2024年04月16日

Googleの運用型広告訴訟-米国司法省等から競争法違反との訴え

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3統一価格ルールの強制
ポアロは効果的にシェアの獲得に成功した。DV360からAdX広告取引所への支払割合が40%から70%に達した。ところが媒体社によってポアロに脅威がもたらされることが判明した。

それは媒体社が媒体社サービスの価格設定コントロールを利用して、各広告取引所別に異なる価格下限を設定することであった38。たとえば媒体社がある広告枠について、AdX広告取引所には2ドル、OpenX広告取引所には1.8ドルの下限を設定するとする。仮にOpenXが1.85ドルで落札価格が決まったとする。ポアロのサービスでAdX広告取引所によって1.9ドルの入札が行われたとしても、AdX広告取引所には落札ができないこととなる(図表14)。
【図表14】異なる価格下限の設定
このような広告取引所ごとに最低価格を設定できることはGoogleのアドテクの仕様であったが、Googleはこの仕様を削除した。この削除に対して媒体社側は猛反発したが、仕様削除の撤回にGoogleは応じなかった。

結局、2019年までにDFP媒体社サービスと競合する媒体社サービスは事実上、すべてが撤退したか、撤退する途上にあった。

その結果として、統一価格ルールはGoogleの年間総収入4億3千万ドル、純収入で1億1800万ドルの増加をもたらした39
 
38 前掲注1 p102
39 前掲注1 p109
4|Accelerated Mobile Pages(AMP)の導入
Googleのこれまでのヘッダー入札への取組は間接的なものにとどまらざるを得なかった。そこで、さらなる制限を行った。2016年、Googleはウェブページの一種であるAccelerated Mobile Pages(AMP)の導入を行った40。AMPを利用すればGoogle検索で優先的に表示され、ニュースカルーセル(検索結果ページ上部に表示されるニュース記事枠)へのアクセスもAMPの採用が条件となった。

AMPはオープンソースであったが、Googleは少なくとも2020年後半までは厳格に管理を行っていた。AMPは当初ヘッダー入札について制限がなかったが、2017年にAMPはGoogleが指示し、Googleが主導するバージョンのヘッダー入札のみ認めることとされた41

AMPはニュースサイト以外では影響は比較的限定的であったが、Googleがヘッダー入札のテクノロジーの採用を拒絶するメカニズムとして機能した。
 
40 前掲注1 p110
41 前掲注1 P111
5スマート入札の導入
Googleは、これまで維持してきた優位性の根源であるラストルックを放棄するとした。しかし、これまで得てきた莫大なデータをもとに競合する広告取引所の入札価格を予測するアルゴリズムを開発した。最終的にアルゴリズムを微調整した結果、ラストルックを放棄することで想定された減益分(30%)につきアルゴリズムを利用した「スマート入札」で完全に相殺することができた。

7――法的救済の訴え

7――法的救済の訴え

1|米国司法省等の主張する違法行為
以上のことから、米国司法省等は以下の違法行為があるとする。
 
(1) 媒体社サービス市場での独占 Googleは本訴状に述べる排除行為によって、米国あるいは全世界での媒体社サービス市場における独占を増加、維持または保護をした。これはシャーマン法2条(私的独占の禁止)に違反するものである。
 
(2) 広告取引所市場での独占 Googleは本訴状に述べる反競争法的行為を通じて、米国あるいは全世界での広告取引所市場の市場支配力を増加、維持または保護した。これはシャーマン法2条(私的独占の禁止)に違反するものである。
―(2)の代替的主張 米国あるいは全世界でのオープンな運用型広告の広告取引所は競争法の市場であり、Googleはこの市場での独占の試みを行ってきた。これはシャーマン法2条(私的独占の禁止)に違反するものである。
 
(3) Googleは本訴状に述べる反競争法的行為を通じて、米国あるいは全世界での広告主サービス市場の市場支配力を、増加、維持、保護した。これはシャーマン法2条(私的独占の禁止)に違反するものである。
 
(4) GoogleのAdX広告取引所は米国における「なくてはならない」広告取引所であるとこと、GoogleはAdX広告取引所の利用をDPF媒体社サービスの媒体社に強制してきた。これはシャーマン法1条の禁止する抱き合わせ販売に該当する。
2|要請する救済
米国司法省等は上記1(1)~(4)について認める判決を下し、

・損害賠償を命じること
・DFP媒体社サービスとAdX広告取引所とを分割し、反競争的な被害の是正するための追加の構造的救済を明示すること
・Googleの反競争法的慣行を差し止めること、等を求めた。

8――解説および検討

8――解説および検討

1TVCMに当てはめた例え話
ここで少しウェブ上の広告をTVCMにたとえて話をしてみたい。TVには多くの人が見ているゴールデンタイム人気番組がある。この人気番組のCMには価値があることから、高い広告費を払ってでもCM枠を買いたいという広告主が出てくる。他方、深夜・早朝にもTV放送は行われており、そこでもCMは放映されている。このCMはその時間帯でも見ている属性に向けた広告を打ちたい広告主もいるだろうが、通常は低価格での広告枠販売となろう。

