コラム
2020年05月11日

日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること── (4)軽症者の隔離・管理対策:「生活治療センター」

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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今回は韓国の新型コロナウイルス対策のうち、無症状や軽症の感染者対策の一環として設立された「生活治療センター」について紹介したい。
 
韓国の南部・大邱市では2月下旬から、新興宗教団体「新天地イエス教」の信者を中心に新型コロナウイルスの感染者が急増した。2月18日まで31人であった感染者数は、2月24日には833人まで増加したため病床が足りず、韓国政府は軽症者を自宅で待機させる措置を取った。しかしながら、自宅待機途中に病状が悪化し、死亡するケースが発生し、さらに家族への二次感染が懸念された。このまま放置すると死亡者や感染者が増え、最悪の場合には医療崩壊まで繋がる恐れがあった。そこで、韓国政府は、軽症者が病床を占め重症者が入院できないことを防ぎ、自宅隔離中の死亡や家族への感染など自宅隔離の限界を乗り越えるために、軽症者を一つの施設に集めて隔離・管理する選択をした。それが「生活治療センター」である。
 
「生活治療センター」の稼働には、韓国より先に感染が広がった中国のデータが参考になった。中国の武漢を中心とする感染者データから、新型コロナウイルスの感染者の81%は軽症であり、重症と重篤はそれぞれ14%と5%程度であることが分かったのだ。韓国政府は、患者の治療に専念できる医療従事者が制限されていることを考慮すると、すべての感染者を入院させ治療するよりは、軽症者は管理が可能な施設に隔離して管理し、入院治療が必要な重症者へ優先的に病床を割り当て、集中的に治療することが効果的で医療崩壊を防ぐ方法であることを悟った。
 
韓国政府は3月3日にクラスタが発生した大邱市に位置する「中央教育研究院」を初めての「生活治療センター」(センター名は「大邱1」)として稼働した。感染者が軽症か重症かの判断は医療従事者で構成された「市・都別患者管理班(重症度分類チーム)」が担当した。
「生活治療センター:大邱1」の定員は160人で、慶北大学の医師や看護師等17人の医療従事者(医師4人、看護師7人、看護助手6人)が配属された。医療従事者は、24時間常住しながら患者の診療や検体採収、電話相談や患者の健康状態のモニタリングを行った。
軽症者は「生活治療センター」で隔離、重症者は「病院」で治療
「生活治療センター:大邱1」には医療従事者以外にも、保健福祉部や行政安全部、大邱市から公務員が派遣され、患者の入院・退院などの行政業務を担当した。また、国防部から派遣された軍人は防疫作業や食事の配食、物品の運搬等の業務を、警察は警備の業務等を担当した。このように業務を分担することにより医療従事者の負担を少しでも軽くすることが可能であった。
 
「生活治療センター:大邱1」が稼働すると、医療従事者のために防護服(レベルD)セット1000個、ラテックスグラブ2,100個、N95マスク3,000個などが、そして自己管理衛生キット220個、検体採取キット320個などが政府から優先的に支給された。
 
一方、「生活治療センター」に入所した患者には体温計と必需医薬品などが含まれた個人衛生キットや個人救護キット(下着、洗面道具、マスクなど)が入所時に配給され、毎日3回の食事や間食が無償で提供された。患者は毎日2回自ら体温を測り、スマートフォンに事前にインストールした健康管理アプリケーションに入力した後問診票と共に転送する(一部の「生活治療センター」では手書き)。また、ブルートゥース血圧計で血圧を測ると心拍数と血圧の数値が自動的に「生活治療センター」の中央状況室に転送される。医療従事者は中央状況室に設置されている大型モニター等で患者から送られた体温などの情報を確認し、赤いランプが点灯・点滅した場合には該当する患者に電話をし状態を確認する。
「生活治療センター」の中央状況室に設置されている患者モニタリング画面の例
患者の診療は基本的に電話で行われるものの、患者の症状が悪化した場合や検体を採収する時には医療従事者が患者の個室を訪ねる。「生活治療センター」は、感染防止のために患者の個室がある病棟と医療従事者や他のスタッフが生活するクリーンゾーンを分離している。医療従事者が患者のいる病棟に入る時には、レベルDの防護服に着替え、検体を取るか診療を行う。そして、診療の結果、症状が悪化し病院での入院治療が必要だと判断すると、患者を病院に移動させる。一方、病院で入院治療を受けていた重症患者の症状が良くなると、治療担当医師や患者管理班の判断により「生活治療センター」に移動される。
 
