2018年10月09日

イノベーションの社会的重要性ー人口減少下の「先進国型経済成長モデル」の提案

基礎研REPORT(冊子版)10月号

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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新技術・新事業の創出や業務プロセスの効率化・改革といった「イノベーション」の社会的重要性について、「経済成長論」および「組織の社会的責任論」の2つの視点から検討した上で、我が国におけるイノベーションを通じた経済成長の在り方について考えてみたい。

生産性向上と資本蓄積がクルマの両輪に

経済成長論(成長会計)によれば、経済成長率は労働投入、資本投入、全要素生産性(Total Factor Productivity:TFP)の3つの寄与度に分解できる。TFPは、労働投入と資本投入の寄与度の残差として求められ、技術進歩や生産性向上などを反映する、とされる。
 
人口減少下で我が国が今後も経済成長を図るためには、TFP向上と資本蓄積の進展がクルマの両輪となるべきだ。イノベーションは、この両輪にとって重要な鍵になる、と考えられる。
 
例えば、工場の自動化・スマート化につながる革新的な人工知能(AI)・IoT(モノのインターネット)・ロボットを生産ラインに導入することにより、最先端の中核的工場を国内に構築することは、業務効率化(=プロセス・イノベーション)を通じたTFP向上とともに、設備投資による資本蓄積をもたらす。

イノベーションを通じた社会課題解決

「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーが説いた「組織の社会的責任」の考え方を踏襲すれば、「あらゆる事業活動を通じた社会問題解決による社会変革(ソーシャルイノベーション)は、営利・非営利を問わず、あらゆる組織の社会的責任である」と言える。
 
従って、営利企業の存在意義も、単なる財サービスの提供ではなく、それを通じた「社会的価値の創出」にこそあるべきであり、経済的リターンありきではなく、社会的ミッションを起点とする発想が求められる。社会的価値の創出としては、例えば、社会におけるライフスタイル変革、ワークスタイル変革・生産性向上、地球環境の維持・向上、貧困削減、地域活性化・社会活力の向上などが挙げられる。
 
企業がイノベーションによる社会的価値の創出と引き換えに経済的リターンを受け取る、ということが在るべき姿であり、社会的価値の創出が経済的リターンに対する「上位概念」である、と考えるべきだ。

先進国型経済成長モデルを示せ!

本稿で提案する、「イノベーションを通じたTFP向上と資本蓄積をクルマの両輪とする経済成長モデル」は、我が国にとどまらず、少子高齢化・人口減少に悩む先進国が共通して目指すべき、今後の経済成長の在り方を示している。
 
米国では、製造業からサービス経済への移行が進展し、製造業は空洞化しているのではないか、と思われるかもしれないが、半導体や石油化学など先進国での立地でも競争力を確保し得る設備(資本)集約型の製造業については、業界大手の主力工場が米国内にしっかりと立地している。例えば、大手半導体メーカーのインテルの主力工場は、アリゾナ州やオレゴン州など米国内の立地を中心としており、そこに巨額の設備投資が投じられ、イノベーション創出を担う中核的拠点となっている。
 
我が国の製造業も、素材、デバイス・部品など設備集約型事業について、国内でのTFP向上を目指した設備投資を果敢に行っていくことが求められる。
 
「イノベーションを通じた社会課題解決」の視点でも、米国のハイテク企業や製造業に先進事例が散見される。スティーブ・ジョブズ氏は、アップルを創業する際に「誰もが使いこなせるコンピュータを作ることによって、世界を良くしたい」と考えた。「世界を良くしたい」「人々の可能性を解き放ちたい」という、ジョブズ氏の高い志・高い理想は一貫して揺るがなかった。アップルでは、ジョブズ氏のこの創業の理念が、組織風土として強く息づいてきた。このことが同社の経営の原動力となり、躍進・成功に結び付いたことに疑いはないだろう。
 
今後イノベーションを通じて経済成長を図るためには、産学官が一致結束して、「世界を良くしたい」という社会的ミッションに高い志を持って取り組み、強い使命感・気概・情熱を持ってそれを成し遂げることが、何よりも重要だ。筆者は、前述のTFP向上と資本蓄積をクルマの両輪とする「先進国型経済成長モデル」を実際に起動させるためには、「社会的ミッション実現をやり抜く高い志・熱い思い」という魂を吹き込むことが必要である、と考える。
 
他国に先駆けて人口減少時代に入り課題先進国と言われる我が国が、産学官を挙げて、いち早くこのモデルを取り入れ、その実効性を示すことが期待される。それがまた、日本政府が提唱する「Society5.0」、すなわちIoT、ビッグデータ、AI、ロボットを駆使した「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」の構築にもつながっていく、と考えられる。  
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2018年10月09日「基礎研マンスリー」)

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