2020年12月08日

70歳雇用推進の背景と今後の課題-企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を-

生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   金 明中

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1―政府が70歳雇用を発表

1970年代までには55歳が一般的だった日本の定年年齢は、平均寿命の上昇や出生数の減少による労働力不足等の影響によって、継続的に引き上げられてきた。政府は高年齢者雇用安定法を改正することで、1985年に60歳定年を努力義務とし、1994年には法を改正して60歳定年を義務化する規定を設け、1998年からは60歳定年を施行した。その後、2006年には高年齢者雇用安定法を再度改正して65歳までの継続雇用を義務化する規定を設け、2013年から施行している。
 
さらに、2020年3月31日には希望する人が70歳まで働けるよう、企業に就業機会確保の努力義務を課すことを柱とした高年齢者雇用安定法の改正案が、参院本会議で自民党などの賛成多数により可決、成立した。改正案は、健康な高齢者の働き手を増やし、人手不足に対応するとともに、年金などの社会保障の担い手を厚くすることを目的としており、2021年4月から施行されることになっている。
 
現行法では、定年を65歳未満に定めている事業主は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するために、(1)定年制の廃止、(2)65歳までの定年の引き上げ、(3)65歳までの継続雇用制度(再雇用制度)の導入のうち、いずれかの措置を実施することが義務付けられている。
 
今回の改正案では、(2)や(3)の年齢を70歳までに引き上げた。さらに、企業が上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、(4)起業やフリーランスを希望する人への業務委託(請負)、(5)有償ボランティアなど自社が関わる社会貢献事業に従事という選択肢も追加した。定年延長による人件費増を懸念する企業にも配慮した措置だと言える。
 

2―70歳雇用推進の背景

2―70歳雇用推進の背景

では、なぜ政府は70歳雇用を推進するなど高齢者の労働市場参加を奨励する政策を実施しているだろうか。その最も大きな理由の一つは少子高齢化の進展による労働力不足に対応するためである。2019年10月1日現在の日本の総人口は1億2,616万人1で、ピーク時の2008年12月の1億2,810万人に比べて194万人も減少している。約11年間で栃木県(2018年の推計人口は約194.6万人)規模の人口が減少したと言える。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」では、今後も日本の人口は減少し続け、2053年には1億人を割って9,924万人となり、2065年には8,808万人になるものと推計している(出生中位推計)。
 
一方、労働力人口は、女性や高齢者の労働市場への参加が増えたことにより、2013年以降はむしろ増加している。女性の就業率は2019年現在52.2%まで上昇しており、60~64歳と65歳以上の就業率は、高年齢者雇用安定法が改正された2006年の52.6%(397万人)と19.4%(395万人)から2019年には70.3%(508万人)と24.9%(784万人)まで上昇した。60歳以上の就業者数は13年間で500万人近く増加したことが分かる。
 
しかしながら、20~24歳と25~29歳の就業率は2006年の64.2%(472万人)と80.0%(656万人)から2019年には72.4%(457万人)と86.7%(533万人)まで上昇しているが、就業者数は絶対数の減少により13年間で1128万人から990万人と138万人も減少した。その結果、15~64歳の生産年齢人口の減少傾向が続き、日本における2019年10月1日現在の15~64歳人口は、7507万2千人で、前年に比べ37万9千人の減少となった。全人口に占める15~64歳人口の割合は59.5%で、ピーク時の1993年(69.8%)以降、一貫して低下しており、今後もさらに低下することが予想されている。
図表1 15~64歳人口の対前年比増減数と総人口に占める割合の推移
さらに、厚生労働省が2020年9月17日に公表した2019年人口動態統計によると、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は1.36と前年を0.06ポイント下回り、4年連続で低下した。これは人口の置き換え水準(現在の人口が維持できる出生率)2.07を大きく下回る数値である。このように少子高齢化が進行し、労働力人口が減少している中で、政府は定年延長を推進し、労働力確保や経済の活性化を目指すことになったと言える。

政府が定年延長を推進するもう一つの大きな理由は社会保障制度の持続可能性を拡大するためである。国立社会保障・人口問題研究所が発表した2018年度の年金、医療、介護などに充てられた社会保障給付費は121.5兆円と前年度に比べて1.1%増加した。さらに、高齢者人口が4千万人近くなり、ピークに達すると予想される2040年には社会保障給付費は約190兆円に増加すると推計されている。このままだと、社会保障制度を支えている生産年齢人口は減少しているのに、主な給付対象である高齢者だけが増加し、社会保障制度を維持することが難しくなる。そこで、政府は定年延長を推進し、社会保障財政の安定化を志向することになったのである。
 
