2020年12月08日

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2|原理原則(2):組織スラックを備えた経営の実践
新型コロナのパンデミックにより、産業界では、製造業でのグローバルサプライチェーンの途絶が一時起こったり、オフィスワークが困難になったりしたことで、大規模な自然災害や感染症のまん延など想定外の緊急事態においても重要業務を継続または迅速に復旧させるためのBCP11の重要性を改めて痛感することとなった。筆者は、今回のようなパンデミックに対応したBCP対策の強化を進めるには、企業は、短期的な効率性を犠牲にしてでも、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」12を備えた経営を実践することが必要である、と考えている。
 
11 BCPの概説については、拙稿「Series企業経営者に向けたCRE戦略概論/第9回BCPとCRE戦略(1)」三菱地所リアルエステートサービスHP『スペシャリストの智』2017年7月、同「Series企業経営者に向けたCRE戦略概論/第10回BCPとCRE戦略(2)」三菱地所リアルエステートサービスHP『スペシャリストの智』2017年10月を参照されたい。
12 組織スラックの考え方については、拙稿「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日、同「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日を参照されたい。
(1)製造業のサプライチェーンへの対応(製造拠点でのBCP対策)
今回のパンデミックのサプライチェーンへの影響は要約すれば、「中国を皮切りに各国の都市封鎖による供給寸断に加え、消費活動の停滞による需要減が組み合わさったものである」13

筆者は、東日本大震災後にも、企業がBCP強化のために組織スラックを備える重要性を指摘した。すなわち、「我が国の大企業の多くは、株主至上主義の下で経営効率を重視するあまり、在庫を極小化するジャスト・イン・タイム(JIT)に代表されるように、ぎりぎり必要な分しか経営資源を持たない『リーン(lean)型』の経営に傾斜してしまった。今回の震災で効率性に偏重した経営の脆弱性が露呈したとみられる」「震災を契機に、短期的な収益や効率性にとらわれがちだった視点を改め、企業経営の発想そのものが転換されることを望みたい。中長期の事業継続・リスク分散のために短期的には効率が低下しても、在庫・IT資産・設備・事業拠点など経営資源にある程度の余裕、いわゆる『組織スラック(slack)』を備えておく、サステナビリティ重視の発想を取り入れてはどうだろうか。事業資産に余裕を持たせるには、自前の投資(生産ラインの二重化)に限らず、アウトソーシング、企業連携、企業買収など多様な手法が考えられ、経営の知恵が求められる。JITについては、中小企業に余裕のない切迫した操業を迫り、体力を消耗させる面があるなら、サプライチェーン(供給網)の持続可能性を維持するためにも、大企業側が在庫を積み増すなどして、その点を是正すべきだろう」14と主張した。

今回のようなパンデミックに対するBCP対策の強化についても、組織スラックを備える視点は原理原則として変わらないものの、その手法は、地域的に発生する自然災害とは異なることが多いとみられる。自然災害に対するBCPとしては、生産拠点の二重化15や部品など原材料調達先の多様化といったサプライチェーンの分散化が有効に機能する一方、世界の広範な地域・国々で同時発生するパンデミックでは、そのような施策が機能しない可能性が高い。

地域的に発生する震災時の製造拠点におけるBCP対策としては、サプライチェーンの分散化など多くの施策メニューが考え得るが(図表-1)、その中でパンデミック発生時にも適用し得る施策があるかどうかは、パンデミックが発生する地域・国々の範囲やタイミングによるだろう。発生範囲が比較的狭かったり、発生のタイミングが地域ごとにばらついたりするケースでは、サプライチェーンの分散化など震災時のBCP対策の多くを適用できる一方、極めて広範かつ同時に発生する最も厳しいケースでは、適用し得るのは製品・仕掛品・原材料など棚卸資産を積み増すことくらいかもしれない。ただし、この施策でもロックダウンなどにより物流機能が停止してしまうと、製品を工場から顧客へ納入することが難しくなる。
[図表-1]国内の主力工場におけるBCP強化の施策メニューとCRE(企業不動産)戦略との関わり
筆者は、東日本大震災時に、「株主にも、短期的な株式リターンにとらわれずに、震災復興・持続可能な社会の構築という社会的ミッションを共有し、ミッション遂行に誠実に取り組む企業を高く評価し応援することを望みたい。それこそが真の社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment)ではないだろうか。企業を社会変革へと突き動かすには、社会的ミッションを実現する企業を称賛し鼓舞する社会風土を醸成する必要があると考える。株主は、その重要な役割を担う主体の一つだ」16と指摘した。

