2019年11月18日

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3|自動運転の社会実装におけるAIのフレーム問題への対処
(1) 狭いODD(限定領域)での実用化の先行
それでは、自動運転の開発・社会実装において、フレーム問題にどう対処すべきだろうか。自動運転の場合も、前述したように、ルールが明確で想定外の事象が起こりにくいようデザインされた、閉じた環境での実用化を先行させることが定石である、と言えよう。すなわち、いわゆる「運行設計領域」(ODD : Operational Design Domain、「限定領域」とも言う)の限られた時空間での実用化をまずは先行させることが求められる。

ODDとは、「自動運転システムが正常に作動する前提となる設計上の走行環境に係る特有の条件」のことを言い、それに含まれる走行環境条件としては、例えば、道路条件(高速道路、一般道、車線数、車線の有無、自動運転車の専用道路等)、地理条件(都市部、山間部、ジオフェンスの設定等)、環境条件(天候、夜間制限等)、その他の条件(速度制限、信号情報等のインフラ協調の要否、特定された経路のみに限定すること、保安要員の乗車要否等)、が挙げられる13。すべての運転タスクをシステムが担う完全自動運転であれば、条件付きであるためレベル4に相当する。

日本政府は、国の実施する公道実証プロジェクトの推進において、自動走行実現に向けた基本的なアプローチとして、「社会課題の解決に向けたニーズの高い場所で、適切に安全を確保しながら、社会受容性を高め、簡単なシーン(専用空間、地方)から複雑なシーン(一般道路、都市部)へ活用を拡大」14していくことを想定している。さらに、この走行環境の複雑性の軸(図表2の縦軸)に、低速・中速・高速(高性能)で表した車両性能の軸(図表2の横軸)を加えた2軸でプロジェクトの難易度を示し、イメージとしては、Step1 が「閉鎖空間で低速走行」、Step2が「(他の交通参加者との)混在交通下で地方にて中速走行」、Step3が「混在交通下で都市部にて高速走行」を表し、Stepが上がるごとに難易度が高まり、実証事業のレベルアップが図られることを想定している。

この難易度は、フレーム問題の影響度合いと連動していると考えれば、フレーム問題の影響が相対的に小さい、専用(閉鎖)空間・低速運転・地方などの要素を満たす限定した走行環境での実証・実用化を先行させることは、フレーム問題の観点からも理にかなっている、と言えよう。
図表2 国の実施する自動運転公道実証プロジェクトの方向性
 
13 国土交通省自動車局「自動運転車の安全技術ガイドライン」2018年9月より引用。
14 経済産業省製造産業局「自動運転を巡る経済産業省の取組」2018年2月16日より引用。

(2) 狭いODD(限定領域)の具体例
<過疎地などの地方エリアでの低速走行>
最も単純(簡単)な狭いODDの具体例としては、過疎地などの他の交通参加者との接点の少ない地方エリアでの低速走行が挙げられる。このようなODDにおいて、ドアツードア方式など柔軟な運行を行うデマンド型交通サービス(乗合タクシー・バスなど)や、公共交通・拠点施設と自宅を結ぶラストマイル移動を担う小型パーソナルモビリティ(電動カートや超小型EVなど)など、新たなモビリティサービスや移動体に自動運転技術を導入すれば、公共交通の維持が難しい過疎地など地方在住の高齢者などが直面する移動弱者問題という、深刻な社会課題の解決につながり得る、とみられる。

政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部、本部長・安倍晋三首相)が毎年発表する「官民ITS構想・ロードマップ」の最新の2019年版においても、2020年に過疎地などの限定地域において、いち早くレベル4の無人自動運転移動サービスの提供を実現し、2025年を目途に限定地域での同サービスの全国普及を目指すことが、謳われている(図表3)。

<高速道路での走行>
上記よりODDは広がるものの比較的狭いODDとして、歩行者や自転車がいない高速道路での走行が挙げられる。前出の「官民ITS構想・ロードマップ2019」で政府は、高速道路での自家用車の自動走行について、2020年目途に緊急時にのみ人間が操作するレベル3のシステムの市場化、2025年目途にレベル4の完全自動運転システムの市場化を、目指すべき努力目標として設定した(図表3)。
図表3 2025年完全自動運転を見据えた市場化・サービス実現のシナリオ
<都市部・市街地の一般道の優先・専用レーンでの走行>
都市部や中心市街地の一般道は、前述の通り、最も複雑な道路・走行環境ではあるが、ここに自動運転車の優先レーンさらには専用レーンを設ければ、他の交通参加者との接点を減らすことができ、専用空間に近い比較的狭いODDを設定することができるだろう。このような空間では、自家用車の自動走行だけでなく、低速走行のレベル4相当の自動運転バスや自動運転タクシーなどを活用した、新たな都市のモビリティサービスを展開することも考え得るだろう。