1 総務省「人口推計(2019年(令和元年)10月1日現在)」https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2019np/pdf/2019np.pdf
 

3―雇用延長の現状や今後の課題

3―雇用延長の現状や今後の課題

そもそも高齢者の雇用確保措置が義務化された最大の理由は、公的年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられたからである。しかしながら、企業の措置内容を見ると、「定年制の廃止」や「定年の引き上げ」という措置を実施した企業の割合は合わせて2割程度に過ぎず、8割に近い企業が「継続雇用制度」を導入している。企業が主に「継続雇用制度」を導入している背景には、「年功序列型賃金制度」に基づく人件費負担が大きくなることがある。多くの企業は一旦、雇用契約を終了させ、新しい労働条件で労働者を再雇用する「継続雇用制度」を選択している。

60歳を境に正社員としての身分が失われ、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態に変わるケースが多い。このため、高齢者の賃金水準が定年前に比べて大きく低下し、場合によっては、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性も高い。こうしたことは、高齢者の働く意欲の低下を招くとともに、職場の生産性にも少なからず影響を及ぼしていることが懸念される。改正高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行されたことにより、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、低い賃金水準ゆえに、労働市場に長く参加していることが、必ずしも高齢者の生活の質を高めたとは言えないのが現状である。

定年後研究所が定年制度のある企業に勤務している40代・50代男女、および、定年制度のある企業に勤務し60歳以降も働いている60代前半男女、合計516人を対象に実施したアンケート調査(2019年6月4日)によると、「70歳定年」(70歳定年あるいは雇用延長)について「とまどい・困惑を感じる」(38.2%)や「歓迎できない」(19.2%)と回答した、「アンチ歓迎派」は57.4%で、「歓迎する」と回答した「歓迎派」の42.6%を上回った。
図表2 「70歳定年」に対する意見
「とまどい・困惑を感じる」最も大きな理由としては「収入が得られる期間が延びてよいが、その分長く仕事をしなければならないから」(65.5%)が、また「歓迎できない」最も大きな理由としては「自分としては60歳あるいは65歳以降は働きたくないから」(65.7%)が挙げられた。年金の給付を含めた老後の収入さえ確保できれば、労働者の多くは60歳あるいは65歳定年を迎えて労働市場から離れ、余暇を楽しみたいと考えているのだろう。

一方、2019年に金融庁の金融審議会は、夫婦の老後資金として公的年金だけでは「約2,000万円不足する」という試算結果を示し、不足分を補うためには資産運用などの「自助」の充実が必要と訴えた。この報告を聞いた労働者の多くは「いつまで働かなければいけないのか」という不安を抱くことになっただろう。

従って、今後は段階的に定年を引き上げながら、賃金水準をゆるやかに調整していくことが現実的な選択肢になるだろう。今後、人口減少が進む中で経済成長を維持していくためには、高齢者がより活躍できる環境整備が求められる。高齢者の働くインセンティブを引き上げるためにも、年齢を理由に高齢者が労働市場で差別されないように制度や企業の意識を改善することが重要であり、そのためにも2020年4月から段階的に実施されている「同一労働同一賃金の原則」 が高齢者にも適用される必要がある。

高齢者定年延長にあたっては、個人差はあるが、視力や聴力など身体的な老化も顕著になってくることから、より多くの職種・職務の選択肢を考えていくことが望ましい。その一環として、50代前半から、個々の従業員が60代の働き方を考えて方向を定めそこに向かって準備することを支援する制度の実施が求められる。また、企業はテレワークや短時間勤務など多様な働き方に対する人事管理および人事評価制度の一層の整備を推進する必要がある。今回、新型コロナウイルスの影響で日本企業に普及したテレワークをより積極的に活用し、女性や高年齢者等、多様な人材が活躍できるようにすることが望ましい。また、すべての企業や個人に一律に適用される定年制度だけでなく、企業や個人の状況に合わせた選択定年制等、様々な定年制度の実施を推進することが重要であるだろう。
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生活研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
社会保障論、労働経済学、日・韓社会政策比較分析、韓国経済

(2020年12月08日「ニッセイ景況アンケート」)

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