2018年08月15日

イノベーションの社会的重要性-人口減少下の「先進国型経済成長モデル」の提案

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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新技術・新事業の創出や業務プロセスの効率化・改革といった「イノベーション」が、社会にとって重要であることは論を待たない。本コラムでは、イノベーションの社会的重要性について、経済成長論および組織の社会的責任論の2つの視点から検討し、それを受けて、人口減少下にある我が国が、今後もイノベーションを通じて経済成長を図るためにはどう在るべきか、について考えてみたい。

今後の経済成長は質的な進歩と資本蓄積がクルマの両輪に

経済成長論(成長会計)によれば、経済成長率は労働投入、資本投入、全要素生産性(Total Factor Productivity:TFP)の3つの寄与度に分解できる。TFPは労働投入と資本投入の寄与度の残差として求められ、技術進歩や生産性向上などを反映するとされる。少子高齢化・人口減少の下で我が国が今後も経済成長を図るためには、TFP向上と資本蓄積の進展が不可欠であり、両者がクルマの両輪となるべきだ。イノベーションは、この両輪にとって重要な鍵になる、と考えられる。

例えば、TFPを向上させる要素の1つとして挙げられる研究開発投資により、新製品・新サービスが開発され(=「プロダクト・イノベーション」が創出され)、国内に事業化・量産化のための生産設備が構築される場合、TFPの向上とともに、設備投資を通じた資本の投入増がもたされるだろう。さらに、国民経済計算に関わる最新の国際基準(2008SNA)に基づき、2016年末から研究開発投資は無形固定資産として扱われることとなり(=「研究開発の資本化」)1、自動的に資本に算入されることとなったため、研究開発投資の増加は直接的にも資本投入増をもたらすこととなった。

一方、工場の老朽設備を廃棄し、エネルギー効率と生産性の高い最新鋭設備に更新したり、工場の自動化・スマート化につながる革新的な人工知能(AI)・IoT(モノのインターネット)・ロボットを生産ラインに導入したりすることにより、最先端の中核的なマザー工場2を構築することは、「プロセス・イノベーション」につながるとともに、設備投資による資本蓄積をもたらす。IT投資もTFPを向上させる代表的な要素だが、クラウドコンピューティング・AI・RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などITの利活用によるホワイトカラーの業務効率化・自動化(=プロセス・イノベーション)を通じたTFP向上とともに、IT機器やソフトウェアへの投資を通じた資本蓄積をもたらす。以上では、TFP向上と資本蓄積の進展の2つの経路(path)で経済成長に貢献するイノベーション事例を示したが、他にも色々な事例があり得るだろう。
 
1 それまでは、研究開発投資は中間投入として扱われ、GDPに計上されていなかった。
2 技術開発や設計・試作などの機能を併せ持ち、海外を含め他拠点へ展開する上でのベースとなる生産技術を育み、国際分業体制やサプライチェーンの中核を担う旗艦拠点となる工場を指す。マザー工場化の推進を支援する行政施策については、拙稿「アベノミクスの設備投資促進策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013 年7月31 日を参照されたい。

イノベーションを通じた社会課題解決はあらゆる組織の社会的責任に

「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーは、名著『マネジメント』(1974年刊行)の中で「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは組織自体のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである」「社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である」と指摘し、「自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割」の重要性を説いた。

これは、今日でいう「組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)」の在り方を提唱したものであり、SRの議論を1970年代前半に先取りしていたことは、ドラッカーの卓越した先見性を示している。

上記のドラッカーの考え方を踏襲すれば、「あらゆる事業活動を通じた社会問題解決による社会変革(ソーシャルイノベーション)は、営利企業、非営利組織、行政など営利・非営利を問わず、あらゆる組織のSRである」と言えるのだ。社会的企業(ソーシャルベンチャー)を創業する社会起業家が、ソーシャルイノベーションの旗手として脚光を浴びるようになってきたが、社会的企業やNPO・NGO だけが「社会的」であるのでなく、あらゆる組織が「社会的事業体」であるべきなのだ。

従って、営利企業の存在意義も、単なる財サービスの提供ではなく、それを通じた社会的課題の解決、すなわち「社会的価値(social value)の創出」にこそあるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる3。社会的価値の創出としては、例えば、社会におけるライフスタイル変革、ワークスタイル変革・生産性向上、地球環境の維持・向上、貧困削減、社会参画促進、地域活性化・社会活力の向上などが挙げられるが、他にも多くの事例があり得るだろう。

この社会的価値の創出と経済的リターンの獲得を二分法的に別々のレイヤー(階層)として捉えるのではなく、企業がイノベーションによる社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取る、ということが在るべき姿と捉えるべきだ。両者は密接不可分の関係にあり、かつ社会的価値の創出が経済的リターンに対する「上位概念」であると考えるべきだ。
 
3 企業の存在意義を社会的価値の創出と捉える考え方については、拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号、同「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日を参照されたい。

人口減少下の先進国型経済成長モデルを示せ!