<先進的スマートシティでの先行的な社会実装>
人口減少・少子高齢化、環境・エネルギー、防災減災・インフラ、交通・モビリティ・物流、流通小売・電子決済、健康・医療・福祉、教育、情報セキュリティ、地域・都市の再生・活性化など、複合化した多様な社会課題を解決するために地域・都市に新たに構築される、先進的な「分野横断型スマートシティ」15では、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI、ロボット、自動運転など最先端テクノロジーの社会実装が極めて重要なポイントとなる16。その際に、建物やインフラなど地域・都市のあらゆる構成要素・機能に各種センサーや高精細カメラなどのIoTデバイスが搭載され、街全体が通信ネットワークでつながる「コネクテッドシティ(つながる街)」へと進化していくことが欠かせない。

地域・都市というフィジカル空間(実世界)で生み出されるビッグデータを、個人情報保護に十分に留意しつつ、サイバー空間(仮想空間)でAIにより解析し、地域・都市で活動する産学官の多様な主体が、この解析結果を地域・都市のあらゆる構成要素・機能・サービスの管理・運営の効率化・高度化に活かすことができれば、地域・都市全体の最適化が図られ、多様な社会課題は解決に向かうだろう。

最先端テクノロジーを活用して社会課題を解決する、第4 次産業革命やSociety5.0の本質は、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合・連動するCPS(Cyber Physical Systems)にあるが、先進的なスマートシティは、「CPSを先行的に街まるごとで応用・実践できる絶好のフィールド」である、と言えよう。また、自動運転自体の構造もCPSそのものであり、スマートシティの重要なパーツの1つとなる。このため、従来はサイバー空間でのビジネスをメインとしてきた巨大デジタル・プラットフォーマーが、自動運転技術の開発とともに、フィジカル空間での街づくりにも積極的に乗り出してくることがあっても、まったく不思議ではない。

このように、「最先端テクノロジーの実装により多様な社会課題を解決するコネクテッドシティ」である先進的なスマートシティは、街全体が閉じたODDと捉えることもでき、コネクテッドカー(インターネットでつながる車)の要素も併せ持つ自動運転車の社会実装との親和性は、非常に高い。とりわけ先端テクノロジーのスピーディな社会実装を進めやすい、グリーンフィールド(新規開発)型のスマートシティは、最先端の自動運転技術の「先行的な実装フィールド」である、と考えられる。このため、世界の先進的なスマートシティの開発では、自動運転技術の実装は、交通事故・交通渋滞、高齢者などの移動弱者問題、トラック・タクシー・バスのドライバー不足、気候変動問題など、現代のモビリティ社会が抱える課題の解決に資する、次世代の先進モビリティとして、必要不可欠な重要な構成要素となってきている。レベル4の自動運転車を活用した、ライドシェア、カーシェア、ラストワンマイルサービスなどの新しいモビリティサービス事業の育成、さらにはクルマ以外の多様な交通モードも組み合わせたMaaSの推進・展開へとつなげることが想定されている、とみられる。

例えば、米アルファベット(グーグルを傘下に持つ持株会社)は、子会社ウェイモを通じて自動運転技術の研究開発で先行する一方、カナダ・トロント市のウオーターフロント地域でカナダ政府やトロント市が推進するスマートシティ開発プロジェクトに子会社サイドウォーク・ラボを通じて参画している。ウオーターフロント地域全体の敷地面積は約325万㎡だが、そのうち4.9万m2のキーサイド地区から開発をスタートさせ、多様な社会課題を解決するスマートシティを建設する17。「IDEA」と名付けられた対象エリアでは、持続可能な都市を目指し、先端技術とデータを駆使して、自動運転など新たな移動手段、モジュール化した木造建築、ゴミの自動収集などに取り組む。アルファベットは、巨大デジタル・プラットフォーマーが自動運転と街づくりの両方の領域への新規参入を試みる、代表的な先進事例だ。

また、中国・河北省雄安新区では、2017年から国家主導による大型都市開発が進行中だ。雄安新区は、深セン経済特区や上海浦東新区に続く、壮大な国家プロジェクトであり、習近平国家主席肝煎りの「千年の大計」と位置付けられている。全体の対象エリアは1,770 km²と広大だ。典型的なグリーンフィールド型のプロジェクトであり、これから建設が本格化するが、一部竣工済みの地区で、AIやロボットを導入し、自動運転バスや無人スーパーの実証実験が始まっている。中国の3大IT企業BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、いち早く雄安に拠点を設けて集結している。この中で自動運転の社会実装は、バイドゥがけん引する。
 
