2016年05月26日

新たな価値を提供する先進的な福祉用具-ユーザー目線の開発がもたらす利用者のQOL向上-

青山 正治

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図表-4 「comuoon」(ベーシックタイプ)の外観 3|卓上型対話支援システム「comuoon(コミューン)」 :(ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社)
図表-4のマイクとスピーカー、アンプのシステムは、話者側と軽度・中度の難聴者側の間に置いて、 “聴こえの支援”を行なう「卓上型対話支援システム」である。

<特長等>
一般的に加齢に伴う生理的変化によって、高齢者の多くに高い音域の声が聞きづらくなる難聴が生じることが広く知られており、また、個人差も大きいと言われている。このほかにも、難聴には騒音性など様々な種類があり、自身が難聴であることの自覚がない人も少なくないと言われている。難聴の人との会話経験のある人には直ぐに理解されようが、話者側と難聴者の両者にとって、大きな声で同じ話しを繰り返すことはなかなかつらいことでもある。開発者の“思い”はこの解決にある。

一般的に難聴の高齢者等は、高い音域や子音の聞き取りが難しくなってくるという。図表-4の機器は、話者側の音声を高感度のマイクを通して、対象となる難聴の人に聞き取りやすい周波数帯域にアンプ(図表-4左の台座部分)で調整(変調)し、音の指向性が高い特殊なスピーカー(図表-4の左)を通して軽度・中度の難聴者に聞き易くすることができる3。つまりこの機器は単なる拡声器ではない。これが前述の“聴こえの支援”を可能とする機能である。なおマイクは写真右の棒状タイプ(ガンマイク)の他にもワイヤレスタイプのものもある。この機器の活用によって、軽度・中度の難聴の人に対して“聴こえの支援”を提供でき、円滑なコミュニケーションを支援する。

<活用例>
この機器の活用例には様々な対話シーンがある。現在までに医療や福祉、教育現場などで導入事例が広がっている。またTVでもこの機器に関する複数の報道があり、それらをきっかけに導入した事例なども生まれている。さらに、2016年4月からの「障害者差別解消法4」の施行でも各方面から注目されており、施設や金融機関の窓口などで、導入事例が拡大している。

<効用等>
この機器の導入と活用による効用は、軽度・中度の難聴の人との相対での対話シーンで、難聴の人と話者の両者にストレスなく円滑なコミュニケーションを可能とする点にあり、両者のQOL向上に寄与しよう。今後の研究・開発のさらなる進展によって、より高い機能を有する機器が実用化され、高齢化が急速に進行する社会の様々なシーンで活用が進むことを大いに期待したい。
 
3 「第 115 回日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会」にて九州大学大学院医学研究院 耳鼻咽喉科分野チームが有用性を報告
4 平成25(2013)年4月「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案(障害者差別解消法案)」が閣議決定され、同年6月に成立。

3――ユーザー目線での機器開発と真のユーザー・ニーズ把握に向けて

3――ユーザー目線での機器開発と真のユーザー・ニーズ把握に向けて

13機種の開発・実用化に見る共通点
前章では多様な福祉用具の中から、新たな価値を提供する3機種について触れた。筆者の視点で3機種のみを抽出したが、開発の背景や機器の特長等を整理すると、各開発企業及び開発製品には幾つかの共通点を見出すことができるようだ。その主な共通点は、

 (1)開発者の課題解決に向けた強い“思い”が開発の原動力となっている
 (2)ユーザー目線からの開発が行われている
 (3)ベンチャー企業である
 (4)機器のデザインに配慮がされている
 (5)生産・販売面では複数のアライアンスを活用している
などである。以下で少し補足を加える。

(1)については、それぞれの開発者が、車いすユーザーの活動範囲の制約要因、閉じこもりなどの人が感じる孤独感、さらに難聴者との対話の課題等を的確に把握しており、その課題解決に強い“思い”を持っていることが明らかであった。将来の市場規模予想も容易ではない福祉用具の探索型の機器開発を行うことには多くのリスクや困難が伴ったと推察される。

また、機器開発においては(2)のとおり、ユーザー目線からの課題解決を目指し、新たな技術開発やICTの活用などで各課題の壁を突破している点がある。同時に、機器の操作性や付加機能などにも細かな配慮がされている。

さらに(3)に記したとおりベンチャー企業の特長でもある機動性を活かし、有力な協働メンバーを得て、協力企業との関係を構築しつつスピード感のある事業展開に努力がなされている。

(4)として、各製品ともデザイン面にも工夫がされ、ユーザーが使ってみたいと思うようなユニークなデザインが施され、製品の認知や普及の点でも重要な要素となっていよう。これらを背景として各社が目指すのはユーザーの課題解決とQOL向上である。

(5)開発に特化した迅速な展開を図るために、生産や販売面では複数の企業との提携を活用している。

これらは基本的に福祉用具であるが、コスト低減などのため、応用範囲の拡大の可能性をも有していよう。
 
2真のユーザー・ニーズの把握に向けて
一般のあらゆる新製品やサービスの開発において、ユーザー・ニーズの把握は鉄則である。しかし、福祉用具等のユーザーである、多様な状態像の高齢者や障がい者等の持つ真のニーズ把握は、なかなか容易ではないように思われる。このため、開発者はユーザー目線に立ってその課題解決を可能とする製品開発に当たることが、極めて重要である。

また、急速に高齢化が進行する中、自立した高齢者の中にも筋力や視力、聴力等々の生理的な機能の加齢変化によって、日常生活の様々なシーンで支障を来たす人も増えてこよう。したがって、社会の様々な場所や状況においても、それらの課題を改善し解決する用具や機器開発をも促進する必要性が高まっていよう。このためには、開発企業が高齢者等の持つ真のニーズや潜在的なニーズを的確に把握することが必要である。しかし、予想外にそれらニーズ情報の収集と開発企業への情報伝達手段が限られているのも事実であろう。