今回のようなパンデミックの際にも、株主・投資家や資本市場の役割は大きい。前述したBCP対策としての在庫積み増し(=組織スラック)は、平時ではムダ(=非効率)に見えても、緊急事態に備えた中長期の企業価値創造のための「投資」と捉えるべきだ。投資家は、企業評価の際に棚卸資産や総資産の回転率悪化を単純にマイナス評価するのではなく、BCP対策としての組織スラックへの投資という視点を企業と共有し、むしろ企業にそのような投資を促す立場を取るべきである。

前出のスティグリッツ教授は、「これまで40年間の経済が間違った方向に進んできたことを反省するときを迎えている。コロナの感染拡大によって、そうした問題点が浮き彫りとなった」「短期利益に集中し、長期安定性に注意を払ってこなかった。分かりやすくするためにこんなたとえ話をするが、多くの会社がわずかなお金を節約するために自動車からスペアタイヤを取り外した。ほとんどのときはスペアタイヤは必要ないが、タイヤがパンクしたときには必要だ。我々はスペアタイヤのない車、復元力のない経済をつくってしまっていたのだ」「金融市場の近視眼的思考ではなく、長期的な視点を促進し、グローバルサプライチェーンをより多角化、弾力化し、経済をもっと信頼できるものに導く必要がある」17と述べている。同氏が言う「スペアタイヤ」は、まさに組織スラックのことを意味している。近視眼的思考の金融市場の下で、企業が短期利益を追求するために組織スラックを削ぎ落としてしまった結果、緊急時に復元力のないサプライチェーンや経済が構築されてしまっており、今後は長期的な視点の下で信頼性・復元力のあるサプライチェーンや経済を構築する必要がある、との同氏の主張は、僭越ながら、本稿での筆者の主張と整合的である。
 
13 水尾佑希、高見博「新型コロナウィルス感染拡大に伴うサプライチェーンへの影響とその対応策」財務総合政策研究所『財務総研スタッフ・レポート』2020年6月10日より引用。
14 拙稿「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日より引用。
15 BCP対象の製品の生産拠点を実際にデュアル(二重)に構築・配置する他に、通常は別の製品を生産している自社の他工場にバーチャルに代替生産機能を持たせ、緊急時にそれを速やかに稼働させるための訓練を重ねるという、いわばソフト面の施策も考えられる(拙稿「CRE基礎講座/第3回BCPとCRE戦略~国内中核工場の場合~」日本経済新聞社『企業価値向上のための実践的CRE戦略』(日経電子版2011年9月30日))。この手法は、設備投資を新たに行い、リアルに拠点配置の二重化を図るのに比べ、コスト負担が極めて少ないというメリットがある一方、性質のまったく異なる製品を生産する製造ライン間で代替生産機能を持たせることは難しく、対象の製品とある程度同種の製品を生産するラインをあらかじめ異なる拠点に保有していることが前提となる。
16 拙稿「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日より引用。
17 星野眞三雄「【ジョセフ・スティグリッツ】コロナ後に私たちが目指すべき、新しい経済の姿とは」朝日新聞GLOBE+2020年8月2日より引用。
(2)パンデミックのBCP対策として世界的に発動された在宅勤務(BCP対策と働き方改革)
新型コロナのパンデミックを受けて、欧米やアジアなど世界の企業の多くは、在宅勤務によるテレワークをBCP対策として発動し、オフィスワークを停止または大幅削減した。