15 日本政府が推進する複数の規制改革を一体的に進める総合的な「まるごと未来都市」、いわゆる「スーパーシティ」構想とほぼ同様の考え方であると思われる。
16 先進的スマートシティの構築における最先端テクノロジー実装の重要性については、拙稿「エコノミストリポート/カナダ、中国でスマートシティー グーグル系も街づくりに本格参入 データ連携基盤の構築がカギ」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2019年10月29日号、同「地域活性化に向けた不動産の利活用─国土交通省『企業による不動産の利活用ハンドブック』へ寄稿」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年7月11日、同「寄稿 ハンドブック発刊によせて/地域活性化に向けた不動産の利活用」国土交通省土地・建設産業局『企業による不動産の利活用ハンドブック』2019年5月24日を参照されたい。
17 プライバシー保護やデータ管理に対する懸念が市民や関係者から示されており、現時点で未着工である。
4狭いODD(限定領域)での完全自動運転へシフトする米国の主要企業
自動運転では、フレーム問題を回避するために、狭い(閉じた)ODDを設定し、そこでの社会実装を先行させるべきである、と筆者は述べてきたが、自動運転車の開発を手掛ける自動車メーカーやIT企業の経営幹部からも、最近、同様の趣旨の発言が相次いでいる。

例えば、米フォード・モーターのCEOであるジム・ハケット氏は、「業界が『自律走行車の実現を買いかぶりすぎていた』と、デトロイト経済界の会合で2019年4月9日(米国時間)に語っている。フォードは2021年までに無人運転車両を開発する目標を変えていないが、『その展開はジオフェンス(仮想境界線)の内側の非常に限られたものになる。なぜなら非常に複雑な問題をはらんでいるからです』と認めたのだ」18という。

また、ウェイモCEOのジョン・クラフチック氏は、「昨年11月に『自律走行の技術には必ず何らかの制約が伴う』と語り、本当にどこへでも行ける自律走行車は実現しないかもしれないと示唆した。ウェイモはフェニックス郊外で限定的な自動運転サービス19を提供しているが、安全のために必ず人間のオペレーターを運転席に座らせている」20という。

さらに、米ウーバーテクノロジーズの自動運転を統括するチーフサイエンティストのラケル・ウルタスン氏は、「自律走行車が実現する時期について、ロイターのインタヴューに次のように語っている。『それは究極の難問です。わたしが最初に学んだのは、時期については約束しない、ということなんですよ』」21と述べたという。「いまでは自律走行車がいつ実現するかではなく、どこで実現するかが関心事なのだ。現時点での自動運転技術は、特定の条件下でのみ機能するように開発されている」22という。また、ウルタスン氏は、「自動運転はまずごく一部の地域で始め、そこから各地へと広げていきます。その転換を可能な限りスムーズに進めるのが難しいのです」23とも語ったという。

これらの米国主要企業の経営幹部の一連の発言は、「レベル4の完全自動運転の社会実装では、狭いODDの設定が極めて重要であり、しかも狭いODDから広いODDへと実用化の範囲を移行・拡大していくことが難しいこと」を示唆している、と思われる。

前述の通り、ギル・プラット氏が「米国の街中を走るクルマの多くをレベル4以上の自動運転車が占めるには、数十年もの時間がかかる」との見解を示したのに続き、上記の自動運転に関わる有数の米国企業の経営幹部たちからも、「完全自動運転の実用化では、限定された領域から広い領域へスムーズに移行することが非常に難しい」との趣旨の発言が相次いだ。このため、「自律走行車の装備は、『運行設計領域(ODD)』を受け入れる方向に進んでいる。近いうちにエンジニアは、システムが対処できる特定のタスクに自動運転の技術を集中させるだろう」24との見方が出てきている。

このようにAIが最も得意とする狭いODDでの完全自動運転の実用化に、企業が経営資源を集中するのは、定石通りであり、フレーム問題というAIにとって極めて厄介な難問を回避しつつ、現在のAIの実力を勘案し、その強みを最大限に発揮させるための合理的な経営判断である、と言えよう。さらに、実走行試験などの開発コストは嵩むものの、完全自動運転システムが高精度に作動する狭いODDを国内や世界にいくつも作り出すことで横展開ができれば、一つ一つのODDが極めて限定的な範囲であっても、それらは社会的意義の高い事業活動である、と評価できよう。
 
18 WIRED 2019年4月11日「完全自動運転の到来は、まだ先になる? フォードCEOの発言に見る実現までの長い道のり」より引用。
19 ウェイモは、2018年12月に自動運転車を使った配車サービスを米アリゾナ州フェニックスで始めた、と発表した。
20 注18と同様。
21 注18と同様。
22 注18と同様。
23 注18と同様。
24 WIRED 2019年6月10日「自動運転は、いかに実現するのか:現状分析から見えた『6つの分野』での導入シナリオ」より引用。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

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【自動運転とAIのフレーム問題-AIの社会実装へのインプリケーション】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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