コラム
2021年06月24日

テレワークがもたらす職場のメンタルヘルスケアの変化について

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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メンタルヘルス不調者に対する企業の対応が注目

新型コロナウイルスが長引く中で、うつ病などメンタルヘルス不調者に対する企業の対応が注目されている。メンタルヘルスとは、「心の健康状態」という意味であり、世界保健機関(WHO)ではメンタルヘルスを「個人が自身の能力を発揮し、日常生活におけるストレスに対処でき、生産的に働くことができ、さらに自分が所属しているコミュニティに貢献できるような健康な状態である(Mental health is a state of well-being in which an individual realizes his or her own abilities, can cope with the normal stresses of life, can work productively and is able to make a contribution to his or her community.)1」と定義している。

メンタルヘルスの不調を感じている人は年々増加している傾向である。厚生労働省が3年ごとに全国の医療施設に対して行っている「患者調査」によると、1996年には43.3万人だったうつ病等の気分障害の総患者数は、2017年には127.6万人と約20年間で約3倍も増加した。
 
メンタルヘルス不調の主な原因は、長時間労働や過重労働、ハラスメント、成果主義の拡大、職場の人間関係など職場からのストレスが多いが、2018年時点でメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は59.2%で、2017年と比べて0.8ポイント上昇したが、2013年の60.7%と比べて低く、最近5年間は横ばい傾向にある2
 
日本生命が2019年に実施した調査によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所が具体的に実施している内容は、「相談窓口の設置」(76.9%)、「管理職研修」(61.1%)が上位 2 位で、「ストレスチェック集計データの分析と活用」(60.6%)、「人事部や管理職等による復職後の継続的なフォロー」(54.7%)、「残業・深夜業務の免除」(51.0%)が 5 割強で続いた(図表1)。
図表1企業が実施しているメンタルヘルス対策
一方、厚生労働省が15歳以上の男女を対象に2020年9月に実施した調査によると、2020年の2月~3月の期間、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、「そわそわ、落ち着かなく感じた」人は31.9%、「神経過敏に感じた」人は21.2%、「気分が落ち込んで、何が起こっても気が晴れないように感じた」人は12.0%等、回答者の55.1%がメンタルヘルスに不安を感じていることが明らかになった。
 
また、株式会社ネオマーケティングが2020年10月15日から2020年10月19日までに20歳以上の男女1000人を対象に実施した調査結果によると、新型コロナウイルス流行後にメンタルヘルスの不調を感じている人は回答者の46.4%に達し、この割合は男性(40.0%)より女性(52.8%)の方が高いという結果が出た。そのうち体調・健康管理に不満や不安がある人は、72.0%(男性67.0%、女性77.0%)であることが確認された。
 
さらに、最近はテレワークが長期化することにより、「コミュニケーション不足や孤独感」、「生活リズムの乱れ」、「運動不足」などの影響でメンタルヘルスの不調を感じる人が増えたとも言われている。テレワークがコロナ対策として急速に普及してきただけに、足元では「外出できないことへの閉塞感」、「自宅の作業環境未整備によるストレス」、さらに「家族構成による仕事への集中しづらさ」などが重なっていることもメンタルヘルス不調の原因となっている。

ただ、徐々にテレワークに慣れてくるにつれ、この状況をメリットととらえるケースも見られ始めている。例えば、ワーク・ライフ・バランスの向上を実感する人や、ワーケーションの利用、移住による住環境の改善、地域コミュニティへの参加といった新たな生活様式を模索する人が生まれている。また従来からメンタルヘルス不調の最大要因とされている職場の人間関係によるストレスについては、出社しなくてもよくなるために軽減される、という人もいる。
 
こうした状況を踏まえると、テレワークはメンタルヘルス不調を増幅するだけではないようだ。従って、今後テレワークの常態化やさらなる普及が進めば、 新たなメリットが生まれることも意識して、メンタルヘルス対策を再考していく必要があると考えられる。
 
1 https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/mental-health-strengthening-our-response
2 厚生労働省(2019)「平成30年労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」

企業が実施している具体策

では、企業は実際にどのようにメンタルヘルス対策を実施しているのだろうか。ここではA社(IT産業、従業員数:大規模)の事例を簡単に紹介したい3

A社は、メンタルヘルス対策として、「皆で、職場の強みを再発見し、強みを伸ばして、ストレスに強い『いきいき職場』を目指す」ことを目的として、現場社員が参加する「健康いきいきワークショップ」を開催している。ワークショップの時間は90分程度で、各職場の状況に応じてテーマ設定を行い、個人ワーク、グループワークを実施している。
 
