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国保の都道府県化で何が変わるのか(上)-制度改革の背景と意義を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~都道府県化を考える論点~
では、国民の保険料負担はどう変わるのだろうか。あるいは共同して財政運営に当たることとなった都道府県と市町村の役割はどう変わり、都道府県はどのように臨もうとしているのだろうか、今回から3回シリーズで都道府県化の意義や論点を探ることとしたい。
まず、(上)では国民健康保険の財政構造や都道府県化の背景を探るとともに、制度化を通じて都道府県と市町村の役割がどう変わったのかを考察する。その上で、(1) 負担と給付の関係の明確化による「見える化」、(2) 医療行政の地方分権化――という2点が都道府県化の意義であることを論じる。
さらに、(中)は(上)で挙げた背景や意義を踏まえつつ、各都道府県がどのように制度改革に臨んだのか、各都道府県が3月までに策定した運営方針を基に分析を試みるほか、(下)では主に1980年代以降の国民健康保険を巡る歴史を振り返ることで、都道府県化の意義を再考する。
1 国民健康保険制度には都道府県や市町村が運営する制度に加えて、医師や弁護士などを対象とした国民健康保険組合があるが、ここでは前者について論じる。
2――国民健康保険財政の概要
国民健康保険の財政構造は複雑怪奇である。2018年度現在で保険料2と税金の流れは図1の通りであり、保険料だけでなく、国や都道府県、市町村の税金が複雑に入り組んでいる様子が分かる。制度が複雑化した経緯については、(下)で考察することとし、ここでは全体像の把握に努めることとしよう。
まず、給付費の50%は税金で対応することになっており、そのうち国が41%(定率国庫負担32%、9%の調整交付金3)、都道府県が9%を支出しているほか、保険料の部分にも保険料軽減などの名目で国、都道府県、市町村が税金を投入している。さらに、累積赤字の処理や独自の保険料軽減などを目的に、市町村が一般会計から追加的に財源を投入している。これは一般的に「法定外繰入」と呼ばれており、その規模は3,000億円程度となっている。
2 国民健康保険の場合、「保険税」として徴収することが認められており、9割近くの市町村が保険税を採用しているが、ここでは原則として「保険料」の表記で統一する。
3 市町村間の財政力格差を全国レベルで調整する制度。
社会保険と言っても「保険」である以上、保険料で給付を賄うのが本来の姿かもしれないが、図1の通りに国民健康保険には多額の税財源が投入されている。その理由は国民健康保険の被保険者の構成に求められる。制度の原型が創設された1938年度時点で元々、農林水産業従事者や自営業者らを想定しており、既に公的医療保険が整備されていた勤め人に比べると、所得などの面で条件が不利な人を対象としていた。さらに、1961年の国民皆保険の実施に際して、国民全員が国民健康保険に一旦入り、被用者保険や生活保護受給者が対象から外れるという方法が採用される中、国民健康保険の給付水準を引き上げるため、国の財政支援が拡充された4。
その後、被保険者の構成割合は大きく変わったが、不利な条件の人を対象としている状況に変化は見られない。具体的には、国の調査が悉皆となった1963年時点のデータで44.1%、26.2%をそれぞれ占めていた農林水産業従事者、自営業者は2016年度時点で2.3%、15.0%に低下した。その代わりに、会社を退職して被用者保険を脱退した74歳以下の高齢者で主に構成する「無職」の人が43.9%でトップを占めており、国民健康保険は高齢化に伴う医療給付費の増加に直面しやすい状況となっている5。さらに、被用者保険に加入していない非正規雇用者で構成する「被用者」も2016年度現在で34.0%を占めており、勤め人と比べると収入が不安定な人を受け入れている。
こうした被保険者の構成が国民健康保険の脆弱な財政構造を生んでおり、国、都道府県、市町村で計5兆円近い税財源が投入されているにもかかわらず、制度改革前の時点で毎年3,000~4,000億円の赤字に直面していた6。
4 国の財政支援は1950年代以降、段階的に拡充された。
5 2008年度に後期高齢者医療制度が創設され、この状況は一定程度、緩和された。
6 国の追加的な財政支援などの影響で2016年度決算は1,468億円の赤字にとどまった。
3――なぜ都道府県化されたのか
では、なぜ都道府県化されたのだろうか。厚生労働省の説明資料7によると、「都道府県内での保険料負担の公平な支え合い」「サービスの拡充と保険者機能の強化」の2つが掲げられているが、趣旨が分かりにくくなっている。
例えば、後者で掲げられている「サービスの拡充」として、同じ都道府県内で他の市町村に引っ越しても、高額療養費の上限支払い回数のカウントが通算される点を強調しているが、それほど多くのメリットがあるとは思えない。
さらに、「保険者機能の強化」という文言は多義に渡る分、曖昧さを残している8。通常、保険者機能の強化は保険制度を運営する主体(保険者)が特定健診・指導(通称:メタボ健診)9の強化、診療報酬支払明細書(レセプト)の審査、適切な受診行動に向けた情報提供などに取り組むことを意味しており、どちらかと言うと給付抑制の文脈で使われることが多い。それにもかかわらず、医療サービスの充実を意味する「給付の充実」と、主に医療費抑制で用いられる「保険者機能の強化」を同じ項目に据えている点に違和感を持つ。
むしろ、制度化プロセスを見ると、背景や目的が明確になると考えている。結論を先取りすると、都道府県化の目的としては、(a)財政の安定化、(b)都道府県主体による医療費適正化――に整理できる。
7 以下のリンク先を参照。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000194118.pdf
8 「保険者機能」とは元々、医療分野で1990年代後半から言われ始めた考え方であり、先行研究では「医療制度における契約主体の1人として責任と権限の範囲内で活動できる能力」と定義している。山崎泰彦(2003)「保険者機能と医療制度改革」山崎泰彦・尾形裕也編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社を参照。
9 メタボ健診は40歳以上の人を対象に、肥満の度合いなどを調べるとともに、必要に応じて健康指導を行う制度。
まず、財政の安定化から考える。都道府県化を決めた2015年制度改革法の概要資料を見ると、「都道府県が財政運営の責任主体となり、安定的な財政運営や効率的な事業の確保等の国保運営に中心的な役割を担い、制度を安定化」と書かれている。具体的には、都道府県化に際して国の財政支出を3,400億円追加する10とともに、財政の運営単位を大きくすることで、財政制度を安定化しようとしたのである。この点については、「保険者の規模をある程度拡大すれば財政は安定化します。(略)大幅に財政運営を安定化させる効果がある」という当時の当局者の説明と符合する11。
10 消費増税を延期した影響を受け、追加財政支出は段階的に実施されている。
11 『社会保険旬報』2015年8月11日 2612号における厚生労働省の唐澤剛保険局長インタビュー。
(2018年04月11日「基礎研レポート」)

03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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