研究員の眼、2020年3月13日
- 金 明中(2020)「徹底解説 テレワーク導入率が上昇基調の日本 ワーク・ライフ・バランス向上に期待も働き方改革を交えた対策が必須に」『ファンドマーケティング』2020年7月号
- 金 明中・藤原 光汰(2020)「ニッセイ景況アンケート調査結果-2020年度調査」
- 損保ジャパン(2020)「働き方に関する意識調査」2020年6月5日
- 総務省(2018)『情報通信白書平成30年版』
- 総務省(2020)「令和元年通信利用動向調査」
- 総務省(2021)「家計調査報告-2021年(令和3年)3月分及び1~3月期平均-」2021年5月11日
- 第一生命経済研究所(2018)「テレワークの経済効果~通勤時間の損失を減らせ~」2018年4月26日
- 第一生命経済研究所(2020)「テーマ:テレワークのマクロインパクト」2020年4月27日
- 内閣府「令和2年5月実施調査結果」2020年5月29日
- 日本生産性本部(2021)「第4回 働く人の意識に関する調査」
- パーソル総合研究所(2020)「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査:第二回調査」
- freee(2020)「テレワークに関するアンケート調査」2020年4月13日
- みずほ総合研究所(2018)「テレワークの経済効果:普及のカギは業務の見える化とテレワークの権利化」
- 楽天インサイト株式会社(2020)「在宅勤務に関する調査(2020年4月30日)」
(2021年07月06日「ニッセイ基礎研所報」)
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生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/04/15 | 韓国は少子化とどう闘うのか-自治体と企業の挑戦- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2025/03/31 | 日本における在職老齢年金に関する考察-在職老齢年金制度の制度変化と今後のあり方- | 金 明中 | 基礎研レポート |
2025/03/28 | 韓国における最低賃金制度の変遷と最近の議論について | 金 明中 | 基礎研レポート |
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