2020年10月07日

認知症の人の意思決定支援はどうする?

保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任   松澤 登

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Q1.私の親は最近物忘れが激しくなっています。この間も、本人も覚えていない金融商品の証書が出て来ました。このような契約は有効なのでしょうか。

■取引を意思能力のない人が行ったとして、無効にできることがあります。
­­­­­­­日本では、認知症の人が2025年にも700万人に達するとの試算があります。家族や知人が認知症になったということは、特に珍しい話題ではなくなりました。

認知症になったときに困ることのひとつが、銀行や保険会社、証券会社など金融機関との金融取引です。ただ、認知症の人といっても、その状態はさまざまです。また、金融取引にも、比較的単純な取引から、投資性商品を買うといった難易度の高い取引もあります。

ここでは、認知症の人、あるいは程度の差は別として、認知症が疑われるような人(以下、これらの人をあわせて本人と言います)が、金融機関と行った取引がどのように取り扱われるかを見てみます。

一般に、法律行為を行うには、その意味を理解できる能力があることが必要とされていて、その能力のことを意思能力といいます。法律行為とは契約を結ぶことなど法律上の意味(効果)を持つ行為のことを指します。たとえば、定期預金をすることや保険契約に加入することなどは法律行為に該当します。

そして、定期預金をする、保険契約に加入するといったことの意味が理解できる能力のない人がこれらを行った場合、その効果ははじめからないもの(無効)とされます(民法第3条の2)。したがって、ご質問にあるような契約は、仮に本人が認知症で、金融商品に購入するという意味を理解できず、意思能力がなかった時に契約をしたものであれば、契約は初めから無効です。金融商品を購入するにあたって払い込んだ金銭については、返還を求めることができます。

ただ、意思能力がなかったことは、本人や家族から主張する必要があります。本当に意思能力がなかったかどうかの事実確認が必要であり、また金融機関が無効であるとの主張を認めるかどうかはその時の事情によります。必ず無効とできるわけではないので注意が必要です。
 
ところで、先ほども述べましたが、金融取引には、普通預金の預け入れや引き出しなどの比較的単純な取引もあれば、証券会社における投資ファンドのような一定の金融知識や投資経験が求められる取引もあります。後者のような取引は意思能力の有無といった水準の問題ではありません。この場合は、より高度な判断ができてリスクを負うことができるかどうか、言い換えれば、そのような投資行為が本人に適合しているかどうかを金融機関は勘案しなければならないという適合性の原則が適用されます。

金融機関によって、適合性の原則違反となる勧誘が行われた場合は、金融商品取引法違反となります。金融商品取引法は金融機関に対する監督法規ですので、金融機関と顧客との間の関係には適用されないのが通常です。しかし、著しい適合性原則違反の勧誘が行われた場合には、不法行為として、本人から金融機関に対して損害賠償を行うことができるとするのが判例です。

金融機関の窓口職員には自社で定めた適合性原則の販売ルールに従って販売を行うことが求められます。認知症とは認められなくても、本人に不必要に高リスクな金融商品を勧められていた場合は、適合原則違反を主張することができます。たとえば金融商品が値下がりして損失が出ていた場合にその損失を補填することを求めることが考えられます。

Q2.今後、同じようなことが起こらないとも限らないので、金融機関との取引に不安がありますが、どうしたらよいでしょうか。

■まずは本人が意思決定を行うための支援ができるか考えましょう。
認知症の人やその疑いがあるような人(本人)が、ほかの人からどのように配慮・支援・代理等が行えるのかについて見てみます。

本人が金融機関との取引に不安がある場合の対応としては、主には以下のものが考えられます。

(1) 周囲の人の支援の下で本人が取引を行う。
(2) 金融機関の高齢者向けの取引の仕組みを利用する。
(3) 成年後見制度を利用する。
(4) 任意代理・任意後見・民事信託などの事前に準備できる制度を利用する。
 
ところで、日本も締結している「障害者の権利に関する条約 」の第12条第2項では、「障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有する」としています。また、条約の締約国は「障害者が財産を所有し…銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとる」(同条第5項)とされています。

