2021年05月25日

ESGのEとは-世界的に危機意識が高まる環境課題

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――E(環境)に係わる主要課題

ESGは2006年に国連が発表した責任投資原則(PRI)の中で提唱されたことを切っ掛けに、広く認識されるようになった投資判断の新たな観点である。財務情報とともに、ESG課題への対応や情報開示も考慮した投資であり、投資される側の主体にもESG課題への取り組みを促すことで、持続可能性の確保を目指す投資アプローチである。ESGを構成するE(Environment:環境)、S(Social:社会)、G(Governance:ガバナンス)の3つの側面に配慮することが求められる。

では、3つの側面のうちE(環境)の課題とは、具体的には何を指すのだろうか。実は、明確な定義は示されておらず、法令などに定められた基準もない。各企業がそれぞれ課題を洗い出し、どのように対応していくかが問われているとも言える。ただ、利益を優先する経済活動により環境への悪影響が看過されれば持続可能性が失われかねないとの認識がESGの根底にあることを踏まえると、持続可能性を確保する上で解消が不可欠な環境課題はすべて、ESGのEに含まれると言える。その中でも、世界共通の中心的課題となっているのが気候変動、つまり地球温暖化の影響である。脱炭素、カーボンニュートラルといったワードを様々なメディアで見聞きする機会が増えていることからも伺えるように、気候変動への対応は世界的な関心事となっている。この他、ここ数年で急速に危機感が高まっている環境課題として、生物多様性の喪失が挙げられる。

世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書2021年版によれば、将来10年間に最も発生する可能性の高いリスクは異常気象で、2位から5位は、気候変動対策の失敗、人為的な環境災害、感染症、生物多様性の喪失となっている。将来10年間で最も影響が大きいリスクは感染症で、気候変動対策の失敗、大量破壊兵器、生物多様性の喪失、天然資源の危機が続いている。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、例年とは異なり、感染症が上位に挙がっているが、異常気象や気候変動対策の失敗などの気候変動に係わる課題が上位に位置するのはここ数年と同様の傾向であり、政界や経済界などの気候変動に対する危機意識の高さを表わしている。他方、生物多様性の喪失が発生可能性の大きなリスクや影響が大きなリスクとして上位に位置づけられるようになったのは2020年版からであり、世界的な警戒感の急速な高まりが伺える。
 

2――気候変動に係わる動き

2――気候変動に係わる動き

近年、世界各地で極端な気象災害を経験している。2019年~2020年には、欧州では記録的な熱波に見舞われ、シベリアやアラスカなどの北極圏では森林火災が発生した。豪州では山火事や極端な干ばつを経験し、北米、アジア、アフリカでは、大雨・洪水による被害が報告されている。こうした極端な気象現象の原因は必ずしも明確ではないものの、将来的に気候変動が進行すれば、猛暑や豪雨災害のリスクが高まる可能性が指摘されている。

世界各地で気象災害が頻出するなか、気候変動への対応で主導的な役割を担っているのが気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change:UNFCCC)である。2015年の第21回締約国会議では、2020年以降の温室効果ガス(Greenhouse Gas:以下、GHG)の排出削減等の取り組みを進めるための国際的な枠組みとしてパリ協定(Paris Agreement)が採択され、全ての国が参加する世界共通の長期目標が設定された。具体的には、産業革命前からの地球の平均気温上昇を2℃より十分下方に抑えるとともに、1.5℃に抑える努力を継続することが目標として設定され、各国はGHG排出削減目標を5年毎に更新することが義務付けられることになった。こうした中、EUは2050年GHG排出実質ゼロの達成を法制化し、日本も昨年、中国が2060年のGHG排出実質ゼロを表明したのに続いて、2050年までにカーボンニュートラルを実現する方針を宣言。米国でもバイデン大統領はトランプ政権時に離脱が決定されたパリ協定への復帰を決め、2050年までのGHG排出実質ゼロの方針が表明された。GHG排出削減の長期目標で主要国の足並みが概ね揃うなか、カーボンニュートラルの実現に向けた具体的な方策の検討が世界で加速しつつある。

気候変動は金融安定に影響を及ぼし得るリスクの一つとしても認識されている。気候変動関連リスクには、脱炭素化に伴う法・規制、需要の変化などに関連する移行リスクと自然災害の増加や激甚化、気候パターンの変化に伴う物理的リスクに大別されるが、これらが正しく認識されなければ、金融システム全体に波及するリスクとなりかねないためだ。このため、主要国・地域の中央銀行、財務・金融当局、世銀等の国際機関が参加する金融安定理事会は、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)を設置し、金融システム全体が晒されている気候変動関連リスクについての理解が進むように、気候関連財務情報開示の枠組みを提示。企業に対して気候変動関連リスクや脱炭素化を捉えたビジネス機会が財務に与える影響の開示を求めている。TCFD以外にも数多くの開示基準が存在し、脱炭素を求める国際的なイニシアティブによる活動が広がりを見せるなか、企業の間では、脱炭素経営の見える化を通じて、企業価値の向上を図る動きが見られ始めている。

