2017年03月31日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)-我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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(2)産業支援機関に求められる役割2:高度イノベーション創出の支援機能
前述の通り、我が国では、これまで産業支援機関が各自治体・地域に整備されてきたものの、最先端のエレクトロニクスやライフサイエンスなど、科学的で高度なイノベーション創出を本格的に支援する産業支援機関の整備は遅れていると思われる。

産業支援機関が、先端科学技術分野でのイノベーション創出を本格的に支援しようとした場合、当該機関にも先端で高価な研究機器や製造装置を導入し、また常勤の研究人材を配置する必要が出てくる。ここで、支援機関が自治体からの補助金または国の税金で運営されている場合、支援サービスを利用できるのは当該自治体の域内企業または国内企業に限定されることになろう。先端科学技術分野の本格支援のために装備すべき先端設備は相対的に高価であるため、このような支援機関を各地域に構築すると、重複投資を招き、稼働率や投資回収などの面から非効率となる。そのため、複数の自治体が共同で、または国立研究開発法人など政府系機関が代表して「高度イノベーション創出支援機関」16を構築し、広域で活用すること、すなわち「ユーザーの広域化」を図ることが効率的である。

海外も含めてユーザーの広域化を図るためには、財源として自治体からの補助金または国の税金に依存した運営ではなく、適正なサービス使用料の徴収により組織の自立化を図ることが不可欠となる。国内の限られた地域に閉じた場ではなく、海外にも開かれた場でなければ、異質で多様な叡智を橋渡しする真のオープンイノベーションの場にはならない。

組織面では、企業との共同研究に備え、知的財産等に関わる契約策定業務のために、法務・知財部門を設置する必要があろう。また、先端技術に関わる知見を有し、かつCEO(最高経営責任者)的役割を担う、有能なマネジメント人材を配置することも不可欠である。

高度イノベーション創出支援機関の参考とすべき成功事例として、次世代半導体プロセスの研究機関として知られるベルギーのIMEC(Interuniversity MicroElectronics Center)が挙げられる。IMECは、情報通信技術領域での産業ニーズを3~10年先行する科学的研究を行うため、1984年にルーベンカトリック大学を研究拠点とする非営利の研究機関として、フランダース州政府によって設立された。大学における基礎研究と産業界での技術開発を橋渡しする役割を担っていると言える。

IMECは、最先端の半導体関連技術の研究において、インテルやサムスン電子など大企業等との共同研究プログラムを展開している。その際に共同利用される半導体評価機器など最先端のパイロットラインの導入コストは、海外の大企業等からの委託研究収入でカバーされており、ユーザーの広域化が最先端の設備導入・共同研究を可能とする好循環につながっている。さらに、共同研究で蓄積された知的財産をベースに、魅力的な研究開発プログラムを策定することにより、世界有数の大企業を惹きつけ、新たな委託研究収入の確保につながっている。2015年の収入は約415百万ユーロ(約554億円)17に達し、そのうち委託研究収入が82.4%を占め、フランダース州政府等からの助成金は12.5%にすぎない(図表6)。1995年以降、自主財源が州政府補助金を上回っている。
図表6 IMECの総収入内訳と助成金依存度の推移
半導体産業では、これまで集積回路の指数関数的な集積度の向上(加工線幅の微細化)により、トランジスター性能を飛躍的に向上させてきた一方で、半導体プロセス技術は微細化の進展に伴い、様々な物理限界に直面しつつある。微細化が物理限界に近づくにつれ、消費電力(発熱量)の急増やフォトリソグラフィ工程(半導体製造工程において露光装置により基板上に回路パターンを描く工程)のコスト増大18などが大きな課題となっている。特に、これまで微細化技術を牽引してきた、先端の半導体デバイスであるNAND型フラッシュメモリーでは、いち早く微細化の物理的限界19を迎える可能性があったため、その主力メーカーであるサムスン電子や東芝などは、これまでの平面での微細化をせずに大容量化を図るために、メモリーセルを3次元方向に積層化する技術を開発し、3次元構造(3D)NANDフラッシュメモリーの量産に取り組んでいるが、従来製品に比べ技術的難度が格段に高いと言われる。