したがって、金融取引において、本人自身の意思決定が、障害を持たない人同様に最大限尊重されるべきであり、このことが認知症の人の意思決定を考えるにあたってのスタートになります。

本人の判断能力が低下しているからといって本人が意思決定できないと決めつけるのではなく、可能な限り本人自身が自己決定を行えるように、家族などの関係者が支援することが望まれます。そのため、上記(1)をまず考えるべきこととなります。

日本において、本人の意思決定支援についてまとめられているものとして、平成30年6月に厚生労働省から公表された「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(意思決定支援ガイドライン) があります。具体的には、Q3をご参照ください。
なお、上記①以外の方法については、別稿で解説をしています。

Q3.認知症の人の意思決定支援とはどのようにするのでしょうか

■本人の意思の尊重、本人の意思決定能力への配慮、チームによるサポートです
厚生労働省の意思決定支援ガイドラインには、三つの基本原則が挙げられています。

まず、一つ目の原則は、本人の意思の尊重です。ガイドラインでは認知症の人が意思決定をしながら、尊厳を持って暮らしていくことの重要性を認識することが必要としています。そして、意思決定のために、(1)認知能力に応じた説明が行われるべきこと、(2)支援者からの視点ではなく、本人が表明した意思・選好、あるいは推定される意思・選好を尊重すべきこと、(3)本人の意思は言葉だけではなく、表情や身振り手振りからも読み取るべきこと、(4)示された本人の意思は他人を害したり、本人に見過ごすことができない重大な影響を生じたりする場合でない限り、尊重すべきものとされています。

ここで特に注意すべきと考えられるのは(2)の本人の意思・選好の優先です。たとえば、本人は自宅で過ごしたいと考えているのに、施設へ入居したほうが健康な生活をおくれると支援者が考えているような場合は、本人に見過ごすことのできない重大な影響を生ずる場合(上記(4)に該当)でなければ本人の意思を優先すべきこととなります。

二つ目の原則は、本人の意思決定能力への配慮です。ここで重要なポイントとして示されているのは、「認知症の程度にかかわらず、本人には意思があり、意思決定能力があることを前提として意思決定支援をする」ということです。つまり、認知症なのだから、意思決定ができないと決めつけるのではなく、可能な限り意思決定支援を行うべきという原則が示されています。

また、この原則においては、「本人の意思能力を固定的に考えずに、本人の保たれている認知能力等を向上させる働きかけを行う」とされています。より具体的に言えば、(1)どのような内容の行為かにより意思決定能力の有無や程度が変わる、(2)意思決定能力は、あるかないかという二者択一的ではなく、段階的なものである、そして、(3)意思決定能力は、認知症の状態だけではなく、周囲の環境等により変化するので、認知症の人の残存能力への配慮が必要となる、とされます。

したがって、意思決定支援者は、本人が行おうとする取引について十分に理解をしてもらうこととともに、意思決定に向けた心理学的、環境的といった状態に配慮して、本人自身が決定することを促進することが求められます(図表)。ここで意思決定支援者というのは、意思決定支援ガイドラインでは、医師などの専門職や行政職員、家族、地域において見回り活動を行う人、本人をよく知る人などが挙げられています。ただ、現実的に現在の日本においては、第一には家族が想定されます。
本人の意思決定能力への配慮
三つ目の原則は、意思決定支援チームによる早期からの継続的支援です。これは認知症の人に早期に家族や福祉関係、医療関係者、地域包括支援センターなどの協働による支援を実現すべきとするものです。そのため家族は、ケアワーカーや医療関係者などと本人の健康状態や、懸念される行動、またどのように本人とかかわっていくのが望ましいかなど、よく話し合っておく必要があります。なお、孤立している単身高齢者などでは、行政が積極的に対応を考えていくべきケースも考えられます。
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保険研究部   取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
一般法務、企業法務、保険法・保険業法

(2020年10月07日「ジェロントロジーレポート」)

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