コラム
2020年04月07日

日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること──(1)検査体制

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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新型コロナウイルス対策としてテレワークに関する関心が高まる

新型コロナウイルスの感染が欧米諸国を中心に世界に広がっている。日本でも感染者数が増加し、新型コロナウイルスへの感染有無を判断するPCR検査を拡大すべきだという議論も増えている。それに対して、日本全体での医療の対応能力を考慮しながら検査の拡大を実施すべきだという慎重論を主張する人も少なくない。そういった背景もあり、実際に、1日あたりの検査件数は政府が発表した1日の検査能力7,000件を大きく下回っている現状だ。しかし、後でも述べるように、WHOも含めて世界の主流は検査重視である。
 
韓国では4月1日0時時点で、累計約42万人以上が検査を受けた。これは、日本の累計被検査者数の約13倍に当たる数値である。一時は中国に続いて世界で2番目に多かった韓国の1日あたりの新規感染者数は、2月29日の909人をピークに減少し始め、現在は1日100人前後まで減少している。そんな韓国から日本は何を学ぶべきなのか? 韓国の検査体制をみてみよう。

検査は感染抑止のカギ

韓国政府は、1月19日に初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されて以降、感染の早期発見や早い段階での医療措置の実施、そして感染拡大を防止する目的で、迅速かつ広範囲な検査を実施している。検査数は3月6日に1万8199件でピークになって以降少し減少したものの、現在も1日約1万6千件の検査が行われている。韓国の検査体制は、現在感染爆発を起こしているアメリカのニューヨーク州などの目標にもなっている。
 
韓国政府が迅速かつ広範囲に検査を実施している背景には2015年5月に中東呼吸器症候群(MERS:マーズ、以下:マーズ)の感染拡大を許してしまった苦い経験がある。当時、韓国では186人が感染し、そのうち38人が亡くなった。マーズに対する韓国政府の対応の遅れは2014年4月に多くの若者が犠牲になったセウォル号沈没事故に対するお粗末な対応と共に韓国政府の危機管理能力に対する国民の不信感を高め、朴槿恵前大統領の弾劾や政権交代の一因にもなった。
 
朴槿恵政権や与党に対する不満が爆発した機会に政権交代に成功した文在寅政権としては、前政権の失敗を繰り返さないために、また、早期対策を要求する国民の声を受け入れ、政権の長期化を維持するために、より積極的な検査を実施せざるを得なかっただろう。
 
また、マーズの対策に失敗した朴槿恵政権が2016年から「感染病検査緊急導入制度」を施行し、政府の疾病管理本部が認めた民間セクターでマーズのような感染症の検査ができるように許可してあったことも、今回韓国政府が新型コロナウイルスに対する検査を迅速で広範囲に実施できた背景の一つである。

徹底した院内感染対策

このような背景もあり、韓国では2020年3月31日現在全国341カ所の「国民安心病院」や612カ所の「選別診療所」などで新型コロナウイルスに対する検査や診療が行われている。国民安心病院とは、院内感染を防ぐために、呼吸器疾患を抱えている患者を病院の訪問から入院まですべての過程において、他の患者と分離して診療する病院である。韓国政府は、発熱、咳、呼吸困難などの症状があるものの疫学的関連性(海外、大邱・慶尚北道地域への訪問、感染者との接触)がない場合には「国民安心病院」を、疫学的関連性がある場合には「選別診療所」を訪ねて診療を受けることを奨励している。
 
韓国では国民安心病院と選別診療所での検査以外に、「ドライブスルー検査」や「ウォーキングスルー検査」も実施されている。「ドライブスルー検査」が屋外に設置されている検査施設を訪ねて、車に乗ったまま検査を受ける検査方法であることに対して、「ウォーキングスルー検査」は、一人ずつ歩いて公衆電話ボックスの形をした透明の検査ブースに入り、待機している医師が外側から検体を採取する検査方式である。ブース内にはウイルスが外部に漏れないように内部の圧力を外部より低くする陰圧装置が設けられている。検査時間は約3分でドライブスルー検査の10分より早いそうだ。「ウォーキングスルー検査」は、医師と被験者の飛沫感染リスクが低いこと、車のない患者や高齢者でも安全に検査が受けられること、検査が早く済むことなどのメリットがあると言われている。同検査方式は、3月16日にソウル市の病院で初めて導入されてから少しずつ全国に普及し、さらに、3月26日からは仁川国際空港で開放型の「ウォーキングスルー検査」が実施されている。

規則を守らない帰国者には罰金

韓国政府が空港で「ウォーキングスルー検査」を実施することになったのは、ヨーロッパなど海外からの帰国者の感染者数が急増したからである。韓国政府は3月22日からヨーロッパからの入国者全員に対して全数検査を実施したものの、入国者が予想を上回り、検査人員が足りなくなり、検査が遅れるケースが発生したため、計画を全面的に見直し、症状がある場合は空港で、症状がない場合は帰宅してから3日以内に検査を受けるように変更した。
 