3月3日に大邱市の「中央教育研究院」が稼働してから、政府の要請を受けたサムスン、LG、現代自動車、大邱銀行、企業銀行などの企業が次々と自らの研修院等を「生活治療センター」として無償で提供した。その結果、3月15日には全国で16カ所の「生活治療センター」が稼働し、入所した2,633人の患者が隔離・管理されることになった。その後、感染者が減少したことにより「生活治療センター」への入所者が減ったので、韓国政府は4月30日に海外からの入国者のために新しく設置したソウル付近の2カ所の「生活治療センター」を除いて、既存の16カ所の「生活治療センター」を全て閉鎖すると発表した。
中央事故収拾本部指定「生活治療センター」運営現況
日本でも現在一部のホテル等を中心に軽症者を隔離・管理する場所が提供されている。日韓において軽症者を隔離・管理する施設の大きな違いは、日本の施設はホテルを中心に提供されていることに比べて、韓国の施設は国や企業の研修院等を中心に運営されたことである。また、日本では一部のホテルが有償で国や自治体に客室を提供していることに比べて、韓国の施設は全ての施設を無償で提供していることも日本との違いだと言える。
 
では、なぜ韓国政府はホテルではなく、国や民間の研修院を軽症者隔離施設として利用しただろうか。その理由として韓国の場合、大邱という特定地域を中心に急激に感染が広がったことが挙げられる。つまり、感染者が一部の地域を中心に急増したので、ホテルと調整をする時間的な余裕がなく、すぐ利用できる国の施設を利用した可能性が高い。また、大邱・慶北地域の近くにある企業の研修院が続々と「生活治療センター」として提供されたのは、日本に比べて高い行政の強制力が影響を与えたのかも知れない。
生活治療センターの庭で患者のために演奏をしている学生ら
では、韓国の「生活治療センター」から日本が参考にできるものは何があるだろうか?まずは、政策決定から施設運営までのスピードの速さである。韓国の中央災難安全対策本部は3月1日に「生活治療センター」の運営を発表し、3月3日にはじめての「生活治療センター」である「大邱1(場所:中央教育研究院)」を稼働し始めた。そして、2週間も経たないうちに16カ所の「生活治療センター」が完全に稼働した。新しく建物を立てず、研修所等既存の施設を活用したのが有効であった(もちろん、病院として建てられた建物ではないので、陰圧設備や換気設備が十分ではなく、患者を管理するには適切ではないなどの問題点も指摘された)。二番目は役割分担を徹底的に行ったことである。検体の採収や問診票のチェック、診療などは医療従事者が担当する代わりに、行政、防疫、食事の配食等は医療従事者以外の公務員や軍人、警察などが担当し、医療従事者の負担を減らした。三番目は健康管理アプリケーション等を利用し、患者を中央状況室でモニタリングすることによって少ない医療従事者で多くの患者を管理することができたこと、そして医療従事者の感染を防ぐことができたことである。最後に「生活治療センター」の最も大きな効果は、軽症者を管理が可能な施設に隔離・管理し、治療が必要な重症者に優先的に病床を割り当てることで医療崩壊を防いだ点であるだろう。
 
日本政府は4月2日に「新型コロナウイルス感染症の軽症者等の宿泊療養マニュアル」を都道府県、保健所設置市、特別区の衛生主管部(局)に送付しており、軽症者に対する隔離・管理作業を本格化した。また、複数のホテルが客室を提供しており、客室数としてはすでに韓国の「生活治療センター」の客室数を上回っている。今後は実際の運営において医療従事者等に感染が広がらないように、そして限られた医療従事者の負担を最小化し医療崩壊が起きないように万全を期すことが大事である。
 
韓国が行った対策が必ずしも最高の対策とは言えない。但し、韓国の対策をベンチマーキングし、日本が足りないと思う部分を補えば、時間的・経済的損失を最小化しながら、より多くの人命を救うことが可能ではあるだろう。今、日本の政治家や行政が何より優先的にすべきことは、国民の命を救うことであることを忘れてはならない。今こそが日韓関係を改善させる絶好のチャンスである1
 
1 本稿は、金 明中(2020)「日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること──(4)軽症者の隔離・管理対策:「生活治療センター」」ニューズウィーク日本版 2020 年 5 月11 日 に掲載されたものを加筆・修正したものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/05/4.php
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2020年05月11日「研究員の眼」)

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