コラム
2020年09月14日

定年延長等、高年齢者の雇用拡大政策は新卒採用にどのような影響を与えるだろうか?

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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政府が70歳雇用を推進

1970年代までには55歳が一般的だった日本の定年年齢は、平均寿命の上昇や出生数の減少による労働力不足等の影響によって、継続的に引き上げられてきた。政府は高年齢者雇用安定法を改正することで、1985年に60歳定年を努力義務とし、1994年には法を改正して60歳定年を義務化する規定を設け、1998年からは60歳定年を施行した。その後、2006年には高年齢者雇用安定法を再度改正して65歳までの継続雇用を義務化する規定を設け、2013年から施行している。
 
さらに、今年の3月31日には希望する人が70歳まで働けるよう、企業に就業機会確保の努力義務を課すことを柱とした高年齢者雇用安定法の改正案が、参院本会議で自民党などの賛成多数により可決、成立した。改正案は、健康な高齢者の働き手を増やし、人手不足に対応するとともに、年金などの社会保障の担い手を厚くすることを目的としており、2021年4月から施行されることになっている。
 
現行法では、定年を65歳未満に定めている事業主は、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するために、(1)定年制の廃止、(2)65歳までの定年の引き上げ、(3)65歳までの継続雇用制度(再雇用制度)の導入のうち、いずれかの措置を実施することを義務化している。
 
今回の改正案では、(2)や(3)の年齢を70歳までに引き上げた。さらに、企業が上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、(4)起業やフリーランスを希望する人への業務委託(請負)(5)有償ボランティアなど自社が関わる社会貢献事業に従事という選択肢も追加した。

高年齢者と新卒者の雇用の現状

政府の高年齢者雇用推進政策により、労働市場に参加する高年齢者は年々増加している。60~64歳と65歳以上の就業率は、高年齢者雇用安定法が改正された2006年の52.6%(397万人)と19.4%(395万人)から2019年には70.3%(508万人)と24.9%(784万人)まで上昇した。60歳以上の就業者数は13年間で500万人近く増加したことが分かる。
 
一方、20~24歳と25~29歳の就業率は2006年の64.2%(472万人)と80.0%(656万人)から2019年には72.4%(457万人)と86.7%(533万人)まで上昇しているが、就業者数は絶対数の減少により13年間で1,128万人から990万人と138万人も減少した。
 
少子化が若者の絶対数の減少に繋がったことや景気が少しずつ回復していることなどの影響を受け、新卒者の就職率は年々上昇傾向にある。文部科学省が2019年12月に発表した「学校基本調査」によると、2019年度の大学卒業者に占める就業者の割合は78.0%まで上昇した。また、文部科学省と厚生労働省が今年6月に発表した2020年春に卒業した大学生の4月1日時点における就職希望者の就職率は98.0%と、1997年の調査開始以来最高となった。

高齢者の雇用推進が新規採用や若年者の雇用に与える影響

では、定年延長を含めた高年齢者の雇用確保措置は、新規学卒採用や若年者の雇用にどのような影響を与えるのか。この点に関する議論は、(1)高年齢者の雇用確保措置は若年者雇用を抑制するという主張と、(2)高年齢者の雇用確保措置は若年者雇用を抑制しないという相反する主張に分かれる。
 
太田(慶應義塾大学経済学部教授)(2012)1は、仕事の量が制限されている状況下で、100%の継続雇用が法律により定められた場合、三つの効果が発生すると説明しており、その内容は次のとおりである。
 
(1)「若年者」と「高年齢者」の仕事が似通っており、両者が代替可能であれば、継続雇用の促進は若年者の限界生産性(生産要素の投入量を1単位増加させたときに、増えた生産量)を低下させ、利潤最大化を目指す企業は若年者の採用を抑制する効果が発生する反面、両者の仕事が補完的であれば、継続雇用の促進は若年者の限界生産性を上昇させ、採用を増加させる効果に繋がる。
 
(2)継続雇用の進展により、高齢者が企業内にとどまる傾向が強まれば、その分だけ当初雇うべき若年者の数は少なくて済み、仕事間の代替性とは関係なく、若年採用が抑制される。
 
(3)人件費が増加することで企業の市場への参入が減少するか、企業の市場からの退出が増加する可能性がある。また、継続雇用が強化されると、企業は生産性の低い労働者までも雇用を維持しなければならなくなり、平均生産性が低下する恐れがある。更に、継続雇用の強化が既存労働者の働く意欲に影響を及ぼすことも考えられる。
 
