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クリエイティブオフィスのすすめ-創造的オフィスづくりの共通点

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹
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(1)創造性を育むには組織スラックに投資するとの発想が不可欠
企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」24を備えた経営を実践しなければならない。例えば、従業員が気軽に集える共用スペースは、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックであるが、リーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。また、様々な利用シーンに応じて多様性を取り入れたオフィス空間も、リーン型の経営者には極めて非効率な空間にしか見えないだろう。
これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したオフィス空間は、個性のない均質なものになってしまう。そうすると、目先の不動産コストは削減できても、それと引き換えに何よりも大切な社内の活気や創造性が失われ、企業内ソーシャル・キャピタルは破壊され、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。効率性・経済性ありきの戦略は、結局中長期で見れば、経済的リターンをもたらさないと言える。創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するためには、「組織スラックに投資する」という発想が欠かせない。
オフィスづくりに組織スラックの要素を取り入れるには、経営トップ自身の感性や創造性が重要だ。従業員の創造性を引き出すことが経営者の重要な責務であることを感性で理解していないと、創造的なオフィスづくりは難しいのではないだろうか。金銭的メリットの裏付けがなければ着手できないなら、本末転倒だろう。自らの感性に基づいて、先進的・創造的なオフィスづくりを進め、その重要性を組織に根付かせるべきだ。
「Good Design is Good Business」とは、IBMの2代目社長であるトーマス・ワトソン・ジュニアが1956年に語った言葉だ。「快適なオフィス環境は社員の士気と生産性に貢献する」という意味であり、IBMのグローバル共通の経営ポリシーとして受け継がれている。
24 組織スラックの考え方については、拙稿「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日、同「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日を参照されたい。
創造的なオフィス空間を活かすためには、柔軟で裁量的なワークスタイルの許容が不可欠であり、働き方にも組織スラックを取り入れる必要がある。創造的なオフィス空間を用意しても、従業員が決まった勤務時間に縛られたり、インフォーマルなコミュニケーションのためのスペースを利用するのは怠惰をむさぼっているとみなされるような雰囲気が社内に残っていれば、折角の創造的なオフィス空間も宝の持ち腐れとなるだろう。また、イノベーションが起こり得る創造的な環境を確保するためには、会議やミーティングで役職や部門を気にせずに創造的なコミュニケーションや議論を交わすことができる、社内ルールや企業文化の醸成が求められる。
グーグルでは、勤務時間の20%を自由に使って好きなことに取り組める「20%ルール」を制度化しており、従業員は自分でプロジェクトを立ち上げたり、他のプロジェクトチームに参加したりすることができるという。従業員各々の担当業務については、勤務時間の80%で完了させ、残りの20%は担当業務を離れて、各々の能力や創造性を存分に解き放って、グーグルの未来について考え抜いて欲しい、との経営陣の思いが込められているのではないだろうか。働き方に組織スラックの要素を制度的に取り入れた好例である。また同社では、働きやすい環境づくりや社内イベントなどを通じて社内文化の醸成に取り組む担当役員として、チーフ・カルチャー・オフィサー(CCO)を置いている。
今、仕事をライフワークととらえ、仕事を通じて社会に貢献することに喜びを見い出すという傾向が若手人材を中心に強まっているように思われる。創造性豊かで能力の高い人材は、仕事と生活を切り分けるのではなく、むしろ融合一体化させる働き方を志向している。このような人材の確保・定着のためには、企業は、創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革を、セットで推進することが求められている。
米国でハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、企業間で優秀な人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。インテル(米カリフォルニア州サンタクララに本社を置く)のファシリティマネジメント(FM)部門では、社員の士気と満足度を向上させるために、社内顧客の期待値を越えるファシリティやオフィス・サービスを提供し、この「サービスエクセレンス」によって、社員に驚きと感動を引き起こす「WOW」体験を提供することが目標とされている25。マイクロソフト(米ワシントン州レドモンドに本社を置く)では、働き方の自由度(選択肢の多様性)が「ワークプレイス・アドバンテージ」を生み、それが優秀な人材を惹きつけ、企業競争力の差に結び付くと考えられている26。
一方、日本企業では、ワークスタイルの変革を含めたオフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。
25 大森崇史「つくばオフィスにおけるFMの取組み」『JFMAフォーラム講演資料』2014年2月14日より引用。
26 似内志朗「ダイバーシティの時代」『JFMAフォーラム講演資料』2014年2月14日より引用。
7――魂を注入した創造的なオフィスづくりが急務
クリエイティブオフィスの基本モデルは、前述した大原則および5つの具体的原則にほぼ固まりつつあり、近未来や次世代のオフィスでも、この基本モデルは大きく変わらないだろう。この基本モデル自体の構築に各社が知恵を絞る時代は既に過ぎ、もはや、企業がクリエイティブオフィスの基本モデルを一刻も早く取り入れ、それに「魂を入れて」、構築・運用を始めるべき時代が到来していると言っても過言ではないと思われる。
筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。そして、「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしいオフィスのロケーションの選択、インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築、オフィスの愛称の選択などを実践することである。
