2020年10月07日

金融ジェロントロジーとは?

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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Q1.近年、“金融ジェロントロジー”という言葉をよく見聞きすることが増えました。金融ジェロントロジーとは一体どのようなものですか?

■金融ジェロントロジーとは、「高齢者の経済活動に関連する諸課題の解決」を目指す専門的研究分野
「ジェロントロジー(Gerontology;老年学、高齢社会総合研究学)よりも、「金融ジェロントロジー(Financial Gerontology)」の言葉の方がよく知られているかもしれません。金融ジェロントロジーとは、「高齢者の経済活動、資産選択など、長寿・加齢によって発生する経済課題を経済学を中心に関連する研究分野と連携して、分析研究し、課題の解決策を見つけ出す新しい研究領域1」、「ジェロントロジー、脳・神経科学、認知科学における豊富な研究蓄積を資産選択、運用、管理に活用する学問2と説明されています(あくまで筆者の理解にもとづき概念を図示したのが図表1)。ジェロントロジーは、「高齢社会における個人と社会の様々な課題を解決する」ことを目的とした極めて幅広い領域をカバーする総合科学である一方、金融ジェロントロジーは「高齢者の経済活動に関連する諸課題の解決」を目的としたジェロントロジーの中でも比較的新しい専門的研究分野と言えるでしょう。

なお、世界ではすでに米国にて「Financial Gerontology」の学問分野が確立され(1988年)、これまで大学や諸機関で教育や研究活動が行われてきています。2002年にはAIFG(American Institute of Financial Gerontology;米国ファイナンシャル・ジェロントロジー協会)が設立され、そこでは「中高年層やその家族に対し、お金、健康、社会生活を総合的にアドバイスできる人材の養成」をはかることを目的に、主に金融機関に勤める人を対象にジェロントロジーの教育を行っています。所定の研修を行った上で、試験合格者にはRFG(Registered Financial Gerontologist)という団体認証資格を付与しています3。ただ、米国のファイナンシャル・ジェロントロジーは、金融関連知識(FP知識)とジェロントロジー知識を有する人を養成するジェロントロジー教育の一環にすぎないとの見方もできるため、いま日本で展開している金融ジェロントロジーとは目的や内容が異なるとも言えます。
図表1 金融ジェロントロジーの概念図
 
1 慶応義塾大学「ファイナンシャルジェロントロジー研究センター」HPより https://rcfg.keio.ac.jp/
2 駒村康平編「エッセンシャル金融ジェロントロジー~高齢者の暮らし・健康・資産を考える」(慶應義塾大学出版会、2019年9月)より
3 AIFGのHPより http://www.aifg.org/index.cfm

Q2.なぜ日本で急に「金融ジェロントロジー」が注目されるようになったのですか?

■金融庁が「金融ジェロントロジー」の必要性を主張
金融ジェロントロジーをめぐる近年の主な動きを時系列に示しましたが(図表2)、世の中に対して影響力が大きかったと思われることに慶応義塾大学と金融庁の動きがあります。慶應義塾大学は2016年に学内に日本では初の専門機関と言える「ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター」を創設しました。これがその後の金融ジェロントロジーが拡がる起点になったことは確かでしょう。時を同じく2017年頃より金融庁は、「高齢社会における金融サービスのあり方」の検討を進め、この中で金融ジェロントロジーに注目を寄せました。当庁はその後様々な機会において、「高齢顧客に対するこれからの金融サービスのあり方を構築していく際に、金融ジェロントロジーの知見を取り入れる必要があること」を報告します4。これらを受けて、特に金融機関は必然的に金融ジェロントロジーへの注目と関心を高めていったと思われます。

またこうした動向に加え、「人生100年時代の到来」、「老後資金2000万円不足」に関する報道等もあいまって、“資産寿命を如何に延ばすか”ということが、個人ならびに社会の大きな関心事となったことも、金融ジェロントロジーへの関心を高める要因になったと推察されます。
図表2 金融ジェロントロジーをめぐる主な動向
 
4 金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書(2020年8月)においても、超高齢社会における金融業務のあり方(高齢顧客に対する顧客本位の業務運営)の中で、「金融ジェロントロジー等の学問的見地も取り入れ、金融ビジネスのサステナビリティにも留意しつつ、こうした高齢顧客の様々な課題やニーズに対応し、顧客本位の業務運営に取り組んでいくことが金融事業者には期待される」と記載

Q3.「金融ジェロントロジー」に何を期待することができますか?

■人生100年時代の資産寿命の守り方・延ばし方と認知判断能力低下時の金融サービスのあり方
人生をより良く歩んでいくために、「お金」が大事であることは言うまでもありません。これまで家計や経済、FPの専門家等により、老後資金の管理運用方法等は指南されてきました。しかし、次の2つの課題の解決が未だ手付かずにあったと言えます。一つは、人生100年という人生の長さが延長した時の個人の経済活動の再構築、もう一つは、加齢に伴い認知判断能力が低下したときの金融サービス・手続き等のあり方の再構築です。いずれも長寿化に伴う日本ならではの課題と言えます。

今に始まった話ではないものの“お金にも寿命がある”なかで、最期まで安心で豊かに暮らしていくためのノウハウ、認知判断能力が低下してしまったときの本人・家族、金融機関が対応すべき的確な方策、これらの明快な解は世界を探してもまだ見当たらないでしょう。特に後者については、ケース・バイ・ケース、個々の企業の判断の中で対応されてきたわけですが、超高齢化する未来、認知症高齢者が急増する未来を見据えれば、社会全体としてこれらの解を見出すことが必要とされます。

金融ジェロントロジーに含まれる研究テーマ5はこれらに限ったことではないですが、少なくともこの2つの課題((1)人生100年時代の資産寿命の守り方・延ばし方、(2)認知判断能力低下時の金融サービスのあり方)に対する答えを導き出すことが金融ジェロントロジーの役割であり、期待されることだと考えます。
 
5 慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターが取組む研究テーマ(HPより)
1.加齢による身体・認知機能の変化が金融行動(貯蓄、資産選択、資産運用等)に与える影響
2.長寿や加齢が、マクロ経済に与える影響
3.長寿や加齢が公的年金・医療保険・介護保険等社会保障制度や財政に与える影響やその在り方
4.長寿社会における私的年金の役割
5.長寿社会における財産管理の在り方
6.医学的研究の蓄積を踏まえつつ加齢を補う新技術、新サービスにかかる医学的知見に基づく支援プログラム(講義)の開発等

※ その他ジェロントロジー関連のレポートはこちらからご確認下さい。
https://www.nli-research.co.jp/report_category/tag_category_id=15?site=nli
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2020年10月07日「ジェロントロジーレポート」)

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