これらの技術課題はデバイスそのものだけでなく、部材・装置技術と密接に関連しているため、半導体メーカー単独でこれらの問題を解決することは難しく、材料・部材メーカーや製造装置メーカー、さらには大学・研究機関との連携が欠かせない。
このように半導体プロセス技術の難易度が高まり、オープンイノベーションが一層必要とされる中で、IMECの収入が90年代半ば以降急増したのは、IMECがその卓越した研究企画力や技術サービス力を背景に、多くの半導体関連企業から「オープンイノベーションの場」として高く評価された結果である。このため、多様な研究分野や国籍を持つ組織・人材を世界中から引き寄せることが可能となり、このダイバーシティ(多様性)がイノベーションを生む源泉となっている。
 
16 高度イノベーション創出支援機関およびその成功事例であるIMEC(後述)については、拙稿「地域イノベーションと産業支援機関」『ニッセイ基礎研REPORT』2008年11月号を参照されたい。
172015年12月末の為替レート(東京外国為替市場・対顧客電信売相場)=133.27円/ユーロにより円換算した数値。
18 フォトマスク(回路原版)の製造コスト増大や露光機(スキャナ、ステッパ)の装置代およびランニングコストの増大による。フォトリソグラフィ技術は微細化のカギを直接握る技術領域。
19 NANDフラッシュメモリーでは、微細化の進展に伴い、間隔が狭くなったメモリーセル間の干渉が増大することにより、データの破損リスクが高まるなどの技術課題もあった。
(3)三重県の先駆的な取組事例
高度部材産業についても、川下産業、高度部材産業、大学・研究機関など多様な組織の連携による研究開発を促進する、オープンイノベーションの場の形成が求められ、行政が高度部材産業の競争力強化策として場の形成を支援することが考えられる。

その先駆的取組として、全国の自治体の中でいち早く高度部材産業に着目し、その振興に注力してきた三重県が、四日市市と連携して2008年に同市に開設した「高度部材イノベーションセンター」(略称AMIC: Advanced Materials Innovation Center)が挙げられる。AMICでは、産学官連携による研究開発機能とともに、中小企業の課題解決支援、若手技術者などの人材育成機能も担っており、高度部材分野にフォーカスを当てた支援活動を行っている。AMICを拠点に、県内外の大学・研究機関との産学官連携を通じて、北勢地域20に集積する素材・部材産業と後背地に立地する電機・自動車など加工組立産業の大企業量産拠点の連携を促進し、高度部材の強みを活かした高付加価値製品を開発・量産する狙いも込められている。

AMICは、直近ではセルロースナノファイバー(以下、CNF)21の研究開発支援に取り組んでいる。CNFとは、国内にも豊富に存在する木材などのバイオマス資源等から化学的・機械的処理により取り出した、直径数~数10ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の植物由来の繊維状物質であり、鋼鉄の5分の1の軽さで5倍以上の強度を有し、熱による膨張・収縮も少なく、日本発の夢の新材料として大きく期待されている。包装材(酸化防止膜)、化粧品・食品向け等の増粘剤、自動車・航空機の軽量化のための補強材など、多岐にわたる分野での活用が期待できるという。

三重県産業支援センターは三重県工業研究所と共同で事業実施者となり22、環境省の「平成27年度地域における低炭素なセルロースナノファイバー用途開発FS委託業務」を受託し、森林資源や農林水産物などの地域資源のCNF原料としての可能性やCNFの高度部材としての用途開発の可能性について調査研究を実施したが、AMICはその事務局業務を担った。

この受託調査の一環で2015年に発足した「みえセルロースナノファイバー協議会」23の事務局もAMICが担っている。同協議会には、三重県内外から大企業、中堅・中小企業、大学・研究機関、行政機関などの72機関(16年3月現在)が会員として参画しており、地域横断的な広域ネットワークと産学官連携プロジェクトに向けた基盤が構築されている。産業界からは、いち早くCNFの製品化に成功した工業用薬剤メーカーである第一工業製薬24(本社所在地:京都市)、アカデミアからは、東京大学大学院・磯貝明教授と同・齋藤継之准教授のCNF研究の第一人者2人が参画している。
 