ここでの広告枠とは商品であり、その商品を広告主が購入する。TVCM放映のケースでは、CMを放映する放送局そのものを除けば、放送局と広告主を繋ぐ広告代理店の事業がCM放映にあたって収益を生む基盤となる。そして、魅力的な広告枠を多数取り扱うことができることが、広告主を集めるカギとなる。これは結局、広告料を支払うのは広告主だからだ。そして多数の広告主を抱える広告代理店がTVへの影響力を持つ。要約するとTVCM仲介業界で成功するには、魅力的な広告枠を広告主に多く提供することができることが第一に必要となる。
2|運用型広告でのGoogleの優位性
TVCMと運用型広告の相違は、TVCMが主に人によって運営されているのに対して、運用型広告では媒体社サービス、広告取引所、広告主サービスとすべてシステム化され、リアルタイムの入札で行われることである。

上述の通り、Googleは広告主サービスしか保有していなかった際に、当時60%のシェアを持つDFP媒体社サービスと付随するAdX広告取引所を買収した。

上記TVCMの例を踏まえると、AdX広告取引所が魅力的な広告枠を数多く広告主に提供できるかどうかが、アドテクで支配力を構築できるかどうかの最初のカギとなる。ここでGoogleが行ったことは、既に60%のシェアを有していたDFP媒体社サービスとAdX広告取引所とを連動させたことであった。ウォーターフォール方式の入札において、DPF媒体社サービスはAdX広告取引所に対して他の広告取引所の情報(=過去の最高平均入札価格)を提供していた。AdX広告取引所はこの情報をもとに他の入札に勝てる入札を行うが、その際、魅力的な広告についてはGoogleの手数料を削り、さらにはGoogle自体に損失を出しても落札することがあった。他の入札者の入札情報を特定の入札者(=AdX広告取引所の入札者)だけが知ることができるというのは、ルールとしてもおかしいが、このことによりAdX広告取引所は広告主に対して魅力的な広告枠を多数提供することができた。

他方、ヘッダー方式の入札では、ウォーターフォール方式と異なり、他の広告取引所もリアルタイムで入札することができたが、この方式であってもAdX広告取引所はラストルック(最後に他の広告取引所への入札価格を見る)することができ、やはりGoogleの優位性は維持された。現時点では他の広告取引所もラストルックすることができるが、すでにAdX広告取引所はほとんどのシェアを有しており、他の広告取引所が有意な競争をすることは期待できない。
3|運用型広告でのGoogleの独占の確保、維持
上記2の通り、AdX広告取引所は「魅力的な広告枠を多数提供」することができたことやGoogleにより課せられる様々な制約のため、広告主にとってGoogle Ads広告主サービスの利用が必須となった。そうすると次には、媒体社にとって、多数の広告主を抱えるGoogle Ads広告主サービスの需要を取り込むためには、AdX広告取引所に入札依頼を行うことが必須となった。ところが、上述の通り、AdX広告取引所に入札依頼を行うためには、事実上DFP媒体社サービスを利用する必要がある。そして本文に述べた通り、DFP媒体社サービスと他の競合する媒体社サービスを併用することをGoogleは事実上禁止している。結果として、DPF媒体社サービスは9割ものシェアを獲得することとなった。言い換えると、Googleはアドテク全体でほぼ独占状態と言える状況になっている。
4運用型広告でのGoogleの競争法上の問題
米国司法省等の主張がその通りであるとすると、競争法上の問題があるとされる可能性は高いと考える。まず、アドテク全体でのシェアが90%ということであるから、一般に私的独占が問題となる65%を上回っている。そのうえで、広告枠入札において、競合他社の情報を得たうえで、競合他社を上回る入札をすることがシステム上可能になっていることは、競合他社を取引から排除している。さらに、運用型広告のアドテクは、媒体社と広告主とを両面に持つ、両面ネットワーク効果が働くため、競合アドテク業者はシェアを伸ばすことができない。これらのことから、アドテクにおけるGoogleの私的独占の維持・確保は問題視されるものではないかと思われる。

9――おわりに

9――おわりに

本文で述べてきた通り、DFP媒体社サービスがAdX広告取引所に対して他の広告取引所が得られない情報を提供することによって、多数の広告主の需要をGoogle Ads広告主サービスが囲い込み、また、多数の広告需要を抱えるAdX広告取引所を利用したい媒体社をDFP媒体社サービスに囲い込んだ。結果、アドテク全体でほとんどのシェアをGoogleが独占することとなった。

このことは価格競争や品質競争の結果というよりも、DFP媒体社サービスとAdX広告取引所の情報共有という、公正な入札と呼ぶにはふさわしくない慣行によってもたらされたと言え、仮に米国司法省等の訴状における主張が正しければ、競争法上の問題は否定できないと思われる。ビル建設工事で、形式的に入札が行われるが、発注者が入札を調整して、必ず特定者が落札するという入札方式は入札に値しないのと同様である。

なお、Googleのアドテク事業における慣行については、欧州委員会が2023年7月14日にStatement of Objectionを公表し、DPF媒体社サービスがAdX広告取引所を優遇し、広告サプライチェーンの支配力を高め、広告主に高い広告料を支払わせたとしている。
こちらの調査も進行中であり、本訴訟と並んで推移を注視したい。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2024年04月16日「基礎研レポート」)

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