2018年04月11日

国保の都道府県化で何が変わるのか(上)-制度改革の背景と意義を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5|保険料を統一する可能性
都道府県化に際して、都道府県内の保険料を統一することも期待されている。従来、保険料は市町村による判断で決定してきたため、高齢化率や医療サービスの利用量の違い、法定外繰入の有無、保険料を計算する際の方法17などで格差が生じていた。

しかし、厚生労働省が策定した策定要領を見ると、「地域の実情に応じて、二次医療圏18ごと、都道府県ごとに保険料を一本化することも可能」という文言が入っており、同じ所得であれば、都道府県内の保険料が同一になることを想定している。
 
17 ここでは詳しく述べないが、保険料の設定方式でも差異が生まれる。市町村が保険料を設定する際、所得の水準に課す「所得割」、固定資産に応じた「資産割」、世帯ごとの「均等割」、世帯の被保険者数に応じた「平等割」の4つの方式があり、4つを組み合わせる「4方式」、資産割を除く3つを用いる「3方式」、所得割と均等割を用いる「2方式」を市町村の判断で選択できる。
18 人口20~30万人単位の圏域。医療計画による病床規制などで用いられる。地域医療構想を推進する際の単位である「構想区域」とほぼ同じ。
表2:保険料を比較する際の仮定条件 6|負担と給付の明確化による「見える化」
こうした制度改革の結果、何が起きるだろうか。結論を言えば、負担と給付の関係が明確になる「見える化」のメリットが大きい。ここで少し極端な例を挙げることで、その論点を浮き彫りにしよう。

表2の通り、同じA県内のB市とC町を想定する。B市は都市部であり、大学病院を含めて数多くの医療機関が林立していることで、住民が医療機関にアクセスしやすい分、高度な医療機器による検査も含めて医療サービスの利用が多い。さらに豊かな財政力をバックに、一般会計からの法定外繰入を通じて保険料を軽減している。

これに対し、C村は過疎地や離島のような無医村であり、日常生活で医療サービスにアクセスできる機会としては、定期的に訪ねてくれる隣町の医療機関の往診・検診ぐらいしかなく、緊急時は隣町の診療所に車で30分かけて行くか、A県のドクターヘリを使って中央部の高度医療機関に行くといった状況である。その上、所得が低く、財政力も弱いため、法定外繰入を十分にできない。これだけの地域格差がある状況でB市とC村の保険料を単純に比較できるだろうか。表2は一種の「思考実験」であり、かなり極端な事例を2つ敢えて比較している上、数字についても仮定に過ぎないが、「見える化」を目指す今回の制度改正を通じて、負担と給付の関係が一定程度、明確となったことで、保険料を比較しやすい環境が生まれている。

第1に、納付金と標準保険料の設定を通じて、被保険者から見ると、近隣の市町村と保険料の水準を比較できるようになった点である。表2は極端な事例を用いたが、もし2つの市町村で同じ所得であれば、保険料は理論上、同じになる。それにもかかわらず、条件が近似した市町村で保険料に差異が生じれば、「医療機関が多い分、医療サービスを利用する機会が多く、それが保険料の差に表れている」「隣の市に比べると疾病構造や受療行動に違いがある」といった地域の事情や課題が見えやすくなるほか、都道府県や市町村は住民に対して、現状や背景などを丁寧に説明することが求められる。もちろん、市町村は独自の判断で標準保険料と異なる保険料を設定できるが、その場合も住民に対して理由や背景を丁寧に説明することが求められる。

さらに、こうしたデータについては、都道府県や市町村など行政機関だけでなく、住民や医療機関の関係者などにとっても負担と給付の関係を理解する素材となるほか、後述する通り、地域医療構想に基づく医療提供体制改革を含めて、医療費の負担と給付の在り方を地域で考える際に参考となる可能性がある。

第2に、市町村による法定外繰入が制限される点である。これまでは累積赤字を穴埋めしたり、保険料を軽減したりするため、多くの市町村が法定外繰入を実施してきたが、こうした中で標準的な保険料を設定しても、負担と給付の関係が不明確になるだけでなく、住民が給付費の限界を感じにくくなるため、負担と給付の関係を考えることさえ難しくしていた。

以下、表2の事例で再び考えてみよう。先に触れた通り、B市は法定外繰入を実施しており、市税を追加的に投入している。その結果、市税の追加的な財政負担は国民健康保険に加入するB市の被保険者だけでなく、B市に住む健康保険組合や協会けんぽ、後期高齢者医療制度の被保険者にもかかることになる。さらに、B市がA県の財政支援を受けている場合はA県の住民全体に、さらに国庫補助金などで国の財政支援を受けている場合、その負担は国民全員に行き着く。こうした点が従来、国民健康保険の制度運営に際して、どこまで意識し、どこまで住民に説明されてきただろうか。

以上のような状況は国民健康保険の財政悪化に拍車を掛けていた可能性がある。財政学では限界が不明確な予算制度は歳出の増加を招きやすいとして、こうした状況を「ソフトな予算制約」と呼んでおり、いくつかの先行研究が国民健康保険で同様の事象が起きている可能性を論じていた19

しかし、新しい制度では基金を通じて、赤字に見舞われたとしても、必要額が貸付または交付されることになり、法定外繰入の削減が期待されるほか、都道府県と市町村が収納率アップなど財源確保策を考える必要に迫られる。

