2020年03月09日

Z世代の情報処理と消費行動(6)-「ウチら」と「わたし」

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――「ウチら」て誰のこと?

“kemio”という名前を聞いたことがあるだろうか。彼は現代のティーンに影響力を持つ、いわゆる“インフルエンサー”の一人である。若者の代弁者として、彼の一挙一動が注目されており、昨年には『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』1というタイトルの書籍を出版した。ここでいう「ウチら」とは誰のことを意味するのか。具体的な意味は書かれてはいなかったが「自身の存在は自分の周りの人間関係によって成立するため、自分は他人によって成立する。他人あっての自分であるため、自分のことを“ウチら”と呼んでいる」と筆者は読み解いた。これは、Z世代の特徴である「協調したい」という価値観や「私たちに合っているか」2という指向の側面を強く垣間見ることができる。本レポートではこの「ウチら」という言葉の意味について検討し、「ウチら」という複数の人数によって成立する主格と「わたし」という個人によって成立する主格の違いを比較する。
 
1 kemio(2019)『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』KADOKAWA
2 廣瀨涼(2020a)「Z世代の情報処理と消費行動(1)-Z世代が歩んできた時代」『基礎研レター(2020/01/29)』https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63536?site=nli
 

2――2つのウチら

2――2つのウチら

筆者は、過去に行ったアパレル店舗での若者の消費行動の観察を通して、若者は「ウチら」という言葉を2つの文脈で使用していることを確認した。まず従来のウチらという意味合いでの使われ方である。もともとウチらとは、京ことばで代名詞の「うち」に接尾語である「ら」が組み合わさった「私たち」という意味の語である。若者の中では、クラスメートやチームメイトなどの共同体を指す言葉として使われ、一緒に何かをしたり、物理的な繋がりを指す内輪を表している。特徴としてはウチ(自分)という言葉が入っていながら、決して自分がそのコミュニティの中心にいるというわけではないということである。例えば「ウチらのチーム」という言葉は、自分が所属しているチームという集合体を指し、所有格を表しているわけではないため、自分がチームのリーダーをしていたり、チームのオーナーであるということを意味しているわけではない。

次に現代のウチらは、特定クラスタ(仲間や〇〇が好きな人たちという意味でオタクと同義で使われている。)の一員としての自分個人を指す。前回のレポートで述べた通り、クラスタメンバーはブランド、色、雰囲気などの「世界観」を共有することでアイデンティティを相互で補完し合う傾向がある3。これは言い換えると、世界観が共有されることで、クラスタそのもののアイデンティティが消費者(クラスタメンバー)によって形成されていくことを意味する。
図1 オタクのクラスタ内で世界観が共有されるまでの過程
例を挙げるとジャニーズオタクのクラスタで用いられる「お洒落さん」というハッシュタグでは、その共通の世界観として“消えちゃいそうな色”と呼ばれるベージュやホワイトが好まれて消費されている4。もともとこれは、クラスタ内の一部の消費者によって生み出された文化(他のカテゴリーから流入された文化)であった。しかし他のクラスタメンバーがその色を「お洒落なジャニーズオタク」にとっての共通の世界観として認知し、消費した結果、クラスタそのもののアイデンティティ(文化)になったといえる。“消えちゃいそうな色”という要素がコミュニティにとってのアイデンティティ(世界観)として確立されると、クラスタメンバーにとってその要素は自身を形成するアイデンティティとしてみなされるのである。このことからクラスタ内の世界観は、クラスタメンバーの消費によって成立し、成立した世界観を各々が消費することで自身のアイデンティティの形成に繋がるのである(図1)。言い換えると、自身のアイデンティティは、他のクラスタメンバーによって成立するのである。一方で、自身が要素を消費することがクラスタの世界観形成維持に繋がるため、自分の存在が他のオタクのアイデンティティを補完しているともいえる。