我が国でも、緊急事態宣言の下での外出自粛要請に対応して、産業界では在宅勤務でのテレワークが緊急避難的に大規模に導入された。従って、今回の在宅勤務体制へのシフトは、従業員が時間・場所にとらわれない多様で柔軟な働き方を個々の事情に応じて自らで選択できるようにする「働き方改革」とは、全く次元が異なるものである。緊急事態宣言解除後も、感染防止のために在宅勤務を中心とした働き方を維持する企業も多くある。

ただ、従業員はこれだけ長期間の在宅勤務を半強制的に強いられると、対面でのコミュニケーション不足による不安感・孤独感など精神的ストレスが高まってしまうだろう。さらに在宅勤務の生産性は、自宅での環境要因によって大きな格差が生じかねない。例えば、自宅にオフィス家具がないと肉体的疲労が大きく、生産性が低下してしまうだろう。

企業が在宅勤務での生産性格差を是正するためには、従業員が自宅の執務環境を整えるための金銭的支援を行うのも一法だが、従業員が自宅に近いサテライトオフィスでテレワークができるようにすることが設備・コスト面から最も有力な選択肢だろう。ディベロッパーなど専門業者が運営するサテライトオフィスの法人向け会員制サービスの利用がまず考えられるが、最近はビジネスホテルでも、テレワーク需要を新規開拓するために割安なテレワークプランを売り出す施設が散見され、在宅勤務を補完する選択肢の1つとなろう。さらに、企業が賃借または自社所有のオフィスにて独自にテレワーク向けのワークスペースを用意することも一法だろう。ウィズコロナ期では、テレワークの場の選択肢として従業員の居住地近隣のサテライトオフィスへも拡大すべきだ。

コロナ後には、企業は緊急事態宣言下・ウィズコロナ期のような同質的な在宅勤務一辺倒ではなく、取り戻した日常に最適な働き方やワークプレイスの在り方を冷静に再考するべきだ。アフターコロナでは、人々の生活や働き方が大きく変わるニューノーマルが訪れると言われているが、オフィス戦略を含めた企業経営には変えてはいけないものもある。

人間は本来リアルな場に集いコミュニケーションを交わしながら信頼関係を醸成し、協働して画期的なアイデアやイノベーションを生むことで社会を豊かにしてきた。このような人間社会の在り方をモチーフにしたものが、まさにオフィスの在るべき姿だ18。インターネットやAI(人工知能)などサイバーでのテクノロジーは、実世界を豊かにするために今後もしっかりと利活用することが欠かせないが、コロナ禍で制限されていた実世界での創造的な活動を取り戻すことこそが、ニューノーマルの在り方ではないだろうか19

イノベーション創出には、サイバー空間でのやり取りだけでは限界があり、リアルな場での濃密なコミュニケーションが欠かせないため、今後もメインオフィスの重要性は変わらない。経営者が在宅勤務で多くの業務をこなせると判断し、メインオフィスの重要性を不用意に低下させてしまうと、リアルな場でのやり取りが軽視されてイノベーションが停滞するリスクが高まると思われる。

メインオフィスの重要性とともに変えてはいけない原理原則は、従業員に働く場所や働き方の選択の自由を与えることだ。企業が多様で柔軟な働き方をサポートすることは、従業員の働きがい・快適性・幸福感を向上させ、活力・意欲・能力・創造性を存分に引き出すことにつながり、このことが生産性向上やイノベーションを生み出す土壌を醸成することになるからだ。

そのためにはメインオフィス内でも、従業員同士の交流を促すオープンな環境や集中できる静かな環境など多様なスペースの設置が求められる(図表-2)。しかし、従業員が気軽に集える休憩・共用スペースは、リーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。また、様々な利用シーンに応じて多様性を取り入れたオフィス空間も、リーン型の経営者には極めて非効率な空間とみなされ、維持管理の手間やコストが相対的に掛からない画一的な空間に変更されてしまうだろう。これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したリーン型のオフィス空間は、個性のない均質なものになってしまう。そうすると、目先の不動産コストは削減できても、それと引き換えに何よりも大切な社内の活気や創造性が失われ、従業員間の交流が阻害され、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。従業員間のインフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースや多様性を取り入れたオフィス空間は、イノベーションの源になる組織スラックと捉えるべきだ。創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するためには、「組織スラックに投資する」という発想が欠かせない。