その数少ない貴重な機会として国際福祉機器展 の会場における一般ユーザーと開発企業の意見交換の機会があるが、開催期間が通常3日間ほどという時間的制約もある。この点では公益財団法人テクノエイド協会のホームページに「福祉用具ニーズ情報収集・提供システム」があり、ネットを活用して企業間や様々なユーザーからの福祉用具への意見やアイデアを収集・提供する取組が行なわれている。

また、国際福祉機器展の主催団体である一般財団法人保健福祉広報協会のホームページには全国の福祉機器の常設展示場(2016年1月現在で78ヵ所)が掲載されている。それら展示場を有する地域で、見学可能な高齢者や被介護者、介護者等には、様々な福祉用具に直に触れ、試用して欲しいと考える。それらの直接・間接ユーザーが様々な福祉用具等の存在を知ることは、個々レベルが直面する介護などの課題解決に役立つものであろう。勿論、介護保険制度による要介護者や介護者の課題解決に向けて、介護サービス事業者や地域包括支援センター等の関係者による福祉用具の活用促進の重要性は言うまでもない。

そのためにも、社会全体に福祉用具等の必要性や活用促進についての問題意識を高める普及・啓発の効果的な取組がさらに必要である。そして、その延長上に、社会的レベルで介護分野の課題解決に向けて有効な新たな価値を有する、廉価で使い易い福祉用具等を提供可能とする製品群の登場が加速することを期待したい。

おわりに

おわりに

福祉用具等の開発や活用などのテーマは、福祉用具活用の必要性がない人々の注目度はあまり高いとは言えない。しかし、それらを必要とするユーザーには、本稿の3機種を含めて技術革新が進行する福祉用具等をより積極的に活用して欲しいと考える。さらに、介護サービス事業者や販売代理店を通じて、または開発企業の担当者へ直接アクセスして、使用中又は使用を検討する福祉用具等に対する改善意見や、新たにこのような機器があればといった要望を強く伝えて欲しいと考える。

そのことは、IoTやAIなどの革新的な技術開発が進展する中、より利便性が高くユーザーのQOL向上や介護者の負担軽減にも寄与する新たな価値を提供する福祉用具等の開発・実用化を促進しよう。ユーザーの厳しい意見や改良への意見、新たな機器開発への要望は、開発企業にとって極めて重要な経営資源である。
 
<参考資料・レポート等>

1. 政府及び行政の公表資料
・障害者自立支援機器「ニーズ・シーズマッチング交流会2015」資料、公益財団法人テクノエイド協会(2016年2月12日)
・厚生労働省ホームページ内資料等

2.ニッセイ基礎研究所「基礎研レポート(Web版)」
・「福祉用具・介護ロボット実用化支援事業の現状と今後-介護現場との協働と共創が必須の介護ロボット開発」(2016年2月3日)
・「超高齢社会を支援する福祉機器-国際福祉機器展の概況と今後の福祉機器開発・活用への期待-」(2015年11月30日)
・「3年度目となる「ロボット介護機器」開発補助事業の動向 -2015年度より国立研究開発法人日本医療研究開発機構が実施-」(2015年9月29日)
・「利用意向高い介護ロボット -「平成27年版情報通信白書」の介護用ロボット利用の意識調査-」(2015年8月28日)
・「社会で広く理解を深めることが重要な介護ロボット -紹介されたロボット介護機器の3機種-」(2015年6月30日)
・「介護ロボット開発・普及の現在位置と今後への視点-“ロボット介護”の開発と新たな開発・普及サイクルの構築-」 (2015年4月30日)
・「『ロボット新戦略』における介護分野のアクションプランの要点-介護保険と地域医療介護総合確保基金による新たな普及方策-」
 (2015年3月30日)
・「本格化するサービス分野でのロボット開発 -介護ロボット開発動向からサービスロボットへの示唆-」(2014年12月26日)
・「介護ロボット開発の進展と今後の開発への示唆 –複数の展示会で注目を集める様々なロボット-」(2014年11月28日)
・「『再興戦略改訂』に組み込まれた『ロボット革命』の実現 -『社会的な課題解決』へ向けた『5カ年計画』策定に注目-」(2014年9月30日)
・「ロボット介護機器に対する2年度目の開発支援事業が始動 –経済産業省2014年度事業概要と今後の開発への期待-」(2014年7月29日)
・「『ロボット介護推進プロジェクト』が目指す開発・普及の土壌の醸成 –開発支援の現在位置と『ロボット介護』普及への布石-」(2014年6月30日)
・「重要性増す在宅での自立を支援する機器開発-拡充されたロボット介護機器(介護ロボット)の『重点分野』」(2014 年4月22 日)
 
(2013年度以前の基礎研レポートは「執筆一覧」より)

3.ニッセイ基礎研究所 「研究員の眼(Web版)」
・「ロボットを上手に活かす超高齢社会の構築に向けて」(2015年5月27日)
・「超高齢社会の生活者を支援する介護ロボット」(2013年11月27日)
・「本格化する『ロボット介護機器』の開発支援」(2013年4月5日)
・「介護ロボットだけではない『介護ロボット』」(2013年3月21日)
・「幅広い分野で技術革新が進展する福祉機器」(2012年10月4日)
・「介護ロボットは普及するか」(2012年6月28日)

(2016年05月26日「基礎研レポート」)

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青山 正治

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