この関係性から、オタクとしての自分自身を指す時や、他のオタクの意見やクラスタ内の傾向を顧みて自身の意見を発信する際に、自身の存在の後ろ盾である他のオタクの存在を意識して「ウチら」という言葉が使われていると筆者は推測した(図2)。例えば「ウチらはライブのときにアーティストが気づいてくれるように濃いメイクをする。」という若者の発言をみると、すべてのジャニーズオタクが濃いメイクをしているわけではないのにもかかわらず、ウチらという集合を表す言葉が使われている。ここでいうウチらは、濃いメイクをしている一部のオタクを指している。また文脈から自分自身も濃いメイクをしているということが分かり、このウチらという言葉の前提は自分が主体であるということにある。
図2 若者のオタクというアイデンティティを成立させる
以上を整理すると表1のようになる。従来のウチらは、コミュニティ全体としての集合群で、決して自分が中心というわけではなかった。一方で現代のウチらは、趣味などで繋がり合うアイデンティティを補完し合う存在である。行動の主体は自分自身であるため、ウチらという発言の視点は自分自身なのである。
表1 従来の「ウチら」と現代の「ウチら」の違い
 
3 廣瀨涼(2020c)「Z世代の情報処理と消費行動(4)-若者マーケティングに対する試論(2)」『基礎研レター(2020/01/29)』
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63734?site=nli
4 廣瀨涼(2020b)「Z世代の情報処理と消費行動(3)-若者マーケティングに対する試論(21)」『基礎研レター(2020/02/12)』https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63634?site=nli 
 

3――では「わたし」とは誰のことか

3――では「わたし」とは誰のことか

クラスタ(オタクのコミュニティ)内は、消費者自体が世界観(ハッシュタグ)を顧みて、世界観に沿った消費を行うためクラスタメンバー同士の消費行動が画一化していく傾向がある。一方、前回のレポートで述べたように、若者は自身が所属するコミュニティや趣味仲間ごとに他人に見せる顔を使い分けている。その顔の一つ一つが自身のアイデンティティであり、一人の若者は様々な世界観(ハッシュタグ)で構成されていると考えることができる(図3)。そのため、一人の個人は、様々な側面(クラスタ)から構成される複雑なものとなっている。筆者は「わたし」とはこれらクラスタや現実社会を含めた様々な側面から構成される自分自身を再帰的に見ている状態を指すと考えている。
図3 一人の若者は様々なハッシュタグから構成される
図4は、「わたし」を構成する要素を簡略化したものである。
図4簡略化した個人の構成要素
自分(個人)は、趣味や興味に基づくクラスタに身を置いており、それがアイデンティティとなる。また、学校や部活など実社会におけるコミュニティにも所属しており、クラスタ、コミュニティそれぞれの場で異なるアイデンティティ(顔)を持っている。そういったアイデンティティの集合体が個人であり、それらを客観的に見た時の自分自身を「わたし」と呼んでいると考えられる。わたし=自我と考えられるかもしれない。
 

4――まとめ

4――まとめ

ここまでを整理すると、若者の間で使われている「ウチら」と「わたし」には、以下のような性質があると筆者は考える(表2)。
表2 ウチら と わたし
「従来のウチら」は自身が所属するコミュニティそのものを指し、個人とは乖離した主格を持つ集合体のことである。自分がその集合体の中心人物であるということや、そのコミュニティを保有しているという意味合いは持っていない。一方で「現代のウチら」は繋がり合う者同士がアイデンティティを補完し合うため、自身の存在は他人の存在によって成立するという相互作用によって成り立っている。そのため、自分を自身のアイデンティティの後ろ盾である他人を含めてウチらという複数形で表現している。しかし「従来のウチら」とは異なり、主体はあくまでも自分自身である。

「わたし」は、このようなクラスタやコミュニティといった他人との繋がりによって個人が有するアイデンティティの集合体を自身で客観視している際の個人のことを指していると、筆者は考える。

この「ウチら」と「わたし」という関係性を踏まえて、次回はこの「ウチら」という言葉の側面から若者の消費文化について考える。
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廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2020年03月09日「基礎研レター」)

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