20 県北部に位置する四日市市、桑名市、鈴鹿市、亀山市、いなべ市の5市および5町から構成される地域。
21 アベノミクスの成長戦略「日本再興戦略 2016」(2016年6月閣議決定)にも、「木質バイオマスの利用促進や、セルロースナノファイバーの国際標準化・製品化に向けた研究開発、(中略)を進める」と明記された。
22 三重県産業支援センターは、地域産業振興のために新産業創出や地域産業の経営革新を支援する総合的な産業支援機関であり、公益財団法人の形態をとる県の外郭団体である。AMICは同センターの北勢支所と位置付けられる。三重県工業研究所は、地元の中小企業からの技術相談等に対応する公設試験研究機関(公設試)であり、県の一部門である。
23 同協議会は、CNFに関する情報収集・提供、CNF製造企業とユーザー企業のマッチング、会員による共同研究実施の支援を活動内容としている。会員の内訳は、企業51社、大学・高専教員11名、行政機関9機関、技術アドバイザー1名となっている(合計72機関、16年3月14日現在)。
24 同社と三菱鉛筆の共同開発により、同社が製品化したCNFを新規ゲルインクボールペンのインクに増粘剤として採用し、世界初のCNF配合のボールペンの実用化に成功した。三菱鉛筆が2015年より欧米で同ボールペンを先行販売し、16年には国内でも販売を開始した。同ボールペンは、日本をPRする広報ツールとして、16年5月に開催された伊勢志摩サミットに参加した世界各国の首脳・政府関係者や報道陣に無償提供された。
6製造業の重要性が高まる第4次産業革命での積極的な貢献
(1)第4次産業革命で高まる製造業の重要性
IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットの技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」が、米国やドイツを中心に世界で進みつつある。我が国でも、「日本再興戦略2016」で第4次産業革命が成長戦略の柱に据えられた。

第4次産業革命では、「IoT により全てのものがインターネットでつながり、それを通じて収集・蓄積される、いわゆるビッグデータが人工知能により分析され、その結果とロボットや情報端末等を活用することで今まで想像だにできなかった商品やサービスが次々と世の中に登場する。サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合し、(中略)新たなビジネスモデルが生み出され、多くの社会的な課題が解決されるとともに、生活の質も飛躍的に向上していく」25。第4次産業革命がもたらすアウトカムは、業務プロセスの効率化・改革を中心とする「プロセス・イノベーション」と、新技術・新事業の創出を中心とする「プロダクト・イノベーション」に分かれる。

第4次産業革命の本質は、サイバー空間(仮想世界)とフィジカル空間(実世界)が高度に融合・連動するシステム、すなわちCPS(Cyber Physical Systems)にあるが、サイバー空間でのAIによるビッグデータの解析結果が最終的に活かされるのは、インターネットにつながったモノが存在するフィジカル空間であるため、モノを扱う製造業への影響は大きく、またその役割はAIやソフトウェアとともに極めて重要だ。ドイツが国を挙げて取り組む「インダストリー4.0」は、工場のスマート化・インテリジェント化などによる製造業の革新を目指したものだ。一方、日本再興戦略2016には、「我が国は、ネット空間から生じる「バーチャルデータ」のプラットフォームでは出遅れた。しかしながら、健康情報、走行データ、工場設備の稼働データといった「リアルデータ」では、潜在的な優位性を有している。既存の企業や系列の枠を超えて、「リアルデータ」でプラットフォームを獲得することを目指していく」と記載されている。

また、AIやIoTの重要な要素技術は半導体であり、この意味からも第4次産業革命における製造業の役割は大きい。

高度部材産業、川下産業など製造業にとって、第4次産業革命の影響は2つの作用経路があると考えられる。1つは製造や研究開発のスマート化の推進、もう1つは自社製品の需要拡大である。
 
25 「日本再興戦略 2016」から引用。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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