実際には制度化を進めるプロセスで、厚生労働省の方針が法定外繰入を認める方向に傾いた20ことで、ソフトな予算制約の要素は残った。さらに、高齢者や非正規雇用など条件が不利な人で国民健康保険が構成されていることを考慮すると、市町村による追加的な財源投入は避けられない面もある。

しかし、それでも「見える化」の意義は変わっていない。制度改革の影響については、どうしても個別市町村の保険料の増減に関心が行きがちだが、今後は負担と給付について、住民に対する説明責任が都道府県や市町村に求められることになる。
 
19 例えば、尾山明子(2014)「市町村国民健康保険の保険料(税)と財政移転の決定要因」『ファイナンス』2014 年 2 月号、では、国民健康保険に対する国費投入が「保険者の責に帰する支出」も調整し、保険者による財政健全化の インセンティブを阻害していると指摘している。
20 『共同通信』2017年10月18日配信記事。
 

5――都道府県化の意義(2) ~医療行政の地方分権化~

5――都道府県化の意義(2) ~医療行政の地方分権化~

1|保険制度と提供体制の「両面」を見た対応
では、「見える化」に次いで、都道府県化の意義として挙げた2つ目の医療行政の地方分権化という点では何が期待されているだろうか。国の策定要領を見ると、都道府県化に際して、事務の広域化・効率化、メタボ健診の強化、保険給付の点検、レセプトの審査、適切な受診行動に向けた情報提供などを挙げているほか、先に触れた通りに地域医療構想を意識しつつ、「良質な医療」の効率的な提供が期待されるとしている。

これは病床機能再編や病床削減を含めた提供体制との関係を意識した医療費適正化の意図が見て取れる。言い換えると、地域医療構想を通じて都道府県主体で病床機能再編や病床削減を進める際、負担面の議論も併せて意識することで、例えば「将来過剰となる病床数を維持すると、住民の保険料が高止まりする」「病床機能再編や病床削減を進めれば、住民の保険料負担を減らすことができる」といった点を議論できる可能性が高まる。

さらに、国民健康保険だけでなく、保険制度を運営する他の主体(保険者)も都道府県単位化が志向されており、医療行政の地方分権化を下支えすることが想定されている。具体的には、2008年度の制度改正を経て、主に中小企業の従業員を対象とする協会けんぽでは保険料の設定を都道府県単位に変わったほか、後期高齢者医療制度も都道府県単位に広域連合が設置された。

このほか、保険者が加入する「保険者協議会」も都道府県単位に設けられており、2015年の法改正では(1)都道府県が医療費適正化計画の策定に際して、保険者協議会に事前に協議する、(2)都道府県は計画に盛り込んだ取り組みについて、保険者に必要な協力を求める際、保険者協議会を通じて協力を求めることができる、(3)都道府県が保険者として保険者協議会に参画する――という制度改正がなされている。

国民健康保険の都道府県化を巡る30年間の経緯については(下)で述べることとしたいが、上記の制度改革を通じて、大企業の従業員が加入する健康保険組合などを除いて都道府県を単位として保険制度を運営する枠組みが整えられている。今回の制度改正についても医療行政の地方分権化の一つであり、大きな節目であると理解できる。
2|保険料を統一した場合の想定
だが、都道府県は費用削減一辺倒ではなく、負担と給付のバランスを図る必要もある。医療費を減らそうとする余りに必要な病床まで削ってしまえば、医療サービスを受けたいという住民の利益を損なう可能性があるためだ。

さらに、医療サービスの利用差を考慮しない形で保険料の水準を統一した場合、その必要性は明確に現れる。先に触れた通り、納付金と標準保険料を設定する際、市町村では解決できない年齢構成と所得を考慮することになり、医療サービスの利用が保険料の差に反映することとなったが、ここで表2のように医療サービスの利用を巡る市町村間の格差が大きいにもかかわらず、納付金や標準保険料の設定に際して医療サービスの利用の差異を考慮しなければどうなるだろうか。

この場合、医療機関にアクセスできるB市の住民と、無医村のC村住民が医療サービスの利用の違いを考慮しない計算式で保険料を支払うことになり、C村の住民の不公平感を増す結果となり、A県はC村における医療サービスの提供を考える必要に迫られるかもしれない。並行して医師確保に関する都道府県の権限が強化されつつある点を考えると、都道府県には医療費適正化だけでなく、医療提供体制の在り方を含めた給付と負担のバランスを取ることも求められる。
 

6――おわりに

6――おわりに

以上、都道府県化を考える上での前提条件として、国民健康保険の脆弱な財政基盤や財政構造の全体像を見たほか、都道府県化の意義として、(1) 負担と給付の関係の明確になる「見える化」と、(2) 医療行政の地方分権化――を挙げた。特に、(1) の「見える化」のメリットは大きく、納付金と標準保険料の導入に加えて、法定外繰入が制限されたことで、保険料の水準に関して都道府県と市町村は住民への説明責任を求められることになる。さらに、(2) についても、都道府県は医療費適正化の観点だけでなく、負担と給付のバランスを考える重要性を指摘した。

では、新しい制度がスタートするに際して、都道府県はどこまで「見える化」を徹底したのだろうか。ある一は主体性をどこまで意識したのだろうか。次回の(中)では都道府県が3月までに策定した「運営方針」をベースにしつつ、都道府県がどのように制度改革に対応したのか考察する。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2018年04月11日「基礎研レポート」)

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【国保の都道府県化で何が変わるのか(上)-制度改革の背景と意義を考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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