欧米のグローバル企業やアジア企業の躍進・台頭などグローバル競争が激化する中で、我が国企業では知識創造活動による差別化の重要性が高まっている。従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、革新的なイノベーションの創出につなげていくことが求められている。知識創造活動から生み出されるイノベーションが企業の命運、ひいては国の命運を握っている、と言っても過言ではない。

本コラムで示した、「イノベーションを通じたTFPの向上と資本蓄積の進展をクルマの両輪とする経済成長モデル」は、我が国にとどまらず、少子高齢化・人口減少に悩む先進国が共通して目指すべき、今後の経済成長の在り方を示していると言えよう。

米国では、製造業からサービス経済への移行が大幅に進展し、製造業は空洞化しているのではないか、と思われるかもしれないが、半導体や石油化学など先進国での立地でも競争力を確保し得る設備(資本)集約型の製造業については、業界大手の主力工場が米国内にしっかりと立地しているケースが散見される。例えば、大手半導体メーカーのインテルの主力工場は、アリゾナ州やオレゴン州など米国内の立地を中心としており、そこに巨額の設備投資が投じられ、イノベーション創出を担う中核的拠点となっている。同社の2017年の設備投資総額(連結ベース)は、過去最高水準の約118億ドル(110円で換算すると、1.3兆円弱)に達し、売上高比では19%に上る(図表1)。因みに、産業界に国内雇用拡大を迫るトランプ米大統領の要請に応じる形で、アリゾナ州の工場に70億ドルを投資し、最大で約3000人を雇用する、と2017年2月に発表した。同社は、米国内でTFP向上と資本蓄積の両立に成功しており、先進国での製造業の在り方として学ぶべき先進事例だ。
図表1 インテル:設備投資、売上高設備投資比率の推移
設備集約型産業は、安価な労働力や電力費などが決定的な競争優位をもたらす事業と異なり、事業戦略次第で先進国での工場立地でも競争力を確保できるはずだ。我が国の製造業も、素材、デバイス・部品など設備集約型事業について、国内でのTFP向上を目指した設備投資を果敢に行っていくことが求められる。

組織の社会的責任論で述べた、「イノベーションを通じた社会課題解決=社会的価値創出は、あらゆる組織の社会的責任である」ことも忘れてはならない重要な視点だ。この視点でも、米国のハイテク企業や製造業に先進事例が散見される。ここでは、アップルを取り上げよう。創業者のスティーブ・ジョブズ氏は、21歳でアップルを創業したが、その際に共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏と「誰もが使いこなせるコンピュータを作ることによって、世界を良くしよう」と誓い合ったという。「世界を良くしたい」「人々の可能性を解き放ちたい」という、ジョブズ氏の高い志・高い理想は一貫して揺るがなかった。アップルでは、ジョブズ氏のこの創業の理念が、組織風土として強く息づいてきた。このことが同社の経営の原動力となり、躍進・成功に結び付いたことに疑いはないだろう4

今後イノベーションを通じて経済成長を図るためには、産学官が一致結束して、「世界を良くしたい」という社会的ミッションに高い志を持って取り組み、強い使命感・気概・情熱を持ってそれを成し遂げることが何よりも重要だ。筆者は、前述のTFP向上と資本蓄積をクルマの両輪とする「先進国型経済成長モデル」を実際に起動させるためには、「社会的ミッション実現(社会的価値創出)をやり抜く高い志・熱い思い」という魂を吹き込むことが必要である、と考える(図表2)。他国に先駆けて人口減少時代に入り課題先進国と言われる我が国が、産学官を挙げて、いち早くこのモデルを取り入れ、その実効性を示すことが期待される。
図表2 人口減少下の先進国型経済成長モデル
 
4 アップルの経営思想や経営戦略に関わる考察については、拙稿「アップルのものづくり経営に学ぶ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013 年3月29日、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013 年10月24日、同「アップルに対する誤解を解く」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2014 年7月8日を参照されたい。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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