世界経済フォーラムによれば、米中欧の研究者グループは気候変動に関連した急激な気温上昇や人口増加により、今後50年間で世界の人口の約3割が、現在のサハラ砂漠の最も暑い地域と同じくらい暑い地域に暮らすことになる可能性があるとの研究結果を発表している。温室効果ガスによる被害を食い止める強力な行動が取られない限り、何十億もの人が「住むことができない」環境に暮らすことになるとの警告である。こうした危機感が世界で共有されるなか、パリ協定の本格的な運用開始によって、全世界的に気候変動に対処する機運は高まっている。
 

3――生物多様性の喪失に関する動き

3――生物多様性の喪失に関する動き

人間の生活は、生物多様性がもたらす恵みの上に成り立っている。国連の主唱により2001年から2005年にかけて行われたミレニアム生態系評価の報告書によれば、生物多様性がもたらす恵み(生態系サービス)には、(1)人間の生活に重要な水や食料、燃料などの資源を供給するサービス、(2)森林があることによる気候変動の緩和や洪水抑制などの環境を制御するサービス、(3)精神的な安らぎを与える文化的サービス、(4)光合成による酸素生成や土壌形成、栄養循環、水循環などの基盤サービスの4つがあるとされ、その源となる生物多様性は人間の生活の基盤となっている。

しかし、生物多様性や生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services: IPBES)によれば、人為的な要因などによって地球上のほとんどの場所で自然が大きく改変されている。具体的には世界の陸地の75%以上が著しく改変され、海洋の66%が累積的な影響を受けており、湿地の85%以上が消失したとされる。その結果、動物と植物の種群のうち平均で約25%が既に絶滅の危機に瀕しており、生物多様性への脅威を取り除く行動をとらなければ、絶滅の加速が見込まれるとされる。

自然の保全や再生、持続可能な利用に向けた国際的な協調が急務となるなか、生物多様性の保全に向けて様々な取り組みが進められている。その中で注目されるのが、生物多様性の保全を目指す生物多様性条約締約国会議での議論である。今年開催予定の第15回締約国会議(Conference of the Parties Fifteen: COP15)では、2010年に採択された世界目標を改定し、2030年に向けた短期目標が採択される予定である。2020年目標が総じて未達と評価されるなか、産業や人々の暮らしを含めた様々な社会課題を解決しなければ生物多様性の損失には対応できないとの危機感のもと、生産・消費・廃棄の改善を迫る個別目標が2020年目標よりも多く設定されるなど、生物多様性に配慮した社会経済の実現に向けた取り組みは一段と強化される見込みである。

情報開示の面でも進展が見られる。2021年後半に自然関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:TNFD)が正式に発足する予定である。TCFDが気候変動の分野で情報開示の枠組みを構築したのと同様に、自然環境全体に関する情報開示フレームワークの作成を目指す国際的なイニシアティブで、2023年を目途に、企業や金融機関が生物多様性と生態系サービスに関連するリスクと機会を適切に評価できるような枠組みの作成を目指している。

世界経済フォーラムは2019年に、世界のGDPの半分以上にあたる年間44兆ドルが生態系サービスに依存しているとの分析を発表している。また、国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)は、生態系サービスの喪失が年間で少なくも5千億ドル近くの経済損失をもたらしていると指摘している。危機的な状況を示す分析の発表が相次ぐなか、COP15やTNFDの取り組みは、生物多様性の保全に対する世界的な関心が一段と高まる契機となる可能性がある。
 

4――環境課題の緩和に向けて

4――環境課題の緩和に向けて

自然環境を巡る課題は、大気、水、土壌の汚染、天然資源の採取・利用法、廃棄物やプラスチック汚染など様々だが、いずれも、気候変動や生物多様性の喪失とも深く関わっている。例えば、海洋プラスチックごみは、ウミガメがクラゲと間違ってビニルシートを誤食するといった報告や、クジラの死骸の胃の中から大量のプラスチック製品が発見されるといった衝撃的な報道などからも推測されるように、海洋生態系への深刻な影響が指摘されている。プラスチックの製造過程では、原材料の石油の採掘・輸送から、精製、生産に至る過程で、エネルギー利用に伴ってCO2 を排出し、気候変動の一因にもなっている。このように、あらゆる環境課題は人間の生活の基盤を揺るがしかねない問題として捉えられる。

一方、環境課題が深刻化するなか、経済・社会システムの変革が必要との認識が世界に広がりつつある。自然環境の脅威となっている天然資源の大量採取、大量生産、大量消費、大量廃棄といった現代のリニアエコノミー(一方通行の経済)から脱却し、消費された資源を可能な限り回収し、再生・再利用するサーキュラーエコノミー(循環型の経済)への転換することが、自然環境を保全する上で不可避との課題意識である。こうした中、重要になるのが企業や金融市場が果たす役割である。企業は資源の循環的な利用を可能とする取り組みを進めて適切に情報開示し、投資家は開示情報の評価に基づき適切に資金を供給することが重要であり、環境に配慮した経済活動の拡大を通じて、経済成長と環境保全の両立を可能とするサーキュラーエコノミーを実現することが求められている。ESGの主流化(mainstreaming)により、自然環境の保全を行うことは企業や金融市場の責任となっている。
 
 

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2021年05月25日「基礎研レター」)

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