さらに、4月1日からは海外からのすべての入国者を14日間隔離するように防疫管理を強化した。この措置により、海外からの入国者は、症状がある場合は空港で検査を受け、症状がない場合には韓国政府や地方自治体が用意した「臨時施設」に移動し検査を受けなければならない。検査の結果が出るまでの1~2日間は施設に隔離され、結果が陽性である場合は、病院に運ばれ、入院・治療を受けることになる。一方、陰性と判断された者に対しては帰宅してから14日間、自己隔離装置が義務付けられる。海外からの入国者が規則を守らなかった場合には1年以下の懲役、または1,000万ウォン以下の罰金が科せられる。検査費用や治療費は韓国政府が負担するものの、隔離施設の利用は自己負担になる。 以上が新型コロナウイルスに対する韓国の検査体系の概要である。

「検査は多いほどいい」?

最近、日本政府は日本国内に感染者が増加すると、米中韓の全土やヨーロッパのほぼ全域など、新たに49の国と地域からの外国人の入国を拒否する方針を明らかにするなど水際対策を強化している。さらに、日本政府は海外からの全ての入国者に対して2週間の待機を要請することを検討している。海外からの水際対策は強化しているものの、日本国内の1億2700万人の検査に対する議論は大きく進展していない。日本政府や感染症の専門家が検査体制を拡充することに反対する主な理由は1)PCR検査の精度が高くない、2)検査を拡大した場合、検査を受けるために人が集まり、集団感染が起こる恐れがある、3)検査を拡大し、患者が増えると医療崩壊が発生する危険があるなどである。

すべてが一理ある意見であるものの、最近、世界各国が実施している検査体制は日本とは少し異なるので気になる。累積感染者が100人を超えるまで1日の検査数が500件程度に過ぎなかったアメリカは、感染者が増加すると検査数を大幅に増やし、累計検査件数はすでに100万件を超えている。アメリカの感染者数は、最初に感染者が確認された1月21日から感染者が98人になった3月3日までには徐々に増加していたものの、その後は爆発的に増加し、4月1日時点での感染者数は21万5千人を超えている。アメリカの医療システムが日本とは異なるので直接比較することはできないものの、初期時点での検査が消極的だったことが事態を大きくした原因の一つである可能性は少なくないだろう。
 
軽症者に対する検査を重視してきたドイツも検査の拡大に注力しており、現在では1週間に約50万件の検査が行われている。イギリス政府も1日に2万5千件の検査ができるように検査体制を強化するなど、ヨーロッパ全体で検査を拡大している傾向が強い。
 
長い間アメリカのCDCの顧問を担当したヴァンダービルト大学の感染症専門家ウィリアム・シャフナー教授は、3月5日の香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストとのインタビューで「韓国は新型コロナウイルス研究の立派な実験の場である。検査を多くするほど致死率が正確になり、全体図が完成できる」と韓国の検査体制を評価した。また、CNNとのインタビューで「無症状、軽症の感染は新型コロナウイルス拡散の主な要因であり、地域社会内の感染の主な要因になるだろう」(3月15日韓国連合ニュース引用)と話した。

WHOも日本の遅れを指摘

世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長は、3月16日の記者会見で「すべての国に訴えたい。検査、検査、検査だ。疑わしい例すべてに対応してだ」と検査の重要性を強調した。日本経済新聞は4月2日の朝刊1面で、日本の100万人あたりの検査数はドイツの17分の1水準に過ぎないことなど、新型コロナウイルス検査で日本が世界の後れを取っていることを報道した。世界保健機構(WHO)の事務局長上級顧問である渋谷健司・英キングス・カレッジ・ロンドン教授は、「全数調査は意味がないものの、疑わしい場合には迅速に検査できる体制を拡充すべきだ」と検査の重要性を主張した。
 
最近発表された日本の感染者は、感染経路が分からない人や30歳以下の若い人が多い。このままだと感染が確認できていない人が何も意識せずに歩き回ることにより、高齢者や持病を持っている人などに感染が広がる恐れがある。2018年における日本の高齢化率は28.1%で、多くの感染者や死亡者が出ているイタリアの23.3%やフランスの20.1%、そしてアメリカの15.8%をはるかに上回っていることを忘れてはならない。ヴァンダービルト大学のウィリアム・シャフナー教授は、「日本は大規模な高齢者の生活施設のようなものだ。だから、私が厚生相であれば、もっと幅広く検査し、さらに検査を広めたい気持ちになるだろう」(東洋経済オンライン2020年3月3日The New York Times「2020年3月3日」から引用)と検査の重要性を強調した。
 
このような状況も鑑みて、1日も早く検査を拡大し、高齢者などに感染が広がらないように韓国など諸外国の取組みを積極的に参考にしながら検査体制を強化することを望む1
 
1 本稿は、金 明中(2020)「日本が韓国の新型コロナウイルス対策から学べること──(1)検査体制」ニューズウィーク日本版 2020 年 4 月2 日 を転載したものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/04/1.php

(2020年04月07日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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