また、ストレスチェックの結果をもとに、医療専門職による健康教育を行ったり、管理職に対しては管理職の相談相手としての役割を兼ねたサポート体制を構築するため、管理職の所属部門出身のシニア層(役職離任後のベテラン幹部社員)を「職場づくり支援スタッフ」として任命し、管理職をフォローする等の対応を行っている。
 
昨年来コロナ禍によりテレワークの導入が一気に進み、職場環境が大きく変わった。それによりA社が目標とする「いきいき職場」のイメージも変わろうとしているのではないだろうか。それには、その目標に合ったワークショップを行うことが必要だ。例えばA社の行う「健康いきいきワークショップ」でもテレワークが常態化したことを受けて、改めて個人レベル・グループレベルでワークを実施し、テレワークで不足しがちなコミュニケーションを維持するために、新たなテレワークのルール作りを進めることが有効と考えられる。
 
また、医療専門職による健康教育へのeラーニングの活用や、前述のような管理職とシニア層とのホットラインの開設なども従業員のメンタルヘルスケアに効果があるだろう。このほかにも、一般的に利用される「職場復帰プログラム」にテレワーク期間を含めることで職場復帰時期を早めることなども検討余地があるように思われる。
 
3 厚生労働省「事業場におけるメンタルヘルス対策の事例集」(2020年3月)より

テレワークの普及に合わせたメンタルヘルス対策の実施が必要

ここで改めてテレワークとメンタルヘルスの関係について、テレワークのメリット・デメリットそれぞれの面から考えてみたい。
 
従業員にとってのテレワークのメリットとしては、通勤ストレスの解消、通勤時間がなく有効な時間活用が可能、人に会わないことによるストレス軽減、育児や介護と仕事の両立が可能、睡眠時間の増加、 感染症罹患の可能性低下などが挙げられる。
 
一方、従業員におけるテレワークのデメリットとしては、生活リズムが乱れる可能性、コミュニケーション不足による不安・孤立感、勤務時間管理が難しいことから長時間労働の傾向、自宅のテレワーク環境による業務効率の低下、運動不足による自律神経の乱れなどを挙げることができる。図表2は、従業員におけるテレワークのメリットとデメリットを項目ごとに整理したものだ。
図表2 従業員にとってのテレワークのメリット・デメリット
テレワークのメリット・デメリットの効果が実際にどの程度あるかを調べるために、従業員へのアンケートを実施することは有効であるが、結果は従業員一人ひとりが置かれる環境に左右されるものと考えられる。
 
既に企業はこのようなテレワークのデメリットを解決するために様々な工夫をしている。まず、コミュニケーション不足の問題を解消するために、一部の企業では定期的な間隔(例えば1、2週間に1回程度)で、継続的に1on1ミーティングをオンラインで行うなど、上司が部下の体調を確認するための対策を実施している。また、従業員が長時間労働に陥らないよう、在宅勤務に有効な勤怠管理システムを導入したり、時間外労働の条件などを取り決めておいたりする企業も増えている。
 
一方、中小企業のテレワーク関連経費を補助する自治体も現れている。例えば、東京都は、感染症の拡大防止と経済活動の両立に向けて、テレワークを更に定着させるために5月10日より都内企業のテレワーク環境整備を支援する助成金の募集を開始すると発表した。助成金は常用する労働者が2人以上30人未満の企業の場合は最大150万円(助成率は3分の2)が、常用する労働者が30人以上999人以下の企業の場合は最大250万円(助成率は2分の1)が支給される。
 
従業員の健康管理に関しては、今まで企業内で実施していた健康経営の範囲を従業員の自宅まで拡大して実施するなどの工夫が必要だ。例えば運動不足対策として、eラーニングでエクササイズのビデオを提供するといった例もある。政府が労働力不足を解決するために働き方改革を段階的に推進する中で、企業は従業員の多様な働き方を実現し、メンタルヘルスに対する対策を含む健康経営に取り組み、そして労働力を確保すると共に従業員の離職防止に努める必要がある。
 
新型コロナウイルス感染症の罹患防止対策として導入が進んだテレワークがニューノーマルとなるなか、企業にとっては若手を含めた従業員の心身の不調をいち早く見つけてケアする対策の重要性が高まっている。今後、従業員のメンタルヘルス不調に対する対策の遅れが企業経営にとって大きな損失や業績悪化、労働力不足につながらないように、より早めに対策を行う必要があると考えられる4
 
4 本稿は日本生命保険相互会社のWellness-Star☆レポート(2021年6月17日)「テレワークがもたらす職場のメンタルヘルスケアの変化について」を加筆・修正したものである。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2021年06月24日「研究員の眼」)

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