次に、上記のような太田の主張を再考しながら、高年齢者の雇用確保措置が若年者の雇用に与える影響に関する先行研究の分析結果を紹介する。
 
まず、高年齢者と若年者の雇用の間には「代替性」がある、つまり高年齢者の雇用確保措置は若年者の雇用を抑制すると主張する先行研究から紹介する。井嶋(2004)2は2004年に実施したアンケート調査(調査対象:常用労働者30 人以上を雇用する企業1704 社)を用いて重回帰分析を行い、新卒採用と継続雇用は負の関係にあり、統計的にも有意であるという結果を出した。原(2005)3は、労働政策研究・研修機構が2004年に実施した「若年者の採用・雇用管理の現状に関する調査」を用いて重回帰分析を行い、企業の中高年齢化や労働組合が企業の新卒採用を減少させる要因であることや、正社員数が300人以上の企業で新卒採用が抑制されていることを確認したと説明している。
 
一方、清家・山田(2004)4は1992~2002 年の 10 年間の OECD データを用いて国際比較を行い、15~24 歳の若年者失業率が低下した国ではむしろ 50~64 歳の高齢者就業率が高くなる傾向があると主張した。Kondo5は、2016年に高齢雇用者とフルタイムの若年雇用者(25 歳以下)の関係性に関する分析を行い、高齢者雇用と若年者雇用の代替関係を示す事実は表れなかったと主張している(データ:『雇用動向調査』2002~2008年、2006~2011年のデータからパネルデータを構築)。
 
1 太田聰一(2012)「雇用の場における若年者と高齢者―競合関係の再検討」『日本労働研究雑誌』No.626 pp.60-74.
2 井嶋俊幸(2004)「企業における今後の中高年齢者活用に関する調査」編『中高年齢者の活躍の場についての将来展望―就業者数の将来推計と企業調査より』第 4 章、労働政策研究報告書 No.L6、pp.41-71、労働政策研究・研修機構。
3 原ひろみ(2005)「新規学卒労働市場の現状―企業の採用行動から」『日本労働研究雑誌』No.542, pp.4-17。
4 清家篤・山田篤裕(2004),『高齢者就業の経済学』,日本経済新聞社。
5 Kondo, A. [2016], “Effects of Increased Elderly Employment on Other Workers’ Employment and Elderly’s Earnings in Japan”, IZA Journal of Labor Policy, 5:2.

多様な人材が活躍できる社会を目指して

新型コロナウイルスの影響でテレワークが普及するとともに、2021年4月から高年齢者雇用安定法の改正案が施行されると、高年齢者の雇用は更に増える可能性がある。昨今では、景気も比較的悪くなく、若者人口の減少による労働力不足が問題になっているので、高齢者に対する雇用推進政策が若者の雇用に大きな影響を与えなかったのではないかと考えられている。
 
しかしながら、新型コロナウイルスの影響により今後景気が後退すると、高齢者と若年者の間の雇用は代替性が強くなる可能性が高まり、高齢者の就業により若者の採用が抑制される「置き換え効果」が起きる恐れがある。
 
太田(2019)6はこのようなことが起きないように、「職場において高齢者と若年者が互いに良い影響を及ぼし合うような仕組みを確立し、両者の補完性を高めていく」必要があると提案している。補完性が高ければ、「すでに高齢者がいるから若者の採用を控えよう」ではなく、「高齢者がいるからこそ、若者を採用しよう」という状況が生じやすくなると主張している。
 
若年者は高年齢者に比べて体力を要する仕事やパソコンを用いた仕事、そして新しい仕事に優れていることに比べて、高年齢者は豊かな経験や人脈、要領の面で若年者を上回っているので、若年者と高齢者の長所を生かしてお互いを補完する形で雇用が提供されると、高年齢者により若年者の雇用機会が奪われる「置換え効果」の問題が少しは解消されることが期待される。高年齢者と若年者が共に活躍できるように、企業は業務の「補完性」を高めるための施策を講じることが望ましい7
 
6 太田聰一(2019)「高齢者と若年者の雇用の代替関係について」『季刊個人金融』2019秋、pp67-76.
7 本稿は「定年延長等、高年齢者の雇用拡大政策が新卒採用に与える影響」『福利厚生情報』2020年第4号(通巻第197号)を加筆・修正したものである。

(2020年09月14日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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