経営理念にふさわしい各々の具体例としては、オフィスのロケーションでは創業の地、内装を含めた不動産としての設えでは、フラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなくユニバーサルレイアウトを選択すること、オフィスの愛称では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプト等を連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、等が挙げられる。
経営トップには、クリエイティブオフィスを構築する段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所となる求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。そしてクリエイティブオフィスの運用段階では、ワークスタイルの変革をしっかりと遂行しなければならない。
クリエイティブオフィスの基本モデルに「魂」を注入するということは、基本モデルを各社仕様にカスタマイズして実際に起動させるプロセスであると言える。
クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、一部の大企業やベンチャー企業など、未だごく一部の先進企業にとどまっているとみられる。創造性を育み本格的なイノベーションを生み出せるような組織風土を醸成し、そしてグローバル競争の土俵に立つためにも、一刻も早く、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を注入した、創造的なオフィスづくりに着手することが求められる。
今後、日本企業が創造的なオフィスづくりに乗り出す際に、本稿で述べてきたクリエイティブオフィスの考え方が取り入れられ実践されることを期待したい。
※メディア報道、各社ニュースリリースは割愛した。弊社媒体の筆者論考は、全文を弊社ホームページにて公開している。弊社ホームページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい。
- 大森崇史「つくばオフィスにおけるFMの取組み」『JFMAフォーラム講演資料』2014年2月14日
- 経済産業省、株式会社日本取引所グループ『健康経営銘柄2017選定企業紹介レポート』2017年2月21日
- ジョーンズ ラング ラサール「ヒューマン・エクスペリエンスがもたらすワークプレイス」(2017年6月22日)
- 東京都環境局地球環境エネルギー部計画課「グリーンビル事例(仙川キユーポート(キユーピー株式会社))」『東京グリーンビルレポート2015』2015年7月
- 似内志朗「ダイバーシティの時代」『JFMAフォーラム講演資料』2014年2月14日
- 日経BPネット「ワクスタの視点:雑談歓迎、『化学反応』起こすコニカミノルタ」『ワクスタ(The Work Style Studio)』2016年6月16日
- 百嶋徹「第7章・第1節 イノベーション促進のためのオフィス戦略」『研究開発体制の再編とイノベーションを生む研究所の作り方』技術情報協会(2017)
- 同上「コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月29日
- 同上「クリエイティブオフィスの時代へ─経営理念、ワークスタイル変革という「魂」の注入がポイント」『ニッセイ基礎研REPORT(冊子版)』2016年5月号
- 同上「クリエイティブオフィスの時代へ─経営理念、ワークスタイル変革という「魂」の注入がポイント」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日
- 同上「CSRとCRE戦略─企業不動産(CRE)を社会的価値創出のプラットフォームに」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日
- 同上「アップルの成長神話は終焉したのか─革新的製品の発売か、高成長に対応したコスト構造の是正か」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年10月24日
- 同上「イノベーション促進のためのオフィス戦略─経営戦略の視点からオフィスづくりを考える」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号
- 同上「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)─震災が促すCSRの原点回帰」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011年5月13日
- 同上「オープンイノベーションのすすめ─イノベーション創出における外部連携の重要性」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号
- 森ビル「2016年 東京23区オフィスニーズに関する調査」(2016年12月20日)
(2018年03月14日「基礎研レポート」)
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社会研究部 上席研究員
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営
03-3512-1797
- 【職歴】
1985年 株式会社野村総合研究所入社
1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
2001年 社会研究部門
2013年7月より現職
・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)
【受賞】
・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
(1994年発表)
・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)
百嶋 徹のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/03 | 企業不動産(CRE)は社会的価値創出のプラットフォームに-「外部不経済」の除去と「外部経済効果」の創出 | 百嶋 徹 | 研究員の眼 |
2025/03/31 | 「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にあり | 百嶋 徹 | 基礎研レポート |
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