平時での在宅勤務は、経営側からの指示ではなく、従業員が働き方の選択肢の1つとしていつでも自由に選択できるようにすべきだ。これまで一部の企業を除いて在宅勤務が必ずしも普及してこなかった日本企業では、今後もパンデミックや災害時のBCPとして在宅勤務を導入する際に、従業員がスムーズに在宅勤務に移行できるように、日頃からの準備・訓練の実施も欠かせない。

メインオフィスと在宅勤務の間に存在する、サテライトオフィスやコワーキングスペースなどサードプレイスオフィスも積極的に活用すべきだ。サテライトオフィスについては、在宅勤務を補完する郊外型に加え、都市圏や地方20に立地する施設の活用も一法だろう(図表-2)。
[図表-2]働く場の多様なオプション例
企業は、働き方改革を推進するための働く環境の多様化と、パンデミックや災害に対応したBCP対策の強化を進めるには、メインオフィスを中核に据えつつも、拠点配置の分散化・二重化が欠かせない。従業員の働き方や働く場のポートフォリオを構築する上でも、足下の効率性追求ではなく、組織スラックを戦略的に備える中長期を見据えた発想が求められる。その意味では、今回在宅勤務比率の急上昇に伴いメインオフィスの利用率が大幅に低下したからと言って、短期的なコスト削減のために安易にメインオフィスのスペースを削減したり手放したりするべきではない21
 
18 筆者のこのような考え方の詳細については、拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)を参照されたい。
19 筆者は、このような考え方を拙稿「<新時代の住宅・不動産Vol.3:オフィス戦略>今、企業に求められるサテライトオフィス活用~新型コロナウイルスがもたらすワークプレイス変革」日本経済新聞朝刊2020年6月30日にて提示した。
20 ICT活用により、リゾート地や地方などで休暇取得や研修受講などを兼ねて短中期的に滞在し仕事を行う「ワーケーション」での働く場はワーケーションオフィスと言い、一種のサテライトオフィスと考えられる。和歌山県白浜町は、都市圏の企業などに対してワーケーションの積極的な誘致をいち早く推進してきた。
21 メインオフィスの在り方に関わる筆者の主張はここで述べた通りだが、コロナ禍で資金繰りが大幅に悪化し直ちにキャッシュが捻出できなければ立ち行かなくなる企業については、勿論メインオフィスなどの不動産をすぐに手放さざるを得ないケースもあるとみられる。また、必ずしも業績が悪化していない企業を含め、オフィスを退去・縮小移転する動きが、ベンチャー企業を中心に一部の企業で見られるが、このようなケースでは、都市部などの中規模賃貸ビルが移転先の受け皿になっているとみられる。
(3)組織スラックを備える経営を実践する先進事例:アイリスオーヤマ
日本企業の中で組織スラックを備える経営を実践する数少ない先進事例として、アイリスオーヤマが挙げられる。

「同社の大山健太郎会長が一橋ビジネススクールの楠木建教授との対談の中で発したのが「選択と分散」というキーワードだ。これまで日本企業は効率化を追求する「選択と集中」を推進してきたが、そうした言葉とは対照的である。アイリスオーヤマが実践する具体的な例として、大山会長は平時の工場稼働率を7割にとどめる考え方を紹介。余裕を持たせることで、「大きな需要の変化があったときに対応できる。(急にくる)チャンスを逃さないことの方が、足元の効率化よりもトータルで見ると大きな意味がある」と述べた。また、大山会長は「『選択と分散』は、(危機時も含めた)いろんな局面で消費者の役に立つことを念頭に置いている。当社の企業理念の第1条にある、いかなる時代環境であっても利益を出す考えに則している」と強調した」22という。

同社は、政府からの要請を受け、中国に立地する既存の大連工場(遼寧省)と蘇州工場(江蘇省)(両工場のマスクの月産能力合計は8千万枚)に加え、角田工場(宮城県角田市)の一部を改修してマスクの国内生産(当初月産能力計画6千万枚)を開始することを3月31日に発表し、続く4月22日には政府からのさらなる要請を受けて、角田工場の月産能力計画を国内最大級の1億5千万枚へ引き上げることを決定し、7月9日に本格稼働を開始した(投資総額:約30億円)。中核工場である角田工場にスペースの余裕(※=組織スラック)があったため、今回そこをクリーンルームに改造するだけで、2か月の短期間でマスク工場を立ち上げることができたという23

同社の事例は、足下の効率性ではなく、社会的価値を含めた中長期の価値創造を見据えて、組織スラックを戦略的に保有することの重要性を示している。グループ売上高(2019年度)が5,000億円、従業員数(2020年1月現在)が4,081名にも達する大企業の同社が、未だに非上場企業であることを選択しているのは、現状の資本市場の短期志向へのアンチテーゼと捉えることもできよう。
 
22 中山玲子「『選択と分散』が危機に強い経営 アイリス会長と楠木教授が対談」日経BP『日経ビジネスLIVE』2020年7月8日より引用。
23 テレビ東京 WBS(ワールドビジネスサテライト)2020年7月15日「コロナクライシス トップの決断/アイリスオーヤマ マスク国内生産の勝算」より引用。ただし、(※ )は筆者が加筆。
 

3―おわりに

3―おわりに~コロナ禍を契機にショートターミズムとの決別を

我が国の大企業の多くは、短期的な収益や効率性にとらわれがちな経営の短期志向に陥ってしまっていると指摘したが、本稿で考察してきた2つのキーワード、すわなち「社会的価値の創出」と「組織スラックへの投資」は、いずれも目先の利益や効率性を追わずに、むしろ短期的にはそれらの経済的リターンが悪化しても、企業は、多様なステークホルダーと志の高い社会的ミッションを共有して、中長期の視点でイノベーションを通じた社会課題の解決や、企業ひいては社会のサステナビリティ(sustainability:持続可能性)の確保に誠実かつ愚直に取り組み、社会的ミッション実現に邁進すべきである、ということを示すものだ。

本稿では、企業が社会的ニーズに応えた結果、短期利益が獲得できなくとも、無形の非金銭的リターンが得られ、それがいずれ経済的リターンに転換され得る、という考え方を示した。また、組織スラックを備えることは、平時では、あるいはリーン型を志向する経営の下では、ムダや非効率に見えても、緊急事態に備えたBCP対策の強化や従業員に寄り添った働き方改革の推進、そしてイノベーションの創出に向けた、中長期の視点からの投資と捉えるべきである、との考え方も示した。

経営者が短期志向の「誘惑」に打ち勝つためには、確固たる胆力も求められる。SDGsやESG 経営を推進しようという掛け声が我が国に広がる今こそ、経営者はそれを掛け声だけで終わらせるのではなく、欧米の先進企業に倣って、SDGsやESGへの対応を一刻も早く企業経営の中核に組み込み、「志の高い社会的ミッションの実現=社会的価値の創出」を企業経営の上位概念に位置付ける「真のCSR 経営」と「組織スラックを中長期の投資と捉える経営」を、企業経営の王道として、誠実かつ愚直に実践していくことが求められる。それによって、SDGsやESG 経営が我が国で強力に推進されるはずだ。

多くの日本企業は、コロナ禍を契機に、ショートターミズムと決別できるかが問われているのではないだろうか。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、AI・IOT、スマートシティ、CSR・ESG経営

(2020年12月08日「ニッセイ景況アンケート」)

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【コロナ後を見据えた企業経営の在り方~社会的価値の創出と組織スラックへの投資を原理原則に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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